side story -zeke-
止まない雨はないと言う。確かに、雨はいつかは必ず止む。雨雲が途切れ、輝く太陽がその顔を出せば、降り注いでいた雨の事など忘れてしまう。
しかし、心の中で降り続いている雨はどうなのだろう。
ジーク=アンリは未だ雨の止まない空を見上げていた。
彼は王城内の練習場に来ている。その端は中庭と繋がっていて、そこから外に出る事が出来る。彼は練習場の端に立ち、空と鍛錬をしている兵士たちを見ていた。
魔物の襲撃から三日が経った。東門に配備された兵士はたいした負傷もしていない。死者も大怪我した者もいるが、大多数の兵士達は軽い傷ですんだ。
今、この場で鍛錬している兵士は北門の兵士達らしい。死に際まで追い詰められたというのに、休暇を取る事なく自身を高めようと励んでいる。それは一人の男が原因である。
レイ。才能を持たずに苛烈な戦いだとされた北門を守りきった男。
ジークはレイの訳のわからない強さが不思議だった。
自身を打ち負かした事もそうだし、魔族戦では気絶しているうちに、魔族を倒していた。はっきり言ってしまえば、レイは弱い。最初の戦いは別にして、百回戦えば、百回勝てる自信が、ジークにはあった。
しかし、本当によくわからない事に、レイは急に強くなる事がある。並の戦士ではない事は理解しているし、目敏いまでに観察する所がある。けれども、才能はない。
ジークにとって魔神という存在は憎むべきものである。
彼がまだ彼女に守られていた頃、彼女は傷つけられた。それは彼を庇っての行動だったし、彼女か庇ってくれなかったら、傷つけられていたのは、彼だったろう。
だからジークは彼になると誓った。腰まであった髪の毛を切り、彼の様な姿をした。そして、冒険者登録して、彼女を守れるように自信を鍛えた。
でも、彼女は魔神に奪われてしまった。力がある、ないの前に、抗うことすらしなかった。
諦めた。魔神に選ばれるという事は、全てを諦めるという事。
その時は諦めたはずなのに、後になって、彼女を失った喪失感が強く襲ってきた。自身にとって彼女が大切なのはわかっていたはずなのに、失って、より彼女が自身を形作る重要な要素だと気付いた。
後悔した。彼は何もしなかった事を後悔した。
だから、魔神を倒すために、旅に出た。
レイは後悔する人間を嫌っている。そして、それ以上に後悔するだけの人間を嫌っている。
ジークは後悔をするだけではなかった。罪を犯しながら、進んできた。
誰かを傷つけた事もあった。殺すまではいかなくとも。
彼は、それをしょうがない事だと思っていた。
魔神信仰は誰も救わない。大切な存在を奪われた人間の気持ちを無視している。それは、誰かの不幸を信仰している様なもの。
人が生きるという事は、誰かの犠牲の上に成り立っている。それは事実だ。でも、魔神は、害悪でしかない。そんな事も、この国の民はわかっていない。
降りしきる雨は、止む気配がない。
ジークは自身の剣を手入れする事にした。
大事な剣。絶対に失われてはいけない、絆。
誓いの証であるとともに、彼女がいたという証拠。
「ジークさん、俺に剣を教えてくれませんか?」
剣の手入れに熱を入れていたジークは、不意に掛けられた言葉に顔を上げる。
一人の兵士が立っていた。北門に配備されていたとされる。
恐らく、東門の兵士からジークは剣の達人である、と聞いたのだろう。
「……構わないが、上手く教えられる自信は、ない」
「それでも、いいんです。俺はレイさんみたいに強くなりたいんです」
また、レイという単語。北門の兵士はレイに心酔している。
正直、ジークはレイよりもバルドの魔術のほうが凄いと思っていた。
いや、他の門に配備された兵士の殆どはそう思っているだろう。ジークの感想がおかしいのではなく、北門に配備された兵士達の感想がおかしいのだ。
それでも、彼等はレイを尊敬している。
レイは力が、才能がないのに、彼等の何倍も先を走っている。
それは、憧れの対象になる。
ジークやバルド、サーシャは走っている道が違うし、生まれてからのスタート地点が違う。
そんな三人に追いつけるはずがないし、追い越す事も出来ない。
しかし、レイは違う。レイは彼等と同じ道で、同じスタート地点で走っている。
「……わかった、手加減は、しない」
「勿論です。手加減してもらったら困ります」
両手に握るは、大切な剣。レイに踏みつけられた、彼女の剣。
レイの挙動に触発された兵士と向かい合う。
そう言えば、レイは何故そんなにも、頑張っていたのだろうか。
ジークの知る限り、レイは、見ず知らずの人間を助けるような男には思えない。
それでも、限界を超えた魔術行使をしてまで、守った。それは何故なのだろうか。
立ち向かう兵士は隙だらけだ。レイにはまだまだ遠い。
でも、彼だってレイになれる可能性はあるのかもしれない。強さは、表面的には測れない。
それはレイが証明している。