君には死んで欲しくない
3月4日に第14話「真実を見究めろ」で、細かいとこですが重大な修正をしました。これを修正しなかったら、物語に欠点が浮き出てしまいます。
修正前に読んでしまった方には、非常に申し訳ありませんがそこから読み直してもらえると「世界を撃て」をより楽しく読んでいただけると思います。
修正後に読まれた方は何も気にせずに読んでください。
このような場で伝えることになってしまって心苦しいのですが、今後も「世界を撃て」を読まれていただけると幸いです。
本当に申し訳ありませんでした。
では、失礼します。
リオネルの街は寂れていた。もともとそこまで大きな街でもなかったが、その寂れ具合は酷かった。人がほとんど出歩いていないのだ。
武器屋、防具屋、酒場、料理屋、露店のスペースまで見られることから、小さいながらもそれなりに繁盛していたのだろう。しかし、店を開いているのかわからないようなものが多かった。当然の如く露天商はいない。リオネルは北から来る行商達の中継地点として栄えていたのかもしれないが、いくら魔神を恐れない行商でも、つい最近、殺戮の起こった街には寄り付かないようだった。ちらほらと行商を見かけることはあるが、皆、仕事を終えるとそそくさとリオネルを出て行った。
宿屋は特に酷かった。店主と思しき人間は五十代に見える男だったが、レイ達が泊まる旨を伝えても、覇気のない様子でぼそぼそと部屋まで案内して、終わり。本当はもっと若いのかもしれない。疲れと心労で老けて見えた。
店主はリオネルの名所や名物を伝えたりすることもなく受付に戻っていったのである。
レイは仕方がないことだと思っていた。この街では大量に人の命が奪われたのだ。それも、何の意味もなく。
レイ達が宿泊する宿屋は、この街でも大きめな方で、店主一人で切り盛りするのは難しそうだった。もしかしたら、家族がいたのかもしれない。年齢的に考えれば、いてもおかしくはない。件の事件で家族を失ったのだろうか。
レイ達が借りた部屋は四人部屋である。何故、四人部屋を選んだのか。それは倹約のためだ。
「私も皆と一緒の部屋なのか?」
何故かサーシャも着いて来たのである。
「つーか何でサーシャが着いて来てんだよ…」
レイは愚痴が口をついて出た。サーシャと国民のためを思って帰れと言ったのに、サーシャはここにいる。レイは自分の配慮を無視した女に呆れていた。
「その理由は先程説明しただろう」
「いや、そりゃそうだけどさ…」
ここで話を遡ってみる必要がある。
ジークとの戦いの次の日。レイが起きた時、既にサーシャは起きていた。かなり疲れていたはずなのに、レイ達の中で一番早く起きていたのである。恐らく、レイの言葉を信じることが出来なかったのだろう。一番早く起きれば置いていかれることはないと考えたのかもしれない。レイは、昨夜サーシャが寂しそうにしていたことから、その理由に凡そは見当がついていたので特にからかうこともしなかった。
レイはすぐにバルドとジークを起こすことはしなかった。いや、出来なかった。
サーシャは野営のテントの中で眠っていたが、バルドはテントの中でなくても眠れるのである。バルドは昨夜、レイがテントを設営しているうちに眠ってしまった。レイは心の中でバルドの毛に呪詛の言葉を紡ぎだしながら設営していたのだ。
しかし、今朝、レイはバルドの頭を見てその呪詛などどうでもよくなってしまった。
バルドのハゲ頭に朝日が反射し、ジークのその整った顔を照らしているのである。バルドが息をするたびに、ハゲに差し込む朝日が、小刻みに揺れてジークの顔を照らすのだ。一つの奇跡だった。今この瞬間ににしか見ることが出来ない光景なのだ。偶然が作り出した奇跡だ。レイは運命を信じてはいるが、奇跡は信じていなかった。しかし、目の前の光景を見て、奇跡もあるのかもしれないと考え直した。
