STAGE☆88 「ぼっち男のぼっち行動」
サルーアのオーバーホールが済んだ明くる日、ギブンは砦の近くにある集落に、1人で足を運んだ。
無魔人の集落に住む魔族は、人間と見分けがつかない。
前回魔界に来た時に見た、魔人が着ていた服を真似たギブンは、潜入した集落に溶け込んでいた。
旅人を装い訪れた集落には、多くの無魔人と獣人が居住している。
「立派な町だな。ブレリアさんがここに立ち寄ったとしても、彼女を覚えている目撃者に当たるなんて、宝くじを当てるくらいの確率になるんじゃあ」
無魔人達は魔族軍の、黒魔人のために道具や食糧を用意するために存在する。
そんなようにバサラから聞かされていたが、人間世界の納税者とそんなに変わらないのかもしれない。
「それもそうか、人間だとか魔族だとかは関係ないよな。多くの民がいて国が繁栄する為の営みがある。肌の色で差別はあるんだろうけど、黒や灰の魔人が少ない集落なんだから、この光景は当たり前ってことだ」
あまり指を差されないように、旅人らしくフードを目深に被っていたが、変に構えていたら逆に悪目立ちしそうだ。
ギブンは一件の食堂に入った。昨日、魔界の食糧に触れているから、料理の異様さを目の当たりにしても狼狽える事はない。
言語理解のスキルがあるので文字は読めるが、どんな料理かは見当も付かない。しかたなく適当に注文し、店内の様子を観察する。
「色んな風体の人間がいるな。けどたぶんここは……」
「よぉ、兄ちゃん。あんたもハンターか?」
獣耳と尻尾のある男が無断でギブンの前に座る。毛並みから言って犬人族か狼人族だろうか。
「まぁ、腕に覚えがあっても、無魔人は兵士になれないから」
「それでもハンターならなれる! 働き次第で俺たち獣人でも、大金持ちになれるからな」
当然、商才があったり料理の腕が良かったりと、戦わなくても金儲けはできる。
「けど一所にいると役人に顔を覚えられるからな。徴収金も上がっていくだろ。全く肌の色がどうとかってのは魔人だけでやって欲しいぜ」
魔人は肌の色で差別されている。その中でも最下位の無魔人よりも、獣人の扱いは悪い。
「兄ちゃんは魔人様なのに、嫌な雰囲気がしないな」
「無魔人だ。なんて言っても、あんたら獣人より少しばかり魔力が高いってだけだ。あんたらの身体能力を考えたら、虚勢を張るしかない、魔人なんて大したことないさ」
「嬉しいこと言ってくれるじゃあないか」
獣人のハンターはギブンを気に入ったようで、酒を奢ってくれた。料理も運ばれてきて、更に和やかなムードになる。
「なに? 嫁? へぇ、お前さん、獣人を嫁にしたのか」
無駄と知りながらブレリアの事を聞いてみる。
「そんで新婚早々に、逃げ出されて探していると」
「俺、そんなことは一言も言ってないぞ」
この陽気な獣人は、この酒場でも目立つ方らしく、次々とハンターが集まってくる。
ギブンが第一印象で感じた通り、ここはハンターが集う酒場であるようだ。酒も料理もうまい。
「ふぅ~ん、まだ成人したばかりなのに、もう結婚しちゃってるんだ」
「そんなに年の離れた奥さんだと、やっぱりお尻に敷かれちゃってるの?」
食事が済んだあたりから、優しいお姉さまたちに囲まれてしまっている。この状態を仲間たちに見られでもしたら、皆にしどろもどろな弁明をすることになるだろう。
「その虎人族って、もしかして人間界で大集落を築いた一族の娘じゃあないの?」
1人の“手が鳥の羽”をした美女がそう言った。
「集落を知っているのか?」
「ええ、一度だけだけど、行った事があるから。その時は娘には会わなかったけど、町で見たその女は集落の長によく似ていたからね」
間違いなさそうだ。
「それでその彼女はどこへ?」
「さぁね。見たのはこの町の噴水広場だけど、なんか覚えのある顔だなと気にはなっていたの。ここで貴方のお話を聞いて、それを思い出しただけよ」
「そうか……。いや、助かったよ。探しに来た道が間違ってない事が分かった」
「あら、もう行っちゃうの? なんなら一晩くらいゆっくりしていったら? もう数時間もしたら陽が暮れるわよ」
情報をくれた羽人族の美女は体を擦り寄らせてくる。
「本当にいい男よね。まだちょっと若いけど、もうやれるんでしょ?」
