いつかの話(1)
短め。
レイが宿屋に戻ってきたのは日付も変わろうという深夜だった。
「今まで何処にいたんだ?」
レイは起きてはいるだろうなとは思っていたが、案の定バルドは眠らずに待っていた。どこまでもレイのフォローを忘れないバルドである。
「その辺ぶらぶらして日課をこなしてた」
レイはイラつきに任せて日課を行っていたので、その内容に意味のあるものではなかった。ただ憂さ晴らしをしたかっただけなのだ。
「そうか」
バルドはレイが怒った理由を深くは追及してくる事はなかった。今までもこのようなことはよくあった。その度にバルドはレイが戻ってくるまでは眠らずに待ち、そのまま理由を聞かずに寝てしまう。
バルドが横になろうとした所でレイはバルドに話しかけた。
「お前は一度も理由を聞かないよな」
ただの一度も。
そのことがレイは不思議だった。バルドはレイを叱責することもなく、ただ待つのみ、理由は聞かない。
「聞いたところで話してくれるのか?」
「まあ、ある程度はな」
全てを話すことは出来ないけれど。
バルドなら少しくらいは話してもいいかもしれない。
「昔の俺に少し似てるんだよな」
「昔の?」
「ああ。若かりし頃の俺だ」
「そう言えば、レイの昔話はほとんど聞いたことがないな」
「当たり前だ。意識して話そうとしなかったんだから」
自分の過去など語る価値もない。しかし、語るべき時が来たら、その時は全てを話そう。それを聞いて、バルドはどう思うか。怒るだろうか。悲しむだろうか。
レイはバルドに悪いことをしているとは思っていた。バルドを利用している。これからも自分のために利用することをやめるつもりはない。もし、自分のために協力してくれと頼んだら、バルドは力を貸してくれるだろう。
今は腐れ縁すぎて何も言えないけれど、最後の最後のその時は―――
「昔の俺もああいう風に後悔した。守るべきものは守れず、ただ、ね。
まあ、俺は行動に移したけど、それでも最善を尽くしたとは言えなかったな」
何度もあった。
「その度に泣いたこともあった。あちらを立てればこちらが立たない。そんなことはざらにあったさ」
世界は優しくできてはいない。
「だからといって、諦めることはなかったな。今度こそは、と思って動いて来た。それでも失敗は多かったけど」
失敗ばかりだった。
「これからも諦めるつもりはない。だから後悔はしないようにしたんだ。最善を尽くして、それでも上手くいかなかったのなら、自分の力のなさを恨めばいい」
後悔するということは、失敗したモノに対する冒涜だ。
「だから俺は強さを求めた。前を向いて。後ろを振り返らない程の。
色んなものに手を出した。剣、槍、弓、斧、魔術、歌も絵も知識もありとあらゆるものを試してみた」
その結果は、
「どれも才能はなかったけどな。二流の域を超えることは俺には無理だよ。どこまでも凡人だ」
一流にはなれない。それがわかっただけだった。
「今でも自分の凡庸さに怒りが湧くよ。何か一つでも誰にも負けない武器が欲しかった。そうすれば、いつでも俺は目標に向かう」
失敗するかもしれないけど。
「それで上手くいかなくてもしょうがない。自分の最善をぶつけて届かないのなら諦めることが出来る。その時は笑って諦めるさ」
レイは笑いながら独白を終える。その笑顔は清々しいものだった。
沈黙が部屋を支配する。サーシャとジークの寝息だけが聞こえる。バルドの表情は暗くて伺うことは出来ない。
不意にバルドが口を開いた。
「やっぱりレイはすごいな」
「は、どこがだよ。俺はどうしようもないアホだぜ」
昔と比べて随分と性格が変わった。
「俺はお前を尊敬している。初めて会った時もすごいと思ったが、今はそれ以上にすごいと思ってるよ。俺にレイ程の強さはない」
「何だ、嫌味か?俺はこの四人の中で一番弱いんだぞ」
「そういう意味じゃない。誰が何と言おうとお前は強い。誇っていいぜ」
バルドは小声だが、意思の籠った口調で言う。暗くてその表情はわからないが、レイはバルドは笑っているだろうな、と思った。
「そうかい。お前がそう言うなら誇っていいのかもな」
バルドがそこまで言うのなら。少しは自分を誇っていいのかもしれない。
「ああ。アホで、いつもふざけてて、口の悪くて、童貞のお前でも、自分に自信を持つくらいはいいだろ」
「てめぇ!ほとんど悪口じゃねぇか!後、童貞言うな!このハゲ野郎が!」
「うるさいぞ。サーシャとジークが起きる」
こんな遣り取り、つい最近したばっかのような気がする。レイとバルドの関係はいつまでも変わらないのかもしれない。自分の秘密をばらしても、笑って許してくれるかもしれない。
「もう寝ようぜ。明日は聞き込みするんだろ?」
「ちっ。そうだな。もう寝るか」
レイとしては誤魔化された気がしないでもないが、明日は本格的に聞き込みを始めなければならない。店主のような奴らばかりだろう。ストレスで頭皮にダメージを受けてしまうかもしれない。睡眠不足も頭皮には強大な敵だ。それに日課をこなして疲れてもいる。ならばもう寝てしまおう。
レイは床に横になりながら瞼を閉じる。少し遅れてバルドも横になったようだ。
バルドには感謝してもしきれない。自分はバルドに救われている。
今は腐れ縁すぎて何も言えないけれど、最後の最後のその時は―――
ありがとう、と心からの感謝を込めて言ってやろう。