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スパニック

 レイ達がその報せを受けたのは、丁度、温泉から上がった時だった。



「おお!すげぇ!」

 レイが感嘆の声を上げる。

 魔族との後味の悪い戦いの後、彼らはリヨンへ戻っていた。

 サーシャに起こされたバルドは、怪我らしい怪我もしておらず、単純に気絶させられていただけだった。バルドに魔族の生死を確認してもらった所、魔族は確かに死んでいた。

 結局、魔族が死んだ理由ははっきりとしていない。心臓は止まっている。では、何故、止まったのか。それがわからない。

 レイはもやもやとした気持ちを抱えてはいたが、予想自体は出来ていた。

 とにかく、ジークの怪我も大したこともない。レイの体は好き放題折られたりしたが、バルドの魔術でほぼ回復している。日常生活に支障はない。


 魔族が虐殺を起こした理由は、魔族の言った通りのものだろう。それは魔族の言動で確信に近い所まで来ている。

 魔族の死体はその辺りに埋めてきた。わざわざ死体の首やらなんやらを持ち帰って、ジークの無実を証明する必要もない。恐らく、ハーベスタの斥候が一部始終を見ている。それで、ジークは冤罪で死刑になる事はない。


 レイはサーシャとジークのこれからは、まだ聞いていない。とりあえずは王国都市に戻る必要がある。件の事件が解決した事は王国都市の連中も知ってはいるだろうが、礼儀として伝える。それにサーシャを送らなければならない。

 サーシャはレイとバルドについていく事は出来ないだろう。立場があるのだ。

 ジークに関しては、虐殺を起こしてはいないが、それなりに犯罪を働いて来た。レイは、その辺りの罪をハーベスタに頼って、何とかしてもらうつもりである。それで、その恩を押し付けて、無理矢理、行動を共にさせるつもりだ。

 ジークの能力は総合的に見れば、四人の中で一番高い。遠近両方から攻める事ができるからだ。オールマイティに攻められる存在は心強い。

 バルドは場と補佐する存在がなければ、その真価を発する事は出来ない。威力だけなら、この大陸にも右に出る者はいないが、如何せん、運動神経がないのだ。避ける等の行動も致命的に下手くそである。

そんなこんなで彼等は王国都市に戻る前に、リヨンへ物資の調達、休憩を取るために戻ってきた。魔族と戦う前は、温泉があるなど知らなかったレイは、リヨンに温泉があると聞いて、すぐに温泉に入る事に決めたのだ。





