STAGE☆70 「ぼっち男の心配事」
偵察に出たピシュ達は、この先に小さな廃村を発見した。
そこにはかなり濃度の高い瘴気が集まっていて、魔物が発生しやすい状況になっていた。
「ゾンビ?」
大酒飲みのフビライ氏と、一緒のペースで飲み続けるブレリアには、もう話は聞けそうにない。
ギブンはピシュと食事を続けながら、報告を受けている。
「普段なら光魔法で一掃なのに、これが邪魔をして浄化してこれなかった! それでフビライさんに相談しようと戻ってきたんだけど」
「なるほど、その魔道具は魔法使いにとっては、かなりのお荷物なんだな?」
「そうなのよ。ここまでもゴブリンとかオーク程度に苦戦したり、クレイジーボアやタイラントベアだっていつもは楽勝なのに、本当に苦労したよ。ブレリアが」
ハクウとピントの首輪はバサラにした要領で、簡単に外す事ができた。
しかしピシュとブレリアを従魔界に送る方法がなく、2人はまだ禁呪を受けたまんま。
やはりバサラの首輪を解呪できたのは、彼女がギブンと従者契約し、異物を排除する従魔界に出入りできたからで間違いない。
「にしても魔法を阻害されるか……、ブレリアさんはともかく、ピシュはそうなると何もできないんじゃあ」
「そうでもないよ。阻害は受けてもある程度は使えるもの。魔物のほとんどはブレリアに倒してもらったけど、私もただのお荷物なんかじゃあなかったんだからね」
ギブンはピシュのステータスを確認した。
「やっぱり状態異常にはなっていない。魔力も元のままだし、厄介な代物だな」
戦えない訳じゃあないとしても、これではピシュに無理はさせられない。
「いやいや、本当に気にする事ないぞ、ギブン。確かに魔法の威力は恐ろしいほど抑えられてはいるが、ピシュなら大抵の奴の相手を任せられるさ」
上機嫌のブレリアが割って入ってくる。
「どういうことだ?」
「そいつ、恐ろしい技を編み出したんだよ」
ブレリアは照り焼きチキンを頬張り、ワインでかっ込む。
「ブレリアさんがそこまでいう新技?」
「大したことないよ。以前からできていた事をアレンジしただけだから」
ピシュは右手の平をブレリアに向けた。
「って、お前また!」
本気で怒っているのを見ると、ピシュが何をしようとしたのかが分かっているようだ。
「いったいどんな技なんだ?」
「こいつは遠く離れた場所に魔法を発現できるだろう?」
「ああ……?」
「タイラントベアの、腹の中に火魔法を生んだんだよ」
「ああ……!」
それなら初級魔法でも、脅威度が高い魔物を倒せてしまうのだ。
「それをブレリアさんにも試したってことか」
「ああ、腹に水をぶっ込まれた。一瞬溺れかけたんだぞ」
相手が生物なら確かに無敵かもしれない。だがこの先にいるのはゾンビ。
「そもそもが人間なんだろ? 普通に火球だけでやっつけられるだろ」
「けどもっと練習しないと、私まだ動いている相手のお腹を狙い撃ちできないんだよね。タイラントベアは簡単だったけど、クレイジーボアは多分ムリ」
「いやいや、機敏なゾンビなんてみたことないけどな」
ブレリアが決定的な根拠はないが太鼓判を押してくれるのならと、ギブンは後方でフビライの護衛に付く事にする。
ハクウとピントが側にいるのなら、現場の状況も把握できるのだから問題はないはずだ。
「ブレリアさんは不具合ないのか?」
当然、戦闘で魔法を使う彼女にも弊害はある。
しかし戦闘スタイルとしては魔力阻害は、そんなに大きな枷にはならないと思っていた。
「バカ言うな。身体強化がままならないんだぞ! 熊にあった時はちょっと焦ったさ」
それでも相手がゾンビなら平気だろうと、本人も思っている。
「ここにオリビアがいれば、置いていくしかないがな」
「オリビアさんは、スピリチュアル系が苦手なのか?」
