0ー8 ゴリラという名の隣人
0ー7から分割した話になります。
「ーーで、結果がこれか」
結局あの後、風の斬撃で矢を逸らされて中てられなかったのである。くつじょく。
三射目でなんとかなったのが幸いというか、よく中てたものだと我ながら思う。
少しヒートアップしてしまったし、あっちに戻ったら汗をかいていないかチェックしないと。下手な自己管理をしていたら刀姉に怒られる。
話を戻そう。
鎌鼬(仮称)三体はそりゃあもう経験値を落としていった。ドロップアイテムもしっかりと確保してある。
毛皮に牙にと色々と使えそうなものがあるので、生産系スキルでの活用はしやすい方だろう。
……まぁ、肝心のスキルは《木工》と《細工》しかないんだが!
悲哀を抱えつつ、森の中を歩いて小屋へ戻る。
レベルが上がったのはいいことだけれども、今回はアーツを習得しなかった。
不思議に思いはするものの、覚えなかったなら仕方ない……とも考える。こういう不明点も少しずつ解明されていくんだろうか。
大規模なMMOはこれが初めてだけれど、オンラインゲームの醍醐味とはこういうものなのかもしれないな。プレイヤーによっては不便を楽しめるこの時期が一番いい、なんて言いそうだ。
そうして矢だの斧だの、あと草っぽいものだとかを拾ってのんびり帰路についていたら、ぽつりぽつりと頭上から水滴が落ちてきた。空を見上げてみても、霧に阻まれて雲は見えないがーー確かに雨の気配がしている。
ゲームの中でも雨は降るんだな、とか呑気に考えていたのも束の間。
急に雲行きが怪しくなりでもしたのか、唐突な豪雨が霧の森全体を見舞ったようだった。
うおー視界がやべー、とか言っている暇もなく、からからと骨を鳴らしながら走りに走って無理矢理小屋に駆け込めたのは幸運だろう。
その頃にはブーツはぐちゃぐちゃの泥まみれで、撥ねた土が骨格のあちこちに飛び散っているような無残な有り様だった。
……これどうしようね。
しかし、ボロ小屋暮らしの俺のインベントリにはタオルとかそういった高級なものは特にない訳で。
水滴が乾くのも泥を取り払うのも手動でやらないといけなかったし、なんならずぶ濡れになった衣類が絶妙な気持ち悪さを骨格にべったりと貼り付けていた。
……細かい所に拘るゲームだなあ。
初日に天候変化をぶち込んでくるあたり、中々強気な運営な気がする。
それはそれで楽しいから、俺としては大歓迎だけれども。
ウィンドウを弄りながら、小屋の中で雨宿りを続けること数十分。
とっくに身繕いは終わった上に、ヘルプを見るのも飽きてきた。加えて掲示板もまだまだろくにスレッドが立っていないので手持ち無沙汰になり始めた、ちょうどその時。
シュイン、と音が……否、あからさまにSEだと分かるソレが小屋の中に鳴り響く。
次いで、光が寄り集まって構成されていくグラフィック。
あれこれもしかしてと思う間もなくーーそのアバターは現れた。こっちに背中を向けているがーー間違いない。アレだ。ゴリラって奴だ!
「おお? なんか文明的なところからスタートしちゃったかな! いやー勝ち組だな! βの時とは大違……い……」
テノールだったか。ほどよくその音域に近い男の声音で喋りながら、恐らくプレイヤーであろうそのゴリラはこちらを向く。
とりあえず驚かすのは無しだろう。ファースト・コンタクトだし挨拶からーー。
「……こんにちは?」
「アッ、どうもご丁寧にありがとうございますこんにちは。ええと……プレイヤーの方ですか?」
「そうですよー」
◇
唐突に現れた黒毛のゴリラ、本人曰くオープンβテスター兼検証協力者の『ゴリ3』さん(読みはゴリさんなんだそうだ。ゴリさんさんではなくゴリさんでいいらしい)と自己紹介も兼ねて少し話してみて、いくつかの事実が判明した。
「……ということはβじゃ魔物プレイヤーが一緒のスタート地点から開始することって無かったんです?」
「そうですよぉ。だからびっくりしたんですよね! あ、敬語や敬称は要らないのでお構いなく。僕はこういうキャラ付けなので気にしなくていいですよ」
「それじゃあ遠慮なく。と言ってもこっちも始めたばかりで分かっていないことだらけだから、話は聞きメインになると思うけれど」
どうやら、βの時とはいくらか仕様が異なっているらしい。キャラクタークリエイトではソロなら自給自足がオススメ、とされたが、まさか他のプレイヤーと鉢合わせることになるとは分からないものだ。運営の救済措置、なのかもな?
