STAGE☆98 「ぼっち男、真実に触れる」
子供の頃は活発に跳ね回っていた。
けど発育が遅く疲れやすい、直ぐに病気をしてよく床に臥せていた前世のピシュは、それでも「成長と共に体が馴染み、いずれ普通の生活ができるようになるだろう」という医者の言葉を励みに、なかなか学校には行けなかったけれども、病院のベッドでも独学で授業に遅れないように頑張た。
友達作りはネットがほとんどだった。
ゲームの腕を磨けば、それだけ注目されるようになる。朋友をゲームの世界に求め、”ベッドの中の廃人“認定を受けるほどに、ネットの世界にのめり込んだ。
「色んなゲームをしていたから、あんたの名前も知ってたわよ。ギブン」
ピシュはゲームごとに名前を変えていたそうだけど、基本、ファンタジー作品しかやらないギブンは名前を統一していた。
「どのゲームでもソロプレーばかり、気になってたその理由も単純すぎて笑っちゃう。けど1人なのにどのゲームでも、早期の攻略者にネームが上がっていた」
「本当に色んなゲームをやっていたんだな」
「時間だけは誰よりもあったからね」
ピシュの言葉を信じるなら、彼女の人格の基になるのは、この駄天使の方らしい。
そしてこの世界で出会い、仲間となり、大事な存在となったピシュこそが、前世の彼女が“病気の痛みと死の恐怖”から逃れるために作り上げた、別人格だと言う。
「死の間際に私だったのはあの子。だからネフラージュ様はあの子に体を与えた」
1人の体の中にいた、二つの人格を完全に切り離して、残されたピシュを天使として女神の御使いとなるために、ギブンと行動を共にさせて、やがて体を得るはずだった。
「あんたの所為よ! あんたがあのギブンだと知って、興奮までした私を失望させた。妥協して協力してやろうとも思ったけど、天使になった私は、自分に嘘をつけなかった」
そうして気が付いたら、こっちの世界のピシュの体の中に戻っていたと言うのだ。
「協力すると言いながらさっさと消えたのは、そうい事だったのか。お陰で俺はこの大森林を1人で彷徨うはめになったんだ」
「だからそれもこれもあんたが、私を幻滅させたからであって……、そろそろ時間みたいね」
話も一段落ついたところで、ピシュは静かになった。
「……寝てる?」
立ったままで寝るなんて、器用なものだと感心していたら、いきなり倒れてしまいそうになるのを抱き留めると、間を置かずにピシュは目を覚ました。
「ギブン、久し振り」
そのたった一言で感じた。物腰が柔らかくなったピシュは……。
「なんだ、ずっと寝てたのか?」
「人を寝ぼすけみたいに言わないでよ」
ピシュだって好きで、もう1人に任せた訳じゃあない。
バサラが魔界へ誘いにきた時の事は、しっかりと覚えている。
魔界の神様からの神託と、四天王ラージの命でピシュを迎えに来たと言っていた。
「そこまでは覚えているんだけどね」
魔界に来た辺りから意識はなかったらしい。
とは答えたが何となくは覚えている。夢の中で寝起きをして、ただの傍観者を続けてきた。
「結局私は、ピシュに都合よく使われるだけの存在なんだよね」
死の恐怖に耐えるためだけに生まれた。しかし女神に喚ばれ、人生の主人公になれた転生。なのに大事な場面では、もう一人が体を乗っ取った。つまり自分はただのお飾りでしかなかったのだ。
「それでどうなんだ? これで魔王討伐でいいのか?」
「ああ、そうだった。私はあなたに負けたんだよね。……けど私だったら、もう少しうまく戦えたけどね」
「ならもう一戦やるか?」
「……やめとく、うまくやれても、勝てるとは思えないし」
それを聞いて少し安心した。
この戦いはギブンも望んだものではなかった。
「それでは魔王様、魔王軍の撤退を」
「それを決めるのは私じゃない。後は魔界の神様に聞いて」
「魔界の神様?」
今さら神の存在は疑うことはない。
自分だって女神ネフラージュとは、一度ならず二度会っている。
魔界にだって神は存在するだろう。
「……と言ってもどうやって?」
思わずギブンの頭に浮かんだのは、ネフラージュ様のお姿。
『パンパカパーン』
「……ネフラージュ様、今じゃないです」
確かにこの女神のことを思い出しはした。