「本格的じゃん!」

 石造りの湯船に並々と温泉が入っている。

 もちろん男女は分かれてはいるが、この温泉の前ではそのような事は些末な事である。

 レイは男女混浴ではないと知って、気落ちしていたが、目の前にどんと存在する温泉の前ではそのような気持ちはどこかへいってしまった。

「う、ぉぉ~…気持ちえぇ…」

 今はお昼時である。入浴している人数はただでさえ少ないのに、バルドの強面を見て、一般人は皆、出ていってしまった。

 つまりは貸し切り状態である。

 レイはこういう時にまでバルドの強面が効果があることに感謝していた。

「バルドさんも早く入ったら?気持ちいいぞ」

「お前な、風呂に入る前はまず体を流すのが礼儀だろ。それじゃあ、他の客に迷惑がかかる」

「んなこと、気にすんなよ、誰もいねぇんだし。真面目ちゃんだな、お前は」

バルドの言い分は至極真っ当な事である。

 しかし、レイはそんな事を守っている人間など殆どいないと思っている。

 温泉が目の前にあれば、とりあえず入る。それこそが人間の正しい姿だと信じているのだ。

「ったく…お前にそんな事を言っても無駄だったか…」

「そうだぜ、バルドさんよ。早くお前も入れって。マジ気持ちいいから」

 体を流し終えたバルドは湯船に浸かる。当然、レイはその頭皮に目がいっていた。

 汗が滲み、てらてらと光っているのだ。目を逸らそうとしても、磁石に引きつけられるように、目が離せなかった。

 これこそがバルドである。この頭の持ち主がレイの相棒のバルドだ。

 筋骨隆々、巨躯、強面、そしてハゲ。

「レイ、お前、どこ見てるんだ?」

 レイが笑いを必死に抑え、鼻をぴくぴくと動かし、バルドの頭皮を凝視していたら、バルドに声を掛けられた。どすの効いた低い声で。

「い、いや、どこも見ておりません…」

 レイは慌てて目を逸らす。ご丁寧に、手で顔を隠しながらバルドの視線を避ける。

 そのような行動をすれば、どこを見ているかなど丸わかりなのだが、レイはバルドの目が怖かったので、無意識下に動いていた。

「ど―――」

「そういや、ジークはどうして一緒に入らなかったんだろうな!」

 レイは秘密の単語を言われる前に、話題を変える。

 男湯には誰もいないとわかっている。しかし、隣には女湯があるのだ。木で出来た、薄い、簡素な衝立で仕切られているだけである。普通の会話でも女湯には聞こえてしまうだろう。

「わからん。裸を見られるのが恥ずかしいんじゃないか」

「男同士で何が恥ずかしいんだよ。もしかしてあれか?貧相な肉体を見られるのが恥ずかしいのか?まあ、お前は別としても、俺も中々鍛えてるからな。服の上からじゃ、わからないけど、ムキムキだし」

 ジークはレイ達と共に温泉に入っていない。

 レイが温泉に入ろうと決めた時、当然、ジークも誘った。裸の付き合いというモノは男同士でコミュニケーションを取るには最適だからだ。

 そこで、レイはジークがこれからどうするか聞こうと思っていたの。ついでにジークをからかう事が出来ていなかったので、ジークのからかいのネタを掴もうと思っていた。

 しかし、ジークは断った。

 今、どこで、何をしているかわからない。何を考えて断ったのかもわからない。

「確かに、レイはよく鍛えてはあるな」

 バルドはレイの上半身を眺めながら感想を漏らす。バルドだって鍛えた体である。何を思ってそこまで鍛えたのかは知らないが、バルド程の筋肉の持ち主はそういない。

「俺のは実用的な筋肉だからな。鍛えに鍛え抜いてるぜ」

 レイは上半身に力を入れる。大胸筋がぴくぴくと動いた。


 未だにバルドはレイの上半身を見ている。それもしょうがない。レイの体は筋肉より先に、目の付く特徴がある。

「そう言えば、怪我は大丈夫か?」

 不意にバルドは質問をする。

「まあ、大体はな。左手はまだ握力が戻ってない」


 レイはバルドに治療をしてもらっていた。しかし、魔族に踏みつぶされた左腕はまだ完治していない。

 バルドはどの属性の魔術も使う事が出来るが、それでも得意不得意がある。

 それに加えて、回復魔術と補助魔術は少し、毛色が違う。魔力の運用の仕方が、他とは異なるのだ。

攻撃魔術は属性として魔力を外に放つだけである。

 回復、補助魔術は、言うならば、対象の中に魔力を変遷して流し込むものだ。それぞれが特有の魔力を持つので、そんな事をすれば効果は薄まる。

 バルドは回復、補助魔術は苦手としているのだ。

 バルドは、回復魔術は対象に触れていなければ、使用することが出来ない。傷を塞ぐ事は簡単に出来る。骨折も多少の時間はかかるが、完治させる事が出来る。しかし、砕かれた、踏みつぶされた骨を治すと言う事は、バルドも未経験だし、魔族が言っていた通り、治りが遅い。


