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『アホとハゲ』

 見据える先は、死に溢れている。

 大量の魔物がこの場にいる人間を殺しつくそうと舌舐めずりをしている。暮れていく太陽は、示唆的に世界を血に染める。

 この死の牢獄の様な状況から、打ち克つのは難しいだろう。錬度の低い兵士では尚更だ。数に加えて、質の高い魔物達。例え、他国の兵士でも難しい。

 北門に配備された兵士達は既に半分以下に減らされている。

 多くの命が失われた。消えていった者達には、思い残した事が多くあっただろう。それを無情に奪っていくのは、ここに溢れている魔物達だ。そして、それを指揮する存在は一つしかない。


「ノック!兵士を下げろ!」


 魔神信仰という宗教がある。それは、人々の心の隙に付け入る腐った宗教。誰かの犠牲の上に安寧を求める、許してはならないモノ。

 アルメリア王国では、それが盛んに行われている。人々は魔神を信じる事で、心に平穏を求めている。それ自体は否定できるものではない。民は常に不安に身を置いている。

 

「なんでっすか!?」


 だが、事実はどうなのだろうか。

 学者は多くの文献を残している。この国の学者の文献が魔神を称えるものが多い中、少ないながら、確実に裏付けされた、魔神を否定する文献もある。

 声高々に魔神を否定する意を主張しても、人々は信じまい。

 しかし、この状況で、この場をやり過ごした後で、それを主張したら、どうだろう。

 

「いいから下がれ!ここからは、俺達がやる!」


 所詮、魔神信仰は新興宗教だ。王国内で、民に強く信仰されていようとも、それが、自分達に牙を剥いたと知ったら、彼等は簡単に意見を翻す。

 そういう意味では、レイにとって、今回の襲撃は好都合とも言える。

 人々が死んでいく様に、幸いと思う訳がない。しかし、これが渡りに船と思ってしまう事を攻められていいのか。最愛の彼女を失った、奪われたレイがそう思ってしまっても、悪い事ではないだろう。