日本にいたなら、彼女が何を言っているのか分からなかっただろうけど、こっちでギブンになってからは、こんな表情を向けられるのも少し慣れてきた。
彼女はハンターではない。娼婦だ。
「言っただろ。俺は結婚したばかり、確かに彼女はあんたより年上だけど、なんの不満もないんだよ」
言葉にして初めて気付く。これはかなり恥ずかしい。
「お金なんて取らないわよ。私は自分の欲求を満たしたいだけ、あなたも欲求を溜め込まずに済むでしょ? 新婚なら尚のこと」
男ってそんなものでしょう。みたく言われても、返せるのは愛想笑いだけ。
「おお、なんだもう行くのか?」
ギブンは最初に声をかけてくれた、ハンターの男に礼を言って店を出る。
鳥人族の美女がやたらヒドイ罵声をあびせてくるが、耳を傾けるのは止めておこう。
偶然とはいえブレリアの可能性が高い目撃情報が手に入った。今行ったところで意味はないかもしれないが、とにかく噴水のある広場に向かってみる。
「賑やかなところだな」
装束や建築様式の違いから、グレバランスとの景観の差はあるが、町の活気は変わりない。
「ちょっと聞いていいかな?」
ギブンは広場にある、石積の花壇に腰掛ける2人の男女に声をかけた。
「何だお前」
無魔人の2人は恋仲なのか、いきなり声をかけたギブンを男が威嚇し、女性を庇う姿勢をとる。
「悪いな。そんなに身構えないでくれ。人を探していて、話を聞きたいだけなんだ」
「……そ、そうか。いや、俺の方こそ悪かった」
あまり仲を深めようとする2人の邪魔をするのもよくない。ギブンはブレリアの特徴を簡単に説明する。
「へぇ、獣人なのに獣耳や尻尾もなく、見た目が魔人のようなハンターか」
茶色い髪の大柄な、真っ赤な防具を着た戦士の女。
「この町じゃあハンターの女なんて珍しくもないけど、戦士スタイルってのはほとんどいないから、見てたら覚えていると思うけどな」
説明が大雑把すぎたかもしれない。それでも人を探してキョロキョロもしていただろうから、目立っていたと思うのだけれど。
「わたし、心当たりあるかも」
連れの女性が右手を上げて教えてくれた。
「体も胸も大きいすごい美人な人が、町のあちこちで人に声をかけているって、友達が昨日言ってた」
前から目立つ人だとギブンは思っていたが、世界が変わってもそれは変わらないようで。
それから数人に声をかけたが、半数がブレリアを目撃したと答えた。
「黒魔人に!?」
「おいおい、大きな声を出さないでくれよ。そんな呼び方してっと目を付けられるぞ」
いや、先に黒魔人と呼んだのはそっちなのだが、どうやらここでは、兵士様と呼ばなければいけないようだ。
「すまなかった」
獣人の青年はブレリアを見かけた時、あんな美人と「やりてぇ」と思っていたので鮮明に覚えていると言う。
「まさかさぁ、兵士に連れて行かれるような女だとは、思わなかったからさ。声をかける前でよかったぜ」
男をぶん殴ってやりたい気分を抑えて、ギブンは情報に感謝し、例を言った後でこっそり魔法で転ばせてやった。
「砦に向かう兵士に出会したのかぁ。もしかして、あのまま砦で待ってたほうが良かったのか?」
大急ぎで砦に引き返してみたが、エミリアを連れ出した時と、空気が変わっていない様に思える。
「いない。だけじゃあない。ここには来ていないって事か」
エミリア、テンケ、フリュイにはサルーアでブレリアを捜索してもらっている。
向こうには派手に人目に付くように走り回ってもらい、その間に単独行動のギブンがブレリアを見つけ出す予定だったが、黒魔人が動いているとまでは考えておらず、ひょっとしたらサルーアがピンチなのではと、よくない想像をしてしまう。
「……一度戻ってみるか?」
「誰だ!?」
砦を離れようとするギブンに向かって、怒鳴り声が飛んできた。
「ここは無魔人が入り込んでいい場所ではないぞ!」
ギブンが遭遇したのは、鎧を身につけた黒魔人。
もしかしたらブレリアを連れて行ったという部隊の者か?
情報をくれた獣人の男は、数十人の黒魔人を見たと言ってた。
完全な油断だった。
ギブンは周囲の気配を探索スキルで探る。
完全に囲まれている。その数は32人。
魔力量も一番低い者で、B級冒険者クラス。
「2人ほど、ビックリするレベルのヤツがいるな」
怒鳴りつけてきた魔人を瞬時に黙らせるが、ギブンが次の行動にうつる前に、魔人軍団の攻撃が開始するのだった。




