STAGE☆69 「ぼっち男と大商人」
北岸のグラディエル王宮に着いたギブンは、バサラがいる客室に通される。
ここまでの足を心配したギブンだったが、ライカとヒダカは手綱を引く御者がいなくても、ちゃんと馬車を目的の場所に運んでくれた。
ギブンの魔獣同調のスキルで、主の意図をくんで走ってくれたのだ。
「どういう事だ? みんなは?」
「だから、みんなはいないって、私がそんなつまらない嘘を吐くわけがないだろ。どこへ行ったかはともかく、私は人質」
第三王子アレグアの元に、第二王子ゼオールが訪れた。
二人の王子の間でどんな話が成されたかはバサラは知らないが、彼女の首に理由もなく付けられたそれが密談の内容を物語っていた。
「奴隷の首輪か?」
「いいや、こいつはそこまで強制力はないけど、もっと厄介な物って話だ」
従属の首輪。用途は奴隷のそれと変わりないが、レア素材を用いる為か解呪が難しい。
「これは状態異常とまではいかないから、無効化の魔法が聞かないって、ピシュが言ってたよ」
従属の首輪はギブン以上に、高い魔法資質を示すピシュでも対処できない。そう聞かされたら尚の事、直ぐにでもピシュに相談したいのだが。
「そのピシュは?」
「お使い、ブレリアと2人で」
ギブンを椅子に座って出迎えたバサラは、ベッドに腰を移す。
「フビライだっけ? あんた達が護衛した商人。キャラバンを率いて隣国から来て、わざわざ西嶺の領都でマーケットを開いたとかって」
「ああ、フビライ・ハンスさんか。それで?」
「マーケットも無事終了、第二王子様に挨拶に行って、戻りの護衛を冒険者ギルドに依頼する前に、王子様に連れられてここに来たんだって」
「なるほどゼオール王子に連れて来られて、ピシュと再会してお願いしたってところか」
「私たちはあんたが逃げないようにって、ここに置いて行かれたってのに。その大商人はそんなに大事なのか、第三王子もあっさりと護衛の仕事を承諾したんだと」
軟禁状態を解く変わりに、妙な魔道具を使って縛り付けたと言う事だ。
「本当に複雑な術式が組み込まれている。……魔法やスキルじゃあ無理っぽいな」
ギブンはどうにかならないものかと、バサラを立たせて周りをウロウロする。
真っ赤になるバサラだが、ギブンがどこに触れても文句も言わずに我慢した。
「バサラ、ちょっとだけいいかな?」
「なにさ……?」
これ以上の事を求められる? バサラは脱げと言われれば脱ぐけどくらいに思っていたが。
「うわっ!?」
バサラはギブンの仲間であり従者である。主が望めば、その体を従魔界に引き摺り込む事もできる。
「強制的にあっちに送るんじゃあない!」
送られたかと思えば、あっさりと外に出された。
「ごめんごめん、思いつきだったから、説明するより早いと思って」
ギブンの手にはバサラが首に付けていた輪っかが。
「外れたの?」
「従魔界に異物として排除されたみたいだ。どうだい? どこかおかしな所はないか?」
「後遺症が残るかもって、少しでも思ったのだとしたら、尚のこと強行するなよ」
しっかり怒られはしたものの、バサラに異常はない。
「ごめんごめん、悪かったよ」
「ああ、いいよいいよご主人様。お前は根拠、或いは自信もなしに、私たちが傷つく事はしない。そう信じているからな」
バサラは両手を拡げて、男の頭を胸元に抱きかかえた。
「今日のは貸し1つだからな」
いつかベッドで返してもらうぞと、ギブンの耳には届かない囁きを残して、バサラは次の質問を受け付けた。
「オリビアさんが?」
「急な里帰りだな。そっちは第一王子の手紙が届いたって話からだ」
首謀者を抑えたことで、滞っていた書状が届くようになった。
オリビアは父親が事故に遭い、重傷を負ったと言う報せを受け、アレグア王子の許しを得て帰郷している。そちらの心配は後回しでもいいだろう。
第1オリビアにだけは従魔を預けていないから、今の彼女がどの辺りにいるかを知る術はない。
「いや、目的地が分かっているなら……、1つ試してみるか」
「うん? どうかしたか?」
「なんでもない」
その夜、貸し借りとは関係ないといいながら、バサラはギブンの布団に入ってきた。
明くる朝、ギブンはピシュとブレリアを追うと、バサラに打ち明けた。
「それよりも本当にいいのか?」
「ああ、構わない。王子様達も無駄と知って、首輪はもう諦めたようだからな。賓客と扱ってくれるなら、お前が動きやすいように、安心材料をしてやるさ」
ピシュやブレリアだけでなく、ピントとハクウにもはめられた従属の首輪の所為で、2匹の居場所も分からない。呼び戻す事はできるかも知れないが、それでは本当に2人を探る手立てがなくなる。
