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偏屈じいさん

 レイは自分の周りに味方がいないことに涙し、世界に怨嗟の思いを込めながらバルド達の後を追って掘立小屋の中に入った。

 しかし、中にはレイの敵である三人しかおらず、老人の影は見当たらなかった。

「あれ?誰もいねぇじゃん」

 レイはすぐに涙を引っ込め、呟きを漏らす。

「ああ。今は留守みたいだな」

 怒っていると思われたバルドがレイの呟きに反応する。バルドはレイに散々ハゲだと言われているので、そこまで怒ってはいないようだった。

「んだよ。あのおっさん、嘘つきやがった。ちょっとしばいてくる」

 レイは、今の時間帯ならいる、と言われたので四杯目の味噌煮込みを食べずにここまで来たのである。なのに、いない。レイはガセネタを掴ませた店主に報復しようと決めた。ついでに、今のレイの心に住みつく暗黒の思いをぶつけることも決めた。

 バルドが壊した扉を踏みつけながら、レイはすぐに店屋に向かおうとした。

「ちょ、ちょっと待て、レイ!店主は関係ないだろう!」

 しかし、サーシャが慌てて引き止める。

 レイはもう何度も同じようなことを繰り返しているのに、未だにサーシャが引っ掛かることに幸せというものが何かわかった気がした。

「でもよ、おっさんは嘘ついたんだぜ。なら、それなりの報いってもんがあるだろ」

 レイは至福の一時を堪能しながら、サーシャをからかうことをやめない。何度繰り返しても面白いのである。

「だからといって、暴力は…!」

 サーシャは、今にも店に向かおうとするレイの腕を掴み、引き止める。そのまま引かれるままに振り向いたレイのにんまりとした顔を見て、サーシャはまた自分がからかわれていたことを悟ったようだった。

「貴様っ…!また!」

「ふひっ。サーシャちゃんは何度からかっても楽しいなぁ」

 気味の悪い笑いを上げるレイ。サーシャが何か言う前にレイは口を開く。

「まあ、ここで待ってりゃ、そのうち帰ってくんだろ。人が住んでる跡もあるし」

 小屋の中は、外見に比べて整っていた。小さい机と椅子が一つずつあるだけで、狭いが、物が散乱していることもなく、ぱっと見て埃が積もっているようにも見えなかった。狩りを生業としているのか、何本か斧が立てかけられていて、その全てに手入れは行き届いているように見える。それに、今朝、食べた朝食の残りらしきものがあるので、ここに人が住んでいることは確定である。

 レイは突っ立っている三人を無視して椅子に座りこみ、目を閉じる。

「なるべく、早く帰ってきますように」

 サーシャは、未だに納得がいかないようにレイを睨んでいたが、レイの取りつく島もない様子に渋々黙り込んだ。

「サーシャ、あのアホの言うことは気にすることないぞ」

 バルドがフォローの言葉を掛ける。

「む、バルド殿。最初からあのアホの言うことは気にしていない」

 バルドとサーシャは二人して、レイをアホアホ罵る。そこまで怒ってないように見られたバルドも根には持っていたようだった。




 レイ達は約三十分程、特に何か喋る事もなく待っていた。考えて見れば、レイ以外、そこまでお喋りな人間はいないのである。

 バルドは割と簡潔な言葉で話す事が多いし、サーシャは堅物なので、必要のない場面ではあまり口を開かない。ジークに至っては、根暗な雰囲気が立っているだけでも滲み出ているので、饒舌な人間にはまず見えない。

 必然的に、レイが何も言わなければ、四人は無言の中にいることになる。レイはこの静寂の世界が嫌いではなかった。


「何じゃ、お前らは」

 レイが無音という音を楽しんでいると、不意に、しわがれた男の声が、入口の方面から聞こえた。四人は一斉にそちらを見る。そこには、兎を数匹、手に持った老人がいた。

「人の家に何勝手に入っとる」

 そう言う老人の体躯は、小さいながらも鍛え抜かれていた。腰には鉈を掛け、手が添えられている。ぼろぼろの服から盛り上がる二の腕は、何かを内側に注入しているのでは、と疑いたくなるくらい膨れ、胸板も厚い。眼光は鷹のように鋭く、目付きが悪い。そして、特筆すべきは、その頭部には毛が一つたりとも生えていないことである。

