STAGE☆84 「ぼっち男はまた“ぼっち”」
ギブンには学習能力というものが足りない。
気が付けばブレリアとエミリアを乗せた馬車が、遠く離れていくのを止められなかった。
ここが魔界なのかはまだ確認できていないし、ここが魔界だからが理由なのかも分からないが、ハクウの気配を感じる事ができない。
「困ったな。2人の居場所が分からないぞ!?」
通信魔道具も落としてしまったようで、これでは簡単に合流はできそうにない。
岩山を抜けると木々が生い茂っており、ヒダカとライカに牽かせる馬車が通れず、森を迂回する事にした。
「この流れの川なら下流まで行けるんじゃあないの?」
と言うエミリアの口車に乗って、馬車を川に浮かべたら、あっと言う間にチャイルドサラマンダーごと流されてしまった。
「やっぱりヒダカもライカも反応してくれないか」
ピントやアードが応えてくれないのもきっと同じ理由に違いないが、今はそれどころではない。
「馬車の全形が見えてないと、風魔法を使って水に浮かべるのに苦労しそうだからって、後から乗り込もうとしたのは間違いだったか」
乗ろうとしたところを、空を飛ぶ蛇に襲われて、タイミングを逃してしまった。
フライングサーペントを退治している間に、見えないところまで流されてしまうなんて。
「空から探せば見つかるかな? けどヴィヴィと飛び回ると目立ちすぎるし……」
目的達成のためにどう動くべきか? とりあえずは慎重にだ。
バサラとピシュが魔界に来た理由が、分からない今はまだ目立ちたくはない。
「水の流れがこんなに早いなんて、落とした通信魔道具を見つけるのも無理だよなぁ」
蛇に飛び掛かられて、慌てて落としてしまったことも痛恨の極み。
「以前来た時もこんなに魔力制御って難しくなったかな? ……本当に魔界なのか?」
しかし段々とコツが掴めるようになってきた。もう少し慣れれば普通にスキルも魔法も使えるようになるだろう。
「にしてもあの蛇、西嶺の街道で出くわした、魔族が連れてたやつと同じのだよな」
ギブン自身、あの時よりもかなり成長した自覚はあるのに、同種のはずの蛇は桁外れに力の差があった。
「久し振りに死を覚悟したよ」
5匹の羽根蛇に襲われた。
蛇は統制の取れた動きでギブンを仕留めようとする。魔法が上手く扱えず大ピンチ。
神剣持ちでなかったら今頃は、蛇に丸呑みされていたかもしれない。
「まさか今になって、魔力制御に悩むことになるとは……」
馬車を川に浮かべる時も苦労をした。
乗ったままで風魔法を使えていれば、こんな目にも合わなかったのに。
「よしよし、だいぶと魔力の流れが読めるようになってきたぞ。そろそろ浮遊魔法も使えそうだ。何でもいいから何か手掛かりを!」
空には凶暴そうな魔物がウジャウジャと飛んでいるが、サッと飛んで必要な情報を得て、パッと降りてくることにしよう。
「……やっぱり知っている景色じゃないな。早くブレリアさんとエミリアと合流しないとなのにな。……空からだと川が見えないところがあるみたいだ。何かに乗って川下りだな」
と言ってもギブンと共にいる従魔は、ヴィヴィとコマチの2体のみ。どちらも川下りには向いていない。
新しくテイムしようにも、もうその枠がない。
この世界ではテイマーを名告る者でも、多くて5体がやっと。10体と契約しているギブンはそれだけで破格なのだ。
「と、嘆きたい所なんだけど枠が1つ空いてるんだよな」
ついさっきまで気付かなかった。なぜ? どうやってバサラとの従魔契約が破棄されたのだろう?
