STAGE☆86 「ぼっち男はぼっち男の話を聞く」
調理中にも色んな話を聞いた。
勇者パーティーで戦闘になると、テンケは先ほどのように前戦に立って魔物の気を引き、仲間がトドメを刺す戦法をとっていた。
「ガランドさんには大剣で叩き潰されそうになった事があるっす。あるというか毎回狙っていたのかもってくらいだったっす」
戦士ガランド・オーガストは、ブレリア以上のパワーファイターだと言われている。
手にするは“牙鬼の大剣”。破壊神と呼ばれるほどのアーティファクトは、触れた物を振動で粉々にしてしまう。
“竜鱗の盾”は触れた物を麻痺させる電撃を発する。
「オイラが気を引いた魔物が目の前にくるタイミングを狙うっす。オイラが逃げ遅れてもお構いなしだったっす」
魔法使いもほとんど同じやり方で、効果的な間合いなど考えることなく魔法を打ち込んでくるらしい。
「ミウラさんは派手好きなんで、必要以上の魔力でオイラごと吹っ飛ばすっす。何度巻き込まれた事か」
ミラウ・パンヤの“大魔導師の杖”は魔力消費を半減し、“大賢者のローブ”で効率よく魔力を回復する。
無駄の多い戦い方で、肝心なところでガス欠するという噂は本当らしい。
「格闘家のララミヤさんには、物理攻撃がほぼ効かなくなると言う加護があって、オーガストさんの無闇やたらと振り回される剣を物ともせず、ご自身も好き放題にドラゴンをも倒すと言われる拳を連打するんす」
武闘家ララミヤ・ノーツの“拳聖の籠手”は貫通力を生み、強固な外郭など無意味にしてダメージを中に通す。
“武神の護り”は、彼女の加護では防げない魔法によるダメージを軽減してくれる。
ノーガード戦法で突っ込んできて、テンケに言わせればただ単に暴れているだけらしい。
「そして僧侶のコアンナ・フララ……だったか?」
「はい、コアンナさんの補助魔法や回復魔法は超一流っす。正に神の使途っす。あの守銭奴っぷりがなければっすけど」
“天羽のローブ”には回復能力上昇の他に、結界生成の付与がされているという。
守銭奴……、仲間からも料金を徴収する聖職者。
そして勇者ジオウ・イイセこと井伊瀬 次王。ギブンと同郷に違いない。
「オイラは一言も言葉を交わした事がなかったっす。命令もお仲間の誰かから伝えられるっす」
取り分は分けてくれていたので、いつか大活躍をして認めさせるというのが、テンケのモチベーションにもなったと言う。他の仲間に比べ1/10ほどの分け前でも文句を言わずに、である。
「オイラにも勇者パーティーの一員だって、名前を売るっていう下心があったから。それなりに冒険者の内では浸透してたんすよ。『斥候のテンケ』って」
しかし勇者の仲間として世間に認識されていたことが、ジオウの気に障っていた事に、テンケが気付く事は今後もない。
勇者は呪いの鎧を与えた事で、名誉の戦士を迎えたはずの彼が、まだ生き残ていると知られれば、また何をされるか分かったものじゃあない。
「なるほど、テンケは名前を売るのが目的か。それじゃあ俺が仲間に勧誘しても、首は盾に振ってもらえそうにないな」
これは方便でも何でもない。
今の仲間にはいないタイプでかなり有能。しかも料理の腕は確かである。
流されるままにここまできたギブンだが、この世界で生きて行くにあたっての不安要素である、魔族襲来を退けるために今は行動している。
戦力になる仲間は1人でも多くいて欲しい。
「ホントっすか? オイラが仲間に入れてもらえるんっすか?」
「えっ、本当にいいのか? 俺といても名前は売れないぞ」
「なにをなにを、オイラだって気付いているっすよ。貴方はグレバランス王国が認めた。史上初のU級冒険者っすよね」
そう、この洞察力もテンケの魅力の1つである。
「オイラはもし勇者様の元に戻れても、歓迎されない気がするっす」
それどころか直接手を下してくる恐れもあると、テンケはまた暗い表情をする。
ギブンは仲間になると決めてくれたお礼をすることにした。
「どうだ? ラフォーとの相性は?」
「良さげっすね。なにより頭がスッキリした気分っす。これもこの魔物の能力なんすか?」
「そう言うのは俺にも分からないけど、いい感じなのはよく分かったよ」
右手には蛇の頭。二本の牙が短剣のように使える。
左手には尾っぽ。フライングサーペントの尾っぽは骨が鱗を突き破っていて、研がれたように鋭利。これもナイフのようで、今まで通り両刀で戦うことができる。
背中には羽のある蛇の胸部が、胸からお腹を蛇の腹が覆う。
