STAGE☆76 「ぼっち男の出撃準備」
戦場となるのは世界最大と言われているフルベリア湖。知らない者が見れば十中八九、海だと勘違いするほどの広さ。その湖に浮かぶ孤島リューランド。
湖を囲む5カ国、中でも国土の最も広いラドメリファ共和国と、獣人国ブルーグレラは孤島の領有権を謳っていない。現所有権を有するグレバランスに領土返還を訴えているヒュードイルは過去何度となく戦を仕掛けてくるのだ。
「リューランド島はヒュードイルからは、肉眼で対岸の樹々の見分けができる程に近いそうだ。ただ危険な魔物が多く生息する湖で、グレバランスの方が先に上陸して、名前を付けたのさ」
ベルベック冒険者ギルドマスターのレーニン・デラファッフが、今回の件にまつわる話をギブンにしてくれた。
「グレバランスは過去、4人の魔王に滅ぼされ掛けている。ただ毎回、全滅を免れてきた分、城塞の防御力を高める今のアーティファクトの性能は天下一品。兵士や冒険者の質も大陸1と言えるだろうな。魔界軍が引いた後に残った魔物も、討伐しなくちゃならなかったからな」
魔物は強くなればなるほど、グレバランスからは離れられなくなる。厳密にはゲネフの森の近くに寄りたがる。
グレバランスが特別危険なのは間違いないが、隣国であるラドメリファ共和国、リデアルド王国、ガーベント公国に獣人国ブルーグレラ、そしてヒュードイル軍需国もまた、小国ほどではないが強力な魔物が跋扈する危険地帯。
そこで長年をかけ、グレバランス小国は戦闘技術と、アーティファクトを各国に提供してきた。
「ヒュードイルは長年の研究で、様々なアーティファクトと新たな魔道具を開発する技術を高めていった。今ではグレバランスを上回ったとして、リューランド島の所有権を主張して侵略してきてるのさ」
遡る事13代前のヒュードイル国王の時代、攻め込まれた島は一度は奪取された。
「今では完全に不介入となった共和国も、当時はかなりヒュードイルを非難してくれたって話だぜ」
ラドメリファは派兵もしてくれて、ヒュードイルは文字通りの三日天下で、旗を降ろす事になった。
「だがそれで終わりとはならず、何度も何度も責めてきやがる。次第に共和国も手を貸してくれなくなったってわけだ」
バンクイゼ軍はリューランドを丸々軍施設に変えて、戦争に備える前戦基地にした。
「ヒュードイルが欲しいのはこの島だからな。陸路を使って攻め込んだりはしてこない。というわけで歴代国王はこの争いをバンクイゼに丸投げしたって事だ」
責めてくるヒュードイルを無視するわけにもいかず、領主は毎回ルールを決めて、戦いが終われば敗戦国は領土を諦め、賠償金を支払わなければならない。という協定を持ち掛けてそれにサインをさせた。
「それって本当に戦争なんですか?」
「戦争だよ。死人も出るし、壊れた物は誰かが直さなきゃならん」
わざわざオリビアがギブンを呼ぶほどじゃあないと悩んだり、戦争と聞いてもブレリアが慌てた様子を見せなかった事も納得がいく。
「しかしU級なんて特別扱いを受けた男爵様で、あのA級、いやS級になったオリビア・シェレンコフのじゃあない、オリビア・フォード・グラアナ公爵令嬢の旦那様なんかと、まさかこの俺が昼飯を一緒にするとは思ってもみなかったぜ」
籍を入れて名前もギブン・グラアナ・ネフラとオリビア・グラアナ・ネフラとなり、公の場ではネフラ男爵と呼ばれる立場となった。
今回は冒険者ではなく、男爵として前戦を任される事になっている。
「両軍とも参加するのは12,000人ずつ、用意された砦を落とした方が勝ち。双方、殲滅級の魔法や魔道具の使用は禁止される。か」
ギブンは1,500人の兵士と、450人の冒険者を預かり、戦いの火蓋を切る大役を担う。
「サポートはお任せくださいね。旦那様」
成り上がり貴族に命令されるとあって、面白くないと感じる兵士はそれなりにいる。
しかしベルベックでは有名な公爵令嬢が間に立ってくれれば、問題も回避できるだろうとオーゼは言っていた。
「冒険者のまとめ役は任せとけ」
ギルドマスターのレイニーは、報酬分の働きはすると約束してくれた。
「初めましてだな、公爵令嬢。噂以上の別嬪さんだ。羨ましいぞ男爵」
「ありがとうございます」
「こいつも噂なんだが、お嬢、あんた本妻じゃあないんだって?」
「あら、どこから漏れたかが気になりますが、私はまだ側室に納まるつもりはありませんわよ」
「ちょっ、ちょっとオリビア……」
ギブンは昨日一日を掛けて、オリビアを呼び捨てにする練習をさせられた。オリビアからは旦那様と呼ばれるようになった。
「ご心配なく、私は誰よりも早くご寵愛を頂戴したのです。まぁ、旦那様は誰に対しても等しく優しさを振る舞ってしまうのですけど」
