尋問 in the night
「レイ、男の治療が終わったぞ」
バルドが告げる。
「終わったか。じゃあ、次は俺をやってくれ。もう死にそうだぜ」
いい加減血が流れすぎている。
「わかったよ。こっち来い」
「てめぇが来いや!こっちは怪我人だぞ!」
「どこが死にそうなんだよ」
バルドは苦笑しながらレイの元に来る。そして、治療を開始した。
「にしても、おもしろいくらいに致命傷がないな」
バルドがレイの治療をしながらこぼす。その声はしみじみとしていて、また、感心していた。
「当然だ。俺はディフェンスの神だからな」
何を当たり前のことを。これくらいバルドは知っているだろうに。
レイこの程度の怪我は怪我としてカウントしてないのである。
「もしかして、その怪我は、わざとくらったのか?」
サーシャはレイに問いかける。その顔はレイの怪我を心配していた。
「んなわけねぇだろ。そんな余裕があったら普通に倒してるっつーの」
しかし、レイはサーシャの問いを一蹴する。男とレイの実力は明らかに差があった。剣の才能も、魔術の才能もレイの何倍もあった。そこで、あえて、男の斬撃をうけるなんて余裕は、当然なかったのである。まともにやって勝てるはずがなかった。しかし、バルドとサーシャと戦って幾ばくかは疲れていたのだ。それに、レイは男の戦い方を影から覗き見て、大体は把握していたのだ。それを見て、レイは経験の少ない奴だと思った。
まさしく漁夫の利。しかし、レイはそのことをサーシャに言うつもりはなかった。ようやく、自分に心を開いてくれたのだ。それをむざむざ無碍にするつもりはなかった。
恐らく、そのことをサーシャに伝えてもまた心を閉ざすことはなかっただろうが、レイはあざとく考えた結果、伝えないことに決めたのである。
「終わったぞ」
バルドがレイの治療を終える。サーシャや男の時よりかなり早く終わっていた。
「はやっ。お前、もっとしっかりやれよ」
レイは当然の如くいちゃもんを告げる。もはや条件反射の域だった。
「傷を塞ぐだけだから、そんなに長くはかかんねぇよ。お前もわかってんだろ」
レイは、確かにわかってはいたが、何となくいちゃもんをつけてみたかったのだ。
「まあな。サンキューな、バルド」
「ああ」
「ついでに、そこの少年を縛ってくれ」
「おう」
バルドが少年を縛りに行っている間にレイは考える。
聞くべきことは多い。レイの疑問はほぼ確信に変わっていた。男、いや少年は―――
「縛ったぞ」
バルドの言葉にレイは少年に視線を向ける。
少年は後ろ手に縛られていた。足も縛られ、逃走を図ることも出来ない。レイは無様に倒れて気絶している少年を見て、罪悪感が湧き立った。
「OK。じゃあ、起こすか」
レイは少年の頬を二、三度ひっぱたく。しかし、少年は目覚めない。
「あれ?死んでねぇよな?こいつ」
あまりに無反応だったのでレイは不安になってきた。確かに全力で殴ったが、その程度で死んでしまうだろうか。いや、あり得ない話でもない。痛みのショックで自分は死んでしまったと勘違いして、死ぬ時もある。そう考えると尚更不安になってきた。
もう一度頬を叩く。しかし、まだ目覚めない。
「おい、バルド。こいつ生きてるよな」
まずい。本当に殺してしまったのだろうか。
「おう。生きてるぞ」
「良かった。じゃあ、なんで目ぇ覚まさないんだ?」
「お前が全力でぶん殴ったからだろ」
その通りではあるが。
頬をはたくだけで起きないのなら仕方がない。レイは拳を握った。
「ま、待て!何故、拳を振り上げる!?」
レイが少年の顔を殴ろうとしたところ、サーシャが慌ててその行為を止める。レイは不思議そうに首を傾げた。
「何でって…。目が覚めないから、ぶん殴ろう思っただけだけど?」