「あの鎧より頑丈なのに、ものすごく軽いっす」
バサラの代わりにテイムした魔物が、早速役に立ってくれた。
結局目覚めたのは昼過ぎだったが、日暮れまでに予定していた山頂の岩山まで戻ってくる事ができた。
「ギブンが抜けてきた穴は残っているんすね」
「う~ん、テンケの例があるから、消えていたらどうしようかと思ってたけど、この空気感。ちゃんと戻ってこられたみたいだ」
辺りはすっかり暗くなっている。
近くにはグリフォンがいるに違いないが、夜は襲ってくる事もないだろう。一匹も飛んでいない。
テントを出して、2人は食事を済ませると直ぐに横になった。
疲れていたのか? ろくに言葉を交わすことなく、ほぼ同じタイミングで寝息を立てたのだった。
移動要塞サルーアは、エミリアに指定された場所に待機していた。
入り口に立つと扉が開き、エミリアの部下であるフリュイが中へ招き入れてくれた。
「では室長とブレリアさんは?」
「どこへ行ったか分からないんだ。けどこのサルーアなら、エミリアの居場所を特定できるんじゃあないかと思って、戻ってきた」
「それは懸命な判断です。ですがサルーアをどうやって異世界に運ぶというのですか?」
「キミは戦えるか?」
「無理です無理です。だから大人しくここで待機するように命令されたんですから」
サルーアならたぶん、ギブンの異次元収納に入れる事ができる。
しかし生き物を入れた事のない謎空間に、フリュイごと収納する事はできない。
「じゃあ大集落まで戻って……」
「それはもっと無理です。あんな恐ろしい町に滞在なんてできないですよ」
フリュイは獣神の谷へ登る事を決意した。
とは言え、それなりの準備が必要となる。
この日はフリュイに準備する時間を与え、ギブンとテンケはサルーアに積んであった食材を使って、料理をする事にした。
「それにしてもギブンはどれだけの料理レシピを持っているんすか? どれもこれも見たことなくて、どれもこれもホッペが落ちるくらい旨いなんて」
手放しで賞賛するテンケは小柄な割りによく食べる。あれもこれも試食して、お腹一杯だろうと思っていたら、昼食も夕食もしっかりと一人前を平らげた。
夕飯の後は、フリュイが持って行く魔道具の手入れを手伝った。
流石に情報通なテンケでも、魔道具の事は分からないらしく、シャワーを浴びたら「先に寝ていい」と言ったのだが、「端で見ている」と、結局2人の夜更かしに付き合った。
「参ったな。早朝から出発して、向こうの山も下る計算だったんだけどな」
3人は陽がそれなりに高くなるまで寝過ごしてしまい、しかしあまり出発を遅くもできないからと、山登りを始めた。
サルーアは問題なく収納する事ができたが、フリュイの体力のなさは問題となるレベルだった。
「スミマセン、ギブンさん」
「大丈夫大丈夫、魔物が襲ってこなければ問題ないから」
背負子にフリュイを座らせて、ギブンが担いで山を登る。
霧が発生するまでは、さほど強い獣に襲われることなく、テンケが露払いをしてくれたが、獣神の谷に近付けば近付くほどに魔物は強くなり、ギブンも時折フリュイを降ろして戦闘に参加するようになる。
最難関のグリフォンの待つ岩山では、ギブンが本領を発揮するが予定通りには進めず、穴を潜る前に陽が暮れようとしていた。
「ごめんなさい。ごめんなさい。足手まといになって」
「いや、エミリア程じゃあないけど、キミの援護射撃には助けられたよ」
得意なのは超遠距離からの狙撃らしいのだが、中距離でもちゃんと役割は果たしてくれた。フリュイのお陰で助けられた場面もあった。
「夜になればグリフォンはいなくなるから、もうちょっとしたら、手狭だけど朝までテントで休む事にしよう。向こうの世界に行くのは明日だな」
今晩の夕飯はハンバーガー。狭いテントの中でも食べやすいようにと作っておいた。
「美味しいです。サルーアの魔動調理機よりもずっと」
聞けばフリュイは料理を全くできないらしいが、エミリアの作った自動調理機のお陰で、食事はちゃんと摂れていたらしい。
その調理機用の食材も使い切ったので、ギブンの手料理を食べてもらう他ないのだが、彼女はとても気に入ってくれた。
食事を済ませると、ギブンを真ん中に置いて3人は川の字に並んで眠りについた。
男性と床を共にするのはこれが初めて、フリュイは緊張のあまり一睡もできず、明くる日は背負子で眠ってしまい、バランスをとるのが大変だったとギブンに言われ、何度も何度も頭を下げるのだった。




