STAGE☆90 「ぼっち男と四天王」
黒魔人の兵士達はギブンに治療された後、バサラによって砦の外に出された。
建物内にいるのはギブンと2人の魔人のみ。
腕組みをするバサラが何を考えているかは分からないが、それよりも先ずは、禍々しいオーラを纏う剣を振り回す四天王ラージをどうにかしないといけない。
「剣を、出す間もない……」
荒れ狂う四天王の剣は掠りもしない。
「避けるだけが取り柄でもあるまい! 早く剣を握って打ってこい!!」
ギブンの近くを通過するだけで、彼の魔力をごっそりと奪っていく。剣を握れと言っておきながら、その間を与えてはくれないようだ。
「なぜだ? なぜキサマは平然としていられる!?」
魔力が無くなれば死んでしまう魔族と違い、気を失うだけで命を落とす事のない人間を捕まえるには、最も効率的な方法をとるラージだが、反撃はしてこないモノの、ギブンの動きに陰りはない。
なぜかと聞かれてもギブンにも分からないのだが、失われた魔力が回復する感覚がするたびに鎧が小さく発光している。
ラージの動きが止まる。
「その鎧に秘密がありそうだな」
間違いない。ギブンが女神ネフラージュ様から与えられた奇跡の鎧は、その名の通り奇跡を起こした。状態の急激な変化に対応して、損なわれた部分を復元してくれたのだろう。
「しかし倦怠感と爽快感が交互にくるのは、割ときついな」
だがそれに気付けた事で心置きなく戦える。
ギブンは神剣に風の魔力を注ぎ込む。
「はやい!?」
風系の魔法で体を軽くした分だけ、ギブンの速度は増す。
「けれどそんな軽い剣戟など、いくら食らっても痛くも痒くもないぞ」
攻撃が軽いと。簡単にあしらわれてしまう。
ラージが同じように移動速度を上げる魔法を使い、同時に剣の一撃の重さが倍になる魔法も掛けた。
ギブンも負けじと地の魔力を込める。
目にも止まらない高速の打ち合いは、大きな金属音を響かせ、敷石がひび割れる。
「ラージ様とも互角に立ち回るのか!? やはりギブンはただの人間ではないな」
ギャラリーに徹するバサラは腕組みをしながら、2人の戦いを眺める。
高級黒魔人でも、目で追うのがやっとで、手を出せそうにないと、内心冷や汗をかいている。
「魔王軍2番手の、剣の使い手であるラージ様に、引けをとらないとは……」
剣を握るようになってから、たかが半年ちょっとのギブンがここまで戦えるのは、女神様から賜ったスキルや武具のお陰なのは間違いない。
「確かに剣の技量はすばらしいが」
四天王ラージ相手では、経験値が足りていない。
握る力が緩んだ瞬間を強く打ち付けられ、ソード・オブ・ゴッデスが手から離されてしまう。
「なに!? もう一本あるのか」
ギブンは即座に収納から剣を取り出して構え直す。
「しかしそれは……、悪喰か」
頼みのその一本も、ラージにあっさりとへし折られてしまう。
「まさか出来損ないの試作品を、人間が持っていたとはな」
動揺するギブンの手から、悪喰の剣の柄をもぎ取ると、ラージは地面に叩きつけて踏み潰した。
「ほぉ、意外と冷静なのだな。私が出来損ないに気がとられている内に、自らの剣を拾い上げるとは」
「出来損ないって?」
「出来損ないは出来損ないだ。我が魔剣“ベレンクランデ”を産み出すための試作品。名も与えられずに処分されたはずの物。まさかその一本が人間界に流れていたとは」
人間界では魔剣の出どころは魔界だと噂されている。
どうやら噂は本当だったようだが、そんな物を仮にも勇者が仲間に持たせたなんて……。
「くそ! 四天王……やっぱり強い」
もう抑えてなんて考えていられない。
拾い上げた剣にありったけの魔力を注ぎ込む。
「これは!? まいった。降参だ」
得意とする火の魔力を込めている最中に、ラージが両手を広げて掲げた。
「どう言うつもりだ?」
「見ての通りだよ。勝ち目無しだ。そんなとんでもない魔力を込められたはな」
その莫大な魔力に耐える剣にも驚かされる。
「この辺一帯、いや、どれほどの規模で全てが塵になるかわからん力を、こう見せつけられては為す術なしだ」
魔法剣士だという四天王ラージが、魔力が込められた神剣を前に諸手を挙げた。
「いったいなんなんだ?」
ギブンは困惑する。
「ここじゃあなんだから、場所を変えようか」
バサラが提案する。
ここではなんだから?
魔人の砦になにが問題なのか? ここではない、ここよりもいい場所があるというのか?
