未来を掴みたいのなら、自分の手で
レイ達一行は部屋から出る。改めて見てみると、所々に損壊の跡が見てとれた。廊下に備え付けられた花瓶建ては真っ二つに折られ、照明であるランプは割れているのが多々あるようだ。
ジークの姿をしたナニモノかが残した傷跡は、こんな所にも表れているようだった。
レイはリオネルが受けた打撃は予想以上のものだと考え直すことにした。百聞は一見に如かずという言葉の通り、聞くのと見るのでは印象が全然違うのである。
先頭を歩くレイはバルド達をちらと見やる。
バルドは表情こそ普段と変わらないが、その拳は固く握られていた。
サーシャは露骨に顔を歪めていた。眉根には皺が寄り、ジークに何度か視線を送っている。恐らく、サーシャの中ではジークが無実だと確定していないのだろう。
ジークは顔に布を巻いているので、その心情はわからなかった。
一行は無言のまま受付に到着した。店主は気の抜けたようにぼう、椅子に座っている。店主は生気のない目をレイ達に向けるだけで、レイ達が目の前にいることに不思議そうにする様子も見られなかった。
「おっさん、聞きたいことがあるんだけど」
レイが口火を切る。辛い記憶を掘り起こすことにはなるが、やむを得ない。
「……はあ、何でしょう?」
一拍置いて店主はレイに答える。その声は力ないものだった。
「この街が襲われたことについてだ」
「…っ!!」
レイの言葉に店主は目を見開く。まさかそのような質問をされるとは思っていなかったのだろう。すぐに目を泳がせ、狼狽した。
「そ、そのことについては話したくありません…」
店主はレイと目を合わさぬように、顔を俯けながら返答する。
その様子を見て、レイはこれ以上の質問をするのを少し躊躇った。店主の声は震えていた。ほぼ間違いなく家族を失ったに違いない。
しかし、質問をしなければ進展はない。他の三人にも頼るべきでもない。こういった役は自分がやればいい。
レイはそう思いながら、店主の口を開かせるために、事情を説明することにした。
「つまり、お客様達は例の男の討伐に来られた冒険者ということですか?」
レイは自分達が件の男を追ってきた、と伝えると、店主は疑うような目でレイ達を見た。仕方のないことなのかもしれない。店主にとってみれば、来たのは見た目普通な男と、ハゲた男と、若い女に、顔を布でぐるぐる巻きにした怪しい人間。バルドがいくら有名と言ってもその顔が全ての人間に知られている訳ではないのだ。サーシャに至っては王国騎士団長としては、兜を常に被っている。素顔を知られていなくて当然なのである。
店主がレイ達を見て、件の男の討伐が無理だろうと思っても文句は言えなかった。
「ああ、そうだ。俺はレイ。そこの頭部に毛のない男は魔術師バルド。そこの若い女はサーシャ=コール。冒険者じゃなく王国騎士団長だ」
レイの簡単な説明に店主は驚いたようだった。
当然だろう。天才かつ美麗な男として誉れ高い自分がいるのだ。それで驚くなと言う方が酷と言うものだろう。それに、魔術師として規格外のバルド。そして王国騎士団長のサーシャもいる。こうして見るとそうそうたる面子である。
「何と!貴方が彼の高名な魔術師バルド様ですか!それに王国騎士団長様までも!