 レイにとって、出会った歌姫は、レイではない彼の命より重いものだったのだ。


「ったく、カッコいい演出だな、ハゲ野郎!」


 レイの最終目標は、世界を、魔神を撃つ事。ジークと同じようで、全く違う、妄執じみた誓い。

 レイが求めた強さは、誓いを果たすためのモノ。

 そのために、関係のない人間を手にかけた。ジークとは違う、汚れた誓い。


「わざとじゃないぞ、童貞野郎!」


 そして出会った、最強の相棒。

 バルドがまだ前衛で、バルドよりレイの方が強かった時に出会った、唯一無二の存在。

 いつかは手放す関係だ。それは確定された未来だ。

 レイはその未来を避けるために動く事はない。いや、むしろ、彼は率先してその未来に向かって足を走らせている。

 だって、バルドの存在は煌びやかすぎる。薄汚れたレイの相棒として生きるのは、勿体ない。


「童貞言うな!ハゲ!……この国の連中はよぉ!俺にお前は勿体ないと思ってる奴が多いらしいぜ!」


 死ぬ事は簡単だ。今すぐに首を掻き切って死ねば、それで終わり。

 詩人の詩にもあったように、レイがその場で死んでいれば、こんな複雑な気持ちを抱く事はなかっただろう。

 バルドは大切だ。この関係を失いたくない。でも、失わなければならない。

 サーシャは可愛い。この関係を失いたくない。でも、失わなければならない。

 ジークは、どうなのだろう。でも、きっとこの先、共に過ごせば、面白くなる。この関係を進めたい。でも、進めていいものではない。

 だって、彼等がレイの過去を知ったらどう思う。自身の欲望のために、多くの人間を殺した事を知ったらどう思う。

 ここで、別れた方が、お互いにとって、幸せになるだろう。


「知ってる!よく言われるぞ!」


 見ず知らずの人間にアホだと罵られようとも、どれほど侮辱されようとも、レイには効果がない。線引きをしているからだ。レイと他人。全てはそれで分けられる。


「見る目ないよな!パーティ『アホとハゲ』はこんなにも、信頼しあってるのに!」


 しかし、バルドは違う。そんな簡単に線引き出来る存在ではない。そんな簡単に切り捨てられる存在ではない。


「まあな!俺の相棒はお前だけだからな!」


 バルドの言葉は、レイの胸に響く。

 久しく忘れていた感情を思いだしそうになる。心から楽しんでしまいそうになる。






 兵士は退いた。今、魔物の目の前に立っているのはレイ一人。

 それは、自殺行為にも似た蛮勇。レイ一人でこの状況を覆せるわけがない。レイ一人なら。

 バルドの言葉に、レイは、今の今まで一度も言った事がない言葉を言ってしまいそうになる。

 それは、最低限の抵抗。この言葉を言ってしまったら、誓いを忘れてしまいそうになる。

 でも、言ってしまっていいのかもしれない。彼には、信頼できる仲間がいる。全てを曝け出す事は出来ないけれど、これくらい、言ってやってもいいだろう。


「その通りだぜ!そんでよ……俺の相棒も…お前だけだ!!」


 レイは一度も後ろを見ていない。バルドを視界に映していない。

 見る必要などないのだ。慣れた存在感が、後ろにある。魔物が無理に攻める事が出来ない、圧倒的な存在感が後ろにある。


「さあ、パーティ『アホとハゲ』の実力、見せてやろうぜ!」


 数瞬後の未来は、死に満ちている。でも、バルドがいるのなら、それを恐れる必要はない。





 斬りつけた後の硬直を狙って、蜘蛛人がレイに襲いかかる。レイはそれを予測しておきながら、避ける事が出来ない。使い切る事の出来ない、未来予知。どこからどこまで、才能のないレイ。

 レイの頭に食らいつこうかと、思えたその時、魔物に氷塊が直撃した。氷塊は蜘蛛人に直撃し、他の魔物を巻き込んで飛んでいく。

「てめぇもこっちこいよ!一緒に前で戦おうぜ!ははははははははは!」

 レイは楽しそうに、戯れるように動き回る。

 襲いかかってきたリザードマンを斬り捨てる。後ろに控える魔物との距離はまだ少しある。しかし、レイは何を思ったか、その場で体を低くして、立ち止まる。

 レイが体勢を低くしたその一瞬後、轟じみた音を鳴らして、レイの頭の上を紫電が駆け抜ける。

 バルドが放った魔術。互いが信頼し合い、互いの動きを知り、レイの限定的な未来視によって為せる動き。他の誰にも真似る事の出来ない連携。彼等だからこそ出来る、羨望に値する、一つの奇跡。

 レイは奇跡と認めていなくとも、それは奇跡と言っても差し支えない。

 レイの相棒はバルドしかいないし、バルドの相棒はレイしかいない。

 それは、この場にいる者は認めるしかない事実。

 駆け抜けた紫電は道を作る。レイを囲んでいた魔物を駆逐して、レイまでの道をこじ開ける。

 魔物を魔術で蹴散らしながら、その道を来るのはハゲた男。規格外の魔術師。

 

―――まったくもって、忌々しい程カッコいい奴だ。

 

 レイはそんな事を思う。同時に、バルドがそう思っているとも知らずに。





「よう、バルド。何だか楽しくて仕方がねぇよ。あの時以来の、アレな戦い方やっちゃうか?」

「そうだな、俺もあの時よりは強くなってるからな。やってもいいかもな」

 あの時。レイとバルドが出会った時。彼等の初めての戦い。二人で生き残った、二人の原初の出来事。

 二人が前衛として戦う、セオリーを無視した戦い。

 バルドはあの時より、強くなっている。

 レイはあの時より、狂っている。

 二人の歯車はそれでも噛み合う。

 それが、パーティ『アホとハゲ』。信頼し合う仲間。



 レイに掛かる補助魔術。速さを後押しする風の魔術。レイの未来視を後押しする風の魔術。バルドが近い距離にいる時にしか、使えないバルドの補助魔術。

 レイはジークにも届きそうな程の速さで、魔物の中を駆け抜ける。

 左の魔物を斬り捨てて、右の魔物を蹴りあげる。体は動いて、死は止まらない。

 小太刀でリザードマンの首を斬り捨てたと思ったら、太刀でワーウルフの体を横薙ぎにする。

 レイが無意味に横に跳んだと思ったら、バルドの魔術が魔物を消滅する。

 二人は互いを補佐するように動き回る。くるくるとダンスのように互いの立ち位置を変えながら、魔物を殺す。

 それは、何て目を奪われる光景。

 レイはバルド目掛けて、突きを放つ。バルドは動かない。バルドの首を狙ったと思われる突きは、バルドの首すれすれを通って、背後からバルドに襲いかかった魔物を殺す。

 それを見ても、バルドは眉ひとつ動かさない。くるりと背中合わせに周り、互いを助け合う。

 

 今、体に痛みを感じなくとも、レイは心には痛みを感じる。

 こんなにも心地いい一時を、失いたくないと思ってしまう。

 それは、レイの弱さ。非情になり切れない、甘さ。サーシャの事を言えたものではない。でも、レイは切り捨てる時は、切り捨てる。誓いを果たすためには、それくらいの強さは必要だ。

 バルドに襲いかかる魔物はレイが殺して、レイに襲いかかる魔物はバルドが殺す。

 魔物の数はまだまだ多い。しかし、レイとバルド、二人の戦いに恐れをなしたのか、無闇に近付かない。

 それこそが、二人の狙い。レイとバルドの連携を以てしても、数の猛威には敵わない。二人対何百という戦いで、勝てるわけがない。それは絶対に覆すことの出来ない事実。二人の連携では、どうしようもない。

