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0ー6 再ログイン、初戦闘

「おろろろろろろろろ」


 死に戻って数分。

 "スローモーション"の悪影響を被って、リアルの方で(ログアウトして)吐いていた。

 あれは偉い人曰く「自己防衛本能の発露」がどうたらこうたらという俺個人の特殊な才能で、強敵からの明確な殺気とかそういったモノを感じ取るとほぼ強制的に発現する特性がある。VRでも現実でもお構いなしに、だ。

 その癖自分ではスローモーションになった世界の情報量を処理し切れないのがネックすぎて、短時間の発現でさえ嘔吐などのデメリットを抱えてしまっている。長時間の発現をした後とか、考えたくもない。


 だから出来るなら封印しておきたい代物なのだがーーさすがにログイン初回ということもあって、浮かれ過ぎていた。それに大猪との会敵があった以上、避けようがなかったな。

 エチケット袋の用意を忘れていた俺の自己責任だけれど、やはり辛いものは辛い。処理も出来るならやりたくはないし。

 それにわざわざログアウトしてから吐くのも拙いから、もう少し手立てを考えないとな……。


 そして一通り吐き切って、吐瀉物を処理した後。pipipi、と携帯からコール音が鳴った。

 相手は……刀姉(かたなあね)だ。電話を取る。

「もしもし」

(ミコト)か。……その、あー。お前のあれをうっかり忘れていた。それで出来るならエチケット袋の類を用意しておけと連絡しようとしたんだが、VRコンテンツにログイン中ですと出ていてな。ーーもしかしてもう遅かったか?』

 彼女にしては珍しく、かなり早口かつ心配した口調で捲し立てられた。自分のうっかりを悔やんでいるのは当然として、心配性が発動したらしい。


「あー……うん。俺も忘れてた。ちょっと遅かったけど、今はもう大丈夫だから心配しなくていい」

 と、そう返す。ハッキリと言っておけば、刀姉だって気が楽になるだろう。

『そうか。吐かないように克服出来ればそれが一番いいのにな……。助けになってやれなくて、すまない』

「構ってくれてるだけ有難いよ。あの爺様でも『慣れるしかないのう』って言ってるような才能だし」


 これは事実だ。

 俺と同じあの世界に任意で入れる上にデメリットがほぼない爺様をして、「慣れしかない」とまで言わしめている厄介さが"スローモーション"にはある。

 爺様は"明鏡止水"と呼んでいたけれど、その境地に至るまで何十年とかけたらしいしーー俺が満足に使い熟せるようになるのは、一体いつになることやら。


『爺様でもそれしかアドバイスが出来ないんだったな、そう言えば……。でも、昔よりは症状が軽いんだろう? 進歩しているよ』

「そうだなあ、昔は本当に酷かった。……ところで刀姉、ゲームの方はやらなくて大丈夫なのか?』

 さっきの言動から察するに、もしかして一回もログインしていないんじゃないだろうかこの人。

『……あっ』

「ログインしてない?」

『恥ずかしながら……。じゃあ、私も遊んでくるよ。ゲーム内で会った時はよろしく頼む』

「うん。その時はよろしく」


 その言葉を境に通話が切れる。ツーツーと音を鳴らしたままの携帯を止めて、机の上に放り出した。

 そしてそのままベッドの上で大の字に寝転んで、だみ声を垂れ流す。……見られたら叱られそうだ。

「あ゛あ゛あ゛……」

 疲れた。とても疲れた。VR環境かつ短時間の発現だというのに、現実に影響が残ってしまっているのがろくでもない。

「これでも小さい頃よりはマシになってるのほんと酷い」

 そんな愚痴を垂れつつ、ペットボトルから水を飲む。口内に酸っぱさがまだ残っていて、思わず顔を顰めてしまう。

 ついでに、嫌な事も思い出してしまった。他の分家に言われたあれこれを、特に。


「……いや、やっぱり辛気臭い。やめやめ」

 深く溜息を吐く。漏れ出たものには蓋をしておくべきだ。

 厄介な才能だけれど、付き合いは長い目で見ないとな……。


 ◇


「ーーまあ、それはそれとして遊ぶかぁ」


 しっかりと休んでから、ヘッドギア端末を被って再度のログイン。

 気が付いた時には、先程ログアウトした時の状態のまま小屋の中に立っていた。


 このゲームにおける死亡時のペナルティは一定時間のステータス減少と経験値の徴収程度なので、身体の動きに然程影響は無さそうだが……動作チェックくらいはするか。さっきは確認している暇もなかったし。