「だからって殴ったら逆効果だろう!?」
「殴って気絶させたんだから、同じ衝撃を与えれば起きるだろ」
さも当然のように言うレイ。その語調にサーシャはたじろぐ。
「そ、そうか…?」
「そうだ。よく見ていろ、サーシャ。俺の神の拳が火を吹くぜ」
「う、うむ。ならばよく見ているぞ」
固唾を飲んで見守るサーシャ。
「レイ、いい加減ふざけるのはよせ」
レイがもう一度拳を振り上げた時、バルドが注意をする。やはり、バルドには気付かれていた。
「ばれたか。てへ」
レイはそう言って振り上げた拳を頭にあて、可愛く舌を出す。レイのその仕草を見て、バルドは露骨に顔をしかめた。
「貴様!またふざけてたのか!」
サーシャが顔を真っ赤にして威勢をあげる。
レイは爆笑した。サーシャをからかうのは本当に面白い。本当は旅の最初からこのような感じでいきたかったが、あの時は嫌われていたのだ。だから今ここでからかってもいいだろう。
「だってぇ、サーシャちゃんの反応が面白いんだもんっ」
ぶりっこ口調で言うレイ。サーシャもレイのその仕草を見て、顔を露骨にしかめた。
本当に、面白い。もっと早く出会っていれば、少し違った関係を築けたかもしれない。レイはそんなあり得なくて、望んでもいない、もしかしたらのいつかを夢想した。
「貴様ぁ!」
「冗談だって。だから槍を下げろ。殺す気か」
サーシャが槍の穂先をこちらに向けていた。そんなに気に食わなかったのだろうか。しかし、罪悪感はちっともわいてこなかった。
「さて、じゃあ起こしますか。バルド」
「おう」
レイの呼びかけに、バルドはサーシャを自分の後ろにやる。
「何を…?」
「こいつは魔術を使うからな。そいつの後ろにいたら安全だ」
もちろんサーシャを危険に晒さないためである。自分とは違い、王国には必要な人間だ。ここまで来て、不注意で死なせてしまった、では笑えない。
レイは先程より強く頬をはたく。数回繰り返すと少年が顔を歪めて、ゆっくり目を開けた。
「おはよう」
レイは満面の笑みで挨拶する。少年は驚いたように目を見開き、すぐに口を開けようとした。
「おっと。魔術は使うな。この距離なら、詠唱し終える前に殺せるぜ」
レイは左手で少年の口を押さえながら告げる。右手には太刀を持っていた。
「手、離すぞ。妙な真似はするなよ」
そう言ってゆっくりと左手を離す。少年は魔術を使う気配は見せなかった。
「それでいい。聞きたいことは山ほどある」
さて、まずは何の質問をしようか。
「少年、名前は?」
「…」
「出身は?」
「…」
「好きな人は?」
「…」
「ちっ。だんまりか」
少年は魔術を使う気もなければ話す気もなさそうだった。これでは尋問が難航する。しかし、話を聞かなければ、何の進展もない。レイは辛抱強く尋問することにした。
「どうして魔神信仰の街を襲った」
「…」
「それに意味はあったのか?」
「…」
「趣味とかあるのか?」
「…」
意地でも話す気はなさそうだった。レイは頭を掻き毟った。こういう時こそバルドの頭皮と言う楽器が奏でる音色を聞きたくなる。だが、ことシリアスなこの状況でそれをしたら、サーシャに殺されそうなので我慢する。
「レイ、別にその男に話を聞く必要はないだろう。捕縛したのだから王国都市に連れて行けばいい」
サーシャは苛立たしげにレイに提案する。半分以上私情が入っている声だった。
「サーシャは黙ってろ」
そのような暴挙を許すわけにいかない。尋問に私情を挟んではいけないのだ。
「しかし、その男は…!」
「黙ってろ」
「っ」
レイの普段にはない口調に気圧されたのか。サーシャは押し黙る。
「じゃあ、なんの意味もなくあのようなことをしたということか?」
「…」
少年は沈黙を守る。
レイは考える。口を割らせる算段を。
