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絶望の先

 目の前の男が高笑いを上げる。心底愉快そうに。それこそ人生の楽しみがそれに全て詰まっているかの様に。

「あははははははははは!最高だよ!その顔、その表情!ぞくぞくする!」

 自分の体をかき抱きながら、少しずつ近づいていく。狂った笑いを上げながら、少しずつ、少しずつ。

 他の三人は既に地に伏せている。

「あ……あぁ…」

 サーシャ=コールは無意味なうめき声しか上げることが出来なかった。全身が恐怖で震えている。腰は抜けて、地面に座り込んでしまっている。王国騎士団と共に出向いた時より、酷い。生物が持つ根源的な本能がバルドの姿をした(・・・・・・・・)男から逃れよと命令する。しかし、体が動かない。

「素晴らしい!人間って本当に素晴らしい!そんな顔を浮かべるのは人間だけだ!僕たち魔に属するモノは絶対にあり得ない!」

 未だ、常人では絶対に浮かべることが出来ない様な笑顔でサーシャに近づいていく。

「ああ、僕は何て罪深いんだろう!こんなに綺麗な子の命が僕の手の平にあるなんて!ああ、興奮する!どうしよう!」

 男はぶるっと体を震わせ一度立ち止まる。サーシャとの距離はもう幾許も無い。

「サーシャ!早く逃げろ!」

 レイの声がどこか遠く聞こえる。サーシャはもう何も考える事が出来ていなかった。殺される、殺されない以前の問題で、何も考える事が出来ない。考えることが出来なくとも、脳髄は逃げろと命令する。意識と肉体が剥離して、その命令は届くことがない。無様に震えて、この先に待つ惨劇にその命、魂を差し出すことしか出来ない。

「どうしようどうしようどうしようかなぁ。迷っちゃうよ」

 男は遂にサーシャの前に辿り着く。しゃがみ込みサーシャと目線を合わせる。

「ひっ」

 サーシャは情けない悲鳴を上げる。自分で情けないと思うこともなく。

 体は脳の命令もなく、後ろへにじり出す。しかし、それで男から逃げる事が出来る訳もない。男はサーシャの髪を掴み上げる。

「うぅ……」

 サーシャからくぐもった声が上がる。髪の毛を掴まれ、顔を無理矢理上げさせられる。

「う~ん、本当に迷っちゃうなぁ…」

 男はバルドを模倣している。その力は自分が思っているより強い。サーシャは苦悶の表情を浮かべている。

 男はサーシャノ顎を掴み、自分の顔を近づける。

「い…やっ」

 顎を掴まれろくに喋る事も出来ないが、サーシャが意味のある言葉を上げる。拒否を意味する言葉だった。

「普通に殺すだけじゃ面白くないし…」

 男は迷う。サーシャの殺し方を。サーシャは何もすることが出来ない。

「サーシャぁ!」

 レイの声が空しく響き渡る。




===============




 レイ達は鍛冶屋を出た後、すぐに行商から聞いた休憩所に向かう事にした。場所を詳しくは知らなかったが、宿屋の店主に聞けば場所はすぐにわかった。行商達がその休憩所を多用する事は普通の事らしく、割と分かりやすい位置にあるらしい。リヨンから約一日の日程で行け、レイ達が今、出発すれば、明日の朝には着く。

 レイ達は一度自分たちの装備を確認して、リヨンを出発した。

 リヨンから休憩所の道のりも特に何があるという訳ではなかった。魔物が出てくるという事もなく、天候の悪化で足止めを食らう事もない。非常に調子のいいものだった。

 そしてレイ達は休憩所に到着する。時刻は朝。日は出ている。周りにはレイ達以外誰もいなかった。



「ここか」

 レイが口を開く。

 辺りには草原が広がる。街道の側に建てられた休憩所はありふれたものだった。大きめの民家のようなもの。少し老朽化が進んではいるが、十分に使える。

「ここにいる奴がどうかは知らないけど、気は抜くなよ」

 レイは三人に忠告する。休憩所に住み着く様な人間は少なくない。職を失い、家を失った人間が住み着くにはもってこいのものだ。しかし、ここには一人しかいないらしい。レイは男の言っていた事も気になっていた。誰を待っているのか。疑問は尽きない。

