0-9 おてんば妖精
少しやり方を変えてみました。
これからの方針について考える事暫く。
考えを組み立てる参考にならないかと掲示板だのを漁り始めてみたところで、UIの時計を見遣る。……もうこんな時間か。知らない間にかなり熱中していたようだ。まだ余裕はあるから、このままでいいな。
ひとまずIGTとRTを同時に表示する設定にもしておいて、掲示板をざっと見ることにする。
有名なプレイヤーのまとめだとか、ビルドテンプレまとめだとか、そういうのはまあいいんだ。とりあえず魔物プレイヤー周りの板を見てみよう。
……魔物板でゴリ3の名前普通に出てるな。有名人だったか。というかもうさっきの情報の共有終わってるのか。検証担当の仕事が早すぎる。
アンデッド系の魔物を筆頭に、「拠点のあるスタート地点」はある程度再現性も見られているようだし、今後そこで開始したプレイヤーは拠点を中心に活動していこうという動きになっているようだった。勿論そこにやってきたソロ専門のプレイヤーにも配慮はなされる前提で。
というかガチめにソロやりたいヤツは別所から始まっている説とかが半ば冗談のように広まっているのはーー悪ノリの賜物、なんだろうか。よく分からないが。
他にもいくつか見てみると、アンデッド系の特性とかアバター毎のおすすめスキルとかそういう情報も置いてあったので遠慮なく頂いておく。
後者はあんまり役に立たなかったが、前者は……日光による継続ダメージの克服イベントはβ期間中には見られなかったので、情報求む、とある。これは前途多難かな。その道のりを楽しんでこそだから、俺は構わないけれど。
ひとまずもう少し情報を漁ってみるか。なにか見つかればいいんだが。
……
…………
………………
コンコン、と何かを叩くような音がした。
ウィンドウから顔を上げて音の鳴った方を見てみれば、ゴリ3が扉の枠からこちらに顔を突っ込んでいた。何かあったのか?
「ああ、よかった。集中を邪魔して申し訳ないですけど、ちょっとこちらへ」
「いやいいけど。……何かあった?」
手招きされて、小屋の外へ向かう。
そうして外に出てみるとーー突然、目の前で突風が吹いた。それに煽られて、落ち葉や枝がほんの少し巻き上がる。
なんだなんだ、何が起きた。何の仕業だ。
「わーっはっはっは! びっくりした? びっくりしたよね! ヨシッ!」
女性の声。どちらかというと若干幼めな印象を持たせるそれが、真上から聞こえてくる。……真上ぇ?
「そりゃびっくりするでしょう。上から聞こえる声ですよ、上から」
「ゴリ3に同じ。声が聞こえる方角の方に驚いたね、どっちかというと」
そんな風に話しながら、頭上を見上げる。あれは……随分小さいな?
「そっかー。あたしもまだまだだなー。それじゃ、自己紹介っ! あたしは拾われ妖精のハヤ。敬語はムズ痒くなるからいらないよ!」
そう言って、背中に透き通った翅を持った緑髪の小人ーーハヤが目の前に降下してくる。
俺の肩にも止まれそうな、見るからに妖精ですといった風貌のアバターが随分手慣れた様子で飛んでいるのにもびっくりだが、初見の骨にもかなりフレンドリーなのも驚くべきか。絶対ネトゲ向いてるよ。
「彼女は僕が拾ってきました」
拾って来たのお前かよ。
◇
ゴリ3に拾って来られたという妖精ハヤの話を聞くに、彼女はこのフィールドの外から飛んで来たらしい。正確には別のフィールド、この霧の森(仮称)に隣合った森林を抜けたところにある湖の畔から。要するにエリアを2つくらい飛ばしてきたそうだ。
それで、その原因は初めて飛んで燥いでいたところをどでかい蛇に追いかけられて、死にそうな勢いで逃げてきたーーと言うものだから、思わず笑ってしまったのは許して欲しい。
「悪かったと思ってるから魔法の実験台にしようとするのやめてくれ」
「ぶーぶー。ノーラったらノリ悪ーい」
まあ、ハヤも本気でやるつもりはなかったということだろう。
待機状態になっていた風の魔法(と、ゴリ3に解説して貰った)を適当な所にぶっ放していくのを眺めながら、こっちに向き直ったハヤの話に耳を傾ける。
