STAGE☆68 「ぼっち男と人魚の戦い」
マハーヌの攻撃は魔女に届かない。
にわか魔法ではどれだけ撃ったところで、ネネーリアのところまで届く事はない。
しかし逆も同じで、フラムは魔女の攻撃をグラトニー特有の能力で吸収して、マハーヌを守った。
どちらも魔法合戦では決定打を生む事はできず、防御担当のギブンは持て余している。
魔女の小手調べは終わり、全力で魔力を込める。
そのタイミングを見計らったマハーヌは、ネネーリアを殴れる距離に飛び込む。
「届きましたの。魔女様」
ネネーリアの首元に、右手を変化させた鉤爪を突き刺す。
「ごめんなさい。まだ繊細な動きはできないようですの」
赤い雫、魔女の血は温かい。マハーヌは俊敏にネネーリアから離れる。
「……やめてって、言ったのに」
「なにをやめて、だったのです?」
ギブンには色々と厳しめにルールを押し付けていたが、マハーヌには何も制限してこなかったはず。
「うぅ~~~、分かった。分かりました。負けを認めます。けどギブンくん!」
「な、なんだ? また俺とやるのか?」
「私じゃあない。責任をとってもらうからね。マハーヌちゃんの魔力が安定するまで、この子の相手をするように」
戦闘フィールドは維持されたまま、ギブンvsマハーヌがスタートする。
「まさかの展開だな」
「そうでありますの」
ネネーリア相手には色々と制限を受けたが、マハーヌは全力できて欲しいといい、フラムも上機嫌で受け入れている。
「いいよいいよ。私は結界の維持に全力を傾けるから、思いっきり暴れなよ」
そう言われて2人は距離を取り、魔女の「ハジメ!」の合図と共に、2人は接近して剣と鉤爪をぶつけ合う。
「ただの爪がどんだけ硬いんだ!」
「ふふっ、身体強化は誰にも負けないのです」
いつの間にか脚がマッドディアーの後ろ足になって、強烈な蹴りで攻撃してくる。
「なっ! フラムが刃になって脚に!?」
パワーで押し切ろうとするのかと思えば、従魔の刃が超高速で襲ってくる。
剣は鉤爪を警戒していたので間に合わない。
ギブンは魔力障壁を全開にして受け止めるが、強烈なパワーが全て緩和できた訳ではない。
「隙あり! なのです」
剣を落とすギブンに爪を立てるが、彼の手には魔力の剣が握られていた。
「ははは、バサラの技をパクっちまった」
ギブンは少し仲間の事を思い出した。
ピシュの遠距離魔法発動は真似できなかった。
オリビアの剣技はスキルでは体現できない物も多いし、ブレリアのような戦い方は経験値の差が大きすぎて真似できない。
それでもバサラのように体内の魔力を練る能力は、ギブンの性に合っていた。
「ぬぬぬ、やりますね! なのです」
マハーヌの鉤爪の一撃は、巨大な岩石を粉々にする力があるが、ギブンは押し負けることなくオーラブレイドで凌ぎきった。
「これが身体強化か……、か、かなり難しいな」
咄嗟の賭だったが身体強化は上手くいった。
ただ身体強化魔法は、ギブンが思っていた以上にコントロールが難しく、そう何度も使えそうにない。
今まで通り、簡易的な魔力による運動補助でカバーする。それでは十分でないのは分かっているが、信頼性の問題だ。
「ちょっとちょっとギブンくん、私の意図は分かってたんじゃあないの? マハーヌちゃんと殴り合いなんてしちゃってるんじゃあないわよ。ちゃんと魔法そのもので戦いなさいよ」
魔女は気付いているはず、今のマハーヌはちゃんと魔法を制御して戦っている。
戦闘スタイルを変えていないだけで、望んだ形にはなっているはずだ。
「とは言え、マハーヌちゃんはずっと接近戦をしてきたんだもんね。今さら戦い方を変えなさいと言ってもムリなのかもね」
「なにか、問題があるのか?」
正直に言えば、このまま体力勝負を続けるのは厳しい。だけど重要なのはマハーヌが納得する事だと思う。殴り合いが必要なのなら、ギブンはそれに付き合うつもりだ。
「不毛な魔力合戦がどうして必要なんだ?」
「だって先生が弟子の足下にも及ばないままで、免許皆伝なんてカッコウ悪いじゃない。私には勝てなくとも、お前にはもう教える事はない! ってのが理想でしょ」
どうやらマハーヌはもう、この魔法修行を終えられるそうだ。
「もう、終わりですの?」
「ああ、えーっと俺、これ以上は魔法全開でないと、相手になれそうにない」
「魔法有りだと、私はギブンといい勝負にはならないというのです?」
それはやってみないと分からない。
けれど本気で戦いながらでは、ギブンも手加減なんてできそうもない。
それこそマハーヌが魔力をもっと、上手く使えないと不安でしょうがない。
「そうですか、私ではまだあなたに勝てないようなのですか。……それでは魔女様」
マハーヌは相談事があるとネネーリアに願い出た。
ネネーリアに遠距離魔法発動について聞いてみた。
「そんな事ができるなんて、その子ももしかして加護持ちなのかしら?」
「なっ!?」
魔女に女神ネフラージュ様の話はしていない。
ネネーリアは確かに女神のことまでは気付いていないが、ただの人間にはない特別な能力を持つギブン、そして見た事もないピシュの事も感付いている様子。
「そうか、ピシュがもらった加護の中に、そういう能力があったってことか」
それではピシュが上手く説明ができないのも納得だ。いやそもそもピシュのような感覚で生きるタイプは、どんな状況でもうまく伝えてはくれないだろう。
それではつまり、女神様の協力なしには、遠距離発動は習得できないという事か?
