STAGE☆81 「ぼっち男と一騎打ち」
覚悟を決めて舞台上に立つギブンの前に、乱入してきたのは獣人族の姫君だった。
「なんでブレリアさんが?」
「いいからやらせてくれ! 数年振りに、親父様と本気でやり合いたくなった」
突然のハプニングに会場は沸いた。
貧弱な人間と総族長の一戦よりも、よほど面白くなりそうだったからだ。
姫が選んだ人間が少しでも、族長と観られる試合をできるように、ハンデを埋める前哨戦としてエキシビジョンが成立。
とは言え前座であるため、時間に制限を設けたスリーノックダウン制で行われる。
「さて人間の国でどれだけの力を付けたのか? その鍛えられた体が本物かどうか?」
「親父様も4年振りだからって、手を抜いたり、ましてや衰えたなんてガッカリ、させてくれるなよ」
獣人国は日々の生活も大事だが、同じくらい修練の時間を大切にする。
日々のトレーニング量で言えば、族長の方が娘の数倍も時間を割いてきただろう。しかし冒険者が実戦で得る経験値は、間違いなく濃密なトレーニングに匹敵する。
「圧勝だったね、ブレリアさん」
「う~ん、なんか物足りなかったな。親父様の動きはあたしの記憶の中のどれよりも速かった。年の所為でもないし、修練不足って感じでもなかった」
ブレリアは一つのダウンも奪われることなく勝利した。
「それはキミが強くなったって証だね」
娘にあっさりと負けてしまった総族長は、本番の舞台に上がってくる事はなかった。
「だからって、なんでこうなった?」
数時間前に締め切られた、族長との戦いの賭は成立しなかった。
しかしその掛け金は、次のスペシャルマッチに持ち越されることになった。
「本当にハクウと一緒でもいいのか?」
「うん、武器は使わない、魔法はありっていうのなら、せめてそれくらいは有りでいいだろう」
「魔法っつっても攻撃系のは禁止なんだぞ」
「補助系の魔法でも、色々と面白いことができるもんさ」
負けるわけにはいかないが、お互いが本気と思わせられなければ、民衆にギブンを認めてもらえない。
「本気だから加減ができない。そうなるとあっさり君に勝ってしまう。けどハクウが要れば」
「五分と五分……。でもそれであたしが勝ったら?」
「挑戦権は、一度だけじゃあないんだろ?」
その言葉だけでブレリアは十分だった。
それならば心置きなく全力で戦える。一度やってみたいと思っていた、ギブンとのど突合いができる。
「それに俺には切り札がある」
「言われてみれば、そうだな」
賭の成立を待って、昼食から1時間後に舞台に再登場した2人を、観客は大歓迎した。
「オッズは 0.01:0.99 か。族長の時よりも下回るとはな」
先のエキシビジョンは会場の空気を、長い待ち時間の間も温め続けてくれた。
「大歓声だな」
「すごいだろ! 闘技会はこの国1番の娯楽だからな。半端な見せ物は命の危機に繋がると思いな」
だがその心配は、開始直後のぶつかり合いで吹っ飛ばされる。
足を止めての殴り合い、連打の応酬が収まった瞬間の、割れんばかりの歓声が会場を震撼させた。
「ハクウとのシンクロ率の高さに驚かされるよ。みんなにも従魔は渡したけど、やっぱりブレリアさんが一番上手い。魔獣とのつき合い方が」
「よく言うぜ! そこまで褒めちぎるあたしが全力を尽くしているのに、汗1つ掻かずに遇いやがって」
元々は同じような身長のギブンと、腕の長さの差はほとんどない。
けれどハクウの拳の大きさの分だけ伸びたブレリアのリーチは、ギブンの届かない位置がベストポイントになっている。
距離の差を埋めるために、ギブンはフットワークを効かせて避け続け、時折彼女に密着して、数発殴っては離れた。
「なんだその姑息な動きは!?」
「昔よく読んでいた漫画理論を、少し試しているだけなんだけどね」
「昔? まんが? 何を言ってるか分からんが、理論だけで拳闘が強くなるなんてデタラメな。本当にお前は底が知れないヤツだ」
ギブンの形ばかりのヒット&アウェイはヒットしても、ブレリアにダメージを与える強さを持っていない。
ハクウの防御力も、ブレリアの魔力の強さに比例して上がるのだ。
「そんな手打ちじゃあ、痛くも痒くもないぞ」
などと言ってはいるが、内心のブレリアの焦りが手に取るように伝わってくる。
