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王国都市防衛戦(1)

 北門警備にあたる部隊はお世辞にも良質な部隊と言えるほどの錬度はなかった。

 配置された人員はおよそ千人。北門の被害が少ない理由は簡単な物で、ただ押し寄せる魔物の軍勢が少ないからというだけの事だ。

 南門には三千。西門には二千。東門には千五百。部隊の錬度も人員の数に比例して低くなっている。魔物が軍を組織していると言っても、そこまで脅威を感じることもない。数は絶対的にこちらが勝っている。王国騎士団は魔物が軍隊として動いている事と、未だかつてない規模で王国都市を襲撃された事で浮足立っていたのだろう。

 しかし、今ではそこまで焦った雰囲気は見られなかった。

 サーシャとバルドの帰還が兵士たちの心を平静にさせた。王国騎士団長を快く思っていない者でも、サーシャの実力は知っている。王国騎士団の中では最強を誇るサーシャがいれば、何とかなると思っているのかもしれない。

 それ以上にバルドが大きい。最強の魔術師として名高いバルドがいれば確実に負ける事はない。そう思っても、それは間違いではない。ここ三年でバルドの評価は鰻登りだ。王国騎士団の中でバルドに憧れていない者はいないだろう。



 レイは兵士達が明らかに落胆している様子を見て息を吐いた。北門に配備された兵士たちはバルドと共に戦える事を望んでいたのだろう。その圧倒的な火力で群がる魔物を焼き払う様を見ることを待ち望んでいたのだ。

 とりわけ魔術師部隊の顔は見るに堪えなかった。

 北門には魔術師が百人ほど配備されている。王国騎士団の中でもそれ程レベルの高い者ではないが、魔術師は重宝される。

 レイはその士気の低さに自身が関わっている事を苦い思いで噛み締めていた。望んだバルドは南門。彼等のリーダー、サーシャは西門。整った顔立ちで剛剣を振るうジークは東門。この中の誰が来ても彼等は喜んだだろう。三人の戦いぶりは凡人には憧れの対象になるし、自分達の身の安全も保障される。死にたいと思っている兵士がいるわけはない。

 しかし、来たのは良い噂を聞かないレイ。ふざけた言動で周りの人々の気分を害し、実力も然程のものでもない。侮蔑の対象にこそなる事はあっても、尊敬の目で見られる事はない。






「まあ、テンション下がんのはよくわかるけどよ……国民の命と自分達の命が掛かってんだから、もうちょいやる気出そうぜ」

 今はそれぞれの部隊長と会議中である。槍で敵を迎撃する部隊。剣で魔物を切り裂く部隊。弓で足止めする部隊。魔術の後方支援。四つの部隊に分けられ、それぞれ三百五十、三百五十、二百、百といった編成である。

 バランスのとれた編成だ。これならよほどの事がない限り大きな被害はまず出ない。軍を指揮した経験のあるレイの指揮なら尚更だろう。

「はあ、すいません」

 剣兵部隊の部隊長であるノックは覇気のない声で答えた。彼は王国騎士団の中では珍しく、サーシャを心から尊敬している。一度だけサーシャが兜を脱いでいる所を目撃しているのだ。その時にこれ程の美人が自分達の頂点に立ち、頑張っている事に感銘を受け、彼女に少しでも近付こうと努力している。

 その甲斐あってか、今では弱小部隊ながら、部隊長まで上り詰めた。同期の中では出世頭だ。

「欠片もそんな事思ってねぇだろ」

「い、いやそんな事ないっす。ただ、その……ちょっとがっかりしたなぁって」

「何だよ、ちょっとだけか?はっきり言ってもいいんだぜ。かなりがっかりした、とか言っても怒んねぇよ、俺は」

 レイはにまにましながらノックに話しかける。やる気を出せといった傍から、緊張感のないレイに魔術師部隊の部隊長であるローワンが声を荒げる。

「あんたなぁ、一応俺らの指揮権を持ってるんだろ?なら、無駄口叩かずにさっさとやれよ」

 ローワンは三十半ばの冴えない男である。魔術師部隊の部隊長ではあるが、北門に配備された魔術師部隊は王国騎士団の中でも最も『使えない』とされる部隊だ。そんな部隊に配属された彼は、自身の立場に不満を持っていた。

