STAGE☆77 「ぼっち男の新たな興味」
ギブンのデタラメな魔法支援がなくても、バンクイゼ軍の騎士や兵士、冒険者は十分に強かった。
個々の資質が身体能力や魔法技術に置いて、ヒュードイル兵の数倍の戦闘力を持っている。
しかし最初の奇襲で敵の度肝を抜く事はできたが、前戦は膠着状態に陥っている。
「銃にロケット弾、オマケに戦車か……。全てが魔法によって制御されているけど、間違いなくモデルは地球の物だよな」
前回の戦は5年前。
ベルベックを発つ前に、その時の記録を見せてもらったが、その時はまだどちらかと言えば、剣と魔法に基づいたアーティファクトが使われていた。しかし今回は随分と近代的な兵器が用いられるようになったものだ。
「これって間違いなく転移者が絡んでいるよな」
今回の魔王復活に勇者だけでなく、ギブンやピシュが異世界で蘇ったように、ヒュードイルに転生者がいてもおかしくない。
「三百年周期だった魔王復活が早まった事と、何か因果関係があるのかな?」
足りない戦力を補うアーティファクト、その開発者が何者なのか会ってみたいところだが、それもこれもこの戦に勝ってからの話である。
前戦の戦力バランスは、辛うじてバンクイゼ軍側に傾いているものの……。
5年前までは戦闘中に魔道具を奪われ、優位性を失うヒュードイルはそのまま敗戦へと転落していくのだが、今回の新武装はグレバランスの兵士や冒険者には、どう扱っていいのかも分からない物ばかりで、戦況が大きく傾くことはない。
それでも優勢でいられるのも、オリビアが上空で戦線を分析して、的確な指示を送ってくれているからだ。
『すごいのは旦那様です。離れた私と心で会話ができるなんて』
「魔獣同調にこんな使い方があるって知ったのは、ついさっきなんだけどね」
1つ、ギブンは離れていても、従魔と心を通わせる事ができる。
2つ、心を通わせる従魔は、主の思いに応えて形を変える能力を手に入れて、その形を変えた従魔が仲間の役に立ってくれる。
魔獣同調のスキルは、これで全てだと思っていた。
「俺が見える範囲なら、離れていても会話ができるってのは便利だよな」
だがギブンは薄々感じている。敵ヒュードイルにも通信手段があり、連絡がリアルタイムで伝わっている事を。
「まだ人が空を飛ぶ魔道具まではないみたいだけどな」
戦闘が続く中、つい考えてしまう。
魔法の研究を旅をしながら続けてきた自分が、魔力で空を飛ぶためにはどうするか。
確かに魔物の力を借りるのは、1つの答えなのかもしれない。
けれどギブンは、魔力のみで術者が飛び回るには、どうすべきかが気になってしょうがない。
「……そうだな、いくつか飛ぶ手段はありそうだけど、どれも魔力を膨大に消費しそうだな」
ギブンはヒュードイルとは戦争をするのではなく、協同で魔道具の研究をしたいと考えはじめる。
「……今はそれどころじゃあないか。あいつは何者だ?」
どうやら敵にも大きな戦果を上げる実力者がいるようで、前戦の動きが少し動いたように感じる。
ギブンの時間を掛けて魔力を溜めた火球の第一打席は、400を超える火球を飛ばす事ができたが、その後は一発ずつ地道な攻撃を続けている。
単発の魔法なら魔力の回復力の方が上回るギブンは、体力の続く限り攻撃を続ける事ができる。
それと同じことをヒュードイル兵の、魔道具を持つ全員が仕掛けてきている。
と言ってもグレバランスのB級以上の実力者には、さほど大きな問題にはならない。ヒュードイル兵は銃撃が下手なのだ。
しかしその男は違う。
「あの銃を構えた身のこなし、もしかしてあいつが転生者か?」
「旦那様!」
「ああ、ご苦労様。ありがとうオリビア。キミのお陰で先手は取れたよ」
「はい、ですがまだ予断を許さない状況ですね」
「本陣が合流する前に、もう少し戦局をこちらに傾けておきたい。この場を任せてもいいかな?」
「はい! あの男に向かわれるのですね? 任せてください。他の雑兵は私が蹴散らしてみせますから」
ギルドマスター率いる冒険者隊とも連携し、オリビアは戦場を少しだけヒュードイル側に押し込んでいく。
連絡網が確立している敵の動きを逆手にとって、オリビアがスピードで戦場を書き乱した結果である。
「流石だな。これなら安心して一騎打ちに専念できそうだ」
ギブンは薄くなった魔銃攻撃をかいくぐり、目標の男の前に躍り出た。
「随分と見慣れない物を、器用に使いこなすもんだな」
「お前はもしかしてU級とかいう……、名前は?」
「自分は名乗りもせずに、先に俺の名前を聞くのか?」
「そいつは失礼をした。俺はマーグ・ラズヘイド。魔道具開発室室長補佐官だ」
「補佐官? その魔道具を作ったのは、お前じゃあないのか?」
つまり開発室の室長というのがいて、この近代兵器似の魔道具を作ったのは、この男とは別の人物ということか?