一発の破壊力が生まれないギブンと、たったの一発も当てられないブレリア。
端で見ている者の大半が、2人の動きを追えていない。
しかし観衆は手に汗を握り、ボルテージが上がる。
「息切れして、いいのをもらっちゃう前に決めないと!」
なにがなんでも勝利しなくてはならないギブンは、ブレリアと運営に許可を得て装着している、腕の魔道具に魔力を込めた。
「足りない破壊力をこれで生み出す」
グローブの付いた籠手を填めているギブン、魔力を籠手に込めると、足りなかった破壊力が生まれる。
圧縮された風魔法が、腕を振り回す手の動きに重なって、打ち抜く力が倍増する。
「どうだ!」
手応え十分なアタリが拳に残っている。右から間髪入れずに左を打ち出す。
さらに連打! ガードするハクウの腕を押しのけてのクリーンヒットが炸裂する。
「くっ!?」
三連打でノーガードになったところを五連発でもらい、あえなくブレリアはダウンする。
「ちょ、ちょっと無理は……」
「うっせぇ……」
10秒も経たない間に立ち上がろうとするブレリアだが、膝が笑ってうまくいかない。
歯を食いしばるブレリアだったが、しかしファイティングポーズを取ろうとした瞬間に意識を失った。
「ルール無用の一騎打ち、悪いけどここで終わらせる」
追い打ちを掛けるギブンの鳩尾への突き、そしてギブンは眠りの魔法を誰にも気付かれないように使って、倒れようとするブレリアを支えて右拳を高らかに上げた。
熱戦だったと称賛を浴びて、舞台から降りる。
2人の戦いを観ていた族長の心に火が付き、まさかの三戦目が行われ、パドゥラウンは娘に続き、人間の若造にまで伸される羽目になった。
正直に言えばブレリアとの戦い、女神様から貰ったギフトを全力に使えば、魔道具に頼らずとも勝つ事はできた。
しかし人間が武器も使わずに獣人に勝ったとなれば、強さを認められたとしても、その後の展開が面倒くさくなりそうだから、エミリアが研究のために持っていた、先々代の開発室長が作った魔道具があって助かった。
「人間の狡賢さは本当に腹立たしいな」
恨み節を溢しはするが、ずっと仏頂面だった族長の表情は、かなり軟らかくなっていた。
ギブン勝利を称えた宴席が設けられ、隣に座る族長が酒をドンドン注いでくる。
苦笑いを浮かべて、ご返杯も許されないギブンは飲み続けた。
もちろん状態異常無効化のスキルを使って、酔い潰れることなく、その飲みっぷりに族長は更に上機嫌になり同じペースで付き合うと、最後には酒瓶を抱えて高いびきをかきだした。
「お疲れさん」
「ブレリアさん……、もう大丈夫?」
「ああ、いいのはもらったけど、ダメージで失神した訳じゃあないからな。まったく、あんなズルで終わらせやがって」
しかし攻撃系ではない魔法は許されているのだから、どこからもイチャもんを付けられる話ではなく、ブレリアは素直に負けを認めた。
「これで2人は晴れて、夫婦として認められたという事ね」
「お母様……」
ブレリアの後ろにお妃様がいる事に、ギブンは気付いていなかった。
いきなり声を掛けられた形となり、母、ベルエルの言葉が重くのし掛かってきた。
「あら? あなたはこの子をもらってくれるのでしょ?」
『も、もちろんです』
「また吹き出しになってるぞ。なんでお前はお母様にだけ、そんなに緊張するんだ?」
まだ高校生になったばかりで、両親に挨拶なんて経験はずっと先だと思っていた。
オリビアの父君、グラアナ伯爵にはお会いしたが、婦人とは顔を合わせていない。長期療養という事でベルベック不在だったからだ。
戦争が終わり、落ち着いたらお見舞いに行く予定だった。
どうも父親は平気なようだが、母親という存在にはなぜか緊張してしまう。ギブン自身はその理由に気付いていない。
「あなたももう24歳。早く孫の顔を見せてちょうだい」
ギブンの緊張は更に増してしまう。
宴会が終わってブレリアの4年間放置され、掃除されたばかりの部屋でも、緊張が解れることはなく、お妃様が望む夜とはならなかった。
明くる日もギブンは硬くなりっぱなし。
「まぁ、いいわ。婚礼は今夜なんだし、初夜はしっかりするのよブレリア」
このお妃様の一言で、更に追い込まれるギブンだった。