「苦手なんてもんじゃあないさ」
レイスはおろか、ゴーストも見ただけで腰を抜かす。とブレリアは笑う。
「あれだけの強さがあるくせに、いったい何にビビってんだかな」
明くる朝、ギブンは正式にフビライの護衛に雇われ、キャラバンは足を休め、ピシュとブレリアの報告を待つ事となった。
ギブンは一晩考えて、従魔に新しい変身能力を与えた。
まだまだ研究が必要だけど、自分自身に変身魔法は使えないが、心を通わせた魔物の形を変える方法は何となく分かってきた。
「これがピント……」
「ピント、どうだ? 気持ち悪いとか、イヤだとかはないか?」
「うぉん!」
しなやかな細い体は更に絞られて、ちょっと太めの杖になる。
そのまま持つのも大変そうだから、前足と後ろ足を折りたたんでもらって、持ち手っぽくなってもらう。
「この姿勢、ピントは苦しくないの?」
「大丈夫だってさ。九本の尾っぽで自分で立つ事もできるって」
ギブンは考えた事をピシュに伝える。
「魔力をピントに?」
人間の魔力は心臓と肺で作られる。そこに形のない魔力核が生まれるのだとか。
その魔力を一度、脳に送って魔法に変換し、手に移して外に解き放つ。
魔力の体内移動を首に付けられた魔道具に邪魔されて、魔法が上手く使えないと推測される。
「ピシュとピントは意識レベルで繋がっているから、魔力を送る先をピシュは自分の頭にではなく、ピントにするんだ」
上手くすれば魔法が魔道具の邪魔を受けることなく、前みたいに使えるのではないかと考えてみた。
「う~ん、そもそもピントに魔力を渡す方法が分からないよ」
「なにも難しく考える事はないよ。いつも通りに魔法を使うだけさ」
「本当に大丈夫? ピントの負担にならない?」
ギブンは合点がいった。
ピシュはピントが心配で、上手く魔力が込められないのだ。
前足を右手で、後ろ足を左手で持っていると、ピントの頭はピシュの鎖骨あたりにくる。
ピントは振り返り、舌を出して嬉しそうな顔をする。
「ピント……、分かった。あなたを信じるよ」
目標物は定めない。ピシュは火球を空に向けて放った。
「でた!? やったぁ!」
ピントは何食わぬ顔をしている。ピシュに満面の笑顔が浮かぶ。
少女は「なにこれなにこれ!」とはしゃいで樹々に水撒きするのを放置して、今度はハクウにも同じようにイメージを植え付ける。
「マントか? 洒落ているじゃあないか」
体格のいい虎は体を平べったくさせて、ブレリアの頭に顎を乗せて、前足を肩に置いた。
後ろ足を腰に添えて獣は体を安定させる。
「ハクウの体をあたしが背負っている見たいに見えるな。剥がれた皮がマントのように靡いているが、これで本当にこいつは辛くないのか?」
「心配いらないってさ。それよりどうだ? これなら身体強化やらなんやらを、ハクウが伝達してくれると思うんだけど……」
戦うのに無駄な装飾は邪魔だと考えるブレリアだが、ハクウのマントの心地よさは抜群。
「本当に、ホントぉ~に大丈夫なのか? こんなペランペランになっちまってハクウのヤツは?」
「もう、だったら本人の心に聞きなよ」
それは聞くまでもない。頭の上のハクウの気持ちは今までで最も分かりやすく伝わってくる。
「猫は機嫌がいいと喉を鳴らすからな」
試しに近くの木を切り倒す。
斧が軽い。大木をいともあっさりと、一刀のもとに両断する。
「おいおい、なんだよこれ? こいつはまさにニューバージョンなあたしってやつだな。ピシュ! そっちはどうだ?」
「最高の気分だよ。無理矢理力を込めなくても魔法が使える。そんな当たり前が戻ってきた事が、こんなに嬉しいなんて」
準備を整えた2人は、ゾンビを確認したという廃村へ向かう。
ギブンは2人をサーチしながら、キャラバン周辺の警戒を開始する。