 三人はレイの忠告に首を縦に振って応える。誰もが真剣な顔つきをしていた。

 レイは休憩所の扉から少し離れた所に立つ。三人は後ろに立たせてある。もしもの時に備えてのためだ。ここにいる男が件の男と関係しているなら、不意打ちもあり得る。扉ごと襲われるかもしれない。襲撃されたとしても、能力的に一番力のないレイが倒されても、問題はない。サーシャもジークもバルドと連携して動く事はもう出来る。しかし、念には念を。レイは埃程の油断を許すつもりはなかった。

 レイが三人に頷いて合図を出す。バルドはいつでも魔術を放てるように身構える。サーシャは槍を手に持ち、心持ち少し体を沈ませる。兜は脱いである。もし、関係なかったら威圧になって口を開かないかもしれないからだ。ジークは腰に掛けられた剣に手を掛けていた。

「おーい!誰かいるか!」

 レイが大きな声を上げて、問いかける。少し間を置いて、中から何かが動く様な気配がした。扉の取っ手がゆっくりと動き出す。四人は更に緊張感を高める。

「はい」

 出てきた男は、聞いた通りの男だった。年は若くも見れるし、老いても見える。薄い赤い髪。服装もありふれたもの。特徴をあげるなら、特徴がないという事になる。男の姿が見えなくなったらすぐにでも忘れてしまいそうな顔だった。

「何ですか?」

 男が疑問の声を上げる。見た所、おかしな所は何もない。それでもレイは油断なく男を見据え、答えを返す。

「お前がここに住んでるっていう奴か?」

「はい、そうですけど…それがどうかしたんですか?」

 受け答えにも普通に応える。

「何で、こんな所に住んでいる」

「職を失って、家も失ってしまって…」

「誰かを待っている、と聞いたが?」

「何で、そんな事まで知ってるんですか?」

「噂でな。ギルドからお前の調査をしてこいと頼まれた」

 もちそん、嘘である。

「はあ、そうなんですか。…待っているというのは妻です」

「妻?」

「はい、職を失った時に逃げられてしまって。ここで待っているんです」

「そうか…じゃあ―――」

「レイ」

 レイが更なる質問をしようとした所、バルドから制止の声が掛けられる。レイは後ろを振り返る。後ろに振り返っても、当然、神経は男に向けられている。

「何だ?」

 レイは男には聞こえないように声を顰めながら、バルドに聞き返す。

「この男は関係ないんじゃないか」

 バルドはこのような普通の男に、「事件」を起こすほどの力と狂気があるとは思っていないようだった。既に構えを解いている。レイが振り返った時に、サーシャとジークも見えたが、二人も既に構えを解いていた。

「油断してんじゃねぇよ。まだ決まったわけじゃない」

 レイは三人が構えを解いている事に不満を持ったが、注意をするにしても、男の目の前ですることは出来なかった。いきなり、不審がられたら男が何をするかわからないのである。

「けど、お前以外は全員白だと思ってる」

 バルドの言葉にサーシャとジークも同意する。

「お前らが白と思っても、俺が白と思ってない」

「…そうか。じゃあ、好きにしろ」

 バルドは不満げに声を漏らす。バルドもサーシャもジークも甘い。レイは無害そうに見えている人間でも疑う事はやめない。疑心暗鬼に陥っても、自分が確実に白と思うまでは絶対に疑い続ける。レイは今までそういう人間を多く見てきていた。

「わりぃな。じゃあ、この男を…」

 レイは男に会話を止めた事を謝罪しながら、外套の右ポケットを探る。しかし、そこには何もなかった。

 ジークの似顔絵をポケットの中に入れておいたはずなのだが、ポケットは空である。両方のポケットを探ってみても何もない。

 もしかしたら、リヨンでの騒動の時に落としたのかもしれない。激しく土下座をしていたから、落ちていても不思議はない。

 レイは舌打ちをした。ここでそのような失態。新調した武器を手に入れて、浮かれていたのかもしれない。しっかりと準備をしたつもりだったが、穴があったようだ。

「お前ら、似顔絵は持ってない?」

 持ってないと思いながらも、レイは三人に聞く。返ってきたのは否定の言葉。レイはもう一度舌打ちをした。

 こうなっては仕方がない。ジークの顔に巻いてある布を取ってもらう事にした。


 もしかしたら、バルド達の言葉に、レイも少し油断してしまったのかもしれない。

 普段通りのレイだったら、絶対に犯さない失敗だった。

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