STAGE☆72 「ぼっち男の出番はまだ……」
ゲートを破壊した事で、援軍の心配はなくなった。
魔族はこれまで何度も作戦を邪魔されてきた。
この妨害行動は想定済み。ピシュとブレリア目掛け、一斉に襲いかかってくる。
こんな時にギブンのように索敵スキルを使って、敵をまとめてマーキングし、一斉に魔法をぶつけられたら楽だったのだろうけど、ピシュにできるのは、視界にいる相手の目前に魔法をぶち込む事だけ。
「よし! ドラゴン以外のゾンビはやっつけたよ」
しかし魔人たちの動きは早く、1人としてピシュの魔法が当たる者はいなかった。
「おうおう、焦ってる焦ってる。そりゃいきなり目の前に魔弾が現れるんだもんな。それじゃああたしは、急いでギブンを呼びに行ってくるから、足止めよろしく」
「ちょっ!? 本気じゃあないよね」
本気も本気じゃあないもない。
今の遠距離魔法のお陰で、魔人は尻込みをしている。
ドラゴンゾンビがどれだけの力を持っているかは分からないが、これは千載一遇のチャンスだ。
「残されるのがイヤなら、お前も外に向かって走れ!」
どうやらブレリアは本当に逃げに転じるようだ。
ピシュは一瞬だけドラゴンを見上げて、ブレリアの後を追う。
クーヌフガルーの走力、翼を広げたホワイトウイングタイガーの飛行速度に、魔人が追いつく事はできない。
「見えた! 出口だ。んなっ!? こなくそ!」
「外に……出られない」
外の明かりは中に届いているのに、目に見えない壁が2人の道を閉ざす。
「やつらの仕業か? めんどうくさい」
「えええっ!? これって結界って言うんだっけ? どうしたらいいの?」
「おまっ、魔法使いなんだろ? エキスパートなんだろ?」
「いや、私は攻撃呪文専門だから、そんなチマチマした解除とかはできないよ」
結界に焦る2人に追いつく魔人。
ドラゴンは大きさが邪魔してだろうか? ここにはいないが、恐らく厄介なのはゾンビなんかではなく、目の前の黒い顔の8人。
「どうだピシュ、お前ならどう戦う?」
1人1人の魔力の強さがプレッシャーとなって圧し寄せる。ブレリアは冷や汗を流して、相方の様子を窺う。
「強いよね。ぜったいに。1人でもトンでもない強さだった。それもあの時よりも高い魔力持ちが8人だなんて」
中でも魔人の中には2人ほど、戦ったら無事ではいられなさそうなのがいる。勝てる自信はない。けど諦めはしない。終わったりできない。
「なぁ、ピシュ。結界が張ってあるのは入り口だけじゃあないのか? 岩を砕いて外に出ればいいんじゃあないのか?」
「……結界って、だいたい球形に発生するよ。逃げ場なんてないんだよ」
「さいで……」
きっと並の人間が張った結界なら、畑違いのピシュでも、強引に払いのける自信はある。
しかしこの結界は構造が人間が作るものと違い過ぎて、どうにも破壊できそうにない。
ピシュは相手の魔力に集中する。
「一番奥の2人」
「ああん? なんだそれ!? いいからお前も戦えよ!」
追い込まれる2人を、4人の魔人が剣を手に襲い来る。
「卑怯な連中だ。女相手に恥ずかしくないのか!」
魔人はギブンやバサラから聞いていたよりも強く、ブレリアは岸壁を背にし追い込まれてしまう。
狭い洞窟では大きな戦斧は上手く振り回せない。
ブレリアはハクウを纏い速力を上げる。2人からの同時攻撃を魔法で硬化した体で正面から受け止め、カウンターの爪攻撃で魔人を切り裂いた。
「すごいすごい、やるじゃないブレリア」
「ピシュ、おまえなぁ!? ……いや、なんだ、流石だな」
傍観しているものと勘違いして非難するが、よく見たらブレリアが倒した、後ろにいた2人が真っ黒焦げになっている。
ピシュもピントを呼び戻して、遠距離魔法攻撃、魔人は内部から焼き尽くされた。
「これで後は6人。……じゃあないや、すまないピシュ、あたしの攻撃は浅かったようだ」
ハクウの後ろ足が靴のようになり、ブレリアはそれを履くと、更にスピードを上げて立ち上がる敵にトドメを刺す。
「へぇ、やるじゃあないか。人間風情が」
「ホントぉ~、いったいどうやったの? 魔法をそんなに便利にしちゃうなんて驚きぃ~」
「お前らじゃあ、同じ目に合うだけだな。相手が人間だからと侮るな。下がっていろ」
「あなた達、結界の維持、手を抜いたらダメよぉ~」
「ってピシュ、もしかして一番奥のって?」
「だから結界を張っているんだってば」
2人の前に歩み出してきたのは2人の魔人。
魔人は肌は黒、髪は灰色で見分けるのが難しいのだが、この2人は特徴的だ。
1人は大振りの剣を片手で振り回している、短髪で長身の巨乳女。日々鍛えているブレリア以上の筋力の持ち主である。
もう1人は巻き髪にした縦ロール。顔立ちや体系からして子供かもしれないが、上位らしい振る舞いから、成人しているのかもしれない。両手にはタリスマンの付いたグローブ。ピシュは直感で魔女と見抜く。