「おもしろいよね、それ! ちょっと研究してみるよ」
「神様の加護もなしに、使えるようになるのか?」
「なるよ! 当然でしょ。神様がお使いになる御業であるなら、その理論さえ抑えれば、我ら下界の民も使えるようになるものさ。神様のような強い力が必要。とかじゃなければ、だけどね」
それでもそこに探求したくなる魔法があるなら、魔女は諦めたりしない。
「可能性があるなら、俺も頑張ってみるかな」
「そうそうキミ、もしかして変身魔法も自力で習得したのかい?」
「それも気付いていたのか?」
「もちろんだよ。しかし人間が使うようには考えられていない魔法だからって、まさか使役する魔物に使うなんて、本当に驚きだよ。その探求心、世界一の魔女って自称する私も顔負けだよ」
フラムがいくら決まった形を持たないスライムだからと、マハーヌの変身に合わせて形態を変えたりできるはずがない。
「マハーヌちゃんがスライムくんを変身させる、細かい魔力制御ができる? いやできるはずがないでしょう。じゃあ後はキミを通じて、スライムくんが変身魔法を使っていると考えるしかないじゃない」
本当なら自分が変身したかったが、それはできなかった。
それならとハクウやピントのように、従魔なら変身させられるのではないか?
ギブンは工夫してヒダカとライカを騎竜と呼ばれる姿にしてみせた。もちろん当人たちの許可を得て。
アードをハクウやピントみたいに、愛玩生物に変えられた。
「そう言えば、ピントが成獣化したのは、ピシュが心で願ったからなんだよな。魔獣同調に組み合わさってだと品震したんだと思うけど。あれがなかったら、変身魔法を研究しようとは思わなかったかもな」
そういう意味ではスライムの変身はかなり難易度が高かった。みんなに隠しておいた理由の一つである。
「キミなら我流でも、遠距離魔法発動を使えるようになるんじゃあない?」
なんにせよ、今回の目的は果たせたと魔女様は、一度帰って女王に報告するようにとマハーヌに言った。
ギブン達は魔女の洞窟を後にして、人魚の住み処オーセンの里に戻る。
人魚の女王フラナスカと、北岸ガレットの交渉人エイラ・ヨンスーデの話し合いは順調で、次の訪問には財務卿を連れてくると言うところまで詰めていた。
「お帰りなさぁい、マハーヌちゃん」
「はい、ただいま帰りましたですの、お母様」
「あらら? なんだか変わりましたか? マハーヌちゃん」
女王は人目を憚らず娘を全力ハグ。
「お母様、ちゃんはやめてくださいと、お願いしていたではありませんか」
「もう、そんな他人行儀な敬語を使わないで頂戴、マハーヌ」
「ああもぉ! はいはい、分かりましたのです」
その日はこの瞬間から女王様はお休み、甘えたの母親をマハーヌがあやしてやる。
「ごめんなのですギブン。私は魔女様に鍛え直してもらうので、一緒に帰る事ができないのです」
それが魔女様に望んだマハーヌの願い。
昨晩もギブンはマハーヌの部屋を使ったが、ついにはフラナスカの部屋から戻ってこなかった部屋の主に、明くる朝見送られて交渉人と2人、人魚の住み処を後にした。
マハーヌにはギブンと繋がったフラムが付いている。
ネネーリアのように結界で隔離されない限りは、ギブンとも繋がり続ける。
魔女様にはその辺の邪魔をしないようにお願いしてきた。
そしてオーセンの里を出たギブンは、ハクウとピントの感覚が戻ってこないことに焦る。
バサラと一緒にいるアードの状態は分かるのだ。
「アードはグラディエルの王宮にいるな。バサラの側にいるか」
もちろん従魔界のサラマンダー親子や、レヴィアタンとも繫がっている。
「いったい何が……」
とにかくこの異常な事態を早く把握したいが、マハーヌがいないと馬車を使えないのだと、地上で気付いて途方に暮れるギブンだった。