当然の如くレイは爆笑した。サーシャは爆笑するレイを見て不思議そうにしていたが、レイはサーシャに教える余裕もないくらいに爆笑していた。そして思いついた。これはもう一つの武器ではないのか、と。日が出ている時限定ではあるが、光の角度を調節すれば、相手の目を潰せるのだ。これは、使える。後衛として本気で考えてもらうようレイは進言することに決めた。
バルドもジークも目を覚ましたようだった。
当然である。レイは二人のことなどまるで気に留めずに笑っていたのだから。
「何笑ってるんだ?」
バルドは寝起きの不機嫌そうな顔でレイに問いかける。その顔を見て、バルド至上主義なサーシャも怯えたように身を引いた。レイもその凶悪な面を見て、先程決めたことをすぐに撤回した。
「いや、神様っているんだなって」
レイは当たり障りなく返答しておく。レイは長年バルドと共に過ごしているが、寝起きを見た回数は少ないのである。同じ部屋に泊まることもほとんどないし、泊まったとしてもバルドが先に起きていることの方が多いのだ。バルドの怒った顔を見慣れているレイでも、その寝起きの顔は流石に怖かった。
「無神論者が何言ってんだか…」
バルドはそう言うも、追及してくることはなかった。
レイは爆笑していた理由を聞かれなくて安堵した。
その後は特に何かが起きることはなかった。レイとバルドはジークに自己紹介して、ジークの疑いを晴らすために、協力することを伝えた。しかし、ジークは渋っていた。自分一人でも疑いを晴らすことは出来るとごねていたが、レイとしてはジークと共に行動をしたかったのだ。熱い口調でジーク一人では難しいことを説得し、承認させた。
それからレイ達一行は、リオネルに向かって歩みを進めた。バルドの魔力に中てられ、この辺の低級な魔物はほとんど出てくる事はなかった。出てきてもバルドの魔術、サーシャの槍、ジークの剣ですぐに蹴散らされていた。レイは手持無沙汰に三人の蹂躙を見ていた。レイ一人だけ何もしていなかったので、サーシャから文句を言われてはいたが、レイも、自分は必要ないじゃん、と思っていたので反論することもなくサーシャに謝った。レイが謝った時、サーシャは不意を打たれたかのように呆けていたが、すぐにどもったようにレイの謝罪を受けていた。
レイはリオネルまでの道中、何度もサーシャとジークと模擬戦を行った。二人ともレイよりも才能はあるし、現段階でもレイを上回る程の強さを有しているのだ。レイは二人に一度も勝つことが出来なかった。サーシャもジークもレイがジークに勝ったことを不思議に思っていたが、そこは経験の差と情報の力がモノを言っているのだ、とレイは二人に、特に情報の重要性を力説した。自分がこのパーティーに必要がないと本気で思いかけていたので、参謀としての実力も力説した。しかし、二人はレイの熱弁を気に掛けていなかったのである。サーシャは、また出会った当初のような冷たい目を向けてくるし、ジークは、もう負けることはない、と言っていた。レイは、自分がこのパーティーの底辺にいることを悟った。
レイは自分の境遇の辛さに悲しみながらも、一行は気にすることなく進んでいく。レイは、皆、ハゲてしまえばいい、と心の中で恨み続けた。
そして、リオネルに到着する。
リオネルの門の前で一行は立ち止る。時刻は昼時。太陽は雲に隠れていた。門の前からでもわかるほど、リオネルは活気がなかった。陽が届いていないから、一層その活気のなさに拍車をかけていた。
サーシャとはここで別れなければならない。
「じゃあ、サーシャ。ここでお別れだな」
レイは惜しみながらもサーシャに告げる。もっとからかいたかったのである。道中はサーシャとジークの模擬戦と言ういじめに会い、ほとんどからかうことができなかったのだ。レイとしては全然からかい足りなかった。
「……」
しかし、サーシャは動こうとしない。口を真一文字に噤み、レイ、バルドの順に目を向けただけだった。
「どうした?」
バルドはサーシャに問いかける。サーシャが動こうとしなかったことを疑問に思ったようだった。
「……」
しかし、サーシャは行動を起こさない。尚も口を閉じて、俯くだけである。
「どうしたよ、サーシャちゃん。もしかしたら俺達と離れるのが寂しいとか?」
「っ」
