第二部 プロローグ
お久しぶりです。
しばらく更新していなかったのは申し訳ありません。
これから何話かはぶっ続けで投稿します。
アルメリア王国。
大陸の、中央から見て南に位置する大国である。人口凡そ六千万。年中、温暖な気候に恵まれ、農作物等がよく他国へと輸出される。錬鉄、製鉄に関しては、大陸で共に一、二を争うカート帝国に負けはするも、総合的な国力は、今やアルメリア王国の方が上である。
当然、それ程の大国だから、様々な人種がいる。肌の白い者や黒い者。果ては亜人と呼ばれる人と他の種族との混血も見られる。
最近では、アルメリア王国内で魔神信仰なるものが流行している。魔神を崇め奉り、それによって救済を求めるといったものだ。民の信仰としても強い力を持ち始めている。
アルメリア王国内では、神国アーセほどの宗教への執着はなかったのだが、魔神信仰によって、徐々に宗教といったものが現れ始めている。
具体的には、一つの集団が出来ている。名前もなく、実体もよくわからないものではあるが、確かに集団として機能している。王国内の街に魔神信仰のシンボルとしての建造物を建てたり、魔神信仰を説き伏せて回る者もいる。
王国内の重鎮たちも、魔神信仰を信じている者は多い。流石に、王、宰相程の人物になれば、その程度のまやかしにかかる事はないが、貴族達の多くは信仰している。
王は魔神という枠組みで、特別視する事を許しはしないが、魔神の要求には応える事にしている。
国と民を守るためだ。強大な力を持つ魔神に逆らえば、何かしらの不利益が国内に降りかかる事は確実である。貴族達はその事に気付かず、ただ、魔神を称えているだけだ。
アルメリア王国、アルメリア王国都市。正方形の外壁に囲まれた王国のブレインである。
今現在、そのアルメリア王国都市内にある、アルメリア城の会議室では多くの人間が頭を抱えていた。
「どうする。これ程、魔物が襲撃してきた事は初めてだぞ」
アルメリア王国騎士団副団長、ウェイン=ハーバーが口を開いた。
齢五十を超え、尚も鍛え上げられた体をしているが、前線には立っていない。過去、魔物の襲撃の際、足を失い、今では、騎士団長であるサーシャ=コールの補佐的な役割を担っている。
ウェインは白髪交じりの髪の毛を撫でつけ、もう一度口を開く。
「こちらの戦力はおおよそ九千。魔物共の数は正確にはわからないが、六千近くいると思われる。一週間前の襲撃からこちらの兵は三千も失っている。何かの手段を講じなければ、この国は壊滅するぞ」
一週間前、王国都市に魔物が襲撃した。今までの襲撃とは桁が違う量で。王国都市を襲撃される事は、今までに何度かあったが、ここまで大規模な襲撃はなかったのだ。当然、王国内の民は恐慌に陥り、錬度の低い王国騎士団も蹴散らされている。
王国騎士団の元の全勢力は約一万五千。近衛として三千差引、魔物の襲撃には一万二千であたった。
それも、たった一週間で九千まで減らされた。
魔物は、小賢しく、隊列を組み、休憩を挿みながらも襲撃を繰り返している。
目に見える範囲にはいないが、襲撃の際にはどこからともなく現れてくるのだ。
「わかっている。それより、他の街に被害は出ておらぬのだな?」
重々しく口を開いたのは、アルメリア王国第四十二代目の王、グスタフ=アルメリア=ゴーンである。既に六十を超えた男ではあるが、その卓越した手腕でアルメリア王国をここまで導いて来た男である。若々しさを未だに失っておらず、その目には少年のような輝きが常に灯っていた。
しかし、今ではその輝きも失われている。
「はい。不思議な事に、襲われているのは、この王国都市だけです。斥候にも確認させています。まず間違いなく他の街は無事でしょう」
王の問いかけに応えたのは、まだ若い女性だった。ギルドアルメリア王国支部ギルド長、ハーベスタ=トーレスである。彼女はギルドで独自の斥候を有しており、それを国中に放っている。
最近では、ある事件に斥候を中心的に放ってはいたが、その優秀さは折り紙つきだ。ハーベスタの報告通り、他の街に被害は出ていないと考えてもいい。