 しかし、レイと背中合わせに戦っている男は、「あの」魔術師バルド。彼の広範囲魔術で、敵を駆逐するなど容易い。

 上級魔術を行使するには多少の時間がいる。それは、魔族のような強大な敵の前では役には立たない。バルドにだって欠点や弱点はある。それを理解しているレイだからこそ、この場で、バルドは集中することが出来る。

 魔物達は、未だ様子見をしている。仮に、バルドが集中し始めた途端に魔物共が襲いかかってきた所で、レイはそれを押しとどめる事は出来る。不安視する必要はないのだ。バルドがこの場に現れた時点で、こちらの勝ちは決まっている。

 周囲に高まる魔力の波動。人間は基本的に誰かの魔力を感じ取る事は出来ない。魔術師同士でも互いの魔力を感じ取る事は出来ない。

 しかし、バルドは違う。流石に魔力を持たない者は感じ取れないが、魔力を持っている者は、バルドの魔力を感じ取ることが出来る。

 それはバルドの規格外の魔力が引き起こす現象。彼がレイと出会う前のパーティでは発掘されなかった才能。

 それが、レイの体を包み込むほどに、濃密に漂う。

 緊張が辺りを支配する。物音一つしない。魔物は身動きすらしない。

 沈黙。息を呑む音もしない。

 レイにとっては慣れ親しんだ、バルドの魔力。魔術をかじっていてよかったと思う瞬間。



 ふわりと、空気が弛緩した気がした。それはバルドの集中が臨界点まで来た証拠。

 魔物は弛緩した空気に安心したのか、こちらに向かって襲いかかる。

 しかし、遅い。来るのなら、もっと早く来るべきだった。もう既にバルドの魔術は完成している。

「―――ヘルスノッグ」

 バルドの呪文は死を宣告するようだった。




 湧きあがった炎はまるで生きているかのように、蠢いている。レイとバルドを避けて、炎は魔物を呑みこんでいく。

 円形状に広がる炎の海。

 炎獄。バルドの得意とする、炎の上級魔術。

 炎獄に呑みこまれた魔物は、跡形もなく、消えてしまう。灰すら残らない。痛みすら感じさせない。

 炎に囲まれながら、熱さは感じない。あの炎に触れない限り、何も起こらない。

 魔物はそれでも逃げていく。

 炎獄はその範囲を広げている。少しずつ範囲を広げ、魔物を食らっていく。

 逃げまどう魔物を容赦なく殺して行く。


 それは、レイが憧れた、誰にも届かない才能。

 もう、嫉妬する事も馬鹿らしい。これ程の魔術を使える人間はこの国、いや、この世界にはいない。



 燃え立つ炎は平原を焦土に変える。魔物の死骸も兵士の死体も焼却する。

 炎は黒を無視して世界を赤く染める。

 そして、赤色は消え、黒色が世界を支配していた。





 誰も口を開かない。既にこの場にはサーシャとジークも駆けつけている。

 彼等もレイとバルドの戦いを見ていた。バルドの魔術を見ていた。

 レイとバルドの戦いに感動し、バルドの魔術に度肝を抜かれた。二人だけではなく、王国騎士団の殆どはそれを感じている。痛いほど、レイには意味がない。

 レイが痛みを無視して、体を削って戦った事を知っているのは、北門に配備された兵士のみ。認められない事には慣れている。

 茫洋と立ち尽くすレイはそんな事を思っていた。


―――おおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!


 勝ち鬨が上がる。誰が上げたかもわからぬが、今ではレイを除く全ての人間が勝ち鬨を上げている。バルドも、サーシャも、ジークも例外ではない。生き延びた事を感謝し、魔物を撃退した事を誇り、魔術師バルドの魔術に興奮している。

 視界が安定しない中、レイは彼等を見て、薄く笑った。

 被害は大きくとも、国を、民を守った。彼女と約束した事を果たしたのだ。

 これで終わりではない。レイの旅はここで終わるわけがない。

 魔神を倒すまで、レイは立ち止る事は無い。それは自身に課した枷であり、誓い。辛くとも、信頼すべき仲間と別れる事になったとしても、止まらない。

 だけど、今は休もう。彼の体はもう限界だ。この場を救った、英雄の中でも最弱な彼は、誰にも心配されていない。

 見た目には怪我などしていないからだ。しかし、脳の暴走は彼の体を確実に蝕んでいる。

 意識が遠のいていく事に、体が崩れ落ちていく事に、何の考えも浮かばない。もう思考が出来ていない。

 それでも、バルドが視界に入った事で、彼と、二人の仲間と離れたくないな、と思いながら、レイは地面に倒れ込んだ。

 暗闇に支配された世界で、レイの倒れ込む音は聞こえない。勝ち鬨が夜を震わせていた。

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