STAGE☆67 「ぼっち男と人魚の成長」
マハーヌが目を覚ます。ギブンはまだ夢の中。
幻夢界の彼は自分のために精一杯戦ってくれて、ボロボロにもなって。
「えっ? なぜ本物のギブンまでボロボロなのですか!?」
息はしているようだけど、放っておけない状態には違いない。
「ネネーリア様、ギブンを!」
「大丈夫、そろそろ彼も目を覚ますよ」
マハーヌとネネーリアが見守るギブンは、目を開ける前に「あがっ!?」と大きな呻き声をあげて、エビ反りをして固まる。男は即座に状況を理解し、体の損傷を瞬間回復させた。
「あてててて、不思議世界での痛みより、よっぽどの衝撃だな」
体を起こして座るギブンの胸に、人魚は飛び込んだ。
「あててて、急に飛びつくなよ。けっこう痛かったぞ」
「ですが、ですが、ギブンが私のためにこんなに……、元気なんですよね?」
魔力を剥ぎ取ったことで、マハーヌの喋り方と雰囲気が少し変わった。
ネネーリア曰く、これが魔力の圧迫を受けない素のマハーヌだという。
少し大人びた気はするが、語尾の変化が気になる。
「元気元気、俺のスキルの事は知ってるはずだろ」
「だって、だって……」
押し倒されたまま、しばらく人魚が落ち着くのを待つ。
「いやいや待たない待たない。マヌーハちゃんにはまだやってもらう事があるんだから」
せっかく魔力を剥ぎ取ったのだ。また体が魔力を溜めはじめる前に、魔法の制御方法を覚える必要がある。
「よしマハーヌ、気持ちを切り替えるんだ。今すぐ次の段階に入るぞ」
ギブンはまたあんな大変な思いはしたくないと、マハーヌの肩を揺すった。
マハーヌは二度ほどギブンの背骨を折ったところで泣きやみ、ネネーリアの話を詳しく聞いた。
「なるほどな。ムリヤリ実戦を踏ませて、魔法の使い方を覚えるのか……。それって失敗するんじゃあないか?」
「なんでさ!?」
「だってそのやり方は、子供のマハーヌに魔法の勉強をさせた時と、同じ方法じゃあないのか?」
「……そう言われれば」
「だから同じやり方でも、こういうのはどうだ?」
ギブンとネネーリアが話し合っている間、マハーヌは変身が上手くいかなくて困っていた。
「よし、いいだろう。私がキミとマハーヌちゃんを同時に相手するんだね。いいよ、掛かっておいでだよ。けど手は抜くんだよ。キミの本気に私はビビっているんだからね」
それは言われるまでもない。
マハーヌが苦手意識にとらわれて、動けなくなり、また身体強化に走らないように、ギブンが心の支えになる。戦うのはあくまでマハーヌなのだ。
「そうだ、マハーヌ」
「はい?」
「どうかしたのか?」
話しかけたマハーヌが浮かぬ顔をしている。
「いえ、どうも変身が上手くいかなくて」
突然下半身が魚になって、水着を破いてしまった。
「ごめんなさい」
「いやいや、気にしなくていい。というかちょうどよかった。こいつを受け取ってくれ」
仲間達は毛嫌いをしていたが、ギブンは気になって従魔契約をした魔物をマハーヌに渡す。
「この子を私に?」
ハクウをブレリアに、アードをバサラに、そしてピントをピシュに渡したギブンはマハーヌにもと、フラムと名付けた魔物を召還する。
「変身魔法を使うマハーヌにいいと思うんだけどな」
フラムは色と形を自由に変えられる。
「身に纏えば、色々戦闘のバリエーションが拡がると思うんだよ」
「そう言う付き合い方をするのですか? ……殴り合いをするのでないのなら、うまくやっていけるのかもなのです」
マハーヌがフラムを行け入れた。さて従魔は?