 今回の魔物の襲撃で手柄を立ててやろうと息巻いていたが、配備されたのは被害の少ない北門。これでは手柄が立てられぬ、とローワンは憤慨していた。

「そうですね。いつ魔物の襲撃があるともわかりませんし。言うべき事を言って後は各自に任せたらいいと思います」

 眼鏡の位置を直しながらローワンに同調するのは弓兵部隊長のヘイズ。一見、兵士としては相応しくない程、細い体をしているが、彼は貴族出身である。本来なら王国のブレインとして華々しく活躍すると彼は自負していたが、親の指示で王国騎士団に入団させられた。そういう意味ではローワンより強く自身の立場に不満を持っていた。

 彼もその他の貴族よろしく逃げ出そうとしたのだが、逃げる前に同じ北門に配備された剣部隊長であるビショップに捕まえられ、嫌々魔物の襲撃に当たっていた。

「それもそうだな。じゃ、さくっとやっちゃうか」

 設営されたテントの中は重苦しい空気に満ちている。明らかに不和が生じている今の状況に、レイは頭を抱えたかった。





「まずは、弓兵部隊の指示からだな」

 レイは腰に手を当てながら口を開く。

「簡単な話だ。後ろに控えて一斉総射。前の部隊に当たらないように空に向けて撃て。狙いは甘くていい。とにかく撃ちまくれ」

「わかりました。その程度なら造作もない事です」

 ヘイズは特に構えた様子も見せずに同意した。レイは一度頷いて、槍兵部隊長のビショップに顔を向ける。

「槍兵部隊は槍を構えて迎撃。混戦にはならないように気をつけろ。やばいと思ったら引きながら魔物を牽制しろ」

 ビショップは無言で頷く。レイはビショップを見て、少し不思議に思う事があった。

 彼は良く鍛えられた体をしている。重装備に槍といったサーシャと似たような格好をしているが、それがよく似合ってる。罷り間違っても北門部隊に充てられる程、弱小な雰囲気は出していない。

 何かしらの政治的な事情があるのだろうか、とレイはその背景を疑った。

「おい、俺達はどうすりゃいいんだ」

レイがビショップを眺めていると、ローワンに指示を仰がれた。レイはローワンに向き直る。

「魔術師部隊は補佐だ。誰がどのような魔術を使えるとかは知らんから、その辺の指示はお前に任せる。空を飛ぶ魔物がいたら、優先的にそちらを排除してくれ」

「状況を見て勝手に動いていいんだな?」

「勝手に動かれるのは困る。おおまかな指示は俺が適宜出すから後は自分で考えて行動しろ」

「わかった」

 ローワンは椅子に浅く腰かけ腕を組む。明らかに指示に不満がありそうだったが、自分達の命が掛かっているのだ。あまり無謀な行動はとらないだろう。

「剣兵部隊は槍兵からこぼれた魔物を掃除しろ。一番最初に当たるのは機動性の高い魔物だろうから、そこまで脅威はない。リザードマンみたいな強めな魔物が出てきたら二人か三人で当たれ。一人で行動するのは厳禁だ」

「わかったっす」

 ノックは意気揚々と頷く。

 彼だけが見た目やる気ありそうだった。



 レイはテントの入り口から魔物が襲撃してくるとされる方向を見る。そこには平原が広がっている。地平線が見えるその景色に魔物は一匹もいない。

 どこからともなく現れて、どこへとも知らず引いていく。

 レイは先を見続けながら、刀の束に手を掛ける。もう少ししたらここは戦場になる。鳥たちが優雅に飛んでいるが、それらは戦いが始まれば消えてしまうだろう。

 被害の少ない北門でも死者の一人ぐらいは出るはずだ。指揮官が一人加わったくらいで、そこまで変化が見られるとは思えない。弱小部隊はどこまでいっても弱小だ。死が目前まで迫れば、冷静な思考を維持するのは難しい。

