1話:暗黒魔法使いの妹
舞台は魔法ありの異世界
街並みは西洋風で、チートありです。
「お兄さま…… 」
甘く良い匂いがする。
とても眠くて、心地良くて、目がなかなか開けられない。
向こうからゴトンゴトンという快活な音がする。
何か荷物を運んでいるのかな?
「お兄さま! ねぇ、ねぇ? ほんとは起きているんでしょう? 」
明るく、ほわほわとした、まるで春の太陽がスキップをしているような声だ。
急に耳元でふぅっと柔らかい吐息がこぼれた。
「はやく起きて目を開けて、私の……お兄ちゃん」
俺はゆっくりと瞼をあげた。
視界がはっきりしてくると、顔のすぐ前で少女が微笑んでいるのだと分かった。
淡いブロンドの髪は腰まで長く伸び、細く艶があって絹のようだ。 前髪は眉の高さで水平に揃えられ、その下で大きな2つの青い瞳が上目遣いにこちらを見ている。
「ふふ、やっと、起きてくれた」
彼女が額から指で髪をそっと耳にかけると、瞳と同じ色の宝石をあしらった金のピアスが、華奢な手の影からチラリと覗く。
フリルのついた黒いドレスを着たその凛とした立ち姿は、物語に出てくるお姫様のようだ。
「わかりました。 最近はお兄ちゃん呼びが良いんですね」
「おはよう、ヒィナ。 えっとこれはどういう状況? 」
覚えている。ここは旅先の宿屋の一室だ。
しかし妙なことに、俺は手足を空中に固定され、壁際で身動きが取れなくなっている。
「どうということはありません。 朝なのでお兄ちゃんを起こそうと思って」
「照れた感じで言ってるけど、お前が兄に使ったのは一応暗黒魔法だからな? 」
「だって、そのほうがお顔が良く見えるから…… 」
「はぁ…… 」
「それに昨晩、貴族の娘さんと話しているお兄ちゃん、にやついてて……私の…… 」
「おい、感情のままに拘束を強めるな、耐性がなきゃ死ぬぞ」
こいつのいたずらと俺への愛情には少し歪みがある気がする。
俺は手足に魔力を込めて、ゆっくりと拘束を破壊する。
ヒィナの頭の上にポンと手を置き、優しく撫でると、彼女の周りのどす黒いオーラが霧散した。
今日はこれから、久々の長旅に出るんだ。
細かいことは気にせず、スムーズに行こう。
俺とヒィナは宿屋の一階で朝食を食べると、荷物を抱えて外に出た。
「この町に居着いて1月は経ったけど、今日は一段と賑やかだな」
「はい、今日は春の収穫祭だそうですよ」
「ふ~ん、少しだけみていくか」
「お祭りデートですね! お兄ちゃん」
あまり興味を引くものは売っていないが、華やかな看板と威勢のいい掛け声に、皆気分も高まって購買意欲が刺激されている様子だ。
「ねぇ、お兄ちゃん! これ! 」
妹のヒィナが見つけて指をさしたのは、花をモチーフにした真鍮の髪飾りだ。
「なんだ、欲しいのか? たしかに似合いそうだ」
「うん、ぜったい! お兄ちゃんに似合うよ」
「俺にかよ、なら絶対に要らん」
「え~ 」
兄妹のさもない会話も普段より弾む。
ひと通り見て回ったので、そろそろ行こうかという頃、遠くから叫ぶ声がした。
「魔物が逃げたぞ! 」
みれば大勢の人達が、こちらに走って逃げてくる。
俺はそのうちの一人を捕まえて
「おい、何があった」
「はやく逃げろ! 広場で見世物の鳥が暴れ出したんだ! 」
さっきそんな出店は見なかったが、見世物の魔物になる鳥…… そこまで危険は無いな。
「ヒィナ、行くぞ」
「はい! 」
俺たちは人の流れに逆らいながら、広場を目指す。
現場に着くと千切れた鎖を首につけた、民家くらいの大きさの鳥の魔物が暴れている。
これをよく連れてきたな。
「思ったより大きいサイズだが、問題は無いぞ」
「わかりました! 」
ヒィナは手を前に向けると、大きく上から下に腕を動かす。
すると鳥の周りにぐるりと黒い壁ができる。
黒く透明な壁はゆっくりと変形しながら、囲んだ鳥の表面を布のようにぴっちりと覆い尽くし、鳥の魔物はその動きを止めた。
「さすが、暗黒魔法使いの妹だ」
「えへへ」
照れる表情は、この世界に数人しかいない暗黒魔法使いのうちの一人とは思えない柔らかさだ。
よろしくおねがいします。