いや、すみません。ご無礼な態度をとってしまって…」
「店主さん。そこまで畏まらなくていい」
「バルド殿の言う通りだ、店主殿。私達の方が若輩の身だ。気にする必要はない」
店主はすぐに頭を下げる。バルドとサーシャに。自分がとった非礼を詫びた。
しかし、レイには何も触れてこない。レイの噂について言及することもなく、レイに詫びることもない。そのまま、バルドとサーシャにぺこぺこと頭を下げている。
レイは、こうもバルドとの扱いに差があるのが不思議でならなかった。サーシャは王国騎士団長だ。ならば、知られていてもおかしくはない。だが、バルドが知られていて、自分が知られていないのはおかしい。
レイはその点について、店主に質問することにした。
「おっさん。俺のことは知らねぇのかよ」
そんなはずはないだろう
「…すいません。もう一度名前を言ってもらえますか?」
「レイだよ!レイ!聞き覚えあるだろ?」
「レイ…レイ……」
店主は顎に手を当て、そのまま考え込む。ぱっと名前の出てこないこの時点でおかしくはないだろうか。レイは少し悲しかった。
「…ああ!思いだしました!冒険者の噂で聞いたことがあります。確か、どうしようもないアホだ…と……」
言葉の途中で店主は口を閉ざす。噂の張本人を目の前にして、アホだと言ってしまったのだ。冒険者はただでさえ荒くれ者が多い。良い噂を聞かない男にそのような失言。ぼこぼこにされてもおかしくないと思ったのだろう。
店主は怯えたようにレイを見る。その様子を見てレイは口を開いた。
「誰、それ。たぶんそれは違うレイだな。俺はそんな奴じゃねぇよ」
レイはしらこい顔して嘘をつくのであった。
レイが嘘をついたのは自分がそのような噂をされている人間だと思われたくないと思ったわけではない。店主が怯えていたので、このままでは聞き込みが難航すると思ったから、嘘をついたのである。レイは自分の深謀遠慮に感心していた。
「あの、後ろのお連れ様は…?」
レイが一人うんうんと頷いていると店主がレイ達の後ろにいるジークに顔を向けながら質問してきた。その目は細められていた。
当然である。ジークの見た目は限りなく怪しい。顔に布を巻き、目だけがかろうじて見える位なのである。
「そいつはジーク。顔に布、巻いてる理由はそいつがとんでもなく不細工だからだ」
「不細工、ですか…」
「ああ。見たらトラウマになるくらい酷いから見ない方がいいぜ」
その言葉にジークは何の反応も示さなかったが、バルドとサーシャはもの凄い形相でレイを睨む。レイがまた悪ふざけをしていると思ったのだろう。
だがレイは決して、決して悪ふざけをしている訳ではない。こう言えば誰もジークの顔を見たいとは思わないだろうと思ったから言ったのだ。トラウマになるくらいの不細工など見たいと思う人間がいるはずがない。
レイは自分の気配りの良さに感動していた。
「そ、そうですか…」
店主は顔を引き攣らせながら愛想笑いを浮かべる。レイは自分の作戦が上手くいったことを確信した。
「じゃあ、自己紹介はここまでで。おっさん、話を聞かせてもらうぜ」
店主は怯んだように息を呑んだ。
そも、希望を失った人間には新たな希望を与えればいい。店主にとってその希望とは男の討伐。そういう意味ではバルドとサーシャという存在は希望のようなものだったのだろう。
それに日常を思い出させてやれば、もしかしたらもう一度あの場所に戻れるかもしれない、と思うこともできる。だからと言って、一度失ったモノを再び手に入れるなど不可能だ。だが、今はそのことについてわからせる必要はない。立ち直るには己次第。他人に焚き付けられて救われることなど決して、ない。
「お願いします!どうか…どうか、妻と娘の仇を…!」
復讐など何も生まない。必要なのは事が起きた後の処理より、事が起きる前の行動。人間は得てして後悔をすることが多い。だが、その人間が後に悔む資格はあるのだろうか。後悔をしていいのは、ありとあらゆる手を打って、それでも為すことが出来なかった者のみ。その人間だけが持つ特権。
そういう意味では店主に後悔をする資格はない。ただ、のうのうと安寧を貪り、来たるべき時に備えていなかっただけだ。
「貴方方ならできると信じています…!どうか、あの男を撃ってください!」
そして、自分には出来ないと決めつけて、後は他人任せ。努力もしない。動きもしない。何もしない。ただ願うだけ。
「わかった、店主さん。俺達に任せてくれ」
店主の涙ながらの懇願にバルドが声を張って応える。レイが途中から聞く気がなくなっているのに気付いていたのだろう。店主に応えて、落ち着かせるようにレイの肩を二回叩く。
「あ、ありがとうございます!何卒、何卒よろしくお願いします!」
店主は深々と頭を下げながら、願う。男を撃ってくれ、と。自分の復讐のために男を殺してくれ、と。
「部屋に戻るぞ」
