嘘吐き
落差やばいですごめんなさい
「でも。」
「あなたは、愛を知らないんじゃないかな。」
今までの暖かな空間を自ら壊したのは、これから先、きっとぶつかるであろう問題を、少しでも軽くするためだ。もう私は気づいていた。彼女が嘘をついていることに。
「…じゃあ、先輩は知っているんですか?」
「まぁ、あなたよりはきっと。」
「なら、私に愛を教えてください。」
普通に考えるとおかしいのは当たり前だ。たった今お互いが好き同士となり、ハグやキスまでしたのに、相手は愛を知らないだなんて。でもそれも承知。衣瑠が、頼まれれば誰にでも、さっきのように、まるで本物の愛のように、平気で嘘を吐き、ハグやキスをする。それも承知。あれもこれも全部わかった上で、私はこの選択をしている。さっきまでの穏やかで刺激的な時間の、どこまでが本物かはわからない。たしかに感じた温もりも、全部今までもそうしてきた、作られたものかもしれない。
「その練愛相談、のろう。」
きっと後に後悔したり傷ついたりするだろう。それでも私は好きになってしまったから。愛を知らない冷たい人を。残酷な嘘つきを好きになってしまったから。
「衣瑠は、私にどんな感情を抱いているの?」
「どんな気持ちで、好きって言ったの?」
「…さすが。」
「先輩から好意が伝わってきたから。返した」
「でも全部嘘ってわけでもない。」
「今までの人とは何か違うものを感じてる」
「そっか。」
「じゃあまだ、私の片想いか」
「…そうかもしれない。」
「でも教えてくれるんでしょう?愛とやらを。」
「…うん」
「さっきのキスもハグも、あなたにとってはなんでもなくて、全部演技なの?」
「耳が赤くなっていたのも?」
「…体が勝手に動くから。」
「耳が赤くなっていたのは…なんでだろう」
「わからない」
呟いて俯く彼女を見て、かなりの嬉しさを感じた。もしかしたら、本物の感情がそこにはあって、私にだけ、出してくれたのかもしれないと思うと、喜ぶ気持ちが溢れた。
淡々と話してはいたが、さっきまでのハグやキスが、全部愛のないものだとは、自分で言っておいて信じられない。完全に両想いだと思っていた。でもたしかにわかった。こんなふうに、あの整った顔で、人を依存させる話し方や行動で、たくさんの人を引き寄せて、離してきたのだろう。
「そういえば、衣瑠から告白をしてきたのはなんで?」
「…好きでは、ないんでしょう?」
「あなたなら、あなたとなら、わかるかもしれないとおもったから。」
「本当に、強い興味があった。本当に。」
「だから最初から本気だったと言ったでしょう」
「…最初から本気で好きだった、じゃなくて」
「最初から本気で興味があったってことね」
「はい。」
「そのためにはまず手中に落とす必要があったので」
「こちらからの好意を見せました。」
「そして落ちたところを、お得意のハグやキスで…」
「まぁ、そんな感じですね。」
本当に信じられない。あれもこれも嘘だった。最初からはめられていた。冷たそうに見えて、引き留めたり、私にだけ本当にわらってみせたり、悲しそうな顔をしたり、悔しそうな顔をしたり、嬉しそうな顔をしたり。嘘。嘘。嘘。どこまで掘り下げても嘘。気がおかしくなりそうだ。さっきまでの甘い時間はどこへいったんだ。
あの時感じた確かな冷たさはこれだった。決して間違ってなどいなかった。でもそれを間違いだと思わせるような彼女の嘘。これはとても、手強い相手だな。
「ここまで見抜けたのは先輩だけです。」
「やっぱりあなたは特別だ。」
「絶対好きになってみせます。」
「だから、先輩」
「私に愛を教えてください。」
「…絶対好きにさせてみせる。」
「嘘じゃない、本物の愛してるを引き出してみせるから」
どこまでいっても余裕で、冷たくて、感情の見えない彼女との、世界一難しい練愛相談は、ここから始まった。