何もかも分からない中、1つだけはハッキリしている。バサラを拘束する者はいなくなり、彼女が望めばまた魔人として、魔族軍に戻れるという事。
「やっぱりあの魔族軍の砦にいるんだろうか……」
なにはともあれ、新たに魔物を味方につけることができる。
「さっきのフライングサーペントをテイムするべきだったかな?」
空を飛べる魔物は便利だし、いざとなれば蛇なら泳ぐ事もできるだろうし。
「けど川の水は冷たかったし、もしかしたら動けなくなるかも……」
という変温動物特有の心配は生まれるが、ライカとヒダカのように火魔法を操る能力があれば問題はない。まずはフライングサーペントの特性を調べることにする。
「この辺りはフライングサーペントの群生地なのかな?」
5匹に苦戦した蛇だったが、魔法を取り戻せば百人力。
4匹を一気に上級魔法で叩き落とし、逃げられないように魔力の鎖で捕らえた3匹で色々試してみる。
風魔法を使う魔物は、ギブンの火魔法を竜巻で振り払い、水魔法も風の壁で防いで、土礫は蛇の鱗に全くダメージを与えられず、風魔法の勝負は魔物に軍配が上がった。
「雷魔法なら一撃だけど、流石の強さだな。この風魔法の力があれば……」
ギブンが水に潜る時のように空気の膜を作らせて、温度調整してやればなんとか……。
「なりそうだな。お前の名前はミドナにしよう」
最後の1匹は他の個体に比べて小さめだったが、背中に跨るにはちょうどいい。
これなら流されながら馬車を探す事ができる。
と思ったのだが、気が付けば山の麓の湖まできていた。
「向こうも俺を探そうと動いているとしたら、……合流は難しいよな」
空から見ても、それらしい陰はない。完全にはぐれてしまったようだ。
辺りを見渡しても、ここが魔界である確証も得られない。
「あの魔族軍の砦なら見れば分かると思ったけど、それらしい物も見当たらないな」
それどころか、大きな建造物の1つもなく、小さな集落が3箇所ほど見えるだけ。
ブレリアが飛んでやいないかと、注意深く目を凝らしたが、多くの生き物が飛び交う魔界の空、1人の獣人を見つけるのは不可能に思えた。
「また来たか!?」
空飛ぶ魔物は基本、空腹でいるイメージが強い。
「こっちでもグリフォンに会うとはね」
しかもその数はざっと見ただけでも10匹以上。浮遊魔法を使ってミドナを還らせる。
「俺、大ピンチなんじゃあ」
魔法を使えるようになったとはいえ、動きの速いグリフォンに単身で魔法戦を挑むのは無謀に過ぎる。
こうなったら、封印していたソード・オブ・ゴッデスに魔力を注ぐしかないと、ギブンは加減なく剣に得意の火魔法をかけた。
「……もしかして俺、魔法制御が上手くなっている?」
剣にまとわりつく炎は一振りごとに、長く伸びた炎の刃で離れた獣を斬り裂く。
「スゴイぞこれは!? これなら1人でもグリフォンに勝てるんじゃあないか?」
ジャンジャンと叩き斬り、ドンドンとグリフォンが落ちていく。
「やぁあああ!?」
グリフォンと戦いながら徐々に高度を下げると、地表近くで悲鳴が聞こえてきた。
「子供? いや、女の子? ……男の子か?」
小柄な鎧姿は、体格にそぐわない大きな剣を振り回し、いや剣の重さに体を振り回され、1人で大騒ぎをしている。見れば周りにギブンが倒した、多くのグリフォンが転がっている。
「やぁ!!」
際後の1匹を斬って、振り回した剣の勢いに負けて転ぶ子の脇に降り立つ。
「うわっ!? なんなんすか、今度は何が襲ってきたってんですか!?」
尻もちをついたままの状態で、腕力だけで剣を振り回す。
甲が反転して視界を奪われて、動転しているようだ。
「大丈夫か?」
「人? 声? ええっ? 誰ですか?」
ギブンは良かれと思って甲に手をかけて外してやる。
その行為が敵意と取られたのか、ギブンの足目掛けて剣を横に凪いでくる。
しかしギブンの鎧は傷一つ付くことなく、大きな剣はその者の手から離れて地面に落ちる。
「危ないだろう? 俺の足がなくなっていたら、どう責任を取るつもりだったんだ?」
「はっ!? いや! えっ!? だって!」
顔を見ただけでは性別も正確な年齢もハッキリしない。
声はハスキーだが、男性のものに思える。
「えっとキミ、名前は? あっ、俺はギブンというんだ」
「あっ! へっ? あの……テンケ、です」
「テンケ、家名は?」
「家名なんかないっす。俺の故郷、大陸の南の端にあるゲラナにある集落ベベでは、父親の名前と自分の名前を名乗るだけっす。親父の名はソソン。ソソンの子、テンケ。それがオイラの名前っす」
ゲラナと言えば大陸最南端にある国。
地図を見て、大陸の広さや形がアフリカに似ていると感じていたギブン。その地図が正確なのなら、それは似ているだけで、やっぱり全く違う世界の大陸ということになる。
それでも対比として考えられるのだとしたら、最南端から最北端まではおおよそ8000㎞の距離となる。
その南端の国に召還される勇者は、途方もない距離を修行しながらやってくると言う事だ。
「それはそれとして、北部の方で魔界に入ったはずのこの場所に、南方出の彼が1人で怯えていたのか? だよな」
手に余る剣とか、よく見ればサイズの合っていない鎧とか、どこかに落ち着いて話を聞く必要がありそうだ。




