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詩人の詩

昨日はレイとバルドの騒動で聞き込みどころではなかった。レイが暴走して、バルドの頭部について馬鹿にしまくったところ、サーシャにキレられ、バルドには秘密をばらされそうになった段階で、レイは土下座した。リヨンの住民は気の毒そうにレイを眺めていたが、同情の言葉を掛けられることはなかった。ジークは騒動が一通り収まった後、しれっと三人の元へ戻っていた。

 今、四人は鍛冶屋へ向かっている。

 レイがリヨンへ到着した日に、老人から譲り受けたミノタウロスの角を使って刀を作るよう頼んだのだ。レイは一人で行くと言い張ったが、サーシャもジークもレイが作った武器に興味があるらしく、無理矢理着いてきた。バルドはやることがないから、意味もなくついてきていた


「なんか有名な詩人が来てるらしいな」


 レイは昨日の事をまだ引きずっていたので、少し元気がなかったので、四人は特に何も喋ることなく鍛冶屋に向かっていたのだが、そんな中、街の人間の噂話を聞いた。

「詩人?」

 サーシャが興味深そうにバルドに話しかける。

「そうらしいな」

「むぅ…詩人」

「見に行きたいのか?」

「そ、そんなことはない」

「そうか。じゃあ、鍛冶屋に行くか」

「あ…」

 二人は口を開けば、楽しそうにおしゃべりをしている。バルドもサーシャをからかう癖がついてきたようだった。

「嘘だって。レイ、見に行くのは構わないか?」

「…ああ、いいよ」

 レイも気分転換として詩人の詩を見に行くことにした。昨日は、バルドに失態を見せてしまったのだ。誰かの言葉で、アホで、いつもふざけていて、口の悪いレイの仮面が剥がれた。一瞬の内の出来事だとしても、バルドには気付かれただろう。バルドは追及してくる事はなかったが、疑問に思っている事は間違いない。

「ジークもいいか?」

「…」

 バルドの問いかけにジークは無言で頷きを返す。

 四人は住民の流れに乗って、詩人の詩を見に行くことにした。



 街の中央部にある広場には人がごった返していた。多くの人間がいる。老若男女関係なくいるが、やはり、年若い娘が多く見られた。

「そんなに有名なんだろうか」

 きょろきょろと辺りを見渡していた、サーシャが呟きを漏らす。

 確かに、これ程の人間がいるというのは珍しい。ざっと見て、住民の五分の一程はいるのではないだろうか。レイは王国内にこれ程有名な詩人がいることを知らなかった。


「あ!出てきた!」


 広場の中央にはテントが建てられ、その前には檀上が用意してあった。誰かの声に呼応するように、皆がその先を見る。

 一人の男が壇上に上がっていた。

 男の特徴はとりたてて、取り上げるものではない。薄い茶髪に、薄い顔。それだけで説明できるものだった。

 しかし、男が壇上に上がった事を確認すると、周囲から黄色い歓声があがった。


 男がゆっくりとお辞儀をする。すると、先程まで、ざわめいていた群衆が、水を打ったように静かになった。誰もが詩人を見ている。

「これから歌うは真実の物語。切ない恋の物語。残酷な愛の物語。悲劇であれど、美しい。美しいが故に、悲劇である。そんな、少年と歌姫の、永遠の愛の物語」

 詩人はそこで一端、息を吸う。

「この物語を聞いて、何を思うかは皆様次第。どうか御静聴あれ」

 もう一度お辞儀をして、詠いだす。



 ああ!歌姫よ!どうして貴方が生贄なのか!他の女ではいけないのか!


 仕方ないのです。魔神が決めたことですから


 魔神め!我が最愛の歌姫を奪うか!


 貴方は私を忘れて、幸せになってください




 何度、傷つき、死にかけたか


 それでも、僕は諦めない


 歌姫よ、生きていてくれ!すぐに救いに行く!