「どうすればよい、か…」
グスタフは独りごちた。
ウェインの言う通り、このままでは王国都市、いや、アルメリア王国自体が壊滅する。魔物達が急にこの王国都市を襲った理由はグスタフにはわかっていない。魔神に生贄を差し出してはいるし、何か不興を買うような事をした覚えはない。
しかし、今は、理由を考えるよりは、対策を考える方が先である。
「ハーベスタ、ギルドの方で兵を出せないか?」
保身的な貴族達は既に逃げてしまっている。
魔物に囲まれているこの状況で逃げ切れるとは思わないが、お世辞にも頭が良いとは言えない貴族達に、王国都市内に留まれと言っても意味はない。
むしろいてもらっては邪魔になる。
「出来ない事もありませんが、出せても精々五百が限度かと思います」
冒険者は戦力になる。個々の能力が高いからだ。
しかし、人数が少ない。それに死ぬ確率が非常に高くなるのに、わざわざ志願する者は多くない。冒険者も基本的には恣意的な人間である。
「王よ、もう持たないぞ。後、持って一週間だ。それまでにどうにかせねばなるまい」
ウェインは前線に立ってはいないが、誰よりも戦況を把握している。四方から攻められているこの状況では、戦力が分散し、一気に叩く事が出来ない。
魔物にそれ程の知恵があるはずはないのだが、誰かの指揮を受けている可能性もある。
「騎士団長と魔術師バルドはまだなのか!」
誰かが、癇癪を起こす。それはこの場にいる全員が思っている事を代弁していた。
アルメリア王国騎士団長のサーシャ=コールは、まだ二十かそこらの若い女ではある。しかし、その力量はアルメリア王国騎士団でも飛び抜けている。彼女が先の事件の依頼から戻ってくれば、それだけでも騎士団の士気はあがる。
そして、冒険者の魔術師バルド。王ですら知っている冒険者。
噂に聞く、規格外の魔術師。人となりも良く、正式に依頼をすれば、恐らく受けてくれる。
「二人は無事なのだろうな」
彼等が、虐殺を起こした男の捕縛ないし討伐に向かっている事は、当然、王も知っている。王国からの依頼だからだ。詳細は宰相に任せてはいたが、彼等の動向を知っているのはハーベスタである。
そのハーベスタの報告で二人が危機的状況に陥りはしたが、男の討伐に成功した事は皆、知っている。
「一人を除いて、大した怪我はしておりません。王国騎士団長様もバルド様も無傷です」
斥候を飛ばして、すぐに王国都市に戻るよう伝えてはいるが、魔物に囲まれたこの状況では迂闊に近付く事が出来ていないのだろう。帰還は遅れていた。
「あの二人、特に魔術師バルドがいれば、どうにかなるかもしれない」
ウェインがまた声を上げる。
確かに、ウェインの言う通りである。ドラゴンですら討伐した事のある魔術師バルドならこの状況を打破する事は出来るはずだ。
結局は二人の帰還を待つのみ。会議室の中には息苦しい沈黙が充満する。誰もが口を開かない。自分達の無力さに呆れているのか、死ぬかもしれないという恐怖に押しつぶされているのか。
恐らくは後者の方だろう。前者のような殊勝な心の持ち主は、アルメリア王国の首脳陣には少ない。
不意に、沈黙を突き破るように会議室の扉が勢いよく開かれた。
「失礼します!王国騎士団長サーシャ=コール様と魔術師バルド様がご帰還されました!」
伝えてきたのは王国騎士団員。その顔は希望に満ち溢れたものだった。
「おお!ようやくか!」
誰かが、声を上げる。その声も待ちに待った宝物がようやく手に入った事を思わせるようなものだった。
会議室にいた全員が顔を上げる。
誰もが、期待する。これで死ぬ事はない、と。
グスタフとウェインはそれでも、曇った表情を晴らす事はなかった。
王国内の重鎮たちが、頼るのは結局他人。自身の利権を守るため、騎士団に予算を割く事を是としなかった者達が、頼るのは騎士団。そして、利用した冒険者。
グスタフは内心で溜め息をつく。
ウェインは内心で呆れかえる。
二人は王国の前途を不安視せざるを得なかった。