「魔道具の製作者は俺の妹だ。つか俺の名を聞いたなら、今度はお前が名乗る番だろう、ギブン・ネフラ」
「なんだ、知ってるんじゃあないか。だったら次はこっちの質問だ。お前の妹ってのは?」
「バーカ、教えるかよ。お前は敵なんだから、よ!」
調子のいい男のようだから、上手くすれば知りたい事を、全部教えてもらえるのではと思ったのだけど、そう上手くはいかないようだ。
先手はマーグ・ラズヘイドの二丁拳銃。飛んでくるのは鉛玉。
「オートマグに檄似だけど、弾切れはなさそうだな。魔道具って事は、あいつの魔力が尽きたら、弾切れってことになるんだろうか」
マーグの鉛玉は大きな岩を貫通する威力があるにもかかわらず、ギブンの物理障壁がいとも簡単に衝撃を吸収してしまい、地面に落ちる。
ギブンの火球もまた、マーグの持つ透明な盾に防がれ、魔力を吸収されてしまう。
「もしかしてあの盾で吸い取った魔力も、銃に送っているのか?」
色んな前世の記憶にある兵器と酷似した道具が登場したが、その全てが向こうの物よりも優れた能力を持っている。
グレバランスがよくラノベに出てくる中世風だとすれば、ヒュードイルは近代兵器を思わせる装備で固めている。
「アーティファクトで軽くされた鎧を使うバンクイゼ軍と、強度を上げる魔法が掛かる軽そうな防弾ジャケットを身につけるヒュードイル軍か。正に異世界ならではの光景だな」
「なにをブツブツ言ってるんだよ。涼しい顔しやがって」
「それはこっちのセリフだ。火だけじゃあなく水も風も防ぐ盾って反則だろ」
連弾を続ける2人だが、その数は明らかにギブンの方が多く。そしてギブンの魔法がマーグの盾の形を崩していく。
「グレバランスが勝てば、俺はお前らの魔道具開発技術を分けてもらえるんだろ」
「もう勝ったつもりかよ! でもなんで魔道具に興味のないグレバランスが今さら」
アーティファクト開発はグレバランスが先に始めたのに、本当にグレバランスは惜しい事をしているとギブンも思う。しかしこれまでは、そう思える程度の魔道具しかなかったのも事実だ。
「今回の魔道具は、誰もが欲しがるんじゃあないか?」
「よく解ってるじゃあないか。このエミリアの最高傑作を欲しがらないやつはいないってな、当たり前のことだけどよ」
エミリア、それが魔道具開発室長の名前だろう。
補佐官は20歳に満たないように思う。妹だという室長とギブンは、そんなに歳も離れていないだろう。
「そうなるとやっぱり転生者かな?」
他のヒュードイル兵士と比べて、この補佐官の銃撃戦の腕前を考えれば、もしかしてマーグも?
「ぐわっ!?」
「勝負有りだな。さて次は……」
ギブンの火球がマーグの魔銃を弾き飛ばした。
「待てよ。なんだよこれは?」
マーグはギブンの魔法のかかった土に全身を覆われて動けなくなる。
「魔法と物理の二重障壁を張ったから安心してジッとしていてくれ」
ギブンは補佐官を護るように結界を張った。
「いったい何のつもりだ?」
「捕虜にしたんだよ。お前を」
前線はオリビア率いる兵士団と、ギルドマスター率いる冒険者たちによって掌握されつつある。
この場でこの男を捕らえると言う事は、どんな結果をもたらすのか。
「熟練した魔道具使いが他にいれば、状況は違ったかもな」
「……分かってるさ。お前の噂だけの情報を鵜吞みにした俺のミスだ。このバケモノめ!!」
この戦争は3日目にして、ヒュードイルの将軍が敗北宣言をした事で終戦となった。
総大将であるラフォーゼ王子の元に、将軍が直筆でしたためた書簡が回されてきた。
国王から全権を持たされたという将軍は、砦の中で自害したと聞く。
後日ベルベックの領主城に、ヒュードイルの財務官僚が使節団と共に訪問した。
その中には魔道具開発室の兄妹の姿もあった。