2人の魔力の高さは、ここにいる魔人の中で群を抜いている。
「こんな狭いところでそんなデカいもん振ろうってのか? お前ももっと広い場所の方がいいだろう?」
「はん、別にあたしはどこでもいいぜ人間、場所なんてどこでもな! どんなやつもあたしの前じゃあ数秒も立っていられないからさ」
ブレリアも戦斧を拾い上げるが、どちらの武器も狭いところで振り回すには不向き。
魔人の剣士はそんなのは関係ないと自信満々だが、その考えは両者の刃がぶつかり合った瞬間に変わってしまう。
「面白れぇ~」
狭い中での戦いはもう一つ。
「もう、なになに厄介な子! その離れた場所に魔法を出すのやめなさいよ」
「しょうがないじゃない! ここで派手な魔法なんて使ったら、生き埋めになっちゃう。それよりもあなたのお腹をボカンとする方が安全でしょ」
どう聞いてみてもピシュの方が悪役的発想だが、彼女の遠距離発動魔法は、魔法が顕現する直前に縦巻きロールが掻き消してしまう。
「あなただって、厄介なスキルもってるようだけど?」
「あんたの凶暴さに比べたら、かわいいものでしょ」
ピシュは奥の結界を張っている2人を狙うが、それさえも阻害されて上手く魔法が発動しない。マジックキャンセラー、死ぬ前にやっていたゲームでも重宝したし苦労もしたスキルだ。
今のピシュは使えないスキル。どうにか場所を変えて大技で勝負をつけたい。ピシュの索敵スキルが発動する。
「やっぱりここ狭すぎ! 面倒くさい!」
ピシュは魔人に魔法を放った後、地面に大きな穴を開けた。
「ブレリア、こっち!」
「あん? おぉ……」
足を止めての鍔迫り合いはキモを冷やす。できる事ならもっと大きく立ち回りたい。
ブレリアは事情の説明も求めずにピシュを追う。
「へへっ、一瞬だったが、このあたしに力で勝つとはな」
「わたしたちへの攻撃は囮ぃ~? バカにしてぇ~、逃げ出したのぉ~? 外には出られないからって、また下に行っちゃったりしてぇ、なんなのぉ?」
ピシュ達が向かったのはゲートがあったエリア、あそこにはまだドラゴンゾンビを残している。
「あんた達はここで、あいつらが逃げないように注意してな」
「うんうん! わたしたちはぁ~あいつらの首を取りに行くけど安心してねぇ~。わたしが作ったアーティファクトをぉ~、きみに貸してあげるぅ~」
魔道具を一人の部下に渡すと、縦巻きロールは短髪剣士に続いて穴の中へ。
剣士は自由落下で下層へ、魔法使いも宙に浮いて降下する。
「おい、ドラゴンがいないぞ」
2人が降り立ったのは、大きな空洞のまだ高いところにある足場。ここはドラゴンの頭がちょうど見える高さになるはず。
「えっ、なんでぇ~? ここの瘴気なら消滅なんてぇ~するはずないよぉ~」
「つまりは先に行ったあいつらが、何かをしたって事だろ?」
「確かにあの魔法使いの子はぁ~普通じゃあなかったけどぉ~、ゾンビ化したドラゴンだよぉ~」
ドラゴンと正面から戦って、討伐できる冒険者はあまりいない。それが1人~2人でとなると皆無に近い。
「しかもぉ~ゾンビだよぉ~、普通じゃあないんだよぉ~」
ゾンビ化したドラゴンは、生前よりも能力が大幅に向上する。
しかし欠点も生まれる。当然野生の勘などは失われており、傷にも鈍感で動きも遅くなる。
「どうだ? お前なら単独であいつらを倒せるか?」
「それは問題ないよぉ~。だってあの子達はぁ~わたしの拘束具でぇ~従わせてるんだからぁ~」
「そう言う意味じゃあない。敵として、正面から倒せるかを聞いているんだ」
「無理じゃあないと思うよぉ~。けどこんなに短時間でって言われたらぁ~面倒かなぁ~?」
かく言う剣士の魔人も、時間を掛けていいなら問題ないという。
「けどぉ~あの離れた場所に魔法を出せるあの子ならぁ~、やれちゃっても驚かないかなぁ~」
「あれはなんなんだ? なにをどうすれば、あんなことができるんだ?」
「さぁねぇ~。捕まえて拷問でもすればぁ~聞けるんじゃあないぁ~?」
物騒な事を話ながら、2人の魔神はピシュとブレリアの姿を探す。
「いたいた、逃げも隠れもしないで、突っ立ってやがる」
2人は燃え尽きたドラゴンゾンビの灰の上に立っていた。ドラゴンは一瞬で焼かれたようだ。
「待って待って、もしかしてあれがあの子達の成れの果てぇ~? それだけの火力が出せるって事ぉ~?」
「おいおい、どういうことだよ。何に焦ってるんだ? お前は」
「ええ? 焦ってなんかないよぉ~。だってこんなにワクワクした事なんてぇ~わたしないもん。あの子と遊べるんでしょぉ~? 壊しちゃってもいいんだよねぇ~?」
「あーーーぁ、好きにすればいいけど。……捕まえて拷問するんなら、ほどほどにしろよ」
「大丈夫だよぉ~。最悪ゾンビにしちゃえばぁ~いいんだからぁ~」
魔法使いはありったけの魔弾を眼下に投げ込み、剣士は大剣を抱えて飛び降りた。