 補助魔術の範囲はバルド自身と近しい距離にいなければ掛からない。そもそもバルドは、補助魔術は速さを後押しする風属性しか使えない。

 つまり、戦闘の際にはバルドの回復魔術と補助魔術を期待する事は出来ない。

 それでも、バルドが魔術師として、規格外の力を有しているのは変わらないが。




 レイは左手をにぎにぎしながら感触を確かめる。物を持つ事は出来る。動かす事も出来る。しかし、剣を振るう事はまだ出来ない。

 だが、別段焦る事もない。

 魔族戦からまだ、二、三日しか経っていないが、少しずつ回復している。王国都市に帰る道中もレイが戦う必要もない。

「左腕以外は大丈夫なのか?」

「おう。他は完璧だぜ。ありがとな」

 湯気が濛々と立ち込める中、二人は温泉の気持ちよさに身を任せる。

 レイは目を瞑り、これからどうするかを考えていた。





 レイはふと思いついたのだが、隣の女湯にはサーシャがいる。

 サーシャも温泉と聞いて、目を輝かせていたので、レイはサーシャも温泉に誘った。

 サーシャは快諾して、レイとバルドに着いて来た。なので、今、サーシャは隣で、全裸で温泉に浸かっているはずである。

「サーシャぁ!いるー?」

 周りに誰もいないので、大声を出す事に何のためらいもない。

「どうした、レイ」

 特に間もなく、少しくぐもった声でサーシャがレイの呼びかけに応える。室内なので当然である。

「そっちは誰かいる?」

「誰もいないぞ。私一人だ」

「おお、そっちも貸し切りか。運が良かったな、俺達」

 どうやら、女湯も貸し切り状態のようだ。堅物のサーシャがレイの呼びかけに何のお小言もなく、返してきた事からもそれは伺える。

 女湯にサーシャの他に人がいれば、サーシャはレイに注意をしてくるはずだ。

「気持ちよくねぇか?温泉とか久しぶりに入ったから、テンション激上がりだぜ」

「確かに。これ程気持ちのいいものだとは知らなかった。私は温泉に入るのは初めてだ。王国都市には温泉はないからな」

「王国都市にはなくてもその辺の街にはあるだろ」

「私は遠征の時以外は、王国都市を離れないのだ」

 それもそうである。

 サーシャは王国騎士団長だから、好き勝手な行動は出来ない。遠征の際も、魔物を討伐する事に手いっぱいで、そんな余裕はないのだろう。

 レイはサーシャの経験の少なさを不憫に思った。

 なのでからかう事にした。

「サーシャちゃぁん!俺の隣にバルドがいるけどー!」

「そ、それがどうかしたのか?」

 バルドはまたかと言った風に呆れてレイを見ている。バルドに止める気が見られないので、レイはそのままサーシャに話しかける。

「もちろん、全裸なんだけどさー!」

「む……」

「いやー凄いね!バルドさんの肉体!これぞ英雄ってやつ?」

「……」

「サーシャも一回見といた方がいいと思うぜ!この筋肉の付き方は見習うもんがあるなぁ!」

「……」

「騎士団長なんだから筋肉の有用性はわかってるだろ?今、こっちは誰もいないから来てみろよ!」

「……」

 サーシャは何の反応も示さない。一度、唸ったきり、黙りこくってしまった。レイは少し、拍子抜けしていた。もっと面白い反応が返ってくると思っていたのである。

「どうしたんだ…妄想して悶えてんのかね」

 それこそ、予想ではあるが、顔を真っ赤にして、怒鳴り返してると思っていたのか、レイは首を傾げる。

 張り合いのないサーシャは面白くないのだ。

「怒って出ていったんじゃないか?」

 首を傾げるレイを見て、バルドが一つの可能性を口にする。

「いや、でもよ、あのサーシャが無言でそんなことするか?」

 そんな事は有り得ない。有り得てはならない。

 それでは本当に面白くない。

 楽しむことをやめるつもりはないが、線引きは出来ている。ならば、後の関係など無視してからかい尽くすだけなのだが。

「レイのあしらい方を覚えてきたんだろ。お前はまともに相手したら疲れるからな」

「酷い事を言うなよ。そんな事を覚えたサーシャはサーシャじゃねぇ」

 サーシャは真面目で、堅物で、融通が効かなくて、冗談の通じない女でなければならないのだ。外から見ると、それは美しく見えるから。

 バルドと似たようなものだ。

 手の届かないものは綺麗に見えてしまう。

「これに懲りたら、もう少し真面目になるんだな」

「うっせぇよ。俺は常に真面目だっつーの。んなこと言ってると、お前の頭を馬鹿にしちゃうぞ」

「…ほう、いいのか?」

「てめぇこそいいのか?」

 レイとバルドは立ち上がり、湯船の中、睨みあう。バルドは不敵に笑い、レイは不穏に笑う。もちろん二人は全裸である。裸の男達が不敵に、不穏に笑いながら睨みあっている。

 傍から見たら、非常にシュールな光景がそこには生まれていた。




 しかし、そのシュールな光景は、一人の侵入者によって破られた。

 男湯の入り口の扉が開く音がした。二人は揃ってそちらに視線を送る。しかし、立ち込めた湯気によって、朧気にしかその姿を捉えられない。その姿は割と小柄な人物だった。

 レイは新たに入浴しに来た客には申し訳ないと思ってはいたが、この状況だ。すぐに出ていってもらう事にした。

「悪ぃな。今、たてこんでんだわ。すぐに出ていってくれるか?」

 やはり、裸同士のぶつかり合いは欠かせない。ここでバルドと雌雄を決する必要がある。そんな時に、他人に邪魔をされるという、粋ではない真似を、レイはされたくなかった。

「二人は、また、いがみあってるのか?」

 しかし、聞こえてきたのは凛とした声。女性の声。レイとバルドにとって、非常に聞き覚えのある声だった。

 声の持ち主はレイの言葉を無視して、湯船に近付いていく。

 徐々に近付いてくる人影は、男にしては丸みを帯びていた。髪の毛も割と長めである。

 レイとバルドは固まっていた。まさか、という思いが支配しているのだ。

 まさか、本当に―――

「こっちも女湯と構造は変わらないのだな」

 そう言って現れたのは、サーシャだった。

 バスタオルで体を包んでいる。膝のかなり上のあたりで、それは途切れ、胸は、内から押し上げるように膨らんでいた。サーシャはきょろきょろと周りを見回している。サーシャの言葉通り、構造は変わらないのだろう。

 レイは頭の中だけは高速回転させていた。

 まさか、本当に来るとは思っていなかったのである。

 濡れた髪の毛が肌に張り付いて、異様に色っぽい。桜色に上気した頬もだ。足や腕に筋肉はついているが、女性らしさは失っていない。すらりと伸びた脚は、女性の願望を体現していた。くびれた腰も艶やかに曲線を描いている。