 そうして一通り確認を済ませて、ひと言。

「リスポーンクリスタル、恐るべし……」

 あの会敵ではアバターが一度完膚なきまでにぶっ壊されていたのだが、骨格各部の修復は完璧な出来栄えとしか言いようがなかった。初期装備の衣類やブーツも元通りだし。

 しかも、粉々になった骨だろうがなんだろうがきっちりと組み合わさった上での復活を果たしているのである。クリスタルを造った錬金術師達はとんでもない実力だったらしい。

 勿論ゲーム的な都合と言ってしまえばそれまでだが、世界観を重視するプレイヤーとしては感服せざるを得ない訳で。


 では、チェックも終わった所で、だ。

「本当に今更だけど、ステータスしっかり読まないとな」

 ロクに説明も読まず無謀にも探索に向かってから、突撃お前が森の敵! とされてしまったので詳細な把握もなにもない状態が今なのである。

 キャラクター作成時に「アーツ」なる単語も出てきていたのに確認もしていないことだし、一度ここで落ち着いて整理しよう。

 今のところは何かが攻めてくる様子も無いし、腰を据えてやるか。


「まず、ステータスは……と」



 名前:ノーラ

 レベル:1

 種族:歩き骸骨(スケルトン)森人族(エルフ)素体)

 職業:弓使い

 HP:F-

 MP:E+

 SP:E

 STR:E

 DEX:D+

 AGI:E+

 END:F-

 INT:D-

 LUC:F


 スキル:

 《弓Lv2》《狙撃Lv2》《遠視Lv1》《危険察知Lv1》《看破Lv1》

 《伐採Lv2》《木工Lv1》《細工Lv1》《鑑定Lv3》《植物知識Lv1》


 種族スキル:歩き骸骨(森人族素体)

 《肉体的脆弱》《光属性弱点》《打撃属性弱点》

 《暗視》《状態異常無効》《ボウマスタリー》



 ふむ。レベルと簡易ステータスは変動なし、しかし一方でスキルのレベルが上がっている。

 そこを疑問に思ったのでヘルプを呼び出して見てみれば、『レベルとスキルレベルは別のものであり、それぞれが独立して上昇します』との事だった。

 付け加えると、キャラクターのレベルは一つの存在としての強さを示すものであり、スキルのレベルは技術の習得がどれだけ極まったかを見やすくする為のものなのだとか。レベルがないスキルは体質とかそういう部分に当て嵌まる、と。

 なるほど、それは興味深い。このシステムだと仮に「自分のレベル」と「修めた技術(スキル)のレベル」に乖離があったとして、果たしてどうなるんだろうな。


 ……次に行ってみよう。そもそもステータスはどうやって上げるものなんだ?

 これまたヘルプで調べてみると、「ステータスポイントの割り振り」「装備での補強」「スキルレベルの上昇でボーナス補正を得る」「パッシブスキルで底上げする」の四パターンが存在した。