「ぶふっ」

 レイは溢れだす笑いをこらえる事が出来なかった。筋肉質な体に、目付きの悪さ。そして、ハゲ。バルドを小さくしたような男なのだ。レイはその老人を見て、神様に感謝してくなった。

 こいつはなんとも。

 レイは奇跡というものを本気で信じようと思った。

「げほっげほっ……」

 しかし、初対面の人間の頭を見て笑うなど、失礼極まりない。レイは、すぐさま咳でごまかす。レイはサーシャとジークが笑っていないのを見て、何故、笑わないのか不思議でならなかった。

 他の三人も、レイが吹き出した理由は薄々分かっていたみたいで、特に追及してくる事もなかった。老人だけが、不機嫌そうに眉を顰めた。

「申し訳ない、ご老人。俺達は貴方に話を聞きたくて、訪ねてきました。そうしたら留守だったので、中で待たせてもらいました」

 バルドが丁寧な言葉で謝罪をし、理由を答える。サーシャとジークも体を直立させていた。

「それで、もう一つ謝らなければならないことがあるのですが…」

「何じゃ」

「入口の扉を壊してしまって……」

 バルドは非常に申し訳なさそうに告げる。老人は今、気付いたかのように、小屋の中に入ってきて、倒れている扉を見る。

「この扉はすぐに外れる」

 そう言って、扉をはめ直した。


 扉をはめ直した老人は、こちらに向き直ることなく、不機嫌そうに口を開いた。

「お前らに話す事はない。さっさと消えろ」

 そのまま、兎をさばきにかかる。

 もちろん、バルドはそんなことで諦めるつもりはない。

「すいません、そこを何とかお願いします」

「嫌じゃ。早く帰らんか」

「しかし…」

「しつこい!お前らみたいな低俗な冒険者は嫌いなんじゃ!」

 老人は頑として話す様子はない。

「貴様…バルド殿がこうしてお願いしているのだ!話すぐらいいいだろう!」

 サーシャが激昂する。バルドを詰られたことが、相当腹に据えかねたのだろう。本来のサーシャなら、目上の人間にこのように言う事はない。どこまでも、バルド大好きっ子である。