「ちょうどいい頃合いだ。外に出ようか」
バサラがギブンに話しかけている間に、身なりを整えたラージが扉を開ける。
ギブンは剣と鎧を異次元収納に入れて、2人について外に出る。
何も考えないで。
その中は涼しく、ジメジメした息苦しさも感じない。快適な空間だ。
「それで?」
「それで? とは?」
「なんで君たちとバサラ達が既に意気投合しているんだ?」
「彼女たちが砦に行く前に、私たちと接触を済ませているからよ」
「そんで近くの町で、バサラと出会したあたしは、晴れてエミリアたちと合流することができたのさ」
「……とにかくエミリアもブレリアさんも無事でよかった」
移動要塞サルーアの研究室にいるのはギブン以外に6名。聞きたい事は山ほどある。
「少し会わないうちに、女が3人も増えているじゃあないか」
「バサラ、それは違う。こいつの名前はテンケ、歴とした男だ」
それがどうした。彼女の目はそう語っている。
先ずは自己紹介を交わす。
「戦争ね、人間界もきな臭いもんだな。そんな中でオリビアとブレリアと結婚したってのか」
そして新婚早々に、新しい女とも深い仲になったと聞かされれば、流石のバサラもジットリとした目になってしまう。
「ギブン、あなた……まさか魔人にまで女がいたなんてね」
「聞こえが悪いぞエミリア」
「はじめまして魔人のあなた、私が新しい女です」
「エミリア……、そう言うのはせめて俺を、“人”として興味を抱いてからにしてくれ」
エミリアはギブンを魔力回路としてしか見ていない。本人からハッキリとそう言われた事もあるのだから、今の言葉はただ寒々しいだけだ。
「こっちはフリュイ、私と一緒にギブンに食われた女よ」
「そこまでだ」
ギブンは室長の口を塞いで黙らせた。
「魔王軍四天王ラージ・レベックだ」
参謀であり、魔法剣士のラージの実力の一端は見せてもらった。
「四天王には他にも女性が?」
「いや、私だけだ。他は頭の空っぽな脳筋とか、性根が腐ったヤツだとか、陰気なヤツだとか、むさ苦しい連中ばかりだ」
現四天王で最後に任命されたラージは、先輩格の3人をバカにしている。
「任命って、誰に?」
「魔界の神にだ。我らが王が顕現される前に、軍を纏める役を仰せつかっている」
つまり魔界の神が、人魔対戦の元凶ということか?
「そうではない。……今でこそ我らのような黒魔人が生まれた事で、魔界でも安心して過ごせる者も現れたが、薄魔人や無魔人には、まだまだ生きにくいし、出生率も低い」
この魔界はラージ達黒魔人のように高い魔力を持つか、或いは強靱な肉体を持たなければ、安心しては生きていられない、強い魔力と体を蝕む瘴気が漂う不毛の大地。
「ラージ様、後は私が」
バサラがラージの代わりに魔人の歴史を教えてくれる。
「……コホン、この魔界にはかつては無魔人しかいなかった。その寿命は平均して3~40年。病気にもなりがちで、人間のように子供が生まれても成長できるのは一握りだけ」
簡単に数を増やせないのに簡単に死んでしまう。この大地では種の絶滅を座して待つだけ。
「それで祖先は次元を渡り、住む世界を見つける研究と、魔界でも生き抜く術を手に入れる研究を始めた」
かく言うバサラも研究者としてゲートを完成させる実験を続けている。
「私の研究は未だ完成には遠いが、延命研究をするチームのお陰で無魔人の寿命も60歳ほどに延びた。しかしまだまだ大人になれるのは一握り。
魔人は肌が濃くなればなるほど、出産そのものが難しくなる。
「我々は我々で、自分たちの問題は自分たちでと、努力はしてきたのだ。しかしそれも滅亡を避けてこそ」
そこでラージが口を開く。
「お前達がこちらに来たゲートは、三代前、初代の魔王様が開いてくださった物だ」
強大な魔力を持って生まれた魔人は、それまでの研究データを元にゲートを開いた。
「魔人は魔王様と呼ばれるようになり、魔族をまとめてくださった。そして自らが開けたゲートを使って、単身で人間共との接触を果たされた」
ゲートは並の魔人を拒んだ。通り抜ける事ができたのは、魔力はさほど高くはないが、強靱な肉体を持つ魔物と、獣人だけだった。
魔力の少ない獣人は奴隷扱いされ虐げられていた。
非力な魔人にとっては貴重な労働力。獣人の人間界への流出を恐れ、何人足りと許可無く通り抜けができないように、ゲート付近には強い魔物を棲息させた。
「それでも毎年数名はゲートを渡り、或いはこちらに戻る者もいるらしい」
初代魔王の時代にできたのは、人間との接触だけだった。
「移住について交渉を持ち掛ける初代魔王様は1人を、人間は大勢で包囲してなぶり殺そうとしたそうだ」
しかしその頃の人間が使う魔法はたかがしれていた。おかげで初代魔王は逃げ出すことができた。
「そこからは戦争だ。魔王様はグレバランスの各地にゲートを開け、人間界に多くの魔物を放った」
とは言えゲートを抜けられる魔人は一握り、それでも国落としは簡単だったと聞く。魔王は居城も設け、順調に事は進んでいった。
「人間界の神が、勇者を召喚する魔術を与えるまでは……」
ラージは表情を曇らせた。