 そして、胸。


 レイはそこまで考えて考えて、思考がそれている事に気がついた。ちなみにここまで掛かった時間はゼロコンマ一秒にも満たない。

「い、いや、サーシャ、マジで来んなよ!」

「む、貴様が来いと言っただろう」

「だからと言って、男湯に来るのは常識的に考えて有り得ねぇだろ」

「別に男湯だろうが女湯だろうが構わない。それに人もいないよう、だ……し」

 言葉の最後にサーシャが妙に口ごもる。

 レイはなるべくサーシャの体を見ないよう視線を逸らしていたので、その理由がわからなかった。もちろんバルドも明後日の方を見ている。

「どうした?」

「き」

「き?」


 サーシャの奇声にレイは視線をサーシャに向ける。

 サーシャの視線は二人の下腹部に。


「きゃああああああぁぁぁ!」








「まったく!レイは最悪だ!」

 サーシャが悲鳴を上げてすぐに二人は湯船の中に体を沈ませた。

 しかし、それも意味もなく、サーシャは顔を真っ赤にして、走って、男湯から出ていってしまった。

 二人は顔を見合わせていたが、これ以上温泉に浸かっていても、意味がないと悟り、サーシャを追って出る事にした。

 その時、レイはバルドに頭をはたかれたが、文句も言う事が出来なかった。




 今は三人とも上がり、待合室で涼を取っている。

「いや、そうかもしんないけど…お約束な展開を作り上げたサーシャは凄いと思う」

 レイはしみじみと感想を告げる。

 こんな展開を作り上げたサーシャを素直に凄いと思っていた。

「かも、ではない!それに早く服を着ろ!」

 サーシャの言う通り、レイは上は肌着、下は下着だけである。ぴったりとくっ付いたそれはレイの筋肉を浮き上がらせていた。

 本来のレイなら下着一枚でいるのだが、サーシャがレイの上半身を見たら、不愉快な気持ちを持つだろうと思い気遣って、上半身を隠していた。

 だが、何故、レイはそのような薄着なのか。

「風呂から上がって、すぐ服着ると汗かくじゃん」

 それである。

 唯でさえ温暖な気候のアルメリア王国なのだ。せっかく汗を流したのに、またべたつく思いをレイはしたくなかったのだ。

「待合室でそのような格好をするな!」

 サーシャはレイとバルドからは顔を背け、怒鳴る。先程、見たモノを消化しきれていないのだろう。

「いいじゃん、誰もいないし。…それよりさ」

 レイは若干性的な嫌がらせになるかもしれないと思いながらも、からかいたくて仕方がなかった。

「バルドの筋肉はどうだったよ」

「~っ!」

ぎろり、とサーシャに睨まれ、ついでに頭をバルドにはたかれた。

「わかったよ。もうサーシャには聞きませ~ん」

 二人が本気で殺気を放っているので、レイはサーシャをからかう事を諦めた。

 しかし、サーシャを直接的にからかう事は出来ないが、レイはそれより面白い事を思い付いていた。

「じゃあ、バルド。サーシャはどうだった?」

 そこである。

 実際、バルドもサーシャに好意的な感情を有していると、レイは感じていた。本当な所、バルドがサーシャの事をどう思っているのか、レイは知りたかった。

「ど、どうって…」

 流石のバルドもレイの斬り込みうろたえていた。

 レイは笑いが漏れそうになるのを必死に堪える。目を限界まで見開き、バルドに促す。

 しかし、バルドは口を開かない。

「バ、バルド殿…?」

「サーシャ…」

