真実を見究めろ
シリアスに行こうとしても、どうしても悪ふざけが入ってしまいます。作者は頭がイカれてるんだと思います。
暗闇の中、少年が横たわっている。手足を縛られ、身動きが取れないようにされながら。少年の体には傷一つついていない。
「や~っと喋ったか」
レイは疲れたように溜め息をつく。そうは言いながらも、少年の体を持ちあげ、足の縄を切り、胡坐の体勢で座らせる。
「最初からそう言えば、もっと楽だったのに」
自分が、お前は罪のない民と王国騎士団を殺したのか、と聞いてもよかったが、少年にでっちあげと思われると心配したから、こんな回りくどい方法をとったのである。自分が謂れのない罪で殺されると思えば喋らざるを得ないだろう。
「嘘だ!私は見た!この男が笑いながら…!」
サーシャは憤懣やるかたないといった風にわめき散らす。しかし、既にサーシャの出番は終わった。
「サーシャ、うるさい。ちょっと黙ってろ」
「しかし…!」
「表面上を見てわかった気になるな。ここからは俺の仕事だ」
レイの言葉にサーシャは押し黙る。レイは、サーシャはもっと反論してくると思っていたが、すぐに黙ったので不思議に思った。拍子抜けしながらも、優先すべき事柄を先にこなす。
「最初から少年を殺す気はねぇよ」
レイはにっこり笑いながら少年に話しかける。少年はぽかんとしていた。
「逃げたかったら逃げてもいいぜ。けど、こちらの質問には答えてもらう」
佇まいを直す。ここからは真面目な時間だ。
「名前は?」
「…ジーク=アンリ…」
アンリ。その姓は確か、
「アンリ?お前、ユナイテッドの出身か?」
ユナイテッド公国。随分と前に魔神に滅ぼされた国。
「…そうだ…」
レイは思案する。
ユナイテッド公国の出身者。そうだとすると、魔神信仰の街を襲った理由は想像できる。しかし、今はその質問は後回しだ。
「ふむ、そうかね。じゃあ好きな人は?」
「ちょっと待て!その質問に意味はあるのか!?」
黙っているはずのサーシャが会話に割り込んでくる。
「あるから聞いてんだよ。いいから黙って見てろ」
「むぅ…。バルド殿、本当に意味があるのか?」
レイの言葉は信じずに、バルドに問いかけるサーシャ。レイとしてはどこまで自分を認めてないのか気になった。
「レイがそう言うんなら、そうなんだろ」
「バルド殿…。仕方ない。レイ、早く続けろ」
レイは少し苛立った。
この女は自分から尋問を止めてきたのに、その言い草。どこまでもバルド至上主義の奴である。
レイは尋問が終わったら、サーシャをからかうことを胸に誓った。
「で、少年。好きな人はいる?」
しかし、今は尋問中。頭の中は聞きたいことで整理する。
「…今は、いない…」
「いねぇの?てか、さっきから気になってたんだけど。暗い!暗いよ!少年!」
喋り方は呟くようで、好きな人もいない模様。レイは先程からジークの暗さが気になって仕方がなかった。
「せっかくそんなにイケメンなんだから、もっと楽しく行こうぜ!」
そう。レイの言う通り、ジークはかなりのイケメンなのである。髪の毛は伸ばしっ放しだったのか、後ろで束ねている。しかし、そのおかげでジークの顔立ちがよりはっきりわかるのだ。目は、くっきりとした二重に、大きすぎない程度。鼻は高く、口周りには髭が少しも生えていなかった。ともすれば女と見える程、中世的な顔立ちをしているのである。声も男にしては高いが、澄んだ声をしていた。
せっかくのイケメンもその根暗な感じが邪魔して、くすんで見えてしまうのだ。レイは心からもったいないと思った。
「俺に負けず劣らずの美しさなんだから、もっと堂々としろよ」
自分は慢心せずに、その神々の如き美しさに磨きをかけているというのに。
「「え…!?」」
しかし、レイの発言にバルドとサーシャが驚きの声を上げる。
「レイ、それは言いすぎだ。もう少し自分のことを見直せ」
バルドは、こいつ何言ってんだ、と視線で語る。その視線の冷たさは、伝説の精霊サラマンダーの火炎さえ凍りつけてしまいそうだった。
「わ、私も、バルド殿の意見に賛成だ…」
サーシャは気の毒そうにレイから顔を背ける。バルドのように馬鹿にした感じではなく、心からレイのことを可哀相な奴だと思っているようだった。
「お、おいおい…。冗談じゃん。そんなマジになんなよ」
レイは慌てた。
真面目に尋問すると言ったそばからふざけてしまったが、そこは、こいつめ、みたいな感じで注意を受けるだけだと思っていたのだ。しかし、帰ってきた反応は、非常に辛辣な言葉と真面目な反応。
「レイ、よく聞け。世の中にはな、言っても許される冗談と、許されない冗談があるんだ」
バルドはレイに語り諭す。その目は少しも笑っていなかった。
「私は、別に、人は顔で評価するもではないと思っている…」
サーシャは相変わらず、レイから顔を背けたままで、ぼそぼそとレイを慰める。
二人して憐憫の眼差しをレイに送る。
「う、うるちゃっ…!うるさい!俺がカッコよくねぇことなんてわかってるっつーの!二人ともマジになんな!」
レイは噛んだことは無かったことにして、二人に怒鳴る。ほんの戯れ程度の冗談でここまで言われるとは思っていなかったのである。
「そして、サーシャ!てめぇ、慰めんな!なんか悲しくなるだろ!」
そして何が一番きつかったと言われると、それはサーシャの慰めである。バルドがちょっぴり本気でキレかけているのは、別にどうでもいいのだ。サーシャが本気で気の毒そうに慰める。それはかなりきついのである。
