0ー1 始まりは現実にて
初投稿作品となります。
誤字脱字、改稿などが起こることがありますが、温かく見守って頂けますと幸いです。
2023/01/08 0-1など、いくつかの話を分割しました。
「ーー態々本家の道場に呼び出しとは珍しいな、刀姉」
某県某所、街一番の規模を誇る剣術道場。
親戚の実家とはいえ、季節の行事などでも無ければ普段赴かないような場所ではある。
そして今日は珍しくそこに呼び出されて、お互い向き合って正座をしていた。
板の間に直接座る座布団なしの正座は足が冷えるのだが、そこは一旦置いておこう。
問題は何やら物々しい雰囲気である。余計に珍しい。大抵の事はメールで済ませているのに。
そう考えながら、黒髪をポニーテールで纏めた女性ーー刀姉に「喋ってくれ」と言った感じで目を合わせる。相変わらずの凛々しい瞳にちょっとした威圧感だ。
「ああ。来てくれてありがとう、命。それで呼び出した要件だが」
そしておほんと咳払いがひとつ。一拍置いて、刀姉がまた口を開く。
「お前は……あー。フルダイブ型VRMMO、というものに興味はあるか?」
「名前だけは聞いたことがあるし、興味もなくはない」
うん。語ったことが全てだ。
VRMMOーー簡単に言えば、ヴァーチャル空間上で大人数の人々と遊べるゲームだったか。
その中でもフルダイブ型というものは、その空間の中で実際に走ったり跳んだり泳いだりと現実と遜色なく動けるものである。
一応アルバイトの都合上、フルダイブ型のVRシステム自体は知識としても体感としてもそれなりに知っている。普及し始めてから十年も経っていないがここ数年は特に賑わっている業界だし、一般家庭にもゲームなどといった形で普及するようにもなっていたからだ。
だが、一般人でも遊べるような家庭用ゲームとして遊んだことは少ない。だから「興味もなくはない」と言った訳だ。興味と恐怖が半々だけれど。
その返答を聞いて、刀姉が顔を綻ばせる。
「それなら良かった。実は、お爺様が新作VRゲームの"モーションキャプチャー"なるものに参加したらしくてだな」
「あの人外染みた爺様が?」
「ははは……本人の前では言わないでやってくれ」
爺様、つまりは刀姉の祖父にしてこの道場の……なんだろう。ヌシというか師範代というか、立ち位置はともかく剣術バカである。
その人が今回の呼び出しに関わっているらしい。何をやっているんだ。
思わず茶々を入れてしまった。続けて、と言いつつ考える。……なんだろう。要件。
「それで、参加した報酬にと来週発売予定のゲームソフトを三本譲って貰ったんだそうだ。そのうち二本が私達の手に渡った、という話だな」
思ったよりもぶっ飛んだ話だった。あの人は金に拘りが無いからモノが見返りでもおかしくはないが、それにしたって多くないか?
その事を口に出すと、冷静に回答を言ってくれた。
「折角だから私達の分も込みで譲って貰ったらしいぞ。開発の人と相談したと言っていたよ」
「それはまた……。二人とも大学もあるのにか」
「でも、もうすぐ夏休みだろう? その間に遊ぶものとしてはいいじゃないか」
喜色を帯びた表情に、心なしか弾んだ声音。どうやら刀姉はそのゲームに乗り気のようだった。
……どうしたものだろう。とりあえず、課題とかなんとかはこの際抜きに考えようか。
ふむ、と顎に手を当てて思考に沈む。
これで断った場合、刀姉の機嫌がちょっと悪くなる。恐らく甘いもので釣らないとダメだろう。
OKを出した場合、面白そうなゲームに手を出せる。自由時間は代償になると思われる。
ーーよし、決めた。
「分かった、やろう。一緒に遊べるか分かるのは始めてからになるけれど」
そもそもどういうゲームで、どういうシステムかも聞いていないし。
そんな内心はさておき、眼前の彼女の表情がふにゃりと緩むのを見逃さない。ついでにガッツポーズもしていた。
身内にちょっと甘いのだよな、本家の人達は。遠縁気味の親戚でも身内判定が入るあたりが特に。
閑話休題。
口には出さずとも一頻り喜んだ刀姉が表情を元に戻しつつ、手元に取り出したのはゲームのパッケージ。こちらに一本手渡して、自分ももう一本のパッケージを手に取った彼女から説明が入る。
「じゃあ、これが件のゲームだ。タイトルは『Second・Phantasm』ーー公式の通称は「SP」。発売待ちなのはさっきも言ったが、オープンβテストも先日に終わっている」
