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side story -sasha-

 鉛色の空から降りしきる雨は気分を落ち込ませる。雲の隙間から日が漏れる事は無く、隠された太陽はここ三日見ていない。

 サーシャ=コールは苛立たしげに医務室の前を行ったり来たりしていた。扉を睨みつけるように立ち止っていたと思えば、ふいと体を翻して立ち去る。立ち去ったと思えば、戻ってきて、扉を睨みつける。もう、かれこれ十分程、同じ反復作業をしていた。

 魔物の襲撃から三日が経った。北門以外はさしたる被害もなかった。

北門に配備された兵の生き残りは、凡そ三百。魔術師部隊は、部隊長のローワンが戦死し、ほぼ壊滅状態。槍兵、剣兵部隊の被害も大きい。負傷していない兵士は一人もおらず、医療部隊は忙しなく働いている。

 レイが倒れてからも三日が経った。

 バルドの説明によると、限界を超えた魔術行使をした事による反動、との事だが、彼が目を覚ます気配は一向に見られなかった。

 レミリアが付きっきりで見ているが、魔術で回復されているので、体に怪我を負っているという訳でもなく、他に手の施しようがないらしい。

 サーシャは魔物の襲撃による後始末を放ってレイの見舞いに訪れている。後始末は多く残っているが、副団長のウェイン=ハーバーがそれを引き継いでくれた。

 傍から見たら怪しい女が医務室の前をうろうろしているように見える。実際、サーシャの素顔を知らない兵士達が訝しげに彼女を見ていた。

 しかし、何故、サーシャは医務室の中に入らないのだろうか。

 この二日、バルドとサーシャとジークはレイの見舞いに何度も訪れている。レイの容体を、レミリアに逐一聞き出してはいるが、答えは、目を覚まさない理由はよくわかりません、というもの。

 サーシャは自身に出来る事が何もないと悟って、後始末に掛かっていたのだが、レイの容体が気になって、仕事が手に付かなかったのである。そこでウェインに全てを頼み、ここまで来た。

 来たのはいいのだが、やはり、やる事がなく、医務室の前でうろうろしていたのだ。


「団長、何やってるんすか?」

 サーシャが医務室の前で腕を組み、眉間に皺を寄せ、難しい顔で扉を睨んでいると、声を掛けられた。

 声のする方に振り向くと、北門に配備された剣兵部隊長のノックが首を傾げていた。

「いや、別に…」

「……ああ、レイさん、三日も目を覚ましてないんすよね」

 ノックはサーシャの様子を見て、暗い顔で言った。

「ああ。しかし、ここで私たちが何をしても意味は無い。その内、目を覚ますだろう」

「…そんな事言って、団長もレイさんが心配だからここにいるんすよね」

「な、何を…私は別に―」

「噂になってるっすよ。団長の顔を知らない兵士達が、知らない女が医務室の前でうろうろしてる、って。それを聞いた副団長が、それはレイさんを心配している団長だって言いふらしてたっす」