 装備での補強は言わずとも解り易く、スキルのボーナスもまたすんなりと理解できたーーが、ステータスについては少々厄介だった。


 このゲームでは、ステータスポイントというものはレベルアップで手に入る。

 そこは当然としてーーその振り分けについては「プレイヤーの行動傾向」と、「選んだ種族の伸びしろ」を参考にして、システムが勝手にやるものらしい。

 なんだそりゃあ。思わずツッコミを入れてしまう。十数年前の携帯ゲームか。

 一応振り直しは特定の場所で出来るそうだが、果たしてどこにあるのやら。


 もしもシステムが同じなら、β版の評価はどんなものだったんだろう……。


 さておき。知りたかったレベルとステータスについては知れた。

 しかし、何か忘れているような。何だったっけか。

 暫くもやもやとしたものを抱えながら、あちこちのウィンドウを弄る。

 そうしているうちに浮かんだ画面の一つを見て、漸くピンと来た。


「……「アーツ」忘れてたな」

 一度ログアウトしたのもあって、それはもう思いっきり忘却していた。今度こそ忘れないよう今のうちに説明を見ておこう。……何々。

『「アーツ」は、修めた技術を技として昇華させる、プレイヤー及びNPCが扱う力です。

 キャラクターが保持する各種スキルに紐づけられた攻撃技や自己バフ、あるいは魔法など、現在発見されているだけでも膨大な種類が存在し、主な習得手段はレベルアップ時の習得となります。

 レベルアップ時の習得では、特定レベルで確実に習得するアーツだけでなく、それまでのプレイヤーの行動を参考にして選択されたアーツも一定確率で習得することがあります。

 また、アーツは一定の経験を積むことで強化され、時には新たな姿へと進化することもあります』


 また行動ログ参照系か。好きだな運営。どうやっているのかは知らないけど。

 とはいえ主な習得手段とある以上、それ以外の手段でも覚えられるのだろうから不安視はそこまでしなくていいか。

 ーープレイヤー個々人で修めたスキルが違えば、アーツも違う。プレイヤースキルの個人差も出てしまいそうだが、俺としては嬉しい仕様だ。

 このゲームで選んだ行動そのものがキャラクターの育成として反映されるのだから、遊びがいがあるな!


 と、今分かる情報はこんなところか。

 ヘルプの類は見れる限り見て、細かい設定もざっと済ませたしまた探索に出よう。

 あの大猪がどうして突撃してきたのかとか、囲まれた時の視線はなんだとか、色々と気になることはあるがーーまずはレベルを上げてみたい。


 よーし。そうと決まればとっとと外に出よう。デスペナルティはまだ続いているが、問題はないと思う。

 レベルの上げ方は、エネミーを倒す事で得られる経験値をレベル毎に一定量貯める事、と先程のヘルプにはあった。

 ならば何かしら倒せばよいのだ。倒せる範囲のエネミーを。

 ……倒せるかなぁ?


 ◇


 疑問を抱きつつ、装備を整えて再び外に出た。

 さすがに今回の探索範囲は小屋の周囲までに留めておくか。

 ……改めて地形を確認する。

 このボロ小屋を中心とした半径十数メートルの間は木々が植わっておらず、また霧も少し薄い。

 それになんというか、森の中を中途半端に開拓して出来た広場のど真ん中に居を構えているような。そんな印象をも覚える。

 実際にどうだったのかは知る由もないが、拠点とする分にはいい場所なのだし有り難く使わせて貰おう。


 そうして小屋の周囲をぐるりと回っている最中。

 木立の向こうから、何かが駆けて来た。あれはーー(いたち)

 霧を抜けたその姿をこちらが視認した瞬間、《危険察知》に反応が表れる。

「攻撃……かッ!?」

 そのまま反射的に左へ横っ飛び。直後、右斜め後ろで風を切ったような音が鳴る。

 ……鼬からは目を離さなかったものの、何をしたのかが全く読めない。霧を抜けられる飛び道具であることは間違いないが。

 けれどその正体を確かめる為に後ろを向こうにも、そうしたらすぐに死ぬ予感がした。


「SYAAAAA……」

 赤く染まった瞳、頭から胴体にかけての部分と同じ長さの尻尾。逆立った体毛。

 そしてあからさまな威嚇と敵意ーーそれとどこか余裕のある姿。容易く狩れる対象として見られている、な。

 すぐさま構えた弓に矢を番えながら、モーションを注意深く見つめる。

 攻撃をする直前には、何某かのモーションがあって然るべきだ。隙がない敵など、そうそういてたまるか。


 あの大猪と比べるとやたらに小さい事は間違いないその全身を、《遠視》の恩恵を受けてしっかりと見据える。目算で10m以上距離が空いているのは幸か不幸か。それでも、霧の中でもなんとか見えていた。

 相手もこちらを観察しているようで、静かな時間が過ぎていきーーそして痺れを切らしたのは、鼬だった。

 鼬がその全身を躍らせ、攻撃モーションに移っていることを確認する。目を凝らせ。

 瞳、違う。足、違う。尻尾……これだ!