レイはからかうつもりでサーシャに聞いてみたのだが、サーシャはレイの言葉に驚いたように顔を上げた。その顔は少し泣きそうだった。
「おいおい、王国騎士団長がなんつー顔してんだ」
こういう顔は弱いのだ。
「私も……着いていく」
声を震わせながらサーシャは自分の思いを吐露する。
レイは閉口する。こうなることは今までのサーシャの態度で予想出来たことなのだ。旅の道中でも、常に一番遅く寝て、誰よりも早く起きていた。レイは薄々こうなるんじゃないかと不安だったのである。そして、その不安が的中する。
「駄目だっつーの。お前は王国都市に戻れ」
当然、レイはサーシャの希望を切り捨てる。サーシャと民のためを思って言っているのだ。このような我儘を許すつもりはない。
「しかし…!」
「しかし、じゃねぇよ。てめぇがいなかったら誰が国民を守るんだ」
レイは強い口調でサーシャを叱責する。甘いままでいいとは思ったが、こういう甘さは切り捨ててもらわねば困るのだ。
「自分の立場を忘れるな。てめぇはアルメリア王国騎士団長だろ。こんなとこで油売ってていいわけねぇだろうが」
レイ自身はサーシャに着いて来たもらった方が都合がいいと考えている。戦力が高いほど、やりやすくなる。
「俺達は元々、この依頼の間だけの関係だ。馴れ合うんじゃねぇよ」
しかし、レイも自身の我儘を許すつもりはなかった。
「依頼はまだ終わっていないっ」
確かにそうではあるが、
「俺は短い間だと思ったからてめぇを連れて来たんだ。もうてめぇに用はねぇんだよ」
きつい言葉を投げかけている自覚はある。どうもサーシャには言い方がきつくなってしまうようだった。
「大体すぐ泣く小娘はいらねぇんだよ。てめぇは帰って、弱小王国騎士団でも鍛えてろ」
サーシャは泣いていた。レイの言葉に傷ついているのか、嗚咽を漏らしながら泣いていた。しかし、今回ばかりはレイはやめるつもりはない。
「泣けば何でも許されると思うなよ。世の中には泣いたってどうにもならないことだってあるんだ。てめぇはその度にめそめそ泣くのか」
「……さい」
サーシャが小さくこぼす。
「あ?何つった?もっとはっきり喋れや」
「うるさい!!」
サーシャは癇癪を起こしたように顔を真っ赤にしながら怒鳴る。
「貴様の方が私より弱いだろう!ならば、貴様こそ必要ない!」
サーシャの言い分はもっともである。このパーティーの中で能力的にレイが一番弱い。しかし、強さは能力で測るものではない。
「ろくに人も殺したことがないような甘ちゃんが何言ってんだか」
表面上の強さなど何の意味もない。レイは自分に才能がないことを認めていた。
「黙れ!私だって人くらい殺せる!今ここで貴様を殺してもいいのだぞ!」
サーシャは支離滅裂なことを言う。そんなことをしても何の意味もないだろうに。
「いいぜ。掛かって来いよ。今度は殺すつもりでやってやるよ」
しかし、レイはサーシャの言葉に乗っかる。言ってわからないなら、行動で示すしかない。
ジークは事の成り行きを静観している。自分が口を挟むべきではないと考えているのだろう。
サーシャは既に槍を構えている。その顔を涙で濡らしながら。
レイも刀を構えようとする。
「レイ、やめておけ。サーシャがここまで言うんだから連れてってやればいいだろ」
しかし、バルドの言葉にレイは刀を構えずにバルドに反論する。
「てめぇまで何言ってんだ。髪の毛だけじゃなくて脳味噌まで栄養がいかなくなってきたのかよ」
レイは怒っていた。サーシャのあまりのわからなさ加減にイラついていたのだ。それに加えて先程の言葉。自分が弱いという言葉。
レイは自分に才能がないことを認めてはいる。そして自分が弱いということも。しかし、頭で認めているとはいえ、自分の弱さに怨嗟の思いを持たないわけではない。レイは何度嘆いたか。自分にもバルドのように魔術の才があれば。サーシャのように槍の才があれば。ジークのように剣の才があれば、と。
レイは無様に嫉妬している自分にも怒っていた。
「この女は甘すぎんだよ。何もわかってねぇ」