「それでさ、なんとか蛇を撒いたところをそこのゴリ3に誘われてこっちに来たんだあたし。話聞いてみたら拠点もあるし他にもプレイヤーいるって言うからさ。良かったら混ぜて欲しいなー、なんて」
「と言われてもな。パーティプレイやるかどうかなんて、これから話し合おうかなって思ってたから俺は平気平気」
そうなのだ。さっきから掲示板は見ていたけれど、結局話し合わなきゃ決まらないからな。こういうものは。
そんなことを告げれば、額の汗を拭う動作と共に彼女は頬を緩ませる。だいぶ安心したらしい。
「良かった~。いや、ごめんねぇ。でかい蛇暫く見れそうにないわ……」
「トラウマ?」
「トラウマだよ! 食われるかと思ってめっちゃ怖かった~~~~!」
器用にも空中で浮きながら女の子座りをしていたりと動きがいちいちコミカルというか愛らしく見えるが、実年齢の話題はNGだ。気にしないでおこう。
「それじゃあ、会議を始めまーす」
数分後。ゴリ3をなんとか小屋の中に押し込んで、彼の主導で第一次隠し人会議(仮)が始まった。
議題は勿論「パーティを組むか、組まないか」。これからの方針の話し合い、ということでもあるらしい。
いえー、と適当に拍手を返すものの、ホワイトボードも指示棒もないので地面と木の枝で代用するゴリラという光景に困惑せざるを得ない。あ、ハヤが吹き出しかけてる。
ともあれ進めよう。
「それじゃああれか、まずは個人の方針とかそんな感じ? ビルドがどうこうだからそうしたい、とかの理由は添えても添えなくてもいいと思うけど」
「そうですねぇ。僕もそれでいいかなって!」
ぐっとサムズアップをするゴリ3からお墨付きが出た。それなら俺から話してしまおう。
「じゃあ俺から。俺は見ての通り骨で打たれ弱い後衛なんだが、ソロでやっていこうかなと思ってメイキングしてた。パーティプレイはしてもしなくてもいいかな派だけど、ここを拠点にするなら相互扶助は避けえないからそっちには乗っていこうと思う」
「って言うと?」
二人共こっちを見る。ゴリラのつぶらな瞳が腹筋に悪い。
「俺は木工スキル持ってるから、ゴリ3のこん棒とかハヤの……杖とか? 色々作れるんじゃないかと思う。あとはフィールドの攻略が一人で無理なら組んでやってみようぜ、みたいな。基本はそれぞれ好きなように動いて、お互いの利になるようなこともして、たまにパーティ組んで遊ぼうって話だ」
「納得! それならあたしもその案乗った!」
え、もう? ハヤの結論を出すスピードにびっくりしていると、彼女が次いで話し始める。腕を組みながら話すちび妖精は、こういう議論に慣れているのかはきはきとしていた。
「そんじゃ結論出しちゃったけど、あたしはパーティプレイにもノーラの案にも賛成。紙装甲の後衛っていう点はノーラと一緒だから、蛇ひっかけるみたいなアクシデントに備えて頼れそうな人とパーティ組みたいなーって思ってたんだ。でもよく考えたらそもそも自由に飛んでたくてこのゲーム始めたからさ! 付かず離れずってやっちゃうよりはソロが好きかなって!」
随分早口で喋っていたがなるほど、余程蛇の恐怖が染みついたらしい。一体どんな体験をしたのやら。
「中立1、賛成1、別案2名……と。それじゃあ最後は僕ですね。僕はパーティプレイ賛成派です」
「だけど、ノーラさんやハヤさんが言うように付かず離れずのパーティプレイは好きじゃないんですよね。好きな事したい、好きにやってたいのは僕も一緒なので。だからノーラさん達と同じスタンスでいいかなと」
あ、いいんだ。あっさりだな。メガネをずり上げるような仕草をしながらそう語るゴリ3を眺めて、そう思う。
「それにそもそも、この拠点ってノーラさんがゲームを始めたからこそ配置されたものかもしれないですからね。その恩恵に与れるならノーラさんの方が立場上かなって」
……ん?
「あ、やっぱそうなんだー。掲示板見たらその情報出てたもんね! 出所ここかぁ。じゃああたしもそう思う!」
おい!