「だ、だからぁ~」
ギブンは慌ててレイニーを冒険者の元に向かわせた。
ギルドマスターは後ろ髪を引かれる思いだったが、男爵の気迫に押され、その場に留まる事はできなかった。
「人に聞かせる話じゃあないだろ」
「だって、この喜びを! 誰かに聞いて頂きたかったのですもの」
「興奮しないで、そろそろオーゼ卿の号令があがる頃合いなんだから」
オリビアは結婚初夜と昨晩の事を思い出して悶え出す。
その様子を目の当たりにする整列する兵士達は、沸々と湧いてくる怒りの感情をギブンに向ける。
「旦那様が薄い皮を使わなかったのが嬉しいのです。それを誰かに聞いて欲しいじゃあないですか!」
話したい気持ちは理解できないが、喜びに水を差すのはかわいそうにも思う。
とは言え、誰彼構わず話そうとするのはやめさせないといけない。
みんなと関係をもったあの夜に、自分に術を使ったのは反省しているが、ちゃんと避妊をしたことは間違っていないと今でも思う。
魔獣の腸を加工して避妊具を作った。
自意識過剰化とも思ったが、何があるか分からない世界に、保険は必要だと思ったのだ。
ピシュには呆れられたが、ギブンの気持ちを察してみんなを説得してくれた。
しかし結婚までしておいて、また今度も同じ事をするわけにはいかない。ちゃんと自分のありのままでオリビアと向かい合った。なんて……本当に黙らせないといけない。
「オリビア、キミが戦う事をやめさせたりはしないけど、今まで以上に体を大事にして欲しい」
ギブンはほんの少しだけ話題を逸らした。オリビアの次の言葉次第ではまた元に戻ってしまうが……。
「分かってます。あなたがファムちゃんが私の力になるようにしてくれたこと、とても嬉しく思います」
よし! 話題は逸れた。
「見てください。この雄々しい姿を!」
今までの鎧姿のオリビアに、ファムはかぎ爪で肩を掴み、羽を前に垂らしてオリビアを覆い、背中や尾羽も伸びてまるでマントのように翻っている。
金色の翼を広げれば、空を飛ぶ事もできる。
「やっぱり目を引くなぁ。ここでは使わない方が……」
「大丈夫です。目立つ私が空を飛べば、立派な攪乱になるのですから」
「だから危険なんじゃあないか」
「信じています。あなたが私を護ってくれると」
それは言われるまでもない。今さら作戦を変更なんてできないのだ。それなら期待に応えて彼女を護りきればいいのだと、切り替えるしかない。
「ほら! 合図ですよ、旦那様」
合図代わりの風魔法が全員の耳に囁く。
前戦の兵の数はバンクイゼ軍1,950人に対して、ヒュードイル軍は3,000人。
ヒュードイルは思い切った配分をしてきたものだ。兵の総数は決められているというのに。
ギブンは敵兵が空を飛ぶオリビアに目を奪われている間に、初っ端から全力で初級魔法の火球を放つ。
それも無数の。
先ずは索敵スキルで敵味方識別をする。
その為にギブンが用意したのが、食糧としてストックしていた魔物肉の断片。
それを先陣を切る兵、全ての手に持たせた。
検索非対象物として魔物肉を設定、そうしてマークできない動きある者にロックオンをし、428発の火球を打ち放った。
全弾命中し火球が当たった者は、兵士や冒険者を区別することなく、一撃で意識を持っていかれた。中には運悪く命を落とす者も。
これはあくまでも戦争なのである。
敵が怯んだところでバンクイゼ軍の剣士は抜剣し、魔法使いは呪文を完成させて後方から支援する。
「さて、ここからだな」
ギルドマスターがギブンに近づいてくる。
「ええ、敵の武装が全く分からないというのは不気味ですね。どんな魔道具を使ってくるのか?」
「なぁに、毎度毎度大した道具は使ってこねぇんだ。今回もそんなに心配することはないさ」
レイニーはそういうが、数はまだまだ向こうが上、先手は取ったものの油断はできない。
「次、いきます」
ギブンは省略しているが、本来魔法は呪文を唱えないと使えない。ここに参加する魔法使いのほとんどが呪文を必要としている。
そう思っていたのに、そのタイムラグを埋める為に作られた魔道具からの魔法攻撃が、バンクイゼ兵を襲う。
「ハンドガンサイズの魔銃と言ったところか」
何気なしに思った事が口から出てしまった。
「魔銃? ってなんだ?」
「敵が持っている、あの筒ですよ。本当はどう呼ぶのか知りませんが、こちらとしても名前がないと不便でしょ?」
苦しい言い訳だけど、レイニーはなるほどと納得してくれた。
砦から本隊が出てくるまで、まだ時間がある。
敵、魔道具隊に主導権を奪わらる前に、ギブンは再び複数の火球で攻撃をする。
戦場は一瞬で、黒煙を上げる炎があちらこちらに拡がっていった。




