STAGE☆96 「ぼっち男、潜入」
「エミリアって本当に凄いな」
ギブンは前世の記憶と、思いつく限りの妄想を魔道具開発者に語り、図面を引く室長と頭を捻って、いくつかのツールが生まれて、試作品を預けられた。
「霊脈に沿ってれば、離れていても発信機を持っている人の、詳しいステータスが見られるって便利だな」
テンケとビギナ、バサラとラージ。
オリビアにはブレリアから手渡してもらい、2人のステータスも知る事ができた。
「二組ともうまく、魔物を森に追い返してくれているみたいだな」
エバーランスに通じる森の出口も、ラージ率いる魔族軍が抑えてくれている。
「魔人同士を戦わせるのは心苦しいけど、彼女たちが護ってくれるなら、エバーランスも王都も、魔物に襲われる心配はないだろう」
ゲネフの森を一望できる上空、ギブンはヴィヴィに乗って、周辺状況を見て回ってきた。
「エバーランスの町に大きな被害は見られなかった。魔族の襲来に気付いて援軍でも呼んだのか? あそこは駆け出し冒険者の町とか呼ばれていたからな。襲われれば一溜まりもないと思っていたんだけど」
ギブンはマハーヌが、エバーランスの町に来ている事を知らない。
「うまく誘い出されてくれるのか、ここからが勝負だ」
魔物が魔族軍を襲えば、四天王が前に出てくる。
それを自軍全戦力をもって、引きつけてもらう。
「さて、魔王様の護りは如何ほどのものか……」
南境バンクイゼの軍は精強と謳われている。
グレバランス王国は近隣諸国との小競り合いもあるが、王都から離れていることもあってか、貴族間の起こす紛争が頻繁に起きる地方でもあった。
「来たぞ!」
エバーランスに押し寄せたのは、そのほとんどが下級魔だった。
しかしバンクイゼ軍がバリケードを築いた街道に現れたのは、上級モンスターも混ざる中級モンスターの大群、総勢十万体。
「情報通りね。嬉しくないけれど」
対するバンクイゼ軍の騎士に兵士、冒険者の数は約2万4千人、この時ばかりは貴族間の諍いなしに、登用できる全戦力を魔族軍にぶつける。
「私たちは前線の情報待ちと言うところね」
犠牲は出しながらも、三日で魔物の数を三分の一に減らしてみせたバンクイゼ軍。
魔人が前線に出てきたが、ブレリアとオリビアが対処にあたり、戦線をゲネフの森まで押し戻した。
時を同じくした西嶺を護る龍人達も、八万いる魔物たちの中から、テンケがアーティファクトを持つ敵魔人を見つけて倒し、龍人戦士団の働きで五万にまで減った魔物を、装置を使って誘導、森に引き返らせる事に成功する。
ゲネフの森は魔物のテリトリーではあったが、そもそもが野生に等しい魔物たち、アーティファクトなしに制御することはできず、未だ完全に破られたわけではない結界内に押し戻されて大人しくなっていく。
北を護るラージ率いる魔剣師団もエバーランスに向かおうとする魔物を街道に通すことはなかった。作戦中に合流した人魚の働きも大きく、作戦開始から五日で鎮静化に成功する。
この結果、魔族軍の3将軍は配下の魔人を連れて、魔物に換わって前戦に出て行った。
ギブンたちは当初の目的を果たすことができた。
「スゴイなみんな。無茶でしかなかった俺の願いを、ちゃんと叶えてくれるなんてな」
ギブンはゲネフの森に現れた魔王城に1人降り立った。
「ここからは俺のターンだな」
ヴィヴィは従魔界に還すことなく、上空に待機させている。
塔のような魔王城、その屋上から玉座までは階層を1つ下るだけ。
「ズルい人ね、あなたらしいけど」
「久し振り、元気そうでなによりだ」
「あなたはこの二ヶ月ほどで、また背が伸びたのね」
「キミは随分とイメチェンしたもんだな」
マント姿にきわどいビキニ姿。袂には杖にしたピント。
ピントからは何の気配も感じられない。それがひどく気になった。
「冒険者から魔王に転職したって、本当なのか?」
「えっ? もしかして私、あなたのパーティーから外されちゃったの?」
魔王を名乗っていることは否定しないが、仲間を抜けた気ではないようだ。
「俺にとっては大切な仲間だよ。今でも」
「ふふっ、そんなセリフが言えるようになったのね。それもあの2人と結婚してできた、貫禄ってところかしら?」
ギブンは違和感を覚え、直感を働かせる。
「久し振りか、確かにな。何ヶ月ぶりだ? 駄天使と直接話をするのは」
「堕天使じゃないっての。私にはピシュ天ちゃんって、素敵ネームがあるのよ」
それは宿主であるピシュが、駄天使の為に考えた愛称だ。
「気に入ってたんだな、その名前……」
「そんなわけないでしょ。堕天使呼ばわりされるよりは、マシってことよ」
