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アホとハゲ

雰囲気変わります。

 人の振り見て我が振り直せという言葉がある。

 なるほど言いえて妙な言葉である。先人はこのように非常にためになる言葉を多く残してきた。

 後悔先に立たず。これもまた非常に素晴らしい言葉である。後悔は先に立たない。当たり前だが、真理を表している。

 孝行したいときに親はなし。これはそのままの意味だ。今言いたいことと少しニュアンスは違うが。

 つまり言いたいことは何なのか。


「これからは今まで以上に頭皮を労わろう」

 レイは心からの呟きを洩らした。

「ああん!?」

 小さく呟いたつもりだったが、レイの目の前に座る30前後の、頭皮に「毛」という概念を持たない男に聞こえてしまったようだ。

「つーかてめぇ俺の話聞いてたか!?」

「聞いてた、聞いてた。つまりアレだろ。どうやったら発毛するか、だろ?もういい加減諦めろって。お前は毛根レベルで毛というものに嫌われてんだよ。いいじゃん。無様にハゲ散らかすより。むしろ清々しいね。尊敬しちゃうわ。お前の毛根の潔さに」

 目の前の男はレイ、いやあらゆる男にとって畏怖の対象だった。二十代で自らの頭皮の毛根すべてを消滅させる。そんな芸当は常人には不可能だろう。しかしこの男はそれを達成させたのだ。もし、自分が男の立場だったら。そう考えるだけで、全身の肌が粟立つ。恐怖のあまり、命を絶ってしまうかもしれない。そう思うと目の前の男は並々ならない意志の強さを持っているのだろう。まさしく尊敬と恐怖を受けるに相応しい男であった。

「聞いてねぇだろうが!!このアホ!」

 ハゲは机を強く叩きながら顔を近づける。しかしレイの視線は彼の男の頭部へ。


 すげっ。血管浮き出てるよ。ありえねぇ。

 

 レイは笑いを抑えるのに必死だった。


 そもそもなぜレイはこのような潔いハゲと場末の酒場で二人話し合っているのだろうか。

 それは今日の昼時にハゲが気になる噂話を聞いたと伝えてきたからだ。レイとしてはその場で伝えてくれればよかったのに、ハゲは、夜いつもの時間にいつもの酒場で、と言い残し去って行ったのだ。めんどくさいなぁと思いながらもレイはいつもの時間より一時間ほど遅れて酒場に出向いた。その時点でハゲは、恐らくは酔いではなく怒りで、顔が真っ赤だった。蛸かよ、と笑いを抑えるのに苦労したのは言うまでもないだろう。

「冗談だって。そんなにいきり立つなよ。

…かつらをつけようか悩んでんだろ?やめといたほうがいいと思うぜ。お前がいきなりふさふさになれば、みんなすぐにかつらって気付くだろ」

「…まだ言うか!わかった。その喧嘩買うぞ」

 レイは嫌な予感がした。目の前のハゲが頭部の血管を引っ込め、厭らしく笑っている。まるで無様な罠に掛かった兎を見る狩人のように。

 だが、この男に何が言えるのか。レイの頭皮はまだまだ元気である。冒険者としては珍しく、毎日風呂に入り髪の毛を洗っているのだ。食生活も、適度に野菜を取り、酒も飲みすぎないようにしている。睡眠時間は不規則になりがちだが、できるだけ最低五時間は寝るようにしている。髪の毛以外で目の前のハゲがレイに言えることは何もないのだ。それとも髪の毛以外に何かあるのだろうか。

「はっ!お前に髪の毛以外で負ける気はないね。お前の髪の毛は頂点だよ。なんつったってないんだからな。こっちが罪悪感で棄権しちまうっつーの」

 しかし、売られた喧嘩を買わないのは男が廃る。

 ハゲはレイが喧嘩を売ったと思っているようだが、レイとしては喧嘩を売られたように思っていた。恐らくはレイは酒が入っていて、正常な判断を下すことができなかったのだろう。もし酒が回っていなかったらハゲが声を発した瞬間殴り倒していた。いや、その前に本来の話に戻していただろう。


「二十九歳童貞野郎が!!」


「なっ!」

 レイは絶句した。まさか、なぜ。意味のない単語がレイの頭の中をぐるぐると回る。どうしてこの男がそれを知っているのか。誰にも話したことなどなかったはずだ。それなのになぜ。

「てめぇ!ハゲ!なんでそれを!」

「前にお前が酔いつぶれた時に言ってたんだよ。

俺は~この年になって~まだ~女性経験がない~、ってな」

 あの言い方は自分の真似だろうか。レイは激しく苛立った。この男は言ってはいけないことを言った。まるで竜の逆鱗に触れたかのように。虎の尾を踏んだかのように。

「ハゲ、この野郎!お前言っちゃいけないこと言ったな!

