STAGE☆75 「ぼっち男の進む道」
突然の急展開。
ギブンはU級冒険者になる。まだ全王子の承諾を得たわけではないのに。
いいや、そもそもU級なんて名前には何の意味もない。
S級冒険者と一纏めにされてはいるが、それはギルドの規定を超える力を持つ者の総称である。
上限がないモノの上に掲げられた、U級なんて位はただのお飾りに過ぎない。
それでもそう言う、分かり易い形が必要になったのは、オーゼがオリビアの為に作ったシナリオにこう綴られたからである。
オリビアは第1王子との婚約を破棄して勘当された。しかしU級という高みに上り詰めた冒険者ギブンの仲間となり、その伴侶となったとあれば、過去の汚名も拭い去れるというもの。
娘は公爵家の息女としての役割を果たした。と世間に公表できる。
あともう一踏ん張りといったところで、まさかの隣国からの宣戦布告。
焦った兄は事の次第を妹に明かす。困惑するオリビアの負の感情が、ファンタムバードをギブンの元へ向かわせた。
「本当にごめんなさい。こんな事に巻き込んで」
ギブンはオリビアと話そうと、彼女の部屋を訪れた。
「謝らなくていいよ。俺の方こそ今までの事をキミに謝らなきゃならない身だ。いい頃合いなのかもしれない。それに!」
シナリオを受ける代わりに、ギブンは第1王子に条件を出した。軟禁状態のバサラを解放させる。その根回しをしてもらうと。
「そうですよね。仲間のためにという想いがなければ、私なんかと……」
「いや、そうじゃないでしょ。俺はキミと、みんなとこれからも一緒にいたいんだ」
バサラの事をついでと言うつもりはないが、今のギブンにとってはオリビアの“為”が1番の理由だと伝えたい。
「とくにオリビアさんとブレリアさんには、なかなか人慣れできなかった俺と、根気よく付き合ってくれたこと、本当に感謝しているんだ」
正直まだ、こんな自分にどうして好意を抱いてくれるのかは理解できないが、想いには応えたいとは思っている。
「なるほどな。それほどの決意があるのなら、婚約ではなく婚姻を済ませても良さそうだな」
「オーゼ卿!? いつから?」
「最初からさ。キミが来る前に、オリビアの気持ちを確認しに来ていたのさ」
妹の想いとそれを受け入れるという相手。
オーゼ自身がギブンを値踏みしようと剣を抜いたところに、部屋に入ってきたオリビアにお茶をかけられて、頭を叩かれた時に思いついたそうだ。
「2人のお披露目は正直ついでだ。公爵家嫡男であり、ラフォーゼ王子の側近である俺の出陣式が我が家で行われる。縁ある貴族が多く顔を揃える」
そこで前代未聞のU級冒険者を披露し、同席するケーリッヒ新国王から男爵位を与えられる。
「話題豊富なキミと妹が縁を結ぶ。そうなれば父上も意地を張ってはいられないだろう?」
父、ラーゼ・フォード・グラアナも、娘の勘当を解かないわけにはいかなくなる。それが狙いだ。
「いずれはとは思っていたけど、まさか男爵にされるなんて……」
「ごめんなさい。私はこうなる事を分かっていながら、ファムちゃんをあなたの元へ向かわせてしまって……」
「だからそれは気にしないでいいって。俺はねオリビアさん、キミの為だと思えるなら、できる限りの事をしたいんだ」
男爵になるとまでは思っていなかったが、オリビアが家に戻る理由になるというならなんだって受け入れる。
「いい覚悟だ。まぁオリビアを娶るのに、覚悟ってなんだという話だけどな。それでは行こうか?」
「どこへ?」
「キミのスーツを買いにさ。本当ならちゃんと仕立ててやりたいところだが、お披露目は今晩だ。間に合わせでも、それらしくしてもらわんとな」
あと四ヶ月で16歳になるといっても、ギブンはまだまだ成長期。
同年代の中では長身ではあるが、オーゼの服が着られる程ではない。
「それじゃあ私も一緒に!」
「お前はお前の準備があるだろう。彼の事は任せなさい」