 よくも歌姫を汚し、殺したな、魔神!


 人間如きが何を言う。女は全て私のためにあるのだ


 だが、彼女は僕の婚約者だった!他の女がどうなろうと知りはしない!彼女だけは、貴様のモノではない!


 ふん、よく囀る人間だ。気に食わない。殺してやろう


 行くぞ!魔神!歌姫の仇を討ってやる!




 弱い、弱いな人間よ。脆弱な人間が私に勝てると思ったか。


 く、まだだ!まだ終わってない!


 どこまでも私をイラつかせる人間だ。よかろう。貴様に罪を与えよう。私は今から、貴様の国を滅ぼす。貴様は国を滅ぼした罪に潰され、生きるがいい


 待て!僕はまだやれる!



 

 ああ、歌姫よ。このような姿になって


 ―――


 僕に力がないから、君を救えなかった


 ―――


 歌姫よ、何か言っておくれ


 ―――


 本当に…君は…死んで、しまったのか


 ―――


 すま…ない。全てを救うと決めたのに、何も救えなかった


 ―――


 もう一度、君の声が聞きたい


 ―――


 これは、罪滅ぼしのつもりでもある


 ―――


 だから


 ―――


 すぐに君の元へ向かうよ




 詩人が詠い終える。

 誰も口を開かない。詩人の美声に胸を打たれたか。その悲しき愛の物語に同情しているのか。

 詩人が最後にもう一度お辞儀をする。そのまま彼はテントの中に戻って行った。

 そこで、ようやく拍手が起こる。最初はぱらぱらと。次第にそれは大きくなっていく。誰もが詩人の詩を讃える。

 最終的に拍手は街中に響き渡る程大きくなっていく。涙を流す者もいる。

 そんな中、レイとジークだけは微動だにせず立っていた。




 約十分、拍手は収まらなかった。余韻を惜しむようにその場を去る者はいなかった。しかし、誰一人アンコールを求める者はいない。詩人の詩を二度聞こうと思うはいない。一度で全てが凝縮されていたのだ。アンコールを求めるというのは、詩人に対する冒涜と言えた。 

 今では、皆、去ってしまった。レイたちも鍛冶屋へ向かっている。

「すごかったな」

 バルドが感心したように一人ごちる。

「ああ。恥ずかしながら、私は少し泣きそうになってしまった」

 その独り言にサーシャは言葉を返す。実際、サーシャは少し泣いてしまっていた。詩人のその技量に圧倒されたのかもしれないし、その悲劇に感化を受けたのかもしれない。

 しかし、レイはもやもやとした気分を抱えていた。詩人の詩は確かに素晴らしかった。あれ程の人間を知らなかったことを後悔している気持ちはある。だが、本音は意識して避けていたのかもしれない。