しかし、何の意味もなくそんなことをしたのだろうか。そんなはずはない。必ず理由がある。意味もなくそんなことをする必要がない。どれほどくだらない理由でも必ずそれは存在する。では、何故喋らないのか。喋る気も、必要もないと思っているのか。それとも喋らなければ殺されないとでも思っているのだろうか。ならば、仕方ない。
「バルド。こいつ、殺すか」
喋る気がないなら殺してしまえばいい。
レイは太刀を握り直す。殺すなら一瞬で。それがせめてもの慈悲だ。
「そうだな。喋る気がないなら、殺してもいいんじゃないか?」
バルドの同意も得た。レイは太刀を振り上げる。
「ま、待て!何故殺す!?」
後は振り下ろすだけといったところで、サーシャが引きとめる。
「喋らないからだ」
レイはサーシャに視線を向けることなく告げる。少年は未だに沈黙。しかし、その目には微かに怯えの色が見てとれた。
「捕縛したのだ!殺す必要はないだろう!」
「甘いな、サーシャ。どうせ王国都市に引きずってっても、拷問されるだけだぜ。そして喋らなければ、死刑。それならここで殺した方が少年のためだろ」
「し、しかし…!」
なおも反論しようとするサーシャ。レイは心の中でほくそ笑む。計算通りにいっている。バルドには以心伝心で伝わっている。そう考えると気持ち悪いが、こういう場面では感謝しなければならない。後はこのままサーシャを焚きつければうまくいく。
「それにこいつはお前の仇だろ。なんならお前が殺すか?」
「何を言って…」
「こいつは罪のない民を手にかけた。王国騎士団の連中もだ。お前が殺せば、王国騎士団も浮かばれるんじゃないか?」
「っ」
「そうだな、サーシャが殺した方がいい。この先、人を殺す機会なんていくらでもある。今のうちに慣れておいた方がいい」
バルドもレイの言葉に同意する。レイはここまで以心伝心だと気持ち悪いを通り越して、死にたくなった。
「バ、バルド殿まで…」
サーシャは黙って考え込む。レイはいよいよ計算通りにいっているの確信する。それでいい。目一杯時間を使って考え込め。少年にプレッシャーを与え続けろ。
「私は…、私が…」
もっと悩め。もっと考えろ。それが少年にダメージを与える。
レイは少年を改めて見やる。ぱっと見に怯えてるようには見えない。しかし、レイは少年を目の前で観察しているのだ。その微かな息遣い。微弱に泳ぐ視線の先。ささやかな体重のかけ方。ほんのわずかな動向も見逃さない。
「私には…私には……無理、だ…」
それがサーシャの結論か。優しすぎる。予想通りではあるが。
「いくらその男が罪のない民を殺そうと、私の戦友を殺そうともっ、私には、出来ないっ…!」
悲壮なサーシャの言葉。
しかし、それでいい。その優しさを忘れるな。サーシャはこれからもそのままでいろ。自分のように人の死に慣れる必要などない。誰かが死んだら悲しんで。だけど復讐には燃えなくて。
レイはサーシャの強さが眩しかった。
「…そうか。じゃあ、俺がやるよ」
剣を構える。
「…待って、くれ…」
ここに来て、少年がようやく口を開く。レイは心の中でガッツポーズした。もちろん表情には出さない。
「何だ」
レイは少年が甘い奴だとわかっていた。そして死に瀕する経験が少ないことも。だからプレッシャーをかけて、怯えさせた。少年は平静を心がけていたようだが、レイの目はごまかせない。
それに、サーシャの言葉。レイはサーシャと少年が甘いところで繋がっていると踏んでいた。サーシャの言葉に心打たれた、とまではいかないだろうが、少なからずその優しさに心を揺り動かされたのだろう。そしてその内容にも。
「…俺は、民も、王国騎士団も…、殺して、ない…」
そして、少年の話した内容はレイの予想と違わなかった。