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聞き込み開始

「おらおら!起きろ、お前ら!ひゃっふぅぅ!」

 レイはテンション高く声を上げる。

 時刻は早朝。窓から差し込む朝日は埃を反射して幻想的な光景を見せる。気温は肌寒いが、熱くなったレイのテンションを冷ますほどのものではなかった。

 レイはバルドのハゲ頭をはたく。ぺちん、と小気味よい音を鳴らしたその頭皮を見て、レイは更にテンションを上げた。

「何寝てんじゃ!今日は聞き込みするんだろうが!早く起きんかい!」

 そう言いながら、バルドを蹴り起こし、ジークの布団を剥ぎ、サーシャの枕を引き抜く。叩き起こされた三人が三人ともレイに胡乱な目を向ける。バルドは蹴り起こされた事から不機嫌な顔をしているが、サーシャとジークは不思議そうに首を傾けていた。昨日とは明らかにテンションの違うレイである。バルド以外が不思議に思ってもおかしくはない。

「ハイハイハイ!今日はテンション上げて行こうぜ!早く顔、洗って来ぉい!特にサーシャ!そんな顔をバルドに見られてもいいのかぁ!?」

 レイは、ずびし、とサーシャを指さしながら言う。サーシャは慌てて布団を顔まで引き上げて顔を隠した。

 サーシャのその動きを見てレイは満足そうに頷く。予想通りの動きをしてくれて嬉しいのだろう。そのままテンションを維持してレイは告げる。

「俺は先に食堂行ってるぜ!お前らも早く来いよ!」

 そのまま脱兎の如く、扉を開けて出て行ってしまう。

 部屋の中は嵐でも通った後のような静けさが充満していた。

「…バルド殿、レイはどうしたのだ?」

 その静けさを破ったのはサーシャ。顔を隠しながら、昨日と全く同じだが、意味合いの違う質問をバルドに問いかける。

「…レイはアホだからな。一晩寝れば忘れるんじゃないか…」

 バルドは未だ不機嫌そうな顔で言う。バルドの言葉にサーシャと、まだ出会ったばかりのジークまでもが納得したように頷いた。






 レイのテンションとは反比例して、聞き込みの結果は芳しくなかった。リオネルの住民は口を閉ざすか、男に復讐してくれと頼むような者ばかりだった。ジークの似顔絵を見せながら、この男が何処に行ったか知らないか、と尋ねても誰も知らないというだけである。中にはジークの顔を知らないという者までいた。昼まで多くの人間に聞き込みをしたが、ろくな情報は集まらなかった。

 現在、レイ達は小休止として店屋で昼をとりながら、これからのことを話していた。

「あー、駄目だ。イライラしてきた。おっさん!おかわり!」

 レイは豚肉の味噌煮込みを食べていた。味噌は東方の島国に伝わる食べ物である。まさか、こんな所にあるとは思ってなかったのか、嬉々としてそれを頼んで食べていた。しかし、バルド達とこれからどうするかを話していて苛立ちが再燃してきたのか、やけになって豚肉の味噌煮込みを食べていた。レイは既に三杯目である。他の三人はそれぞれ好みの物を頼んでいたが、レイのやけ食いを見て、途中で箸を止めていた。

「うふぁい!ひふぉ、ふぁいふぉう!」

 苛立ちをぶつけるようにがつがつと味噌煮込みを食べるレイ。行儀悪くも口の中に物を入れながら喋っていた。

「ふぉれふぁらふぉうふるといっふぇも、ふぉふぉじゃふぉうにふぉふぁんふぁいふぁろ」

「食べながら喋るな」

 ふぉふふぁふ言うレイに呆れたのか、バルドが冷たい目を向けてレイに注意する。サーシャは生ゴミでもみるような目でレイを見て、ジークは目線だけで蔑んでいた。

「…っく!の、喉に…っ」

 皆の冷たい目に負けたのだろう。レイは慌てて口の中の物を呑みこんだが、それが祟って喉に物を詰まらせていた。

「…水!誰か…」

 レイのコップには水が入ってなかった。レイは店主のサービスの悪さに憎悪の気持ちを抱いたが、今はそれどころではない。下手したら死んでしまうのだ。レイは三人に助けを求めた。