 レイのやるべき事は士気の維持だ。部隊の全てを把握出来ている訳がない。軍の全容を知っているサーシャや副団長付きのバルドはそこまで苦労する事はないだろう。それに加えて、彼等は非凡な能力を持っている。被害が大きい門の警備と言っても、恐れる事はない。

 ジークはレイと同じ条件だが、それでもジークは強い。彼の戦い方は横で見ているだけで士気が上がる。有り得ない剣速で魔物を薙ぎ払い、二系統の魔術で敵を殲滅する。不安要素は少ない。

 そういう意味で一番不安な場所はこの北門である。

 被害が少ないのはたまたまか、それとも、王城が南側にあるからかどうかは知らない。しかし、今のままの士気では厳しいかもしれない。

 レイの戦い方は見ていて楽しいものではない。地味に慎重に。カウンターを主体としているレイだが、彼の本来の戦い方は多対一である。今回の状況にぴったりではある。

 しかし、レイは今回の戦いでは前に出るつもりはない。あくまで司令塔として状況を俯瞰し、兵を用いる事に専念する。

 相手にするのは低級かそこらの魔物である。錬度が低いと言っても、その程度の魔物なら恐れる必要はない。

 レイが兵の士気をどれだけ高められるかどうかが、この戦いの肝である。他の人物にそれを任せるのは愚かだろう。

 以上の事を踏まえると、ここまでのレイの行動は失敗と言える。短い時間で信頼関係を築く事を最初から期待していないが、この険悪なムードは辛い。

 ノックは椅子に座って、居心地悪そうに視線を彷徨わせている。

 ビショップはテントの柱に背を預け、目を瞑っている。

 ヘイズとローワンは互いを牽制するように視線をぶつけている。

 レイは彼等の様子を見て溜め息をついた。



===



 レイが溜め息をついた同時刻、バルドが当たった南門には魔物の群れが確認されていた。

 まだ遠い。ハーベスタから借り受けた斥候に様子を見に行かせた所、視認できる位置にはいるが、こちらと当たるまでにはまだ距離がある。

 周りの兵たちは表情を引き締めている。先程までは軽い談笑をしていた彼等だったが、斥候からの報告を受け、態度を改めた。

 バルドは少なからず驚いていた。弱小と悪名高い王国騎士団の事だ。このような「軍隊」のような雰囲気になるとは思っていなかったのである。バルドの隣にいるウェインが原因か、それとも自分達の命が掛かっているからなのか、その表情には決死のものが見受けられた。

「バルド殿。まずは我々が当たろう。貴殿は状況を見て、動いてくれ」

 ウェインは魔物がいるであろう方角に目を向けながらバルドへ言った。バルドは一度頷き、自身の体調を確認する。

 これはレイに言われた事だ。

 その日、体調が良かろうが悪かろうが、戦いの前には必ず自身の体を確認しろ、と。

 全身に回る魔力は申し分ない。全力で魔術行使が出来るだろう。思考はクリア。澄み渡っている。ニュートラルに自身の感情をコントロール出来ている。レイと共に戦わない事は一つの不安要素ではあるが、いつまでもレイにべったりでは、もしもの時に話にならない。


 バルドのする事は魔術での魔物の殲滅。彼は安全な位置で魔術を放つだけでいいのだ。確かにバルドは運動全般が苦手である。彼が前線に出ても邪魔になるだけだろう。

 しかし、そこに悔しさが全くないかと問われたら、答えは否だ。

 レイがバルドの才能に羨望を感じているのなら、バルドはレイの怪我を恐れない戦い方に憧れを抱いていた。

 かつて、バルドはレイとは違う人物達とパーティを組んでいた。その時は、彼のその見た目から前衛に立たされる事が多かった。しかし、剣を上手く振れない彼が、前衛として役に立つはずがない。仲間からは馬鹿にされる事が多かった。