「ああ、じゃあノーラさんはWikiとか見ないでスタートしたんですか」
「Wikiとか事前情報は全然見てない。魔物やるかーって思ってクリエイトした感じだ」
「あははは。そりゃすごい! アンデッド系ってほんとに選ぶ人少ないんですよ。できる動作はほぼ人間と同じなのに、ゾンビの臭いとか光弱点きつすぎーって」
それもそうか。俺は気にしてないし、そもそもこの小屋とかフィールドがあったけどーーってもしや。
「やっぱり被ダメージとかが原因なのか……ということはこの小屋とか状況は救済措置?」
俺が先程思ったことを言うと、ゴリ3は途端に真面目な顔になる。ゴリラの表情は良く分からないので、雰囲気だけ見て思っただけだが。
「なるほど、そもそも運営が仕組んだと。なくはないですね。良ければ検証勢の方に情報共有させて貰っても?」
その問いにはYESと返しておく。数が少ないと言っていた魔物プレイヤーへの貢献になればいいし、考察とかそんなものの種にはなるだろうから。
「ありがとうございます。じゃあええと、外に出て運動したいんですけど……もしかして今雨降ってます?」
ぽつぽつと雨音が屋根を叩いているのは彼も分かっているのだろう。その問いにもYESと返しておこう。出鼻を挫くようで申し訳ないが。
「あちゃー……。暫くここにいるしかないですね、それじゃ。雨に濡れっぱなしだと体温下がって場合によってはバステも付きますし」
「なにそれ知らないな。そんなこともあるのか……」
「あるんですよー。良ければ色々お教えしましょうか? 世界設定とか、今分かってること色々!」
露骨に目がキラキラし始めた。こういう設定とかが好きな人種なんだろうか、多分。検証協力なんてそうでもなきゃやらないんだろうけど。
「……それじゃあ、ありがたく」
◇
「それでですね、僕達プレイヤーはこの世界では<隠し人>と呼ばれていてーー」
「過去や現在、要するにいつかあった時代で神隠しに遭い、なんらかの要因で時間を超えてこの時代に降り立った者達とされているんです」
「この『いつかの時代』というのが肝で、最初から持っているものがクエストに派生する品だったりするんですよね。《考古学》的観点から見た貴重品なこともあるとか! ……まあ、そういうのって少ないらしいですが」
「リスポーンクリスタル? ああ、βにも一応ありましたよー。総数は少なかったですけどね。今見させて貰ったものとはフレーバーテキストも違いましたし……なんで違うんでしょう!?」
「結局この小屋が僕らのスタート地点なのについては推定運営の措置ですけど、ありがたく恩恵に与っちゃいましょうよ! 他にも隠し人がやってくるかもしれませんしね。パーティを組むかは、今は置いておいていいんじゃないかなあ」
◇
ーー怒涛の勢いだった。有意義な時間を過ごせたのは間違いないけれども。
話を聞いている間にいつの間にか雨も止んでいて、ゴリ3は「ちょっと運動にサル型アバターのチュートリアル兼ねて行ってきます」と外に出て行った。……出て行くには扉の枠がギリギリだったが。
一応フィールドの特徴とか、出てくるエネミーとか、謎の猪について共有はしたがーーまあ、そんなに無茶はしないんじゃないか?
さて、俺はこれからどうしようか。聞きたい事はだいたい聞けたし。
……ゴリ3とは少し話しただけだけれど、悪いヤツではないと思う。というか、あれだけの勢いで、何も知らないも同然の俺に対してぺらぺら喋れるくせに悪いことを考えるヤツはそうそういないはずだ。きっと。
彼から教えて貰った限り、このゲームにはPKシステムはあっても「資材をロクに持っていない時の」魔物間のPKや粘着キル、初心者狩りは正直旨みがないそうだしな。
規模をでかくしてでもやる奴はやるだろうが、俺はまあ今のところ関係はない。はずだ。
パーティプレイに関して考えてみると、彼の口から情報が出る事はなかったけれど、ぶっちゃけ赤の他人であることには間違いない。
だが、この小屋で過ごす上では協力する必要も多分ある。それにこのゲームはそもそもオンゲー。人と関わるかは自分次第とはいえ、その機会はある程度やってくるだろう。
……となるとお互いソロでやりながらたまに助け合い、くらいの方がいいかな? その辺は相談になるか。
考えることが多くて時間がなくなりそうだ!