渋い顔をしながらも兄の言葉に従うオリビア、焦るのは寧ろギブンの方だった。
自分を偽り、キャラを被るのも慣れてきたものの、顔馴染みもいない場所で、面識の薄い相手と過ごすことに大きなプレッシャーとストレスを感じてしまう。
今さら吹き出しは使えないだろうし、腹をくくるしかない。
「昼食までには戻らなければならない。早く来た前」
オリビアの部屋から出たオーゼがギブンを誘導する。城下の貴族街に行きつけの店があると言う話だ。
お城のようなグラアナ邸の庭園には、バンクイゼのみならず、遠くは北岸ガラレットの上級貴族も参列する式典の準備が進んでいて、中にはギブンにも懐かしい顔もあった。
「お久しぶりです。ギブン様」
「元気そうですね、フロワランス嬢」
「あら? しばらく会わずにいる間に、随分と変わられましたのね」
フランがここにいるのは、グレバランス国王ケーリッヒ・オーセグ・グレバランスの婚約者として、バンクイゼ軍の激励に訪れた第7王子にくっついてきてのこと。
「まさかオリビアお姉様とギブン様が結婚なさるとは、本当に驚きです」
憧れからお姉様と呼んでいると思っていたフランは、実際にオリビアとは従姉妹関係にある事をギブンは初めて知った。
フランの父、オバート・フォン・エバーランスと、オリビアの母親が姉弟なのである。
「ギブン様のU級冒険者としての受勲と結婚の発表、王様なのにリッヒくん、緊張してましたよ」
まだギブンの事は一部を除いて解禁されていない。
小声で話す2人にグラアナ家の執事がギブンを呼びに来る。いよいよ式典が始まる。
段取りとしてはオーゼ卿が挨拶をし、ラフォーゼ王子が騎士隊長と兵士長を激励、ケーリッヒ王が貴族と顔を合わせ、献上された物資の目録が読み上げられる。
最後に謁見するギブンは受勲、バンクイゼ軍将軍の隣に並ぶ冒険者ギルドマスターに挨拶する。
ここまでが邸宅前で開かれた軍の式典。
場所は邸宅内のホールに移されての、晩餐お披露目会。
主役のオリビアが登場し、ギブンがエスコートをする。
貴族としての立ち居振る舞いなんて全く身に付いていないギブンだが、オーゼが傍にいて他貴族が突っ込もうとするのを抑えてくれた。
一介の冒険者が目に見える功績もなしに爵位を賜ることを面白くない貴族、U級なんて注目を浴びるほどの冒険者を抱え込みたい貴族を寄せ付けない。
U級冒険者のデモンストレーションとして呼び出した、ギブンがテイムしたレヴィアタンと特大サイズのサラマンダーがダメ押しに貴族の口を塞いだ。
「ファンタムバードだけでも驚いたものだが、キミは本当に勇者様ではないのか? ただ運良く伝説の武器を手に入れた一介の冒険者と言うのも苦しい言い訳にしか聞こえない」
当然、ギブンの話を聞きたい紳士、淑女も少なくはなく、化粧直しをするというオリビアと別れ、大勢の来賓に囲まれてしまう。
「確認されたという勇者様御一同は、大陸中央に来ていると聞きます。男爵はどう思われますか?」
誰かが言ったその一言にギブンは興味を持つ。
そう言えばこの世界は、魔王出現と同時に勇者が降臨すると聞いたことがある。
魔族が暗躍する場面もイッパイ出くわしたことがある。
バサラからも魔王復活は間違いないと聞かされている。
「勇者様ですか、それはいずれはお会いしたいですね」
適当に相手をしていると、火がついた子爵が勇者の逸話を自分の事のように自慢しだした。
「ふぅ……」
「お疲れさん。もう2人は下がっても大丈夫だろう。婚姻披露ではなるが正式な式ではない。どうだ、戻ってきたら正式に盛大に披露宴をしないか?」
「それは……」
「あなたにその気はないでしょう? そもそも人前に立つのも苦手なんだから」
苦笑いしかできない夫を気遣う新妻の想いは表情に現れている。
それを見ていた兄は、是が非でも無事に勝利して祝勝会と称して、盛大な披露宴を模様してやろうと決意するのだった。