 沈黙したバルドを心配したのか、それとも、自分の評価が気になったのか、サーシャがバルドに声を掛ける。レイは、遂に、にやにやしながら、二人を見守る。

 バルドの答え次第では、もう、たまらない事になるのだ。

 にやつきを抑えろと言う方が無理があった。

「い、いや……綺麗な体、だと思う…」

「っ!」

 サーシャの視線に負けたのか、バルドが、自分の感想をもらす。

 サーシャはバルドの言葉に俯いて、拳を握り、恥ずかしさに耐えていた。

 バルドも柄にもなく頭に手をやり、照れていた。

 二人はレイを忘れて、甘い雰囲気を作り出す。


「…」

 似たような光景をレイは一度見た事を思い出していた。その時もレイの心の内にはどす黒い何かが湧いてきたが、今回も当然のように湧いていた。

 前回より酷い。

 前回は、ただ面白かっただけではあるが、今回は違う。レイは本気で二人に嫉妬している。バルドに、ではない。二人にである。二人の光景は一度は手に入れたかもしれないモノだったのだ。

 しかし、今では絶対に届かない、その想い。


 レイは頭を強く振って、頭に巣食った何かを振り払う。

 魔族戦から、少し、不安定になっているようだ。線引きもしたし、後悔もない。ないはずなのに、胸が痛む。痛むから、二人を羨ましいと思ってしまう。そう思うと、後悔をしている。

 レイという人間が不安定になっていはいけない。揺らいでも、折れてもいけない。


 レイが、レイを再起動していると、待合室の扉が開かれた。

 その先に立つ人物はジークだった。汗を流し、息も上がっている。もう、顔に布を巻いてはいない。事件が終わった今、リヨンなら巻く必要もない。


 焦ったようなジークはレイの半裸を見て、頬を染めた。


「って、おい!何、俺の体を見て恥ずかしがってんだよ!」

 レイはたまらずジークに食いつく。自分達と一緒に入らなかったのはもしかして。

「お前、ホモか?ホモなのか!?嫌!そんないやらしい目で俺を見ないで!バルドの方がおいしい体してるから!狙うならバルドにして!」

 レイはこれ幸いと言った風に喚き散らす。こうやって馬鹿をやっていれば、すぐにレイに戻る。

「ち、違う!」

 珍しくジークが大きな声を上げる。こうして聞いてみると、なよなよした声だ。

 レイは今まで気付かなかった事に恐怖した。

 あのわけのわからない剣の速さも変態補正のなせるものだろう。レイはそう断じる事にした。

「嘘だな!お前は女になりたいと思ってる!俺は見抜いてるぜ!お前、たまに体重の掛け方が女になるんだよ!そして、慌てて戻す!くそ、どうして今まで気付かなかったんだ!俺の貞操の危機が目の前にあったのに!」

 嘆きながらもレイはジークと距離を置く。少しずつ後ずさりながら、器用に服を着ていく。服を着終わった所で、三度、バルドに頭をはたかれた。

「ジーク、何か慌てていたみたいだが」

 バルドはすっかり本来のバルドである。レイは頭を触りながら、頭皮を気にしていた。


 ジークはレイの喚きに更に違った慌て方をしていたが、バルドの言葉に冷静さを取り戻す。一度、息を吸い込み、唾を飲み込んで口を開いた。

「…あ、ああ…王国都市が…魔物に襲撃されている…」

 ジークの言葉にサーシャとバルドは息を呑んだ。


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