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話、酒、夢、そして似たような話

 既に日は沈み、小屋の辺りには静寂が広がっている。老人が住む掘立小屋の周りには民家がないから、人の声が聞こえると言う事もない。本来なら、何の音もするはずのないその場所で、場違いな笑い声が響いていた。

「はっはっは!まあ、飲め!小僧!」

 レイ達は老人から話を聞いた。

 内容は、今まで他の村人から聞いた物よりは格段と実のあるものだった。

「じいさん、あんた、結構いける口だな!」

 一人の男が、街の北部にある町長の家を破壊した。レイ達はそこまでは知っていたのだ。老人は、その男が街から出ていくのを見た。その時、老人は、街から少し北にある山で、狩りをしていたのである。何やら、大きな荷物を背負っていたそうだが、顔色も変えずに運んでいたという。

「小僧、わしの昔の女の話でも聞くか?」

 しかし、老人が狩りを終え、街に戻る途中、先程、老人の前を通り過ぎたはずの男が街の方角から来た。その姿は血塗れで、老人は不思議に思って話しかけたと言う。

「じじいの恋話なんか聞いても楽しくねぇって!」

 そうしたら、男は答えた。「街の人間を大量に殺してきた」と、笑いながら。

 老人は面を喰らったそうだが、流石に嘘だろう、と思い、怪我か何かをしたのか問いかけた。

「それもそうじゃな!」

 男は尚も笑いながら、「怪我はしていない。貴方は殺しても面白くなそうだ」と答えて、そのまま、老人の前から去って行った。老人は首を傾げながらも、とにかく、街へ戻ったそうだ。

「「ははははははは!」」

 そして、老人が街に戻ると、そこには阿鼻叫喚が広がっていた。多くの建物が破壊され、たくさんの人間の屍が転がっていたという。

 そこで、老人は男が言っていた事が真実とわかり、すぐに男の後を追いかけたが、男は見つからなかったらしい。



 そして、何故、レイ達は騒いでいるのか。その答えは老人の所有していた物に関係する。






 老人が全てを話し終えた後、レイ達は口を開く事はなかった。

 老人が最初に見た男が本物のジークだろう。荷物は強奪した食料で間違いない。

 次に老人が見た男はジークの姿をしたナニモノかだろう。

 これで、ジークの無実は決まった。サーシャも老人の話を聞いて、ジークへの疑いを晴らしたようだった。

「じいさん、そいつがどっちの方角へ行ったかわかる?」

 レイは、これだけでも十分すぎるくらいに有力な情報だと思ってはいたが、それ以上を求めていた。方角がわかれば、ハーベスタに頼らなくても何とかなるかもしれないのだ。二週間程、男は不気味に沈黙を守っているが、聞き込み次第では男の居場所を突き止めることは可能である。

「確か…西の方に行っていたか…」

 西。西の方角と言えば、リヨンの街がある。王国都市から少し離れてはいるが、リヨンも魔神信仰はそれなりのものだ。男が街を襲う理由はわからないが、リヨンに向かったものと考えてもいいかもしれない。

 しかし、レイはそこには疑問があるように思えた。

 リヨンはリオネルから、徒歩で約二週間程の行程である。男が無差別に街を襲っているのなら、今頃、リヨンでも大量虐殺が起きているはずである。しかし、レイ達がギルドで依頼を受けた時、そのような報告はなかった。ハーベスタが故意に隠したとしても、二回も同じような事件が起これば、流石に噂になる。

 それに、ハーベスタの斥候を欺いたのも、わからない。

 あのハーベスタが独自に有する斥候だ。優秀さは見なくてもわかる。それが、ジークとジークの偽物を間違えるだろうか。

 いや、その前に男が西に向かったのなら、サーシャ達、王国騎士団が戦ったことも不自然だ。サーシャ達はジークの潜伏する屋敷へ向かったはずなのに、その手前の草原でジークの偽物と戦っている。ジークはその時間帯は鍛錬をしていたと言う。

 レイは頭を掻き毟った。頭皮に悪いと思いながらも、癖になりつつあるこの行為をやめることができない。

 いくら考えてもわからないのだ。レイがいくら脳をフル稼働させても、一向に答えが出てこない。バルドやサーシャ、ジークも考えているようだが、その表情は、皆、一様に沈んでいた。

