考えてわからないのなら、行動すればいい
夜が更ける。時刻は既に深夜と言ってもよい時間帯。ジークのリオネルを襲った後の話が続く。
「つまり、リオネルで建物とか壊した後、すぐにこの屋敷に戻ったってことか?」
「…ああ」
要約するとそういうことになる。
ジークは約三週間前にリオネルを襲った。しかし、住民を虐殺することはなかった。その時に大量の食材を奪う等のことはしたが、住民に危害を与えたことはないと言う。その話がどこまで信じることができるかは、判断しかねるが、レイはジークに虐殺するほどの狂気はないと感じていた。
「しっかし、全然わからねぇな」
レイは髪の毛を掻き毟る。
この場で真実を知っているジークの話を聞いても、たいした情報を得ることは出来なかった。
「少年がやってないとすると、誰がやったのかねぇ」
この問題の一番不可思議な部分がそこである。先程述べた通り、ジークにはリオネルの住民を虐殺するのは、性格的に無理だろう。王国騎士団をはねのけるのも能力的に無理がる。それに、レイはジークがやっていないとほぼ確信している。
ならば、サーシャが見たジークの姿は何なのか。
ここがネックになっているのである。
「サーシャ、本当に少年だったのか?」
先程は流したが、やはり、サーシャにはもう一度しっかり確認してもらう必要がある。レイは意味がないだろうとは思いながらもサーシャに確認を促す。
「むぅ…。そう言われてみると、少し不安になってくるな…」
しかし、サーシャからの返答は曖昧なものだった。
「今更、そんなこと言うなよ…」
レイは呆れた。先程まではジークがやったとわめき散らしていたのに、今までを覆すような発言である。呆れるな、と言う方が無理だった。
「し、仕方ないだろう!あの時は少し離れて見ていたのだ!」
レイの呆れた様子が伝わったのかサーシャは慌てて弁明する。
「はいはい、仕方ないね。じゃあ、遠目から見た感じでいいからさ。本当にこいつだった?」
遠目から見た感覚でも聞くと聞かないでは雲泥の差がある。レイは詳しく聞いてみてから、判断することにした。
「座っているとわからないな…。お前、ちょっと立て」
サーシャはジークに命令する。レイはそんな命令口調でジークが従う訳がないと思ったが、ジークが何も言わずに従ったのを見て、こいつ律儀なやつだなぁ、と思った。
「むぅ…。全体像は確かにこいつだったと思う」
サーシャはジークの体を見回して言う。
「装備も服装もこのような感じだった」
サーシャが結論を下す。
思う、や、感じ、と言うように曖昧な部分が多々ある。レイもジークの全体を見ながら考える。ジークの身長は目測で百七十五センチ。レイとほぼ同じ身長だから間違いない。男にしては線が細いから、体重もハーベスタの情報通りだろう。
しかし、ジークのような格好をした男などどこにでもいる。ならばジークの格好を真似して誰かがやったのか。
レイはその仮定を即座に否定した。メリットがないのである。そのような真似をしても真似た人物になんらメリットがない。ジークを恨んでいる人物がいるかもしれないが、王国騎士団を壊滅させるような奴である。強大な力を持っているのだから、そんな回りくどい方法を取るより、ジークを直接狙った方が、断然早い。じゃあ、ジークがやったのか。レイはそれはないと踏んでいる。
結局は堂々巡りである。どれだけ考えても答えが見えてこないことにレイは焦っていた。ずっとこの様な男を待っていたのだ。何としても、ここで無実を晴らさないといけない。
「お前、少し笑ってみてくれるか?」
レイがどのようにジークの無実を証明しようか悩んで、もうこうなったら適当にでっちあげて、その辺の奴を吊し上げようか、と暴走しかけていた時、サーシャが意味不明な要求をした。
「何で少年が笑う必要があるんだよ」
意味が分からないので、当然レイは突っかかった。情報は大事だが、意味のないことは嫌いなのだ。
「私が見たときは、笑いながら騎士団の皆を殺していた」
サーシャは顔を歪めながら、理由を告げる。
レイは驚いていた。
「少年、笑えるのか?」
そこである。ジークの根暗~な感じから、レイはジークが生涯で笑ったことがないのでは、と疑っていたのである。
しかし、人とは見た目では分からないものだ。この根暗~な感じのジークは、もしかしたら人を殺すことに快感を覚えるタイプなのかもしれない。
そうだとすれば、ジークに笑ってもらうしかあるまい。
レイはジークが犯人かどうかより、ジークの笑顔が気になってきた。
「…俺は、笑うのは…苦手だ…」
「んなもん、見りゃわかる」
当たり前のことだ。
「まあ、とりあえず笑ってみ?こんな感じで」
レイはそう言いながら、自分の中で最も破壊力のあるキラースマイルをジークに向けた。
「…」
ジークは何の反応も示さなかったので、レイのキラースマイルは無情にも流されてしまった。
「ゔぅん!ま、とりあえず笑え」
レイとしては突っ込んでもらいたかったのだが、ジークにそれを求めるのは酷だと悟った。咳払いでごまかしながらももう一度促す。
「…」
しかし、ジークは笑わない。
「どうした。二カっといけ、ニカっと」
ジークは躊躇っているようだった。何度も視線を彼方に向け、俯きながらも笑おうとしない。レイは生唾を飲み込んで見守った。