そう。何もわかっていない。後悔してからでは遅いのだ。
「そうは言うけどな。今は魔物の襲撃より件の犯人を捜したほうがいいだろ」
バルドはいつ来るかわからない魔物の襲撃よりも、目先の危険な存在を排除した方がいいと主張する。
「あ?俺達でも危ねぇんだぞ。こいつも死ぬぞ。それでもいいのかよ」
レイは反論する。サーシャはこのような所で死んでいい存在ではない。
「俺らがやられたら、王国騎士団で男の排除に向かう。そうなれば結果は同じだ」
「…」
そんなことはわかっている。しかし、少しでも死ぬ危険性を低くしたいのだ。
「なら、俺達と一緒に行って少しでも可能性を上げた方がいい」
「…」
「俺とお前とサーシャとジーク。この四人なら大丈夫だ」
断言。憶測でもなく希望でもなく、バルドは断言する。
「はぁ。お前も大概、甘ちゃんだな」
レイは刀を腰に戻す。バルドの言葉に呆れてはいるが、信頼している相棒がここまで断言するのだ。ならば信頼されている相棒としてその言葉を無碍にはできない。それにバルドの言葉は安易に否定はできるものでもない。サーシャは経験もないし甘いが、確かに戦力になる。レイは自分の我儘を許すつもりはない。しかし、サーシャを連れていった方が最終的な危険性は少ない。レイは先程は怒りで頭が回っていなかったようだ。
「わかったよ。サーシャを連れていくよ」
「…え?」
レイの言葉にサーシャは槍を構えたまま停止する。涙は依然流れていた。
「サーシャを連れていくって言ってんだよ。だから槍を下ろせ」
「…あ、ああ」
サーシャは未だに信じられないといった顔だったが素直に槍を下ろす。
「サーシャを連れていくのは良いけどよ。誰が王国騎士の指揮を執るんだ?」
サーシャを連れていくのは仕方がない。レイはもう決めてしまった。ならば、誰が王国騎士団の指揮を執るのか。
その疑問に答えたのはサーシャだった。
「副団長のウェイン殿が執る」
「ウェイン?誰それ」
ウェイン。レイは王国騎士団に関してはサーシャ以外知らなかったので、その名前に聞き覚えがなかった。
「我が王国騎士団の副団長殿だ。確か今年で五十三になる。軍を扱うことに関しては、私よりも上手い」
「ふ~ん」
サーシャがそこまで言うのならそうなのだろう。しかし、そんな男の名前を自分が知らないことは不思議だった。
その旨をサーシャに伝えるとサーシャからの返答は納得の出来るものだった。
「ウェイン殿は昔の襲撃の際に体を悪くしておられる。前線には立っていないのだ」
それならば知っていなくてもしょうがない。ただでさえ王国騎士団など興味がないのだから。
「サーシャ、いい加減涙を拭け。女は男を落とす時以外は泣いちゃいけないぜ」
レイはちゃかすように言う。自分が泣かしたことを忘れているわけではなかったが、素直に謝るのも癪だった。
「うるさい!誰が泣かしたと思っている!?」
そう言い、慌てて涙を拭うサーシャ。その拭い方はごしごしと子供のようで、レイは少し笑ってしまった。
「何を笑っている!?」
「いや、別に」
「別に、ではないだろう!?理由を言え!」
「随分可愛らしい拭き方をするなぁと思って」
「な、何を言って…!」
もう既にいつも通りの二人だった。レイがサーシャをからかって、サーシャがレイに怒る。先程の緊迫した空気はどこへやら。二人は言い争う。
レイはこの空気を心地よいと感じていた。バルドとジークは呆れたようにこちらを見ている。空気の あまりの落差に呆れるな、という方が無理であった。しかし、レイは口論をやめるつもりはなかった。一度は手放すかもしれないモノだったのだ。問題は何も解決していない。けれども、レイはもう少しだけこの空気を感じていたかった。
気付けば、太陽はその姿を現していた。さんさんと四人に陽光を降り注ぐ太陽。太陽の祝福はサーシャの涙の跡に反射してきらきらと輝いていた。それはまるで四人の未来を暗示するように。
それを見て、レイは、綺麗だ、と思った。いつかは手放すモノだけど、今だけは、今この瞬間だけは、何も考えずにその思いに身を委ねていたかった。