「レイ!これを!」

 サーシャが慌ててレイに自分のコップを手渡す。レイは礼を言う暇もなく、すぐに水を飲み干す。

「…げふっ、ごほっごほっ…助かった、サーシャ」

「いや、それより大丈夫か?」

「ああ…」

 レイはそう言いながらサーシャにコップを返す。そのコップを見ながら、レイは、あれ、これ間接キスなんじゃねぇの、と思った。

 思い立ったが吉日。レイはすぐにサーシャに伝えることに決めた。

「いやん。僕、サーシャちゃんと間接キスしちゃった♪」

 レイははにかむように笑いながら言う。

「な、何を言っている、このアホ!」

 サーシャはレイの口が触れた部分を布でごしごしと拭きながら罵倒する。レイは、サーシャが恥ずかしがることもなく、心底嫌そうに拭くその姿を見て、少し泣きそうになった。

「で、レイ。どうするんだ?」

 バルドは慣れたもので、すぐに話題を変える。ジークは我関せずと黙々と自分が頼んだ物を食べていた。

「どうするも何も。ここじゃ、もう何もわからねぇよ。詰みだ、詰み」

 レイはもう既にリオネルでの情報収集を諦めていた。誰も彼もが復讐を討ってくれと頼むばかりなのである。レイは頭皮のためにも、リオネルでは聞き込みをしたくなかった。

「じゃあ、これからはどうする」

「そこがわかんねぇんだよ。ハーベスタには出来るだけ頼みたくないし」

 最悪、ハーベスタに頼るという方法もなくはないが、レイはそれはしたくなかった。ハーベスタはふっかけてくることが多い。必ず面倒なことを頼まれるだろう。


「…あの、さっきから話を伺っていましたが、それならば街外れの老人に聞いてみてはどうでしょうか」

 四人がこれからどうしようか、と頭を悩ませていると、四杯目の豚肉の味噌煮込みを持ってきた店主が話しかけてきた。レイ達以外に客はいなかったので、話が筒抜けだったのだろう。

「街外れの老人?じじいは全員殺されたんじゃねぇの?」

「いえ、それがその老人はこの街が襲われた時は、街を出ていたようで…」

「しかし、それでは件の男を見ていないのでは?」

 サーシャが疑問の声を上げる。

 サーシャの疑問はもっともである。襲撃の際にこの街にいないのでは、男を見ていない。

「そうなのですが…。その老人は男と会ったとわめき散らしていて…。常から変人と言われていたので、誰も信じてはいないのですが…」

「ふ~ん。ま、一応聞いてみるかね。ただでさえろくな情報がないんだし」

 変人と言われる人間の言葉でも情報の価値は変わらない。それを活かすも殺すも情報を受けた人間次第なのだ。

「おっさん、そのじじいは何処にいる?」

「街の西の外れに住んでいます。今ならたぶんその老人もいるでしょう」

「そうか。わかった。じゃあ勘定を頼む」

「あ、はい。わかりました」

 レイは四杯目の豚肉の味噌煮込みには手を付けずにお金を支払う。お金を支払いながら、レイはふと湧いた疑問を店主に聞いてみた。

「そういや、あんたは割とまともだな。家族とか失わなかったのか?」

「私は独り身でして。結婚しなくてよかったのか、よくなかったのか…」

 店主は複雑そうに笑いながら告げた。






 レイ達一行は店屋を出てからすぐに例の老人がいると言われた場所へ向かった。街を歩いていても人通りはほとんどなかった。

「ここか…」

 そして到着したのは、年季の入った掘立小屋。周りには民家は店はおろか民家もなかった。

 木で作られているその小屋は、外装は所々剥がれ、屋根はどうよく解釈しても、雨漏りを避けられるようなものではなかった。

「ボロっ!」

 レイが当然の感想を漏らす。

「むぅ、確かにぼろぼろではあるな。こんな所に本当に人が住んでいるのだろうか?」

 サーシャもレイの言葉に同意する。堅物であるサーシャでも店主の言葉に疑問を持つなと言う方が無理な程、その小屋はボロかったのである。

「さっきの店主がここにいるって言ったんだ。ここに住んでるんだろ」

 バルドは店主の言葉を信じ、今にも壊れそうな扉をノックする。

「あ…」

 その呟きは誰のものか。バルドがノックをすると、扉はそのまま蝶番が外れたように、小屋の内側に倒れこんだ。

「あーあ。壊しちゃったよ。やっちゃたな、バルド」

 レイは笑いを抑えながら、バルドをなじる。当然だ。最近ではレイの秘密が露見して、バルドをハゲだといじることが出来なかったのだ。それで、レイは悶々としていたのである。そこでこの出来事。レイはまるで獲物を見つけた狼の様に、舌舐めずりしながらバルドをいじり始めた。

「お前、自分の力を考えろよ。壊れるに決まってんだろうが」

「いや、けどそこまで力を入れて叩いた訳じゃ…」

「馬鹿!こんだけボロいんだから、ちょっとした力でこうなることはわかるだろ。そんなんだから、人間の最も高い部分に生えている、三重構造になっていて、中心に髄質があり、その周囲に皮質が取り巻いて、その外側を外表皮が覆っている物がなくなるんだよ」