そして、ジークが意を決したように一度頷く。おもむろに顔を上げ、ジークは笑った。
「…」
「…」
「…」
レイとバルドとサーシャは無言である。どう反応していいか迷っているのだ。
「あー、何だ。なんつーか。…悪かった」
しかし、そのままにしていてはジークに悪い。レイはまずは謝罪をした。
ジークの笑った顔はそれは微妙なものだった。口元は変にひきつり、目は笑っていると言うより、睨んでいると言う方が的確だった。小鼻には皺が寄っていて、レイは、むしろ怒っているだろ、と言いそうになってしまった。だが、ジークが口元をひくひくさせながら、その表情を保っていたので、本気で笑おうとしているとわかってしまった。
他の二人は特に反応を見せなかった。恐らくなかったことにしているのだろう。
「うん。まあ、少年じゃないね」
レイの結論にバルドとサーシャも頷く。
ジークが殺戮に快感を覚える性格だったらどうするのか、と言われても、ジークの笑顔を見たらそんなことは言えないはずである。全てがどうでもよくなるような笑顔だったのだ。
「…だから、笑うのは、苦手だと言った…」
ジークは俯きながらぼそぼそと答える。心なしか、影が増しているように見えた。
「悪かったって、ホント。ほら、二人も謝れ」
ジークがいじけてしまっては進展がない。レイはバルドとサーシャにも謝ることを促した。
「疑ってすまなかった」
サーシャは深々と頭を下げながら謝罪する。レイは後悔の念と疑ってしまったことを詫びる気持ちが、ありありとわかった。
「すまん、少年」
バルドは簡潔な言葉で謝る。しかし、その言葉には万感の思いが込められていた。
「…」
二人の謝罪にジークの影が更に増した気がした。このままではまずい。レイは慌てて話を本筋に戻すことにした。
「じ、ジークがやってないとしたら誰がやったんだろうな!?」
またこの疑問に戻ってしまうのである。
ジークも自分の進退が関わっているので機嫌を直して三人とともに議論を交わす。四人は車座に座りながら話し続ける。しかし、どれほど考えてもわからないのだ。ジークではないとしたら、誰が。結局はこの疑問に落ち着いてしまう。レイは埒が明かないので考えることはやめにした。
「もう、考えても仕方ねぇよ」
情報が少なすぎるのだ。答えはどう頑張っても出てこない。
「じゃあ、どうするんだ?」
バルドは疲労の色を見せていた。ジークと戦ってからサーシャとジークとレイの三人の治療をして、休みはほとんど取ってないのである。加えてもう既に日付は変わってしまっているくらいに夜が更けている。サーシャはかなり前からぐったりしているが、流石のバルドも疲れてきたようだった。
「考えてわからないのなら、行動すればいい」
レイは、あれ、これなんかカッコ良さげな言葉じゃね?と思った。
「行動すればいいって。具体的には何をするんだ?」
「とりあえずは聞き込みだな」
多くの人に聞いてみないとわからない。
「どこで?」
「まずはリオネルで」
そう。まずはリオネルで聞き込みだ。レイはこの問題を解決することに決めていた。リオネルで大きな被害がでたのだから、そこの人々に聞けば何か耳寄りな情報が手に入るかもしれない。
「そうか。わかった」
バルドは深く追及しない。こういった頭を使う作業はレイに一任しているのだった。
「そうと決まれば早速。サーシャ」
「ふぇ…?な、何だ?」
サーシャは半分寝ていたのか。随分と可愛らしい声を上げた。慌てて取り繕っていたが、その顔は真っ赤だった。
レイはサーシャのもらした可愛い声には触れずに用件だけを伝えることにした。
「お前はもう帰れ」
この依頼の間はサーシャについてきてもらうつもりだったが、王国騎士団長が長く不在というものまずいだろう。それに随分とキナ臭くなってきた。この先の旅は恐らく、命の危険が付き纏う。サーシャには酷な旅になるだろう。ならば、と思ってレイはサーシャを王国都市に帰すことに決めた。
「な…!何故だ!?」
当然、レイは反論も承知の上である。真面目で堅物が依頼を途中で放棄するとは思っていなかったのである。
「お前は王国騎士団長だろ。あんまり長く留守なのは駄目だろ」
「確かに、そうだが…!」
「それに国民を守らなきゃいけなだろ?」
そして責任感も強い。今、この瞬間にも魔物が何処かの街を襲うかもしれないのだ。国民を守るためにもサーシャは帰らざるを得ないだろう。
「むぅ…」
サーシャは難しい顔をして黙り込む。どちらを優先すべきか悩んでいるようだった。
「俺とバルドがいるんだ。大丈夫に決まってんだろうが。それにお前の代わりにジークがいるし」
ジークは何か言いたげにレイに顔を向けるが、何も言ってくる事はなかった。
「…そうでは、あるが…」
「わかったなら、今日はもう寝ろ。疲れてるだろ?」
サーシャは本当に眠そうだった。目蓋も閉じかけで、かなり辛そうだった。レイはサーシャの挙動がかなり可愛らしく感じたが、すぐに休ませることにした。
「私が、寝ている間に何処かに行ったりしないだろうな?」
レイはサーシャが随分と寂しそうな声をしていたことに不思議に思った。
「しねぇって。リオネルまで一緒に来てもらうよ。そこでお別れだ」
サーシャが寂しそうにしている理由はわからなかった。だが、わからなくても構わないのだ。サーシャと別れたら、まず間違いなく、もう二度と会わないのだから。