「大体、先程からの態度は何だ!こちらが下手に出れば、言いたい放題言って!」

「人の家に不法侵入するような人間が何を言っておる」

「だから、それは―――」

「サーシャ」

「っ」

 バルドの一言でサーシャは黙り込む。悔しそうな顔をバルドに向けるだけで、それから、口を開く事はなかった。

「すいません、ご老人。また、日を改めて伺います」

 バルドはまた謝罪をして、三人に帰るよう、目で促した。

「待てよ」

 しかし、レイとしてはここまで来て帰るつもりはない。ストレスの溜まる聞き込みをここまでしてきたのだ。それなのに、何の成果もなく帰ることなど、出来ないのである。

「じいさん、話くらい聞かせてくれよ」

「嫌じゃと言っておるだろう!わしは冒険者が嫌いなんじゃ!」

 先程から、冒険者が嫌いと言っているが、

「あんただって、元冒険者だろ?」

 このじじいも冒険者であったはずだ。

「……」

「違うか?」

 違わない。黙り込んだのがその証拠だ。

「………何故…わかった」

「あんた、俺達を見た時、腰の鉈に手を掛けたろ」

 レイは見逃さなかった。

「不審者が家の中におれば、当然じゃ」

「それだけじゃない。しっかりと構えてたじゃねぇか。腰を低くして、飛びかかってきたら兎を投げて応戦するつもりだったんだろ?」

 老人は半身になって、攻撃の当たる面積を少しでも少なくしようとしていた。

「…」

「それに、一般人がバルドを見て、ビビらずに断れるかよ。あんた、相当やってただろ」

 バルドのような強面に、恐れを抱かずに、即座に申し入れを断るような人間はそういない。

「…」

「どうした?黙っちゃって。図星か?」

 レイは未だ、椅子から立ち上がる事もなく老人に話しかける。レイの言葉を聞いて、老人は無言でレイの前に立った。

「気に入らんな」

「何が?」

 レイは半笑いになりながら、問いかける。

「年上の人間にそのような言葉遣いをすることじゃ」

「は、じいさん、何言ってんだ。あんたが敬われるような人間だと思ってんのか?」

 レイは老人を挑発する。別に、何か意味があるわけでもない。強いて言うならば、憂さ晴らしだろうか。

「変人だと有名らしいな。そんな人間に敬語なんてまっぴらだ」

「っ、この!」

 老人はレイの胸倉を掴み、立ち上がらせる。他の三人は、老人から滲む殺気に息を呑んでいた。

「お前のような若造に、わしの何がわかる!!!」

 そのまま、顔を近づけ、怒鳴る。まるで、雷鳴でも響き渡るような怒声だった。

「お前らみたいなのがいるから、こうなったんじゃ!」

 そして、支離滅裂な言葉。レイの胸倉を掴む力はどんどん強まっていく。

「冒険者なぞ、糞食らえ!ギルドなぞ、消滅してしまえばいい!」

 怒りはレイから離れ、冒険者、ギルドにまで向かっていく。レイの目を覗きこみながら、その目は違うどこかに向けられていた。

「お前らは害悪じゃ!必要のない存在じゃ!」

 他の三人は動こうとしない。老人の殺気に気圧されたのか、悲哀に近い怒声に怯んだのか。


「その通りだぜ、じいさん」

 しかし、レイは動じない。薄く笑みを浮かべたまま、老人に同意する。

「冒険者なんて、俺も含めてろくなやつがいない。私利私欲のために動く糞野郎だ。あんたは何も間違っちゃいない」

 今まで多くの冒険者に出会ったが、最低な奴らばかりだった。

「だけどな、世の中には例外ってもんがある」

 レイにとって例外、外れたモノは特別な存在だ。

「そこのハゲは冒険者にしたら、まともだ。じいさんの考えてるようなやつじゃない」

 バルドは毛がない以外は、ナイスガイなのだ。

「それに、そこの鎧女は王国騎士団長だぜ。そもそも冒険者じゃない」

 サーシャはごつい装備をしているから、冒険者と間違えても不思議はない。

「その、暗そうな奴に至っては、ただのプーだ」

 ジークの職業を聞いてはいないが、魔神に復讐を誓っているような奴だ。無職だろう。

 老人はレイから片時も目を離さない。レイの言葉を探るように、レイ自身を見定めるように。

「まあ、あんたが過去に何されたかは知らねぇけど、こいつらのことは悪く言うなよ」

 レイにとってバルドとサーシャとジークは掛け替えのない存在だ。例えその理由が利用価値があるだけにしても。

「別に話くらい聞かせてくれてもいいじゃねぇか。あんたをどうこうするつもりもないし」

 老人は未だにレイの目を凝視し続ける。レイも目をそらすつもりはない。恐らく、この老人は、自分と似たようなことを経験している。

 二人は睨みあう。レイ以外の三人は固唾を飲んで、二人を見守る。

 どれほど、時が経ったのか。老人が不意に目をそらした。

「お前……いや、わかった。話くらいしてやる」

 老人は気が抜けたように、しかし、何かを見つけたように話す事に同意する。

 老人はレイの目に何をみたのだろうか。

 レイの仲間に対する信頼?

 レイの言葉の真摯さ?

 それとも―――

「おっしゃ。じゃあ、早速話してくれ」

 レイの言葉に、老人は深く頷いた。


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