「だが、今回は全て、お前が悪い。謝るべきだ」
そしてバルドの結論。
「何で俺が謝んねぇといけないんだよ!」
もちろん、レイは反論する。ちょっとしたお茶目に、ここまで言われては立つ瀬がないのである。
「こればかりは、冗談ではすまされないぞ」
「私も、その、あ、謝った方がいいと思う…」
依然、キレかけのバルドに、気の毒そうに顔をそらすサーシャ。
そんな二人の反応に、レイは自分がとんでもないことをしてしまったのだろうか、と不安になってきた。
「そんな酷いこと言ったか?俺」
随分と弱気な発言である。
レイは自分が悪いのでは、と思い始めていた。
「他の女が聞いたら殺されても文句言えないぜ」
「おおう…」
まさかそこまでとは。
そんなことで殺されてはたまらない。レイは謝ることに決めた。
「申し訳御座いませんでした」
無論、土下座である。その姿には哀愁が漂っていた。
女の子のイケメンに対する情熱の前では、男のプライドなどゴミのようなものなのだ。
「…別に、謝る必要はない…」
レイの心からの土下座にジークも気の毒に思ったのか。少し慌てた様子で口を開く。
「よし、じゃあ尋問を再開するか」
やはり、切り替えの早さだけは評価できるレイだった。
「よし!気を入れ直していくぞ!」
レイの切り替えの早さにジークも呆気にとられたようだ。その美麗な顔は、ぽかんとしていた。
「魔神信仰の街を襲っていた理由は何だ?」
そして一番重要になる質問。この答え次第でレイのこれからの行動が決まってくる。
「…」
しかし、ジークは質問に答えない。
「答えたくないってか。だけど、これが一番ミソになる質問だ。他は答えなくてもいいからこれだけは答えろ」
ジークは思案しているようだった。何度か口を開き、また閉じるという行動を繰り返していた。踏ん切りがつかないようだったのでレイはきっかけを与えることにした。
「…復讐か?」
「…!」
ジークは驚いたように目を見開く。ジークの反応にレイは確信した。ジークは魔神に恨みを持っている。
「何のために復讐しようと思った?」
これも大体は予想がつくけれど。レイはジークの口から直接聞きたかった。
「………大事な人を…、魔神に、奪われた…」
そして最後まで逡巡した結果、ジークは忌々しそうに答えを口にした。
「で、魔神の場所はわからないから、魔神信仰の街を襲った訳か」
ジークは無言で頷く。
「貴様の復讐のために関係のない人達まで巻き込んだのか!?」
またもサーシャが激昂する。槍を持ち、バルドの後ろから出てこようとするところを、バルドに止められていた。
「落ち着けって、サーシャ。それにな、今回の件ではこいつは誰も殺してねぇよ」
そう。恐らくは、誰も殺していない。
「あり得ない!私はそいつが団員を殺すのを見た!確かにこの男だった!」
「だ、そうだけど?そこんとこどうなのよ、少年」
レイは少年に問いかける。この答えも確信していた。
「…王国騎士団も民も、殺してなんかいない…」
先程と同じ答え。わかりきっている答えだ。
「嘘に決まっている!」
しかし、サーシャは納得しない。レイは、面倒だがサーシャを説き伏せることにした。
「少し考えればわかるだろ。こいつは俺に負けるような奴だぜ?百五十人も相手にして無傷でいられるかよ」
ハーベスタに質問をしていた時から気になっていた。この薄い装備に、その能力。この程度の強さでそんなことが出来るはずがない。
「バルドでも一人で、しかも一日で壊滅させられねぇよ」
何度も頭の中で、ジークの姿を構築した。サーシャと戦っている時も、ジークの動きをトレースして考えた。そして、ジークがサーシャをすぐに殺さなかったことと、自分が剣を手放した時の一瞬の隙。その程度ではまず不可能である。
「む、むぅ…」
レイの言葉にサーシャは渋々納得する。レイの説明に納得した、と言うより、バルドでも無理のくだりで、バルドが頷いていたことから納得したようだった。
「だから昨日、キナ臭いとか言ってたのか」
バルドの言葉。納得したように顎を触っていた。
「ああ。その程度で、んなこと出来るわけがねぇからな」
「じゃあ、誰がやったんだ?サーシャは確かにそこの少年を見たと言っているが?」
もっともな質問である。ジークがやっていないとしたら誰がやったのか。サーシャは確かにジークの姿を見たと言っていた。恐怖とともに、記憶が捏造されている可能性もあるが、恐らくはサーシャの言う通りだろう。他の王国騎士団にも聞けばわかることだ。
「そこも含めてキナ臭いと言ったんだよ。だから少年に話を聞いているんだ」
そう。一番気になっていた事柄だ。リオネルの人々と王国騎士団員は確かに殺された。ジークの姿をしたナニモノかがやったのだ。
「少年。実は双子だったとかない?」
レイはあり得ないとは思いながらジークに聞く。
「…兄弟は、……いない…」
「…埒が明かん。少年、リオネルの街は襲ったか?」
「…ああ。…三週間くらい前に…」
「そこで何をした?」
「…建物を、破壊した…」
「それだけか?」
「…ああ」
ジークに嘘をついている様子は見られない。レイは考えるが、こればかりは予想もつかなかった。
断片的に聞いても、わかるわけがない。レイはリオネルを襲ったときから、今までの動向を聞くことにした。