「ーーというわけで、よろしくお願いします」
「何がよろしくお願いしますなんだ……。いやまあいいけど。暫くよろしく」
「よろしくねー。それじゃ早速さ、外出て戦闘とかしてみたいな! それぞれの役割のすり合わせも兼ねてっ」
そういうことになった。
◇
「祖霊よ、我に加護を……<魂の雄叫び>」
「ひゃっほう、乱れ撃つぜー! <風弾>!」
何度目かの自己バフのエフェクトがきらきらと煌き、妖精が呼んだ風が木々の枝を強く揺らす。
ゴリ3曰く、《祖霊術》のアーツ。ハヤ曰く、《風魔法》の魔法。……俺にはないかっこよさがあるな。羨ましい。
簡単にとはいえ連携を組む(パーティはまだ組まない)にあたって二人に種族と職業だけ聞いてみたところ、ゴリ3は黒毛猿という見た目がまんまゴリラで、ステもパワーファイターな前衛種族。それに回復や支援が纏まったアーツを覚えやすい中後衛職である祈祷師を組み合わせた良く言えば万能、悪く言えば器用貧乏なビルドで通すらしい。
一方ハヤは紙耐久高火力の妖精に癖はあるが魔法火力が高い精霊遣いという、なんというかシンプルなビルド。役割としては俺と同じく純後衛だが、動きは違う。翅を持つが故の空中機動力と種族特性である潤沢なMPを活かした移動砲台がメインだ。
ーーそして脆くて日の下に出れない後衛である俺はというと、位置を細かく変えながら目立たずに弓を射る作業に従事している。たまに外すし、補充できていない矢のストックが攻撃リソースに直結するからいっそハヤの方が後衛としては純粋に強い、という感じだから何かしらで働かないとな……。
そんな俺達の現在地は、そこそこ森を分け入ったところと思われている。マップが完全には見えないから。「思われている」というだけだけれど。
そうして一旦そこに留まり、自分たちの技能をフルに使って鎌鼬狩りを行っている訳だがーーこれが中々難しい。
ゴリ3を前衛に据えて、俺とハヤが後衛。話し合った結果一先ずそんなポジションに置いたはいいものの、相手のチームワークがこちらよりも洗練されている為に時間がかかっているのだ。あと単純に敵の小ささ。
そのせいでゴリ3のでかい図体の後ろから矢と魔法で仕留めようにも、時折彼に当たりかけたり、そもそも射線が通らなかったりと難儀なことになっていた。FFがないシステムでよかったな。
一応これが何組目かの鎌鼬になるとはいえ、中々慣れないままに戦っているのが現状だ。
VRゲームは「自分の身体を動かす感覚」とその延長線上の動きで動くものだから、こうした感覚や連携の体感ばかりは慣れが要るのだ、というフォローは……自分でしてもあんまり為にならないな!
それよりも、まずは集中集中。
「ぐぬぬぬ……あったんねぇー!」
「こっちはなんとか中る。でも矢を回収しないと尽きそうだ」
後衛同士冷静に会話し合うものの、鎌鼬三体の攻撃を一人で受け持つゴリ3の負担が大きいことは二人共承知している。ゴリ3のスキルアップもまだなので、ポーションや回復魔法といった定番の回復リソースがないのも原因だ。だから、俺の内心は焦っているのだがーー。
「ウホォ!」
そんな内心など知らんとばかりに、ごっ、と風を切ってゴリラの拳が振るわれる。
ポリゴンと化しながら吹き飛ぶ鼬に心中で合掌しつつ、ゴリ3のムーブに思わず呆れてしまう。
「ゴリ3! 回復リソースないんだから落ち着け!」
「はっ。僕は一体何を……」
「怒られてやーんのー! よっし、こっちも蹴散らしたからあと一匹!」
俺がゴリ3の行動に気を取られている間に、ハヤも三次元機動を活かして射線が遮られない前方へ出ていたらしい。スムーズな撃破に思わず内心で舌を巻く。
「じゃ、俺も頑張るか……!」
すぐさま矢を番えて周囲を見れば、ゴリ3も過剰に前に出てはいない。射線も開いている。
ーー程なく、最後の鼬も矢で胴を穿たれて死んだ。
「いやぁ、大猟大猟」
剝ぎ取ったドロップアイテムをインベントリにしまい込み、ほくほく顔のハヤがこちらを振り向く。
「案外狩れたかな、多分。矢は回収してるけど……やっぱりちょっと減る一方か」
「リソースがMP以外にあるビルドは大変ですねぇ。そこらの木、伐り倒します?」
ゴリ3の発言には賛成したいところだが、そうもいかない。
「いや、そろそろ一旦ログアウトしないといけない時間でな。今はやめておいて、小屋まで戻ってログアウトしようかと」
それを聞いて、二人共頷く。
「そろそろご飯の支度だもんね。おっけ、あたしも賛成!」
ハヤがそう音頭を取ると、撤退の支度を整えて小屋へ戻ることになった。
反省点や良かった点を出し合いつつ戻る帰路は有意義だったーーというか、ゴリ3マジで纏め上手いのな。
βテスターらしく既知の情報も豊富で尚且つ共有してくれるのも太っ腹だし、中々頼りになるゴリラだと思う。
それだけに、たまにアホっぽくなるのは……愛嬌があっていいか。本人も直す気があるようだし放置放置。
小屋まで戻ってログアウトできたのは、それからちょっと経ってからだった。