STAGE☆93 「ぼっち男の一騎打ち」
魔人や人間がどうなろうと知った事ではない。
そう言われるのでは? と言う心配は杞憂だった。
ラージの思惑通りに、龍人はギブンの挑戦を受け取った。
いや、ラージのそれは挑戦ではなく、龍人の誇りを汚す挑発。ワザとらしく怒りを誘い、最後に里長の耳元で何かを囁き、表情を変えた龍人がギブンに罵声を浴びせた。
お陰でギブンは久し振りに、吹き出しを使って謝罪した。
「呼んだか? ログルスのオジキ」
ラージが望んだ通りに決闘をする運びになり、完全武装した龍人が1人、空から降ってきた。
「ガイゼル、お前が相手をしてやれ。手加減はいらん。殺しても構わんそうだ」
ラージは挑発はしたが別に殺してもいいとは言っていない。
「あん? そっちの黒魔人じゃあないのか? なんだよ、男が相手かよ」
人間界にいる龍人族はどちらかと言えば人間に近いが、ここの龍人はどうやら竜に近いようだ。
顔は辛うじて人間の様に見えなくもないが、皮膚は鱗に覆われていて、羽も尻尾もある。
『相手がここまで人間離れしてるなんて、聞いてないぞ』
魔界の獣人たちはブレリア達と大差なかった。だからギブンは勝手にラビアスのような龍人を想像していた。
「お前の知っている女とは確実に実力が違う。気を抜くんじゃあないぞ。信じてるからな」
バサラの叱咤激励は嬉しいが、不安は更に増したが!
「ガイゼルめ、油断しおって」
開始早々にガイゼルは飛び上がり、勢いをつけてギブンに向けて急降下。
「結界の存在にも気付かんとは……」
ガイゼルは己を過信し、実力の差を見せつけてやろうと力みすぎていた。ログルスは嘆息する。
しかし単に自滅したわけではないのは、特殊なゴーグルをはめて観察していたエミリアしか理解していない。
「面白いわね。風の魔法であの龍人の背中を押したのね」
不可視の壁に防御もなしに全力で衝突。人間なら死んでいてもおかしくはない。失神だけで済んだのは賞賛に値する。
「2番手は俺の息子だ。力ではガイゼルに劣るが、知力を活かした戦いはこの龍人の谷で随一だ。集団による戦闘などとくだらん妄想に捕らわれてはいるが、実力は申し分ない」
自分の息子をそこまで褒めちぎるとは、ログルスは今でこそ谷のまとめ役をしてはいるが、数十年前ならそれこそ、今のガイゼルでも赤子のように軽く捻ってしまう程の実力者だったと自慢する。後で開かれる宴席での事だ。
『その自慢の息子を倒したら話を聞いてくれるのか?』
「いっただろう。お前らの実力を見せてもらうと。見極めが済むまで終わりはしない」
覚悟をしておけと凄まれて、ギブンはまだ吹き出しを止めない。そんな状態でも里長の息子であるオービルを一瞬で打ち負かせ、ログルスの顔色も変わる。
オービスはガイゼルの戦いを観て、策を練り、魔法を駆使してギブンを罠にかけようとするが、そもそもの魔力量や質の違いを見せつけて、これもあっさりと決着した。
空中戦をしかけてくるオービスを追って飛行魔法を使い飛翔。龍人は風の強い谷の精霊に力を借りて、ギブンを落下させようとするが、人間が自前の魔力だけで生み出した風に返り討ちにあった。
「ぐぬぬっ、次は……」
この様な流れで気付けば17人が地面に突っ伏し、ギブンのスタミナは差ほども減っていないまま、次の対戦相手が現れる。
「おい、いい加減にしてもらおう。我々には時間がないと最初に言ったはずだ」
「そうだな。まさか俺達龍人が、たかが魔人が用意した、しかも人間如きにここまで恥を掻かされるとは思ってもいなかったが、その力は認めざるを得ない」
ログルスはラージに参加する戦士を選出するのに1日くれるように言って、ギブンに「最後にもう1人、相手をしてやって欲しい」と願った。
ここで後1人くらい、どうって事はない。
力任せに剣を振り回してきたり、玉砕にも見える特攻をしてきたり、何の工夫もなく魔法を打ってきた組み手を繰り返した。その全てが瞬間で汗1つ掻いていないのだから。
「俺の娘だ。ビギナ、本当にやるんだな?」
「はい父様。この人はただ強い訳じゃあない。そんな人に私が一泡を吹かせる事ができたら、マジメに私の話を聞いてくださいね」
清楚でか細い少女が飛来した。
朱に染まる翼と、両耳の直ぐ上から生える角は正に龍人族の証なのだが。
「尻尾がない」
「ちゃんとあります!」
ビギナと呼ばれた少女は振り返り、短い丈のスカートをめくった。
黒いスパッツで覆われた小さな臀部の上に、明らかに他の竜のような太く立派なものでない、細くて短い、かわいらしい尻尾が生えていた。