けれど今じゃあない。今会うべきは。
『だから私なんですってば』
「はあ?」
人の住む世界を“フェロー界”、魔界のことを“デヌエス界”と呼ぶ。
フェロー界を守護する女神アブローシュアンが降臨させる勇者。
女神ネフラージュが、フェロー界の攻め手となる魔王を選ぶ。
二者択一でキャラクターを選択し、魔王を討伐してフェロー界を守るか、デヌエス界がフェロー界を侵略するかを楽しむファンタジーワールド。
『この世界の誕生は2年前。ここの歴史は設定資料を基に、私たち女神が後付けしたモノなのです』
唐突に始まる創世の神話。
『まだ仮のタイトルも付いていない、制作途上の作品。地球儀を使って簡単に作成されたマップに、適当に配置された集落には、キャラクターも配置されていない状態でした』
勇者を選べば冒険と謎解きのアクションRPGとなり、魔王になれば侵略と開拓のシミュレーションRPGとなる。
「じゃあこの世界は、ゲームの中だって言うのか?」
『違いますよ。今はもう地球とは全く接点はありません』
したがってここで出会ったモノ全て、それぞれが個々を持った人であり、物なのだ。
『全ては無でした。そこに最初に生まれた女神が創造を始めた』
ギブンがこの世界で見てきた記録資料は、虚構でありながら現実でもある。
「それにしても俺、こんなゲーム知らないぞ」
『まるで全てのゲームを知っていると言わんばかりですね』
「気になったゲーム、特にRPGは全部やったし、ゲーム雑誌は隅から隅まで読んできた。2年前のゲームなら知らないはずがない。って、そう言えばさっき、まだタイトルもないとかって?」
『お蔵入りと言われてました。創造主は、更なる上位者に』
「お蔵入りぃ~、なんでそんなゲームが現実化するんだぁ!?」
お蔵入りが決まっても、メインプログラマーでプロデューサーを務めた創造主は、プロジェクトが立ち切れになるのを諦めきれず、新しい仕事を熟しながら、個人で開発を続けた……。
「過労死ですか?」
『この世界にとっての神はお亡くなりになりましたが、設定がしっかりされてましたので、私たちは途方に暮れることなく、世界を組み上げる事が出来ました』
そしてその設定が為に、人間と魔族はいがみ合う宿命に立たされた。
史実上は何度もぶつかり合った二つの世界。でも実際はこれが初めての戦争。
『女神アブローシュアンは設定通りに勇者を召還し、私の魔族達を滅ぼそうとしています。その勇者たちは今もここを目指して旅を続けており、およそ二ヶ月後にはやって来ます』
「えっ? 魔王のピシュは俺が倒したんだから、イベントは終了したんじゃあないのか?」
ここがゲーム世界で、今がイベント中だと言うなら、後はエンディングと後日談が待っているだけなのでは?
『まだ基本設定の終了イベントには達していません。今後の展開を推測しようにも、魔王討伐後に勇者が到着するなんてシナリオは、チャートには存在しません』
本当ならあと二百年を掛けて大戦の準備は続けられていたはずが、女神アブローシュアンがゲームをスタートしてしまった。
たったの百年で魔王は降臨し、勇者が召還された。ネフラージュ様にとっては寝耳に水の事態なのだ。
『いったい何を考えているのかも分かりませんが、女神アブローシュアンは私の領域に干渉して、魔王を降させ、強引にゲームを始めました。私は慌てて魔王システムを奪還し、ついでに彼女の勇者も拝借しました。それが貴方です』
システムに介入したことで女神アブローシュアンの法力はかなり消耗されていて、意外と簡単に逆転をすることができたのだそうな。
『女神アブローシュアンがなぜ早期に、しかも魔王を呼び出したか? 私が魔王と共に勇者も奪ったことをどう思っているのか? 彼の女神は残された力で新たな勇者を召喚したのです。そして私は私の法力の全てを貴方とピシュに分け与えた。システム介入で消費したエネルギーは彼女の方が多かったはずです』
そうしてスキルてんこ盛りのチート魔王と、なり損ねた勇者が転生したのだった。
「まだゲームはエンディングを迎えていない……。つまりネフラージュ様は俺に、何かをさせたいという訳ですよね?」