 ここまで聞けただけでも十分。レイはとりあえずは西、リヨンに足を向けようと思った。


 レイが簡潔なお礼を言って、小屋から出ようとした時、入口のすぐそばに立てかけられていた物が目に入った。

「じいさん、もしかして、これ…」

 レイが見た物。それは半人半牛の化け物の角と思われる物。個体は少ないが、その圧倒的な力と、化け物にしてはよく知恵の回る魔物の角。

「それは、ミノタウロスの角じゃ」

 ミノタウロス。滅多にお目にかかれない、最上級の魔物。お目に掛かれたとしても、その辺の冒険者では、視界に入った瞬間殺されてしまう。

「すげぇ!じいさん、ミノタウロスを倒したのかよ!」

 レイが興奮するのも無理はない。バルドに出会う前、レイもミノタウロスと遭遇したことがある。その時は命からがら逃げ出すのが精一杯だった。

「お、おう。そいつは、わし一人で倒した」

 老人は同意する。レイは老人の言葉を聞いてさらに興奮した。

「マジかよ!一人で!?じいさん、さっきはあんな言い方して悪かったな!あんた、やっぱりすげぇよ!」

 冒険者を嫌いと言っている老人でも、過去に自分がした事を褒められて、嫌な気分はしないだろう。

 レイと老人は意気投合してしまい、そのまま、過去に遭遇した魔物の話に入ってしまった。





「それでな、彼奴を倒すのには弓を使ったわけじゃ」

「え、でも、ミノタウロスって弓は効かなくねぇか?」

「それが、ただの弓ではない。何と、ドラゴンの鱗から作られたという弓じゃ。それはそれは凄かった」

「ドラゴンの鱗で作られた弓って…。あんた、どんだけ凄い装備なんだよ」

 このようにレイと老人はさっきから同じような話をしているのである。二人とも酒が回って、今の会話が、既に四回は行われている事に気付いていない。

 バルドもサーシャも、老人の振るわれるままに、酒を飲んでいた。

 最初は皆、宿屋に帰りたがっていたが、バルドが老人に捕まり、強制的に酒を飲まされて、老人と話を咲かせてしまった。

 もちろん、バルドが帰らなければ、サーシャも帰らない。サーシャも酔ったレイ達に進められ、酒を飲んだ。

 ジークは手持無沙汰にしていた。それを見かねたレイが強引に酒を注ぎこんだが、飲めないらしく、すぐに倒れてしまった。


 今では、サーシャも泥酔し、バルドに絡んでいる。

「バルド殿~、わらひは、わらひはぁ、バルド殿の事を尊敬していりゅぅ」

 呂律が回っていないくせに、バルドの名前だけはしっかり発音している所がサーシャらしい。

 レイは少し笑ってしまった。

 しかし、酔ったサーシャは色っぽい。いつも着ている鎧は脱ぎ、その下には、薄い生地のぴたっとした服を着ていたのだ。今まで、注目してこなかったが、ボディラインがはっきりとわかり、サーシャは意外に大きいんだな、とレイは思った。何が、とは言わないが。

 目は潤み、頬は紅潮させ、その表情も色っぽい。

 レイ達全員は床に座り込んでいたので、サーシャはバルドの膝に頭を乗っけて、存分に甘えている。

 バルドはサーシャの緩みきった顔と行為にどぎまぎしていた。少し、困ったようにしながら、満更でもなさそうだった。

「レイ、サーシャはどうする?」

「うっせぇ!自分で考えろ!」

 レイは嫉妬しているわけではない。このように、乱れ切った性を連想させるものが嫌いなのだ。レイは今まで、ストイックに生きてきたから、女性経験がないのである。決してできなかったわけではない。バルドを羨ましいとも思ってもいない。

「調子に乗んなよ!このハゲが!てめぇばっかりモテると思うなよ!」

 レイは決して嫉妬しているわけではない。



 夜はかなり更け、サーシャもついに潰れてしまった。バルドは、まだ潰れてはいないが、真直ぐに歩くのは難しいくらいに酔っていた。レイも今から、二人を背負って宿屋に戻るのは面倒だった。