「私のような龍人、珍しくも何ともないのですからね」
呆気にとられているギブンに、先制攻撃となるビンタをお見舞いした。
「こういう娘だが、実力はそこそこある。だがこれの兄のような立派な戦士には程遠い。くれぐれも分かっていような? 人間」
それは明らかな殺気。
どうやら親子で賭のようなモノをしているようだが、相手が誰であろうと娘に傷を負わせたら容赦しないと、この父は目で語っている。
「父の言葉は気にしないでください。本気できてくれないと、難癖付けて私の言葉を聞かないなんて事にもなりかねないので」
長い青髪が谷に流れる強い風に、ふんわりと靡く。いい香りがする。
「はじめましょうか」
他の龍人との一番の違いが、彼女を覆う鱗が腕と足にしか見られないところ。顔だけ見ていれば、角を除けば人間そのもの。
「剣にいくつもの宝石、なんらかのアミュレットだよな。キミも魔剣士なのか」
少女相手に吹き出しは必要ではない。
「戦い方も似てると思います。ご自分を相手にするつもりで来てください」
先手はビギナから、ギブンが得意とする火魔法で、弾丸サイズの火球を連射してくる。
「1つ1つの魔力圧が凄いのに、この連弾とは!」
ギブンは火と風を絡ませた防御魔法で全てを受け止め、一発一発を分析する。
「本当によく似てる」
魔弾を追いかけて斬りつけてくる。
ビギナは水魔法と土魔法を練り合わせて、宝石のように硬い石弾で火球を打ち落とし、彼女の剣は受けないタイミングで後ろに引く。
「ミングルマジックが使えるのか。しかも中距離魔法が使えるなんて」
ギブンはまだ合成魔法を使えるようになったばかり、それもまだ結界のような防御魔法でしか使えない。
二つの属性を同時に制御するのはかなり難しい。
それをビギナは事も無げにやってのける。
「ひょっとして長距離魔法も使えるかもしれないな。このままでは防戦一方になってしまう」
エキシビジョンの様に始まったはずなのに、気が付けば里中から龍人が集まってきている。
「剣の腕はそこそこだが、魔法センスは半端じゃあないな!」
13人をほぼ一瞬で倒し、4人を二手か三手で黙らせた。覚えたてのミングルマジックの実験をする間もなく、気が付けば自分より合成魔法をうまく扱う相手が目の前に。
魔力量の差で分がいいギブンだから彼女の魔弾を受け止められているが、魔法の技術も威力もビギナの方が数段上をいっている。このままでは不味い。
「そこまでだ! ビギナ、それ以上は無理だ」
「父様!? わ、私はまだやれます」
「魔力欠乏症ですって顔をして、何を言っている」
確かにビギナの顔色はかなり悪い。
人間だって魔力が枯渇すれば、気絶をする者も多い。
魔族なら最悪死ぬ事もある。それは龍人族も同じ。
「これで分かっただろう。お前は確かに魔法に長けているが、兄に比べて魔力量があまりに少なすぎるのだ」
「なに言ってるのよ」
「おお、どうしたエミリア」
「噓でしょ? ギブンあなた、まさか気付いていないの?」
急に首を突っ込んできたかと思えば、一体なにを言いたいのか?
「やっぱりあなたには、魔道具研究を一から仕込む必要があるわね」
「戦闘中にそんな余裕があるか!? 勿体ぶってないで早く言ってくれ」
エミリアのしたり顔はなんとなく腹立たしいが、さっさと話を先に進めたい。
なのにエミリアはなかなか口を開こうとしない。鼻歌なんてどうだっていい!
「うん? おい娘、お前が装束に鏤めている石は、魔力結晶ではないな。なぜ、吸魔結晶なんて身につけているんだ?」
「ちょっ、ちょっとバサラさん。それは私のセリフ……」
「吸魔結晶?」
「ああ、間違いない。ゲートの研究をしている間、イヤと言うほど触れてきたからな。吸魔結晶はその名の如く、触れた者の魔力を吸収する石だ」
エミリアのドヤ顔の後ろから出てきたバサラが言うには、その石は装着者の魔力を吸収して蓄積する性質を持っているのだそうだ。
「お父様、これはいったいどういう事ですか?」
娘に鬼の形相で睨まれた父はたじろいだ。
「な、何の事だ? 俺は知らんぞ。お前の服には魔力結晶をあしらうようにと、ちゃんと職人に言っておいたぞ。ほ、本当だぞ」
嘘が下手にも程がある。
「竜の谷の龍達が、この里を襲わんように撒いている石を、その服に使わせたのは俺ではないぞ」
いやもうそれはネタバラシと同じだからと、ラージに突っ込まれてようやく、里長は口を噤むのだった。