「どうしたのです?」
「いや、なんでもない。さて作戦会議だ。魔女に勝って、みんなの元に戻ろう」
魔女ネネーリアもまた、身を守るための準備に余念はない。立派なスタッフを手に、トンガリ帽子をかぶる。どちらもかなり性能の高い魔道具に違いない。
ギブンは少し考えて良からぬ事を思いつく。
「これでいいのです?」
「おお、なんだか格闘家っぽいな」
「フラムは形を変えられるだけでなく、分裂して小物にもなれるのですね」
人間の脚に生足、靴は履いている。
鋭い切れ込みのハイレグボディースーツを着て、胸当てに肩当てをして腕は出し、拳を守るグローブをしている。
「流石はスライムだな、それにしてもこんなに器用だとは」
グラトニーにまで成長したスライムは、戦い破れたギブンに服従を決めたのも、男と意思の疎通ができたからだ。
伸縮能力があり、分裂もする。体の色も変えられて、強度もある程度変えられる。
「フラムは頭がいいからな。マハーヌが望む姿になってくれる」
そしてフラムはマハーヌの魔力をもらって、魔法の制御の助けもしてくれる。
「いきなり放出系の魔法は難しいだろうけど、そうだな。先ずは拳や脛に魔力を溜めて攻撃力に利用するんだ」
相性で言ったら、マハーヌとフラムはこれ以上ない組み合わせのはずだ。
「タイミングばっちりみたいだね。そっちも準備万端かい?」
「ああ、完璧だぜ。魔女様を余裕でぶっ飛ばしてやるよ」
「ふふふ、師として弟子のマハーヌちゃんが、私を超えるのは嬉しいよ。けど舐めちゃあいけない。私を倒せたらご褒美を上げるよ」
戦闘のステージは結界内部。魔女の寝床の一室。
「こんな空洞にこんなに広い場所が?」
「いやいや、どう考えたって空間魔法でしょ。結界の中だからどんなに暴れても平気だよ」
「あんたが気絶した場合は?」
「そりゃあ、元の場所に戻るわね。狭い場所だけど、結界のどこにいたって安全な場所に出るから安心して。と言うか、私が気絶なんてあるわけないじゃない。なぁに、もう勝った気でいるの?」
ネネーリアは相も変わらず説明も不十分なまま、「よぉい、はじめ!」と試合を始めた。
「……なるほど、変な空間に閉じ込められる心配は、確かにないみたいだな」
「大丈夫でしょうか? 魔女様、起きませんのです」
まさか一撃で丸焦げになって、動かなくなるとは……。
ギブンは回復スキルを使って魔女を蘇生させる。すると目を開けたネネーリアはギブンの胸倉を掴んだ。
「なんでキミが、いきなり極大魔法で攻撃してくるかな?」
魔女様は予想外の攻撃に反応しきれず、いきなり燃やし尽くされてしまった。
「魔女様が俺に、彼女を手伝ってやれと言ったんじゃあないか」
「してやって欲しいと言ったのは手伝いだよ。キミがキメてどうするのさ。マハーヌちゃんに魔法の制御の仕方を教えるんでしょ!」
「おおそうだった。勝ったらご褒美に気を取られていたよ」
下準備に苦労したことを忘れて、ギブンは勝つことしか頭になかった。
「まったく……。とにかく私はキミを信じて、マハーヌちゃんに容赦なく攻撃するからね。キミが私を攻撃するのは禁止だよ。ちゃんとその子を守ってね」
そう言う事を先に言わないから、ああ言う目にあった事をネネーリアは自覚していない。
ギブンはそれならと、意識をフラムに集中する。
不思議とギブンの従魔達は、主人よりも仲間の誰かに懐く事が多い。
ハクウがブレリアに心を許した時は、頭で理解しきれないショックを受けたが、ピントがピシュにべったり懐いた時は微笑ましく思えた。
アードに至ってはギブンに慣れる前に、バサラに靡いたのを見て考えるのをやめた。
「フラムは意識が薄弱だから、特に気持ちが伝わりやすいな」
スライムはギブンが望めば、ギブンが持つ従魔の世界に戻っては来るだろうが、ギブンよりもマハーヌの考えに従う気になっていると、ヒシヒシと伝わってくる。
「それじゃあ行くよ!」
声かけとほぼ同時に放たれる、魔女様のフライング攻撃は落雷。
マハーヌは避けられないと悟って、両腕に意識を手中する。
「えっ? 魔力が……」
手から力が抜けていく。灯火を使う感覚で目の前に水の玉が飛び出す。
雷は水球に落ちて消える。
「うそ、今のマハーヌちゃんがやったの?」
ギブンがマハーヌの後ろで何かを言っている。
内容は聞き取れないが、彼のアドバイスでマハーヌは劇的に変化。魔法を使った攻撃を繰り出せるようになる。
「なんなの? あの子は何をしたの? なんでマハーヌちゃんは魔法を使えてるの?」
水流を操作して強烈な渦を生み、ネネーリアを追い込む。
「威力はあの子の魔力量の割に弱いけど、今までできなかった放出系魔法を、いともあっさりと扱えるようになるなんて」
まだまだ魔女様を倒せるほどではないが、中位の魔物なら討伐できる位の力はある。
「……なるほど、あの子が身に纏っているスライムを利用しているんだ。これもあのギブンって子の手腕? 本当に謎な子だな。間違いなく加護持ちだけど、ただの加護持ちではない感じ。油断していなくても、たぶん私はあの子に勝てないだろうな」
魔法限定なら負けやしないだろうが、魔法剣士相手に近接戦闘を禁止するのは、海の魔女を自称する手前、プライドが許さない。
ましてや教え子であるマハーヌの接近戦を禁じ手にはできない。
「うそうそ、やめてぇ!?」




