普段通りの
レイはリヨンで二、三日休養を取るとは言ったが、一日の休養を取った後、四人全員で聞き込みをしていた。聞き込みと言っても街の宿屋に赴いてジークの似顔絵を見せるだけの簡単なものである。それほど負担にならないだろうと思って、レイは聞き込みをすることにした。
そして、レイは昨日から気になってる事があった。
「~♪」
それはサーシャの事である。
昨日、レイがギルドで簡単な聞き込みと知識の収集をして、宿屋に帰ってみると、やたらと上機嫌なサーシャがいたのだ。理由を聞いても、からかってみても相手にされず、レイは枕を涙で濡らした。
当然、今日もその上機嫌は維持されている。宿屋から出て、街を歩いているというのに鼻歌などをうたっている始末である。何度もごつい鎧の上から胸元に手を当て、その度にふにゃっとした笑みを浮かべるのだ。サーシャが普段絶対浮かべる事のない笑顔を見て、レイは気になって仕方がなかった。
「なあ、サーシャ君よ。どうかしたのかね?」
「別に、何でもないぞ」
レイの問いににこやかに返すサーシャ。
その反応にレイは天と地がひっくり返るような衝撃を受けた。
あのサーシャがレイに笑顔で応対しているのだ。しかめ面で返答してくることの多いサーシャには有り得ないことだ。
「バルド君よ、サーシャはどうしてしまったんだ?」
困った時はバルドである。
「………さあ?わからないな」
変に間が空いたが、バルドの返答はわからないというもの。
「ジーク君。君はわかるかね?」
「………わからない…」
ジークは首を横に振りながら否定の言葉を告げる。
もちろんレイにもとんとわからなかった。なので、もう一度サーシャを観察してみることにした。
浮かれている事以外は特に変わった様子は見られない。頭から順繰りに見ていくことにした。
髪の毛はいつも通りの綺麗な黒髪。
顔は緩み切った笑顔。
首元には銀色に光る何かが―――
「ん?」
今まで緩んだサーシャの笑顔にしか目がいかなかったが、よく見てみると、今日まで何もなかったはずの所に何かがある。銀色に光るそれは明らかに何かの装飾品に見えた。
ペンダントだろうか。
レイはサーシャに聞いてみることにした。
「サーシャ、それ何?」
首に掛かっているペンダントらしき物を指さしながらレイはサーシャに質問する。
「っ!……な、何でもないぞっ」
何でもない。そう答えるサーシャはうろたえていた。
「何でもないって…。それ、ペンダント?」
「ち、違うぞ」
「俺の目を見ながら言えよ」
サーシャの態度からして恐らくはペンダントだろう。
レイは推理してみる事にした。サーシャが光り物に興味があるかどうかは知らないが、ここまで浮かれるのはおかしい。基本的にサーシャが浮かれるのはバルドが関連している時である。
バルド。
レイは閃いた。浮かれるサーシャ。質問した時に変に間の空いたバルド。そしていつも通りに根暗なジーク。
ジークは関係ないが、これは、
「サーシャちゃぁん。それってもしかしたらぁ、バルドからのプ・レ・ゼ・ン・ト?」
必然的にレイの顔はにやつくことになる。かっこうのからかいのネタだからである。
「ち、ちちち、違う!」
そしておもしろいくらいにうろたえるサーシャ。
レイは確信を深めた。
「またまた~。そんなこと言っちゃって。見た所高そうだけど、いくらしたの?」
「違うと言っている!」
サーシャは否定しているが、その顔は真っ赤である。そのような態度であれば、否定も何もない。
「う~ん、当てちゃおっか。金貨一枚と銀貨二枚と見た」
レイはもちろん適当に言ってみただけである。そのようなお金があれば、あんな格安な宿屋に泊る必要はないのだ。いくら、野宿に慣れているといっても、寝れるならベッドで寝たいとレイは思っていた。
「なっ、貴様、見ていたのか!」
だから、サーシャの信じられない言葉に、レイは驚かされた。
「…え、適当に言ってみただけなんだけど……」
「なに…?」
「…」
「…」
沈黙が場を支配する。レイはサーシャを凝視し、サーシャはレイから顔をそらす。バルドは猫の尾を踏んだような顔をして、ジークは少し遠巻きに見ていた。
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レイはゆらりとした動作でバルドへ顔を向ける。その表情は不気味なくらい何も映していなかった。
「バルドさんよぉ……これはぁ、一体どういうことだいぃ?」
奇妙に語尾を伸ばしながらバルドに詰め寄るレイ。幽鬼のように体を揺らしながら、少しずつ、少しずつ近づいていく。