 そこで舞い込んだ一つの依頼。彼等は自分達の身に余る依頼をこなすため、一人の助っ人を雇った。その人物こそがレイである。

 その時の話は、バルドにとって思い出したくない事柄だった。結果だけで言えば、生き残ったのはバルドとレイだけ。他は死んだ。

 そして、その時からバルドは魔術師としての道を歩み始めた。レイの何気ない一言が原因で。


『お前、魔術は使えるか?』


 その言葉のおかげで、今の彼がある。

 レイと出会ったおかげで、彼は共に前で戦う事が出来る。





「前衛部隊は武器を構えろ!魔物を恐れるな!一匹残らず殺してしまえ!」

 ウェインの怒号でバルドは現在の時刻に戻ってきた。目線を向けると、彼方には魔物が見える。

 兵士たちはそれぞれ武器を構え、ウェインの鼓舞に耳を傾けている。

「死にたくなければ、殺せ!弱小と言われているお前らでも、恐れる必要はない!後ろにはあの魔術師バルドがいる!我々が負ける事は絶対にない!」

 むわっとした殺意が辺りに沸き立つ。誰もが視線で魔物を射殺さんばかりに彼方を睨んでいる。士気が高まって行くのを肌で感じる。ぴりぴりと刺す様な空気がバルドにとっては心地よかった。レイと共に戦っているような感じがした。

 高揚した士気は、一種、異様な雰囲気を周りに持たせる。それは次々とその場にいる人間に伝染していく。バルドの前方にいる兵士がぶるっと体を震わせた。

 そして、誰かが、雄叫びを上げた。獣の咆哮じみた、魂の雄叫び。

 獣の咆哮じみた雄叫びは、どんどん大きくなっていく。

 一人、二人、三人と大声を上げた。

 四人、五人、六人と武器を振り上げる。

 大きく口を開け、兵士たちは威嚇とは違う大声を上げる。彼等は自身を奮い立たせる。

 手に持つ剣や槍は天を衝く。負ける事はない。必ずやあの化物どもを駆逐せんと。


「全軍、突撃!」


 兵士たちは魔物の軍勢へ向けて走って行く。バルドも後に着いていきながら、体を震わせた。




===



 南門の部隊が魔物と戦い始めたころ、西門のサーシャも魔物の襲撃に対応していた。

 サーシャは槍を振るい、狼系統の魔物を薙ぎ払う。やはり、最前線に駆けてきたのは機動性の高い狼系統の魔物だった。素早い動きで敵を翻弄し、ぎらつく牙で喉笛を掻き切る。

 しかし、それほど脅威になる魔物でもない。速いだけで、動きをしっかりと見て対応すれば、一撃で倒す事の出来る存在だ。

「皆、焦るな!地に足を付け、魔物の動きをしっかりと見ろ!」

 サーシャは周りの兵士たちを鼓舞しながら、側方から飛びかかってきたハウンドドッグを突く。悲鳴を上げ、転がっていき、事切れた。

 これなら、いける。

 サーシャは周囲を見回しながら、心の内で余裕の気持ちが生まれていた。兵の戦いぶりも悪くない。それぞれが気持ちを落ち着けて戦っている。弱小と呼ばれる王国騎士団でも訓練はしているのだ。この程度の魔物に後れを取るはずがない。

 確かに傷ついた兵士もいる。しかし、死者は今のところ一人も出ていない。負傷した兵は後ろに下がらせ、治療を受けさせている。


 二頭のハウンドドッグが一緒に襲いかかってきた。だが、サーシャは慌てることなく、一頭を避けながら突き殺し、もう一頭と対峙する。残りのハウンドドッグは無闇に襲いかかってきたが、サーシャはなんら斟酌することなくそれを薙ぎ払った。

 強力な魔物の姿も見られない。今回の襲撃は王国側が圧勝だろう。



===



 東門についた兵士は、王国騎士団長の連れてきた男に懐疑的な思いを抱いていた。

 名をジークと言う男らしいが、どこか信じ切ることが出来ないでいた。男にしては細く、背丈もそこまで高いものでもない。その姿には似合わない長剣を一本持っている。あのような体で、あの剣を振るう事が出来るのだろうか。よしんば振れたとしても、扱いきる事は出来るのだろうか。