「お前ら、今日は泊まっていけ」

 だから、レイとバルドは老人の申し出を喜んで受けた。



==========



 夢を見ている。

 かつての記憶。

 自分が彼女を守れなかった記憶。

 彼女が連れられて行くのをただ見ていた記憶。

 酒を飲んだからだろうか。普段はあまり見ない夢だった。

 今でも思い出せる。彼女の顔や仕草を鮮明に。

 笑った顔。

 泣いた顔。

 怒った顔。

 全部。全部。少しも色褪せていない。自分がどれほど彼女を大切にしていたかわかる。それが、少し誇りに思えた。

 決して忘れることはないだろう。自分にとって彼女は全てだった。


 だから、全てを奪った魔神を許せなかった。


 今でも思い出せる。彼女が魔神に汚され、殺された事を。

 あの時の自分はまだ幼く、弱かった。今はあの時よりは強くなったかもしれない。けれど、魔神には敵うのだろうか。

 わからない。わからないけど―――



==========



 ジーク=アンリは床のごつごつした感覚に耐えかねて、目を覚ました。

 体が鉛の様に思い。飲み慣れない酒を飲んだからだろうか。体を起こすことなく、そのまま、横になって考えた。

 何か夢のようなものを見ていた気がする。ジークにとってあまり気持ちのいい夢とは言えない様なものだ。その証拠に拳は固く握られていた。

 ジークは横になって、どのような夢を見ていたか思いだそうとした。その時、何かが動く気配がした。目が闇夜になれていないが、全身の影から老人だと思われる。

 老人はジークとは少し離れて眠っている人影に近づいて声を掛けた。

「小僧、まだ、起きているか?」

 小声でも小屋は狭い。何を行ったかは丸聞こえである

「お生憎様。寝てたよ。今、あんたに起こされた」

 声の主はレイ。レイは体を起こして、胡坐をかく。

「それは悪かったな」

「構わねぇよ。夢見が悪かったしな」

「そうか」

 二人は何も喋らないまま、向かい合って座っている。ジークが起きている事に気付いていないようだった。


「じいさん、何か話があるんじゃねぇのか」

 不意にレイが口を開いた。

「…わかるか」

「わかるよ」

「お前にこんな話をするのは違うと思うんじゃが…」

「構わねぇって。話してみろよ」

 老人は話し始める。


「昔、わしはそれなりに名の売れた冒険者じゃった。それはモテたな。よりどりみどりじゃった。

 しかし、そんな中、とびきり美人の女に会ってな。わしはその女に一目惚れをしてしまった。それからは毎日、口説いたもんじゃ」

「何だよ、じいさん。あんたの恋のお話なんか聞きたくねぇよ」

「本番はこれからじゃ。

 何度も口説いて、ようやくその女を手に入れる事が出来た。それがわしの妻じゃ」

「それで?」

「ああ。それで、まあ、幸せな毎日を送っておった。

 けど、わしは妻を喜ばせるために、たくさんの依頼をこなし過ぎた。他の冒険者に疎まれているのはわかっていた。それでも、妻はわしの功績を自分のことの様に喜んでくれての。わしは止まることが出来んかった」

「ああ」

「依頼を受け過ぎたせいで、他の冒険者が受ける事が出来る依頼が少なくなってな。飯も食えない冒険者が増えてしまった。

 わしは当時、大陸一と言っても良いほど強かったからの。そんな厄介な存在を排除しようと思えば、その矛先が妻に向くのは少し考えればわかったことじゃ。

 まあ、当時のわしは調子に乗っておったから、それすらもわからなかった」

「…」

「遠征する依頼を受けてな。少し家を開けていた隙を狙われたんじゃろう。

 家に帰ると、凌辱された妻の遺体があった」

 今まで淡々と話していた老人の声が震える。

「遺体の横に、冒険者をやめろ、と書かれた紙切れがあって、それで、それで…」

 老人はそこで声を詰まらせる。嗚咽が漏れるのを必死に堪えているようだった。

 レイは口を開かない。老人が落ち着くのを待っているだけ。

 ジークは老人の話を聞いて、冒険者がどういうものかわからなくなった。

 レイはジークを無職と言っていたが、ジークは一応、冒険者登録はしてある。彼女を守るために、念のために登録しておいたのだ。ジークが有名な冒険者になれば、彼女に手を出す輩はいないと考えたからである。結局、彼女は魔神に奪われてしまったが。

「…すまん、少し気が昂ぶったようじゃ」

「いいよ。続けて」

「ああ。それで、犯人を見つけて八つ裂きにしてやろうと思ってな。王国中を捜しまわった。少しでも怪しい奴がおれば、拷問にかけた。けれど、結局、犯人は見つからなかった。