 そしてモーションを視認した直後。横薙ぎに鋭く振るわれたその尻尾から、不可視の何かが放たれる。


 霧を突き抜けて進むそれは、今度こそ逃がさないとばかりにこちらを狙っていて。

 跳んで対応が出来ないならと、俺はその場で無理矢理バックステップを敢行して距離を取ろうとしーーそのまま、直撃を受けた。

 

「ぐぅッ……」

 初期装備の服が横一文字に切り裂かれ、HPバーが2割程削れる。簡易ステータスのF-評価は伊達ではないらしい。

 この類いの攻撃は突進等と違って勢いを殺しようがないのが難点だ、な!

 カウンターとばかりに矢をすぐさま撃ち放つ。ギリギリで気付かれて避けられた為か、かすり傷程度しか与えられていない。

 マスタリーのアシストにも慣れたけれど、無いと当たる気がしないぞこれは。明らかに削り合いではこちらが不利だ。


 ならば矢を惜しんでいる暇はない。只管に撃ち続ける……!

 矢を放つ間隔を出来るだけ縮めながら、鼬へゆっくりと接近する。こちらの魂胆に気付かれてはいないようで、まだ余裕があった。

 そうして数分が経ったものの、避け続けている鼬からの反撃が依然として無い。ーーもしかして。

 頭を回して仮説を組み立てる。

 回避行動を取らせれば、反撃のアーツ(と、思しきもの)は撃たれない? もしもそうなら、隙なく仕留めるのが適解になる。

 であれば───いっそこれで終わらせる!


「疾っーー!」

 先程と比べてかすり傷を幾つも付けた鼬へと、矢を()()()()()撃ち放つ。

 出来ると確信した訳じゃない。けれどーー

「やらなきゃ、負けるからな……!」

 白い霧を引き裂きながら鼬へと向かうそれを見届けて、詰め(チェック)へと向けて真っ直ぐに走る。

 すんでのところで矢を一本、避けられた。

 ーーしかし。

「KYUIIIII!」

 鼬が、叫び声を上げる。見れば胴に矢が深々と突き刺さっていて。

「もう一本は、当てたぞ……!」


 心の中で小さくガッツポーズする。

 だが、浸っている暇はない。すぐに殺さないと反撃を受けかねないからだ。

 地面に突き刺さっていた矢を拾い、地面をのたうち回っている鼬へと油断なく近付く。そしてそのまま矢の鏃を下に向けると、鼬の頭蓋目掛けて振り下ろした。

 鏃が鼬を貫き、その身体がポリゴンとして弾けると同時に。

 一部のポリゴンが経験値として俺の方へ流れ込みーーファンファーレが鳴り響く。


 戦闘が、終わったのだ。


『レベルが上昇しました』

『行動経験から複数のアーツを習得しました』

『ステータスが割り振られています』


 ポンポンと目の前に現れるウィンドウとアナウンスを尻目に、胡坐(あぐら)をかいて地べたに座り込む。

 ……疲れた。タネが明かされていない敵との対峙は精神力が削れる。

 幸い"スローモーション"は発現せずに済んだけれども、この調子で戦っていたら暴発しかねない。どれほど矮小な殺意であっても簡単に発現するのは望ましくはないし、それならば制御出来た方がいい。

「鍛錬、だなぁ」

 ぽつりとそう呟く。

 ーーそう。結局のところ、それしかない。そしてその為の環境は図らずもここにある。遊びながら鍛えられるような環境が。


「よし。目標は後で立てるとしてーー小屋に戻ろうか」

 ポップアップしたウィンドウはそのままに。意気揚々と立ち上がって、小屋へ向けて歩き出す。

 心なしか、さっきよりも気持ちが晴れ晴れとしていた。

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