「詩人の声も素晴らしかったが、その内容に感銘を受けた。愛というモノは深いのだな」

 サーシャは恥ずかしそうにバルドをちらちらと見やりながら声を上げる。

「少年のしたことは罪深いかもしれないが、それでも私は美しいものだと思う」

 サーシャは本当に感動していたようだ。喋り始めてから、詩人の事、その内容を絶賛している。

 けれど、レイはそうは思わなかった。所詮は―――

「レイはどう思う?」

 サーシャは御機嫌のようだ。普段はレイに話しかける事はほとんどないが、この時ばかりは皆に感想を聞きたいようだった。

「は、要するに彼我の実力差もわからねぇガキが起こした殺戮だろ。どこも美しくねぇよ」

 レイは馬鹿にしたように笑いながら答える。

 罪深さに対して同情はいらない。起こした事実で堪え切れなくなっただけだ。逃避に価値はない。


「死んで逃げるなんてのはただのクズだよ」

「…レイは相変わらず手厳しいな」

 サーシャはお気に入りのおもちゃを壊されたかのように口を尖らせながら言う。サーシャは自分に同意してもらいたかったのだろう。レイの言葉に眉を顰める。

「レイの言う事はどうでもいい。ジークはどう思った?」

「……別に…その話は、よく知っている…」

 サーシャの問いかけに、ジークはいつものように答える。

「そう言えば、ジークは公国出身だったけ。知っててもおかしくはないか」

 レイはジークが公国で生まれた事を思い出していた。それならば、知っていてもおかしくはないのかもしれない。

「…ああ」

 ジークはそれきり何も言うことはなかった。





 四人は鍛冶屋に着いた。鍛冶屋の中は頭領とその弟子が忙しそうに動き回っている。鋳造による熱気は物凄く、レイは立っているだけでも汗が滲み出していた。鍛冶屋で働く者は汗など気にしていないようだった。

 レイはすぐに頭領の元へ向かう。サーシャとジークは興味深そうに立てかけられている武器を眺めていた。

「おっさん、頼んだ物は出来てる?」

「おう!来たか!出来てるぜ!ミノタウロスの角で作れるなんていい経験だった」

 何かの武器を作っている頭領にレイは声をかける。頭領は作業を一端中断して、レイに答える。

「値段は?」

「金なんか取れないよ。むしろこっちが払いたいくらいだぜ」

 頭領は豪快に笑う。ひとしきり笑い終えた後、奥に引っ込む。

 レイは頭領の言葉にほっとしていた。明らかに無理な注文を通してもらったのだ。あり得ない金額を要求されると思っていた。最悪、バルドに土下座をしてまで金を借りることまで考えていた。しかし、最近、レイの土下座は効果が薄くなってきていたので、バルドが金を貸してくれるかどうかわからなかったのだ。その時はこっそりと拝借する所まで考えていた。

 頭領がレイの元へ戻ってくる。その手には鞘に収まった太刀と小太刀。レイが使っているものに、ミノタウロスの角を溶け込ませてもらったのだ。

「苦労したぜ。あんまし、見たことのない武器だしな。一端、溶かして、そこからの反復作業は地獄みたいだったよ」

 そう言う頭領の顔は晴れ晴れとしている。もしかしたら、ほとんど休みをとっていないのかもしれない。晴れ晴れとした顔の中に疲労の影が見て取れた。

「ありがとな、おっさん。出来はどうだ?」

「もちろん、最高だ。見てみるか?」

 頭領はレイに二対の刀を手渡す。

 レイは太刀を鞘から引き抜いた。

「へぇ…」

 その太刀の輝きは見事なものだった。今までレイが使っていた時より、明らかに違う。青白い輝きを放ち、魔力すら込められている事を感じる。刀全体には妖しい雰囲気が漂い、逸品の物だと見て取れた。

「大したものだな」

 周りの武器を見ていたサーシャとジークもレイの太刀を見に来ていた。サーシャも刀の輝きに見とれたように呟く。

「…振って、みないのか……?」

 ジークも太刀を上から下へと見た後、レイに提案する。 

 レイはジークの提案通り、太刀を振ってみることにした。鍛冶屋の中の試し振りに空いている空間に移動し、太刀を大上段に構える。一度、深呼吸する。空気を目一杯吸いこんだ所で、一端止める。そして振り下ろす。

 風を斬り、空間までも斬ってしまいそうな音を鳴らしたその太刀は、地面にすれすれの所で止まっている。レイが巻き起こした旋風に鍛冶屋の中にいる全ての人間が、レイの事を見ている。

 レイは口元だけで静かに笑った。ここまで、凄い物を作るとは思っていなかったのである。期待以上の物を作ってもらったのだ。この太刀は、自分の技量で扱いきれる物ではないが、明らかに戦力の増強になる。

 レイは太刀を鞘に戻す。鞘の中を太刀が通る音がして、金属音がして太刀が鞘に収まる。

 レイは太刀を見やって、もう一度、口元だけで歪に笑った。

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