レイは頭を下げている店主は無視して、すぐに部屋へ向かう。自分でも不機嫌だとわかるような声だった。
サーシャとジークは部屋に戻っていくレイを見て不思議そうに顔を見合わせていた。
店主から聞いた話はあまり意味のある話ではなかった。ただ気付いたら街でたくさんの人間が殺されていて、気付いたら妻と娘が殺されていた、という話だった。状況の説明と言うよりは男を殺してくれと頼んだだけだった。
「ったく。無駄な時間を使っちまったよっ!」
レイは部屋の壁を蹴りながら悪態をつく。自分自身でイラついているのを理解して、更に苛立っていた。
「レイ、どうしたのだ?」
レイが今までに見たことがないくらいに荒れているのを見てサーシャが心配そうにレイに問いかける。
「ああ!?うっせぇよ!」
サーシャが着いていくと言った時より、強い口調で苛立ちをぶつけるレイ。その怒声にサーシャは体をびくつかせた。
「あー、マジイラつく。今日は聞き込みはなしだ。てめぇらは勝手にやってろ」
そう言ってレイは部屋を出ていく。ジークの似顔絵が描かれた紙はくしゃくしゃにされて捨てられていた。
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ジーク=アンリは捨てられた紙を拾って、中を見てみた。レイはジークの似顔絵を描くと言ってはいたが、中身を見せてはくれなかったのだ。
皺だらけになっていて、かなり見にくいがそこにはジークそっくりの顔が描かれていた。
「……うまいな…」
ジークは思わず呟いていた。絵とは言えここまで精緻に描写できるものだろうか。素直に感心していた。
「…バルド殿。レイはどうしたのだ?」
レイが居なくなってほっとしたのか、サーシャはバルドにレイの荒れている理由を聞いていた。
「まあ、イラついてたな」
「ああ。先程、私に怒ったより酷くはなかっただろうか?」
ジークもそのように感じていた。先程、レイがサーシャを怒った際にはあれほど声を荒げたりすることはなった。レイがサーシャの我儘に怒ることはわからなくはないが、店主の話にそれほど怒りを駆り立てられるようなモノはあっただろうか。家族を失い、悲しむ人間に対して何故そこまでイラつくのか。
ジークには皆目見当もつかなかった。
「レイはああいう人間は嫌いだからな」
「……ああいう、人間…?」
何故だかわからないがジークはその理由を知りたいと思ってしまった。その思いが口をついて出た。
「後悔するだけで、他人任せにする奴だよ」
バルドの言葉にサーシャははっとしたように目を見開き、すぐに顔を俯けた。ジークにはその理由はわからなかったが、今はそんなことより何故そういう人間が嫌いなのか知りたかった。
「…どうして、そういう人間が…嫌い、なんだ…?」
「さあ?知らないな。レイがそういう奴が嫌いだということしかわからない」
バルドにもその理由はわからないようだった。
「…しかし…同情するのは、わかるが…怒るのは、違うんじゃないか…?」
普通の人間なら店主の立場には同情するだろう。
「レイは何もしない弱者より、罪を犯しながらでも進んでいく強者のほうが好きなんだよ」
「…どういう…意味だ…」
「そのまんまの意味だ。だからレイは結構ジークのことを気に入ってると思うぜ」
「………」
確かにジークは罪を犯しながら、復讐を胸に進んでいる。
ジークにとって一番大切な人間を魔神に生贄として奪われたのだ。魔神に両親を奪われたので共に力を合わせて生きてきた相手である。それを、魔神が選んだから、という理由で奪われ、失くした。
ジークは魔神を討つために旅をしている。彼女が連れられて行く時はただ見ていることしかできなかった。それを後悔して自分を鍛え直す意味も込めて旅をしていたのだ。
しかし、行く先々で魔神の信仰がある。魔神の居場所が掴めなかった苛立ちで、魔神信仰の街を襲っていたのは否定できない。しかし、それだけでもない。魔神信仰について調べれば、魔神について何かわかるかもしれない、と考えていた。結果は芳しくなかったが。
そして、ジークはレイ達と出会った。自分が謂れのない罪で追われていると知って、ジークは驚いたが、一人で何とかしようとした。しかし、レイがしつこく協力するといって聞かなかったのだ。最終的には嫌でもへばりついていくと言われ、ジークは渋々承諾した。
レイはよくわからないことが多い。
「レイもどっか行っちまったし、今日はこれまでだな。二人とも、しっかり体を休めておけ」
バルドの声にジークは今までの過程を思い出していたことにようやく気付いた。別にレイの事を知る必要はない。ジークの最終目標はあくまで、魔神を討つこと。今はその障害になるものをレイ達と協力して除こうとしているだけ。
ジークはベッドに座り、窓から外を覗いてみた。日は沈みかけて、リオネルの街を寂しく照らしていた。