「むぅ、ウェイン殿にはあれほど言うな、と言っておいたのに」

 サーシャが口を尖らせてウェインに対しての愚痴を漏らすと、二人は示し合わせたように、少し笑った。

「団長、少し変わったすね」

「…そう、だろうか」

「はい。前はもっと堅い感じだったんすけど、今は少し柔らかくなったような気がするっす」

「そうか」

 率直に自身の印象を述べるノックに、サーシャは簡潔に相槌を打つ。自身で意識する事はないが、確かに少し変わった様な気がした。

「―――レイの影響かもしれない」

「え?」

 ぽつりと零した言葉がじめっとした空気に溶け込んでいく。それに反応したノックに応えるように、言葉を紡いでいく。

「確かに、以前の私は杓子定規で物を見る事が多かった。物事の本質を見抜く事が出来ずに、表だけを見てわかったような気になっていた」

 それは、今でも直りきってはいないが。それでも、少しは直ってきた。

「レイに教わった。いつもふざけていて、すぐに冗談を言う奴だが、私は大切な事をレイから教わったのだ。レイは、すごい奴だ」

 レイに直接言うのは恥ずかしいが、ノック相手ならそれも言える。

 サーシャは少し恥ずかしげに顔を赤らめた。

「ま、まあ、ノックもすごいと思っている。その若さで部隊長だ。私はノックの事を評価している」

 サーシャはごまかすように話題を変えた。

 実際、彼は非常に頑張っている。他の誰よりも努力して、若くして部隊長まで登りつめた。今回の魔物の襲撃の際にも、北門に配備されて、生き残った。

 それは評価の対象になる。

「私から直接、という訳にはいかないが、何かしらの恩賞が出る事は間違いない。ノックはそれを受け取る働きをしたのだ。だから―――」

「―――いらないっす」

 早口で捲し立てるサーシャの言葉を遮って、ノックは不満げに声を出す。彼はサーシャを睨みつける様に見て、続ける。

「確かに、俺も頑張ったっす。でも、恩賞とかはいらないっす。俺に何かをくれるなら、レイさんにあげてください。団長は知らないかもしれないけど、レイさんはすごかったっす。レイさんがいてくれたから、俺らは生き残る事が出来たんです」

 北門の兵士は、皆声を揃えて、レイは凄い、と言う。

 サーシャはレイの強さを知っている。痛みに負けず、不退転の気持ちで難局を乗り切った場面を見ている。

 しかし、レイがいたから生き残れた、というのは言い過ぎではないかと思っていた。

「そうは言うが、事実はバルド殿が魔物を殲滅をした。私はレイとバルド殿の共闘を見て、凄いと思ったが、レイのおかげで助かったというわけではないだろう」

 サーシャが北門に駆けつけた時、レイとバルドの二人は丁度魔物の群れの中で戦っていた。

 互いが互いを補佐するように動き回り、信頼し合っていた。視線を合わせただけで、何をすればいいのかを理解していた。

 それを見て、二人の関係に感動した。同時に羨ましいとも思った。

 バルドとあそこまで息を合わせられる事に嫉妬にも似た感情を持っていた。


 サーシャは複雑な気持ちを抱いていた。

 レイを心配していながら、バルドとの信頼関係について嫉妬をしている。

 レイの強さを認めながらも、それを本人に伝えるのは癪だと思っている。

 そう言えば、魔族戦では、サーシャの弱さが露呈した。あの時、レイに助けてもらった、ような気がするが、その事に対して、感謝の言葉を伝えていない。

 普段は弱いくせに、大事な所で強くなるレイが凄く遠い存在に思えた。

 そして、サーシャ自身の弱さを見せつけられたような気がして、簡潔な言葉で謝っただけだった。


「違うっす。バルドさんに助けられたのも事実っすけど、レイさんじゃなかったら駄目だったっす。こういう言い方は悪いと思うんすけど、団長は才能があるからわからないんすよ」

「…どういう意味だ」

「俺らみたいな凡人には手の届かないモノが多くあるんすよ。レイさんも才能がない。でも、すごい頑張ってる。俺じゃ、予想もつかない様な鍛錬を積んでいると思うっす。レイさんに比べたら、俺なんか、今まで遊んでたようなものっす」

 レイという人間はわからない所が多い。

 基本的には我儘な人間の様に思えるが、甘い所がある。

 弱いのに、強い。

「俺はレイさんの事を尊敬してるっす。他の誰が何と言おうと、レイさんはすごい。それだけは譲れないっす」

 熱い口調で語り、ノックは自分が物を言っている人間が誰なのかを思いだし、気まずそうに顔を歪ませた。

「すいません、生意気な事言っちゃって。でも、レイさんだから、俺らは生き残る事が出来た。それは団長でも否定させないっす」

「……」

 ノックは悪びれた態度を見せていたが、否定させない意思を満面に押し出していた。

 サーシャはノックに言葉を返す事が出来なかった。




 ノックは既に去ってしまった。

 サーシャはノックの言葉を思いながら思考する。

 自身に才能がある事を、サーシャは認めている。槍を使う事にかけては、サーシャの右に出る者はそういない。

 経験値が圧倒的に低いから負ける事があるが、強くなれる素養は凡人の何百倍も持っている。

 しかし、強さ、とはなんなのだろう。

 レイは、弱い。才能はない。それはノックですら理解できる。

 だが、強い。それは精神的な強さか、それとも、別の何かか。

 サーシャはレイより強い。だが、レイより弱い。

 それが何なのかわからない。模擬戦では何度もレイを打ち負かしている。槍を弾かれる事もない。

 わからなくなって、サーシャは廊下の窓越しに空を見つめた。未だに雨は降り続いている。雲は厚く、降り止む気配は見られない。

 表面上のモノを見ても何も理解できない。あの雨雲の先はどうなっているのだろうか。


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