顔を赤くして、照れ隠しで言っているようだ。
目の前にいるのはピシュに間違いない。言葉を交わしているのも、あの駄天使だ。間違いはないはずなのだが。
「不思議そうに見ているわね。女の子の変化に気付かないなんて、やっぱりあなたって、何時まで経っても……」
「変化? そうか、駄天使なのにそんなキワドイ服が似合っているのが、おかしいって思ってたんだ」
「あら、ようやく違いに気付いたかと思えば、もっと失礼な事を言って、これだからモテない男は……、あらごめんなさい。こっちの世界に来て、人生変わったんだものね」
もともと反発していた駄天使ではあるが、今日はいつにも増して辛辣だ。
玉座から立ち上がったピシュを見て、ギブンはようやく駄天使の言葉の意味に気付く。
「俺なんかより、よっぽど成長しているじゃないか。もう数年も会っていなかったようだ」
「16歳になった、これがこの子の本当の姿よ」
セリフじみた言い回しに苛立ちを覚えるが、今はまだ平常心を失うわけにはいかない。
「俺より四ヶ月も誕生日が早いんだから、とっくに16歳になってただろ」
「あんたが見ていたピシュは、心は16歳だったけど、体は13歳でしかなかった」
勿体ぶった言い回しだ。本当にイライラする。
しかしだ。気になるフレーズを、ハッキリさせておく必要がある。
「13歳の体か。なるほどな」
気になるが言葉は慎重に選ばないとならない。
「あら、やっぱり気付いてはいたのね。そうよ。この子の前世の体、死の原因になる病気を発病するのが13歳、ネフラージュ様はまだ、ピシュが健康を害する前の12歳の体で転生させたの」
そうだった。お喋りな駄天使はいつもこう、端を発すれば勝手にペラペラと情報をくれていた。
彼女の病はアレルギー性の過敏症。
体を蝕んだのはシティーダスト。日本社会に蔓延する化学物質。
同じような症状でも、完治する症例はいくつもあり、治らなくても薬で抑えられる程度で、そこまで重い病気とは思われていなかった。
ピシュのように無菌室で長期に渡る治療を受け、助からなかった事を主治医は不幸と語ったそうだ。
「端からこの世界で生まれていたら、体を壊したりもしなかったはず。だからネフラージュ様はこの子の体を若返らせた。年を追って大丈夫そうだったから、本来の姿に戻して上げたのよ」
勝手にか? この天使にそれだけの力があったのか?
「ネフラージュ様は私のお願いを、快く叶えてくれたわ」
どうやら駄天使は、しょせん駄天使のようだ。
「俺はピシュ本人と話をしに来たんだ。そろそろ彼女を起こしてくれないか?」
「起こせと言われてもね。この子はあなたと話したくないって言ってるもの。それに私は私の体を、どれだけ使えるのかをもう少し試したいし」
ようやく本性を現した。
ピシュの中に閉じ込められたことを、ひょっとしたら女神様を恨んでいたのかも知れない。
生まれたばかりの天使、女神様はそう言っていた。
どうにもイメージし辛い、ギブンが抱く天使のイメージは、聖職者よりも清らかであるものなのだが。
そもそも女神様がなぜ、ピシュの中にこの駄天使を閉じこめたのか?
「俺が倒すべき魔王は、お前のようだな駄天使」
ギブンは火球で天井を破った。とにかく行動を起こしてみる。
上空で待機させていたヴィヴィに乗って、空に上がる。
「どこかいい場所は?」
ギブンも飛翔魔法は使える。このまま空中戦でも構わないが、他の魔法に比べて飛翔魔法は使い慣れているとは言い難い。
ピシュの固有スキルを思えば、空中戦は分が悪い。
せめて地に足をつけて、こちらに優位な状況に持ち込む必要がある。
「あそこなら!」
見下ろす先に、一度ピシュと勝負をした、森に作った広場。
あそこなら広さも申し分ない。
駄天使は白い羽を背中で羽ばたかせて、追ってきている。こう見るとそれっぽくも見える。
「あいつも遠距離発現魔法が使えるのか」
高速で飛翔するヴィヴィを魔力弾が襲う。
「突然出てくるから避けられない!?」
慌てて防御魔法を展開し、ギブンは広場を目指す。
「こんな強力な魔力弾をバカみたいに打ってきて、何考えてるんだ、あの駄天使は!」
出会った頃は自分より上だった魔力総量が、いつの間にか魔王ピシュに抜かれていた。だがその事をギブンはまだ知らない。
防御結界を張っているが、ヴィヴィを襲う魔弾の破壊力を、完全に打ち消すことはできない。ギブンの魔獣はダメージを蓄積させて、光に包まれ従魔界に引き返してしまった。
「お、落ちる!?」
ギブンは飛翔魔法で落下を回避するが、ピシュの魔法が直撃し、地面に激突するのだった。