 わしは虚しくなったよ。今まで自分が誇りに思っていたものが、わしにとって一番大切なものを奪っていきおった。それから、冒険者は辞めて、隠居しているというわけじゃ。

 これがわしが冒険者を嫌いと言った理由じゃ」

 老人が独白を語り終える。

 闇夜に目が慣れてきたジークは、ある程度二人の姿を視界に収める事が出来た。

 老人の表情はジークの位置から見えないが、レイの表情は―――

「それで、じいさんは、俺に何が言いたかったんだ?」

 レイは口を開く。ジークが先程見た表情は既になくなっていた。

「ああ。小僧、お前も似たような経験をした事があるじゃろ」

「………」

 レイは答えない。無表情に老人を見据えるだけ。

「お前の目は、昔のわしの目じゃ。狂った目じゃ。お前、何を抱えておる」

「………」

 レイは尚も答えない。


「じいさんが妻を失ったのは自業自得だろ」

 二人が睨みあっている中、レイは口を開いた。

「あんたは、自分の持つ才能に溺れて、守るべきものを守れなかっただけだ」

 レイは辛辣な言葉を老人に浴びせる。無表情のままに。

「俺は違う。才能なんてなかった。今まで守りたいと思ったものを守る事なんて出来なかった」

 レイの声に起伏はない。無感動に、無情に老人に語りかける。

 ジークはレイがあのような目をする事に驚いていた。

 普段はいつもふざけていて、バルドやサーシャをからかって笑っているのだ。初めて会った時も飄々として緊張感がなかった。そのような男が、一切の感情を捨てて話している。

「狂ってるってのは認めるよ。俺はとっくの昔に狂ってる」

 レイは自身を認める。

「だけどな、あんたとは違う。あんたは諦めた。けど俺は諦めてない」

 つい昨日、バルドが言った言葉。後悔するだけで他人任せにする奴は嫌いという言葉。

 老人は他人任せにしてはいないが、未だに後悔している。それはジークにもわかる。

「どれだけ絶望しても、立ち上がる事はやめない。もう、やめられない。

 は、たぶん、俺はあんたより絶望した回数は多いと思うぜ。何つっても才能がないんだからな」

 そこまで言ってレイはいつもの笑みを浮かべた。


「小僧、いや、レイ」

「何だよ、改まって」

「お前にそのミノタウロスの角をくれてやる」

「は?マジで?かなり高価だぜ」

「構わん。それを使って武器でも作ればいい。才能がないなら、武器が強くても何の損もあるまい」

「そりゃ、そうだけどな。それ、あんたの思い出の品なんじゃねぇの?」

「………どうしてそう思う」

「だって、冒険者を思わせるような物は何もないのに、それだけ残ってんじゃねぇか」

 確かに。

 ジークは疑問に思わなかったが、老人の小屋には冒険者が使うような物は置いていなかった。斧も弓も狩猟用の物で、特別何か秀でている物ではない。

「…よくわかったな。あれは妻と結婚してから、初めて依頼を受けた時の物じゃ」

「一本はギルドに渡して、一本は持ち帰りってか」

「ああ。妻は心配しながらも喜んでくれたよ」

「そうかい。いい女だな。あんたの妻に会ってみたかったぜ」

「かなり美人じゃぞ」

「尚更、会ってみたいよ」

 そう言い合って、二人笑い合う。

 ジークはレイの過去が気になった。自分と戦った時、傷つくことを恐れずに切り合った人間だ。非才の身で、自分に打ち勝つ強さを有している。

 老人はレイを狂っていると言い、レイはそれを認めた。

 狂いながらも、進んでいく事に意味はあるのだろうか。

 レイの過去を知れば、自分に足りないものがわかるのだろうか。


「レイ、お前が何を思って、進んでいるのかはわからん。わからんが、お前なら出来るとわしは思うぞ」

「ほう、元大陸最強の冒険者に言われると調子に乗っちゃうね」

「お前は強い。わしが認める」

「そのセリフ、昨日も聞いたぜ」

「そうか」

 夜は更けていく。

 レイと老人はそこで話を切り上げ、寝てしまった。

 ジークは考える。魔神を倒すための方法を暗中模索していたが、レイに着いていけば何かがわかるかもしれない。バルドが言っていた。レイはそういう雑学が豊富だと。

 ならば、この先、事件を解決し終えて、レイに着いていくのも一つの方法かもしれない。

 ジークは考える。その胸に魔神への復讐を考えながら。

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