STAGE☆97 「ぼっち男toぼっち女の戦い、再び」
落下の衝撃は、窪んだ地面の大きさと深さで分かる。
「前に戦った時よりも、かなり強くなってるなぁ~」
自動回復スキルのお陰でダメージはない。
魔力があるうちは回復し続けるスキルのお陰で、この程度なら特に何の問題もない。
「本当にずるいわよね。死なないって」
「死なない訳じゃあない。即死をすれば回復できないんだ。魔力が枯渇してもそうだよ。って知ってるだろ?」
まだ生きているのだから、当然確認したわけではないが、勇者の過去を調べた時に見た、いくつかの資料にはそう書いてあった。
魔力の要である心臓と、スキルを発動させる脳。いずれかが回復前に無くなれば、蘇生は不可能なはずだ。
「私もそう聞いてたけど、その弱点に届く前に元の姿に戻っているなんて、ふぅ……」
天から舞い降りた駄天使魔王は、無傷のぼっちに辟易する。
「即死級の衝撃を与えても生きてるんだから、それはもう不死ですよって、言っちゃってるようなもんじゃない」
おそらくは脳か心臓、そのどちらかに致命的ダメージが届く前に甦生が開始されていて、ダメージの方がキャンセルされてしまっているのだろう。
「魔力の枯渇ぅ? あり得ないあり得ない。天使の私には見えているもの、あんたの体、本人の無意識下で勝手に周囲のマナを吸収しちゃってるのよ。つまりはあんたがいる世界その物を壊してしまわない限り、魔力が底を尽くなんてにはならないの」
そう言いながらも、駄天使は攻撃の手を緩めない。
「私がやってるこれも、ただの憂さ晴らしみたいなものよね」
魔力が無尽蔵ではないピシュはチマチマと苦痛を与えることを目的に魔法を連発する。
死ななくても精神的ダメージはきっちりと残る。そう、殺せない相手でも負かすことはできるはずだと。
「いいかげんにしろぉ!?」
ゼロ距離からの魔法攻撃は、確実に致命傷を狙ってきている。
「この世界であなたを倒せる人間がいるとしたら、ピシュしかいないと思うのよね」
高速で動き回るギブンの目の間に、突然にピシュが現れた。
「瞬間移動!?」
「じゃあないわ。これはワープ。私がいた場所とあんたがいる場所を繋いで飛び込んできたの」
ピシュとは違い、駄天使の説明は分かり易い。
だからこそ生まれる疑問の答え、もしかしてピシュ天なら……。
「やっぱり天使は凄いな。俺なんかよりよっぽど魔法センスがある。どうやって魔法を遠くで発動させたり、ワープしたりしてるんだ?」
「バーカ、教えるわけないじゃない。あんたは敵でしょ」
駄天使と呼ぶこいつがお調子乗りなのは分かっている。とは言え煽てるにしても捻りもなしに乗ってくるほど愚かではない。
「そうか、天才のピシュの考えたことだもんな。駄天使如きが理解できるはずもないか」
「軽いわね、それでも挑発のつもり? そんなのでポロっとこぼすわけないでしょ。そうね、1つだけハッキリさせておいてあげる。ワープを考えたのは私よ」
やはりチョロい。煽てられるのもバカにされるのも気になってしょうがない様子。どうにもこの駄天使はカマッテちゃんなのは間違いない。
「それを信じろと?」
ここは引いて様子を見る。
「好きにするといいわよ。あんたがどう思おうと真実は変わらないんだから」
ギブンのイメージでは天使は知能指数はどうあれ嘘はつけない。そのテンプレを信じるのだとすれば。
出会ってからこれまでを思い出す。
「駄天使、そう言えばお前も、俺達の前世世界の住人だって言ってたよな」
「えっ? ああ、そんなことも言ったかしら」
やはりこの駄天使はチョロい。もう少しで重要な何かが掴めそうな気がする。
「俺以上のゲーム廃人は、個々みたいな異世界冒険モノがお好みではないみたいだね」
「そうでもないわよ。けどそうね、どちらかと言えばSFモノの方が性に合ってるかしら。あの子もそう言っていたでしょ」
ロボットシューティング物にはまっていた。そう言えば旅の途中でそんな話をしたことがあった。
「じゃあピシュの、遠距離魔法発動の元ネタって……」
これまでギブンは自動発動するもの以外は、手の平で魔法を生成してきた。
けどそのやり方では、遠い場所に魔法を発動することはできない。
「遠い場所で……、なるほどな。飛ばすのは生み出した魔法ではなく、魔力のみを……」
ギブンは態とらしく指を鳴らし、遠くに見える大きな木を指さした。