はん!てめぇこそそんなごついナリして、剣を振うのにかなりへっぴり腰じゃねぇか!いくら魔術師だからってあのへっぴりはねぇわ!」

 レイはそう言って剣を振う真似をする。その振り方は、内股で腰を引き、かなりへぼい感じの振り方だった。まだ子供のほうがマシだろうと言えるくらいに。そう。目の前のハゲはかなりごついのだ。まさしく歴戦の戦士。斧を振り魔物をなぎ倒す豪傑。そんな雰囲気を醸しながら、武器を扱うことは一切駄目。素手で戦えるわけでもない。だから魔術師。悔しいことにレイは、こと魔術に関しては、ハゲとの差は蟻とドラゴン位に違うのだった。

「だいたいよぉ!そんだけ魔術が得意なら発毛の魔術でも研究したらどうだ!もし開発に成功したら億万長者だぜぇ!ふひひははは!」

 レイは自分でも何を言っているかわからなくなっていた。羞恥とアルコールのせいで思考能力が著しく低下していたのだろう。

「二十九歳童貞野郎に何言われても堪えんな~。僕ちゃん、女の子の手は握ったことはありまちゅか~?」

「それぐらいあるわ!ハゲ!」

「じゃあ二十九歳童貞野郎は、キスしたことはありまちゅか~?」

「キスもあるっつーの!なめんな!後、何度も二十九歳童貞を連呼すんな!」

 二人ともいい感じにヒートアップしてきたようだった。周りの荒くれどもも二人の口論から殴り合いへと発展しないか期待していた。

 しかし、いくらハゲが運動神経がからきしでもレイとの身長差は一五㎝近くある。リーチに差があるのだ。その上筋骨隆々でもある。適当に振り回した一撃でもかなりの威力があるのだ。そういう理由でレイとハゲの殴り合いの喧嘩の勝率は今のところ五分五分だった。

 レイが目の前のハゲの顎目掛けて拳を振り上げようとした瞬間、レイは頭、ハゲはレバーにに衝撃が走った。不意に撃たれた神の一撃の如き衝撃は二人の男を悶絶させた。レイは恨みの籠った目線をその一撃の持ち主に向ける。

 女将さんだった。この場末の酒場のマスターであるおばちゃん。通称女将さん。横の広さはハゲにも負けず劣らずのもので、ドラゴンの咆哮じみた音を鳴らして放たれる拳は、今まで悶絶しなかった者はいないと伝説化していた。

「あんたら!いい加減にしないか!また喧嘩したら出禁て言ったろ!」

「いや、でも、女将さん。このハゲが人の心の奥にある恥部を晒すからで…」

「言い訳無用!」

 女将さんはそう言って机を叩く。ハゲの一撃でもびくともしなかった机に罅が入っていた。レイは恐怖した。目の前の女性はハゲより力があるということになる。逆らうことは神に逆らうことの様なもの。レイは素直に謝ることにした。

「ごめんなさい!女将さん!もう二度と喧嘩しません!」

 無論レイは土下座した。神の前で頭を上げるなど恐れ多くて出来なかったからである。

「あんたらはいつもそういうね。本当にもう二度とするんじゃないよ。口喧嘩も禁止。わかったね」

「わかりました!ここに誓います!」

 まったく、と呟きながら女将さんは店の奥に引っ込んでいった。レイは安堵した。これで命の危機は去ったのである。それにここを出禁になると非常にまずい。場末とは言えこの酒場は旨い、安い、早いの三拍子揃った良質な店なのである。安定した収入のない冒険者としてはまるで女神の泉のような場所であった。

 それよりもハゲである。さっきから謝っていたのはレイだけだ。なぜ奴は謝らなかったのか。ここを出禁になってもよいのだろうか。そう思いハゲに目を向けると、ハゲはまだ悶絶していた。そういえばハゲはレバーに神の一撃をもらっていた。そのダメージは彼の臓腑に多大なダメージを与えたのだろう。レイは急に目の前で蹲るハゲが気の毒になってきた。

「なぁ、おい、大丈夫か?」

「…あ、ああ。なんとか」

「なんつーか、ハゲハゲ連呼して悪かった。ごめん」

「いや、こっちも悪かったよ。すまん」

 お互い謝罪し合う。この店では非常に見慣れた光景であった。ある意味名物と言ってもいい。周りの荒くれどもは殴りあいがなく不満そうだったが、二人は笑いながら席に着く。なんだかんだ言って仲のいい二人だった。

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