「タイトルからするとファンタジー世界観のゲームか」
「大雑把に言うとそうだな。プレイヤーは人間系種族と魔物系種族から選んでキャラが作れるらしい」
「違いはどうなっているんだ、それ」
なんとなく「スタンダード=人間系」「物好き=魔物系」という図式が想像出来たけれども、はて。
しかしその質問は予想出来ていたのか、携帯デバイスに予め打ち込んであったのであろうメモを見ながら刀姉が答えてくれた。
「人間系は『成長がしやすく、開始地点が安全な街である』。魔物系は『進化というシステムがある大器晩成型で、開始地点がランダムで危険』……というくらいしかメモしていないな。大まかな部分は共通のようだが」
「ふうん。その『大まかな部分』について詳しく」
まさしく想像していた図式の通り、魔物系はハードモードな予感がする。しかしその分面白そうだ。
「うむ。所謂レベル&ステータス制のシステムで、種族毎に大雑把なステータス傾向が設定されているのだと。そこに付け加えてクラスを選び、スキルや魔法を覚えて、プレイヤー毎の特徴を更に出していく形になる」
いくつかのVRMMOでも採用されているタイプのシステムだ、との補足も入る。
かなり幅広いメイキングが出来るな、それは。ネタに走るプレイヤーもいるんじゃあないだろうか。ちょっとワクワクしてきた。
よし、もう少し突っ込んで聞いてみよう。
「他に気になるシステムや要素は?」
「PvP……あれだな。仕合だ。大会とかあるといいんだが」
知ってた。軽く嘆息する。この遠縁の従姉も大概剣バカである。
「なんだそのジト目はっ。……メインシナリオがあるのに加えてクエストも自動生成されるらしいから、お前はそっちが気になるかもしれないな」
積んでいるAIや使用しているサーバーもすごいものだそうだし、と冷静に締めくくられる。
一瞬語気が強まったものの、すぐに抑え込むあたり立派なものだ。
……しかしシナリオ、シナリオか。エンド分岐とかの気配がする。お祭り要素としてとっても面白そうだ。
台詞だのテキストだので語られる設定が気にならない訳ではないがーーそういうものは得てして盛り上がるのだし。
「聞いているだけで面白い気配がする。聞くに来週までに準備をするのでいいかな、刀姉?」
そんな風に考えていたら、さらっと口の端から言葉が漏れる。思わず笑みが零れた。自分でも少し口角がつり上がるのがよく分かる。なんというか、単純だと我ながら思う。
実家で剣を学んだ時もそうだった。何事も「はじめて」というものはワクワクするんだ。
そして微笑んだままに彼女の方を見遣れば、あちらも破顔して頷いていた。
……なんだかんだで、昔から刀姉との仲はいいんだよな。親世代の仲が致命的に噛み合わないだけで。
あの人たちもそろそろ和解したっていいのに、とは数年前からずっと思っている。
と、もうこんな時間か。そろそろ帰らないと夕飯が遅くなるな。
「それじゃあ、受け取る物は受け取ったようだから帰る。相談とか、何かあれば連絡する」
「ああ。また今度」
そう言ってその場を辞す。正座の体勢から急に立ったので足が少し痺れたが、別段気にしなかった。
久々に気分が高揚していたから、あまり気に出来なかったとも言うけれど。
「……あ」
そう言えば、三つ目のソフトの行き先ーー十中八九爺様だろうがーーとか、ちゃんと参加するのかも聞き忘れたなと気付いたのは、家に帰ってからだった。
◇
ーーそして一週間後。サービス開始の日がやって来た。
あれから確認を取った所、爺様も遊ぶらしい。あの人の事だから、ゲームを満喫しているのが見える……。
手際よく手洗いや給水の用意だとかを済ませて、ベッドの上で横になる。
ヘッドギア型の端末は長いコードを経由して電源に繋げられているし、自分の部屋用にと備え付けられた専用ネットワークの調子も問題はない。
問題があるとすれば下調べを結局あまりしていないこととか、テンションが上がり過ぎてやらかさないかとかそういった部分だ。
それと我ながらコミュニケーション能力に難があると認めざるを得ない点も気にかかっている。他のプレイヤーと交流する時は気を付けよう。心に留める。
……仰向けの姿勢で、深呼吸をひとつ。続けて、魔法の言葉を謳う。
「システム起動。『Second・Phantasm』ダイブ・イン」
そして一瞬の間隙を置いて、視界が暗転した。