屋上
「ふはぁわぁ…」
風も全くない、暑くも寒くもない、上り坂でも下り坂でもない、そんな通学路をあくびをしながら歩いていると、後ろから声がかかる。
「となりっおはよっ」
「ふぉふぁよう、いろは」
「ふへへ、かわぃ。」
「あっ昨日なんか大丈夫だった?」
「ひゃえっ!?」
「…うん、大丈夫だった。」
「…うん?ならいいけど」
結局あの後は、連絡先を交換して、波川さんの方は先生に用事があるとのことで、その場で解散となった。交換した連絡先に何か届くこともなく、まるで告白などなかったかのような感覚にすらなる。本当に付き合ったのか…。
「ん、でもまてよ?」
「となり?どした?」
「彼女と別れたばっかりだよねたしか…」
「もしや私、やばい方に進んだ?」
「え、え、となり恋人できたん!?しかも、なんか訳あり!?」
「えええっといろでいいなら話きくよ…?」
「…えっと、実は」
昨日あったことや、波川さんのことをいろはに話した。いろはは顔を時々しかめながら、それでも最後まで、相槌を打ちながら聞いてくれた。
「事情はわかったけど…大丈夫?それ。」
「だだよねやっぱりそう思うよね」
落ち着いて考えれば、否、落ち着かなくとも結構やばい。たった数ヶ月前に姿を見ただけの女の子と付き合うなんて。今からでも断ろうか。いやでもさすがにそれは。それに付き合っていくうちに好きになるとかもあるかもしれない。
「…まぁ、なんとかなるっしょ」
「となりのそういうとこ嫌いじゃないよ」
笑ってフォローをするいろはの顔に、ほんの少し影が落ちたことなど、となりは気づくはずもなかった。
学校に着いてから、廊下を歩くたび周りを気にしてしまう。1年生とは階が違うのだから、いるはずはないと頭ではわかっていても、あの子のことだから、ひょいと現れてしまいそうだ。自分がそのことを、少しだけ期待していることに気づいて、1人で恥ずかしくなっていた。
お昼休み、お弁当を持って屋上に向かった。いつもはいろはと教室だったり、広場で食べるのだが、時々委員会の集まりがあるそうで、そんな時は1人で屋上で食べている。屋上でご飯、というとなんとなく青春って感じがするけれど、実際は、皆友達と教室で食べたり広場でだべっているから、屋上にはいつもあまり人がいない。落ち着いて食べるにはもってこいのお気に入りの場所。
重い鉄の扉を体重をのせて開くと、風がぶわっと吹き込んできた。見たところ誰もいない。心の中で小さくガッツポーズをした。
「いただきます!」
フェンスに背中をつけて、卵焼きを頬張った時、上から声が降ってきた。
「あれ、先輩?」
「んぐぅ…!?」
見上げると、にやにやとした波川さんがいた。
「こんなところで食べてるんですね」
「隣失礼してもいいですか?」
言うが早いか波川さんは私の横に腰を下ろした。そしてそのまま、涼し気な笑顔で、じっとこっちを見つめている。
「なんでここに?」
見つめられているのが恥ずかしくって、沈黙が歯痒くって、顔をそらして話しかけた。
「先輩の教室に行こうとしたら、階段をのぼる姿が見えたので。」
はぁ、黙ってついてきたわけか。そして私が卵焼きを幸せそうに頬張るところを影から見て楽しんだわけか。
「…あれ、波川さんお昼ご飯は?」
「…忘れました。」
「てへ」
無邪気を装っているけれど、なんとなく、笑顔が嘘らしく見えたような気がした。
「少し、あげようか?」
「え、いいですよそんなの」
「そう?いらないんだね。」
「あーおいしいなぁ。」
「…」
「…やっぱ欲しいです。」
いつも余裕そうな笑みを浮かべている彼女にしては珍しく、目を伏せて、気恥ずかしそうに口をとがらせている。
「…ふ」
「…先輩、何笑ってんですか」
「や、可愛いなぁと思って」
「!!」
となりがクスクスと笑うと、顔を赤らめて、耳まで赤くして、しまいには頬をぷくっと膨らませた。まさに、むーって顔。しかし数秒後、何かを閃いてこちらに向き直った。
「先輩。」
「な、なに?」
「先輩が、食べさせて。」