「おお! 思った通りに木が折れた!! つまり今の要領でワープポイントも」
ギブンはピシュ天の前から姿を消した。
「やった! できたぞ!!」
「嘘でしょ!?」
駄天使は背後からした声に、慌てて振り返る。真っ青な顔をして。
「こんなに簡単なことだったなんてな」
独りぼっちで放り出された世界で、なんとなく自分が好きなゲームを基準に戦闘スタイルを構築して、最初の町のギルドでの初心者向け案内で、自分の考えが間違いではなかったことを確認した。気が付けば強力な魔法が使えるようになって、安心しきっていたのに。
「間違いではなかったけど、最適解ではなかったのか」
この世界で学んだ“全てのモノに魔力は宿る”という。個の保有魔力量には格差があり、生まれつき魔力の多い魔人や魔物と違い、人間のほとんどが保有魔力のみでは魔法を使えない。
そこで人族が編み出したのが、マナの力を借りる精霊魔法。
「人間でも十分な魔力があれば、魔法を体内で発現させられたんだな」
精霊魔法では身体強化や、防御結界にしても精霊の力を借りるために、一度手の平で術を完成させて体内に取り込む方法を取る。
それがこの世界の常識。
「どんなに悩んでもピシュの魔法にたどり着かないわけだよな」
ワープで駄天使との距離を取り、置き土産のように火球をピシュの目の前に出してぶつける。
「これで条件は同じになったな。どうする、まだ続けるつもりか?」
火球は相手に当たる前に霧散した。
「同じ条件? 何を勘違いしてるのかしら」
この期に及んで駄天使は余裕を崩さない。
「この子は私の力で眠っているだけだし、そもそも私だって今は、正真正銘ピシュ・モーガンなんだから、大切な仲間をボコボコにするなんて、ヘタレのあんたにはできっこないでしょ?」
大口を叩いてピシュ天はファイアボールを、ギブンの右肩に掠めさせた。
「俺がなんだって?」
「な、なによ!?」
「ピシュもネフラージュ様から転生ボーナスで、俺とほぼ同じ力を手に入れているんだぞ」
「そ、そうよ。本気を出せば、あんたなんかに負けやしないんだから」
ピシュはギブンと同じ自動治癒のスキルを持っているし、魔力回復スキルはより上位のモノを授かっている。
総合的な攻撃力がギブンに劣っていたとしても、この2人の戦いに物理的決着はない。
「ようはどっちが参ったと言うかの我慢比べだな」
どれだけ傷を負っても死なないってだけで、痛みは死ぬほど感じるのだ。
「全力で泣かせてやる!」
先制攻撃はピシュ天、ギブンの周り全点に衝撃魔法が浮かぶ。
魔法の制御能力はやはりピシュの上だ。
ギブンはあえて攻撃を受けながら、負けじと火球を無数に生み出すが、生まれる火の玉がピシュを襲う前に水の球が消火する。
やはりと言うか手数では勝ち目がなく、ギブンは使えるようになったばかりのワープを使って、ピシュの前にジャンプして斬りかかる。
駄天使は密度の高い魔力の塊で剣を受け止めて、風の刃をギブンに放つ。
男は切り傷や打撲を気にも留めず、女は振るわれる剣が噴き出す火焔で深刻な火傷を負うが、次の場面には2人とも無傷に戻るが、息遣いは激しさを増す。
魔力は回復しても、精神力は削れていく。
「隙ありだ!」
途切れることなく続く真剣勝負の中で、先に呼吸が乱れたのはピシュ天。
「いやぁ~~~~~!?」
ギブンの剣がピシュの体を乱切りにして凹殴りにする。
「……お、女の子になんて事するのよ!」
少し離れたところで回復を待つと、千切れた手足が元に戻ったところで、ギブンに食って掛かる。
「流石はネフラージュ様の加護だよな」
あっと言う間に、傷一つないきれいな姿に戻る。
「だから、痛いんだってば!? 昔の事を思い出したでしょ!」
前世は日本人だったと言う駄天使に、ネフラージュ様はギブンやピシュには授けたような、体と数々のスキルと加護を頂くことはなかった。
転生は高額宝くじが当たるよりもずっと高い倍率で、もれなく特典が満載でもらえるようなノリだったのに。
「もしかしてお前、ピシュの別人格とか……なのか?」
この時代の魔王として転生されたピシュ。大陸の南には勇者も召喚されているとか。
ギブンは自分を棚に上げて考える。この天使にはなぜ肉体がないのかと。
「……解離性人格障害って言うのよ」
駄天使は、いやピシュは日本でどう生きたかを語りだした。