 バルドに直接ハゲというと、そのペナルティとして自身の秘密をばらされてしまうので、レイはあえて回りくどくバルドがハゲと言ってみた。

「あ?何だって?中心に…?」

 バルドは理解していなかったようだった。レイはバルドが知識を収集することをしていないことを知っていた。なのでこういう風にハゲと言えば、バルドに気付かれずに罵倒できる。レイはこれからのことを思って、心の中で嫌らしく笑った。

「……つまり、レイは…バルドが…ハゲていると、言っている…」

 レイが心の中で、バルドのハゲを馬鹿にしまくっていると、ジークがとんでもないことを言いだした。

「何…?」

 ジークの発言にバルドがレイを睨む。レイは慌てた。このままではレイの秘密をばらされてしまうのだ。もしジークに知られたら笑われてしまうかもしれない。「…童貞…?ふ…」みたいな感じで。

 なので、レイはジークの言葉をごまかすことにした。

「な、何言ってるんだよ、ジーク君。バルドの身体的欠陥を馬鹿にしちゃいけないぜ」

「……レイが、そう言った…」

「嘘つくなよ、この根暗野郎!俺のせいにして相棒を馬鹿にすることはやめろ!事と次第によっちゃあ、出るとこ出るぞ!」

 レイは逆ギレする。ちなみに、出る所とは王立裁判所である。

「…?しかし、レイが言ったことは…髪の毛の、構造のこと…」

 レイは絶句した。ジークがここまで博識だと思っていなかったのである。これでは遠回しにバルドのハゲを馬鹿にすることすら叶わなくなる。

 レイの絶句がバルドにも伝わったのか、バルドはドラゴン並みの威圧を背景に滲ませながらレイに詰め寄った。

「てめぇ…。秘密をばらされてもいいみたいだな…」

 レイは恐怖した。別にバルドの威圧にビビったわけではない。秘密をばらされてしまうことを恐れたのだ。サーシャはあの単語を知らなかったから何とかなったが、ジークは流石に知っているだろう。

 サーシャは、またか、といった風に呆れてレイを見るだけである。その腰は少し引けていたが。

「ぼ、僕が言ったわけじゃないもん!ジークがバルドの事をハゲって言ったんだ!僕はバルドの事をハゲって言わないって約束した!だから、バルドの事をハゲだなんて言ってないもん!」

 レイは必死だった。目を血走せながら、バルドに必死に言い訳をする。

「しかし、今、何度も言っているではないか」

 レイがバルドに釈明していると、横からサーシャがレイの言葉を指摘してきた。

「あ…」

 レイは慌てていたのでそこまで頭が回っていなかった。バルドを見てみると、頭に青筋が浮き出ていた。

 まずい。ここはもうごまかすしかないだろう。

「いや、ちょっとした冗談だよ。ははは…」

 レイは、今回ばかりは、バルドのタコ頭に浮き出た青筋を笑う気にはならなかった。

 レイの空笑いが周囲に虚しく響く。

「どう―――」

「嫌!それだけは言わないで!土下座しますから!」

 レイはそう言いながらも既に土下座をしている。恥などない。

「お願いします!もう二度と言いません!神様にもバルド様にも誓うから!」

 レイの必死の土下座にバルドは無言。誰も口を開かない。風の吹く音だけが寂しく響き渡る。

「…もういい」

 バルドの言葉にレイは顔を上げる。バルドはレイに見向きもせずに小屋の中に入って行った。

 バルドを怒らせてしまったが、そんなことはどうでもいいのだ。自身の秘密が露見しなかっただけで十分である。

 レイが土下座の格好のままで安堵の溜め息をついていると、サーシャがバルドの後を追いながらレイに呟いた。

「やはり、レイの土下座は安っぽく見えるな」

 やはり、サーシャは生ゴミでも見るような目でレイを見て、そのまま小屋の中に入ってしまった。

「……」

 ジークはレイをちらと見るだけで、無言で小屋の中に入っていった。

「…」

 誰もレイをフォローすることはなかった。

 考えてみれば、サーシャはバルド至上主義である。そのような女が尊敬している男を馬鹿にされてフォローするはずがない。レイはそれをわかっていながらも、傷ついていた。

 そして、ジーク。

 元はと言えば、ジークが余計な事を言ったからこんな事になったのだ。それについて詫びの一つも言わないとはどういう事か。

 レイは自分の周りに味方がいないことを悟った。

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