レイの鼻先がバルドの鼻先にくっつきそうなくらい、近づいた所でバルドがようやく口を開いた。
「……そのペンダントは俺がプレゼントした物だ」
「そんなことはわかってるよ。そのお金はどこから出てきたのかなぁ?」
「…俺のポケットマネーだ」
「あれぇ?おかしいなぁ……確か王国都市を出る時はお金がないって言って…金貨一枚手渡すだけじゃなかったけぇ?」
「………」
「そこんとこどうなのよぉ、バルドすわぁん」
レイの表情は変わらない。バルドも無表情だ。
誰も言葉を発さない。サーシャとジークは固唾を飲んで二人を見守っている。街を歩く人々は二人の周囲を囲み、興味深そうに見ている。ただ、誰も口を開くようなことはしなかったが。
平和な街並みにはそぐわない緊張感が走る。誰もが二人の醸し出す威圧感に飲まれたように口を開く事が出来ない。
しかし、その空気を無視してバルドが口を開いた。
「いいだろうが。俺の金をどう使おうと。好意を持っている女にプレゼントするのは何も悪い事じゃねぇ」
好意を持っている女、の下りでサーシャの体が面白いように跳ねた。
ギャラリーは不穏な、殴り合いの様な喧嘩だと思っていたらしかった。しかし、バルドの言葉を聞いて、痴話喧嘩と勘違いしたようだった。ざわざわと勝手に騒ぎ出し、バルドを援護し始める。
「そうだそうだ!好きな女のためにプレゼントするのは悪い事じゃねぇよ」
「あの黒髪美人かな。あんな綺麗ならしょうがない」
「あ!俺、昨日あの二人を見たぜ!特徴的な二人だったからよく覚えてる。すげぇ良い雰囲気だった!」
「私も見たー!あの美人さん、すごい嬉しそうだったよね」
「うんうん!何か幸せ一杯って感じだった!お似合いだよねー」
「つまり、そこのアホっぽい奴は嫉妬して突っかかってるってことか?」
「諦めろー!そこのアホ!お前じゃ勝ち目はねーよ!」
「私も大きい人のほうがいいなぁ。何か、小さい方は雑魚って感じだし……」
「さっきの動きも話し方も気持ち悪かったよね」
「小さい方はいざって時に頼りにならなそう」
「あ、わかるわかるー!」
「「あはははは!」」
もう言いたい放題だった。
ジークはいつの間にか、ギャラリーの中に溶け込み、レイ達との関わりなくそうとしている。
サーシャはギャラリーにじろじろ見られたり、バルドとお似合いと言われたりで顔を真っ赤にしたり、俯いたり、両手をギュッと握りしめたり、バルドにすがる様な目を向けたりで忙しそうだった。
バルドは少し、後ずさっていた。
それは何故か。
「………………………………………」
先程から不気味に沈黙を守っているレイの存在のせいである。レイの目はバルドを捉えてはいるが、バルドを見ていない。
いや、レイは途中まではバルドの目を見ていた。何か決定的に面白い事を言われるのを今か今かと待っていたと思われる。しかし、誰かの言葉がきっかけでレイの目は光を失い、虚ろになった。
そのような目をバルドは今までに見た事がなかった。
「う、うるせー!俺はそこの堅物なんか好きじゃねぇよ!俺が怒ってんのは、このハゲ頭が金を隠していた事だ!!」
しかし、それも数秒に満たないうちの事。レイはすぐにいつもの様にふざけ始めた。
「皆、信じられるか!?このハゲはそこの堅物と一緒の部屋に泊まりたいがために、金をケチってたんだぜ!?そんな卑怯な奴をお前らは許していいのか!?否!断じて否!そのような所行が許されるはずがない!」
レイは嘘を交えて、バルドを詰る。何度もハゲと連呼して、バルドを詰る。
だから、バルドもいつもの対応をすることにした。
「お前、そこまで言ったって事は覚悟してるんだろうな?」
「何をだよ!ハゲになる覚悟か?俺はまだ出来てねぇよ!怖くて仕方ねぇわ!」
レイは誘っているのだろうか。普段通りのやり取りを。いつもの様にバルドがレイの秘密を言いそうになって、レイが土下座をして終わる。そんなやり取り。
バルドにはレイのあの目の理由が知りたかった。こういう思いはバルドにとって初めてだった。レイがあのような目をする事を知らなかったのだ。三年間、相棒として過ごしてきたが、レイのことはよく知らない。知ろうと思うこと自体が少なかった。今思うと、何故、レイの事を知ろうとしなかったのが不思議で仕方がなかった。
しかし、二人は既にいつものやり取りをしている。今更、後で、その理由をバルドは聞こうと思わなかった。レイがふざけている事が、何も聞かないでくれ、と言っているように感じて。