 嫉妬も含まれているだろう。顔は同じ男として、自身の存在が嫌になるほど整っていた。彼が歩くだけで、その辺の女どもは彼に恋したように見惚れてしまう。

 それに、若い。

 あのような若さで兵を用いる事が出来るのか。





 魔物の群れが東門から確認された時、兵士は浮足立った。数はそこまで多くない。それでも彼は焦った。

 けたたましい遠吠えが少しずつ近づいてくる。遠吠えが大きくなる度に、彼は逃げ出したい気持ちになっていた。

 然もありなん、彼等の指揮官は若輩のジークだ。彼が頼りになるとは思えなかったの。

 もうすぐで、魔物と接触するという段になった時、一人の男が物凄い速さで駆け抜けて行った。その男は兵士が不審に思っていたジークだった。

 辺りでぽかんとしている兵を無視して、魔物の群れへと突っ込んでいく。


 馬鹿野郎。

 兵士は悪態をついた。

 確かに速いが、一人で突っ込んでどうする。あれではすぐに殺されてしまうだろうが。

 兵士はそう思いながら、ジークの後を追った。しかし、追いつけるはずもない。ジークと兵士は根本的に持って生まれたモノが違う。兵士の全力は、ジークの半分の力だ。

 ジークは剣を抜き、そのまま、魔物の群れへと突撃した。

 兵士は思わず目を瞑ってしまった。最初の一刀は敵を蹴散らす事が出来るだろう。しかし、囲まれた状況ではすぐに魔物に群がられ、肉を抉られ、骨を砕かれる。

 気に食わない人間だとしても、目の前で人が殺されていくというものを見慣れていない、見たくない兵士は目を瞑ったまま、立ち尽くした。だが、一向に断末魔の叫び声は聞こえてこない。声を上げる暇なく悔い殺されてしまったのだろうか。

 兵士は恐る恐る目を開いた。

 直後、足元に跳んできたモノに兵士は心臓が縮みあがった。体の一部しか残っていなかったのですぐには判別出来なかったが、それは魔物の死骸だった。

 何故、魔物の死骸が足元に転がっているのか。

 兵士は訳もわからず、視線を上げた。


 その時、有り得ないモノを見た。

 死んでしまったはずであろうジークは未だ健在だ。それはいい。ジークが健在なのは驚くべき所なのかもしれないが、それ以上に、目の前で繰り広げられている殺戮に、兵士は驚愕した。

 ジークが剣を振るう度に狼系統の魔物が宙を舞う。ジークの剣に触れた魔物は両断され、弾き飛ばされた肉塊が周りに吹き飛ぶ。血潮を撒き散らしながら、ジークの剣は魔物を殲滅していく。しかし、その殺戮を起こしている当の本人は涼しい顔をしている。先程から見せていた無表情で、恐れることなく斬殺していく。

 ジークが小さく呟く度に、地面が棘の様に隆起し魔物を串刺しにする。水の刃が現れ、近付く魔物を駆逐していく。

 ジークと魔物が戦闘を始めて数分も経たないうちに、辺りには魔物の死骸が溢れていた。それらは五十にも届こうかと思える程多かった。ジークに止まる気配は見られない。無表情に、無情に魔物を殺す。


 兵士はそこでジークの戦いに見惚れている事に気付いた。

 それも仕方ない事だろう。絶世の美青年がまるで悪鬼羅刹の如く魔物を殲滅していくのだ。そのギャップに周りの兵士たちもジークの戦いに見入っていた。

 顔に似合わぬ剛剣。二系統の魔術。

 次々と魔物の死骸を積み上げていく。

 兵士は自身の肌が粟立っているのを感じた。それだけではない。血がざわめいている。沸騰しているかのように脳は熱く燃え、剣を握る手は無意識に強く握られていた。

 ジークのその戦いぶり。

 兵士は英雄を見た。

 魔術師バルではない英雄を見た。

 兵士は一度目を強く瞑り、深呼吸して自身を落ち着かせる。恐れているのではない。高ぶりすぎているのだ。これでは、自身の力量を無視してしまいそうだ。

 兵士は目を開く。

 ほんの数秒、目を瞑っていただけで、新たに魔物の死骸が積まれている。

 兵士は深く息を吸って、魔物の群れに斬りかかった。

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