向かった先は分かるのだから、とにかく近付いてみよう。そうすれば何かしら掴めるかもしれない。
ギブンはレヴィアタンのヴィヴィを呼びだして、空から商隊を探す。
あれだけのキャラバンなら直ぐに見つけられる。そう思っていたが、フビライの進める馬車列は行きとは違う道を使っているようで、なかなか足取りを掴めないまま陽は傾き、遠い山向こうに隠れようとしている。
ギブンはちょうどいいと言って、上空からもう一つの探し物をする。
探し物と言っても、これと決めた何かがあるわけではないが、適当でいいとなれば、それは簡単に決める事ができた。
風魔法で大人しくさせて契約、ファンタムバードという猛禽類の魔物には4本の翼がある。
一番近くにいて一番目立った鳥は、ギブンの変身魔法で小鳥に変えられて探し物を手伝う。
名前はファムとした。
ファムは小さくなっても翼の数は変わらず、飛ぶスピードも変わらない。
程なくして商隊を発見したファムがギブンを誘導してくれる。
「さて、これで俺のテイムできる枠は全部使ってしまったが、みんないい子ばかりで助かるな。1人、いい子なんて言ったら怒りそうなのもいるけど」
ファムはギブンをフビライの元に導き終えると、南東の方向に飛んでいった。
「おお! ギブンさん。お久しぶりです」
「フビライさんもお元気そうだ」
「ええ、商売は上々でしたし、今はちょっと立て込んでますが、ここまではそれなりに順調でしたので」
「ここまでは? そう言えば、俺の連れが同行しているはずなんですが」
前に護衛した時のフビライは、ギブンを側に置きたがっていた。
ピシュだって一緒にいたのに近くに見当たらない。
雇い主に咎められる何かをやらかして、離されているとか?
「いえいえ、ピシュさんにはお仲間のブレリアさんと共に、斥候をお願いしたんです。もう間もなくお戻りになるでしょう」
もう陽は山向こうに消えてしまっている。
ただ突っ立って待っている訳にもいかないし、フビライはギブンに会った瞬間から、彼の料理が頭にチラついてならない様子。
「なぁ~にぃ、私たちを待たずに夕食だなんて」
ピシュがギブンの背後から、彼の頭に両手を乗せて、高い位置から2人の食事を覗き込む。
「お帰り、ブレリアさん。おつかれ」
真っ暗になるまで、ご苦労様なことである。
「お前も唐突だな。人魚の方はどうだったんだ? 里との橋渡しは上手くいったのか?」
自然に腰を落として、ナチュラルに食事に参加する。
「ちょっ! ブレリアずるい」
ピシュもあわててギブンの隣に座って、器に手を伸ばす。
「ところでフビライさん。2人が偵察って、なにかあったんですか?」
「お前、料理を出しながらでも、話くらいは聞けただろ?」
言葉とは裏腹に、ブレリアは杯を手に上機嫌。
「もう、私の分まで飲んじゃわないでよ」
2人の報告は食事をしながらになる。
ピシュの首には輪が掛けられ、それはブレリアも一緒。ついでに言うならピントやハクウにも。気にはなるが状況確認が先だとギブンは判断した。
「それでどうでしたか?」
フビライは帰りのコースを付き合いの長い、ビレッジフォーの大店の旦那さんから聞いた。
決して裏切ったり、騙し討ちにしたりする商人ではない。そういえる間柄だったが、情報の出所が、旦那の息子だと最後に判明して、それでもルートを変えることなくピシュ達に偵察をお願いした。
「息子さんは野心家で有名ですから、お父上の威光なしに新たな商会を気付き、ギルドに登録するほどの器も持っている。ただその手段を選ばないやり口には、少しばかり考えさせられるところがあります」
今回のルートは明らかに商隊が列を成すような街道ではない。
「盗賊はいないけど魔物が出てきてね。強い冒険者が必要な状況なんだ」
新ルート情報を直接手に入れた当人が、魔物の存在を知らないはずがない。
「なんで怪しいと睨んでいる道を?」
「正直に言うとこの道、上手く活用できるようになれば、かなりおいしいんですよ。無駄をかなり無くせるんです」
高低差があり、馬車を走らせるにも向いていない道。旅人の1人もいない裏道、魔物の襲撃も当然だろう道がである。
「商隊を通す道って、商人の間では権利をお金で買うんですよね」
ギブンはどこかの冒険者ギルドで、そんな話を聞いたことを思い出す。
「はい、ですから道を見つけた人間は、それを高値で商人ギルドに売るのです。しかしここの道は危険度Cランク、息子さんはそれなりにお金を摘んで買ったはずの情報を、ギルドでは買ってもらえなかった。そんなルートを私は安値で買ったんですよ。もちろんギルドを通してね」
売れないものでも買って利用する。私はついてます。そう言ってフビライは酒をがぶ飲みした。




