告白
「え。」
今、食べさせてって、言った…?
目の前の彼女は、先刻私に確かにそう言った。さっきまでふてくされていたような、頬まで膨らましていたような人が、打って変わって、余裕に満ちた表情で、わずかにこちらを見上げる。
「…っ」
ええい、もうどうにでもなれ、と適当におかずを1つ摘んで、口に放り込ませた。少しだけ驚いた顔をして、そのあと、ふっと柔らかく微笑んだ。
あ、れ、この子は、こんなに柔らかく笑う子だったかな。会った時、冷たさばかりを感じていたのに。あ、私、ほぼ初対面なのに、なんでこんなにたくさん話せるのだろう。なんでこんなに打ち解けられたんだろう。
あれ、なんでこんなに。
心臓がうるさいのだろう。
「先輩?」
「次の授業の準備しなきゃ。」
お弁当の蓋を閉め、包を結び、逃げるように立ち上がって鉄の扉に手をかけた。すると後ろから左手を掴まれた。
「待って」
「気に障ったのならごめんなさい。先輩が、可愛かったからつい、調子に乗りました」
後ろを振り向くことも出来ず、彼女の口から出てくる単語ひとつひとつにびくびくしながら、それでも、手を振り払うことはしなかった。できなかった。
「…なんで」
「え?」
「なんでそんなに、私に構うの」
「なんで、そんなに、」
「私にだけわらうの」
「…私はいつもそんなに笑っていないですか」
「わからない。私はあなたを知らないから」
なぜこんなにも、突き放すように冷たい言葉ばかりが出てきてしまうのか。いや、わからない振りをしているだけだ。本当はわかっている。この子を好きになってしまいそうなんだ。好奇心の延長戦で付き合うだなんてことになったけれど、今までの短い時間、たったこれだけの時間で、私はこの子に惹かれてしまった。それでもこの子は、冷たい人間だと、愛を知らない人間だと、思いたくなってしまう。自分が突き放されるのは、怖いから。傷付きたくない。あの日のあの子のように。
「ごめん。またあとで話そう。」
「はい。」
私は気持ちの整理がつかないまま、ぼーっと授業を受け、気づいたら放課後になっていた。
あの子は作り笑いをする子だ。それも自然に、風立てることなく。でも根底では少しも笑っていなくて、不気味な感じすらある。それなのに、私に向ける、柔らかくて、包み込むような笑顔は、どうしようもなく痛くて、苦しくて、本物だ。仮にあの子が私を少しでも好きだとして、一体どこで、いつ好きになったのだろう。関わりなんてなかったはずだ。
彼女とは、放課後、空き教室で会うこととなっている。初めて、交換した連絡先で、会話をしたのが今日の約束だった。いろはに一緒に帰れない旨を伝えて、1人で空き教室に向かった。空はまだ、明るかった。
教室に入ると、既に彼女は来ていて、窓の縁に座っていた。やはり、彼女はとても綺麗だ。
「待った?」
「いえ。」
短く答えた口元は、いつものように、うっすらと微笑を浮かべている。
「あのね、」
結局、考えても悩んでも何もまとまらなかった。だからもう、そのまま、話してしまおうと思った。
「私は、な、波川さんのこと、す、好きに、なりそうで」
「お互いに、軽い感じで、付き合い初めてしまったから、あなたの気持ちはわからないし、なんで私に構うのかもわからないけど」
「もしも、あなたが良いと言うなら、本気で、付き合って欲しい、です。」
全部言い終えて、自分の心臓が破裂しそうで、改めてこれが恋なのだと自覚した。顔を見ることは出来なくて、ただ下を向いて、自分の全身が熱くなるのを感じていた。
「あの、」
「私は最初から、本気でした」
「え…?」
「告白した時、恥ずかしかったからはぐらかしちゃって、分かりづらくはなってたと思いますけど」
「まさか本気とも伝わってないとは…」
「うえ…?」
「告白なんてされてな…」
「ああもう、ちゃんと話しますから」
「だから、」
そこで言葉をきって、窓から降り、こちらに手を伸ばして。
私の体をぐっと引き寄せて、力強く抱きしめた。
「え…」
「何も言わないでください」
その声が微かに震えていることに気づいて、顔を見ようとすると、耳が真っ赤に染まっているのが見えた。
「…かわいい。」
「何も言うなって言ったでしょう」
べりっととなりを引き剥がすと、そのままそっと、唇にキスをした。
「いっいろいろ過程をとばしてるっ」
「まぁ、そうですね」
「もうハグもキスもしましたし」
「あっあっ…」
「先輩顔真っ赤」
その顔は、いつもの自信に満ちた顔とは少し違って、白い肌をほんのりピンクに染めて、優しく、優しく笑っていた。
「波川さ…」
「名前で呼んで」
「…衣瑠?」
「よく出来ました、となり先輩」
2人でふふふと笑いあった。
「先輩、好きです」
「うん。私も好きだよ、衣瑠」