STAGE☆66 「ぼっち男の攻略法」
ネネーリアに飛ばされた空間、抱きついていたギブンから引き離されて、彼が消えた。
「ここ、どこなの? なにこれ? ギブンが動いてる」
消えてしまったギブンが離れた場所にいる。ギブンやピシュからすれば、大スクリーンで観る映画のように、マハーヌの前に触れない動く絵が現れた。
彼は戦っている。
翅を持った大きな虫に傷を負わせる度に、大きな痛みがマハーヌの体を走る。
マハーヌは痛みに堪えようと自分の体を抱え込もうとする。
「あれ? ここに何かある」
見えない何かは人の形をしていて、その触り心地には何だか落ち着かされる。
「うぅっ!?」
次の痛みが襲う。マハーヌはその見えない人型にしがみつく。
それで痛みがなくなる訳じゃあないが、ここから逃げ出したあの時と違って、なんだか堪えていられる気がして、堪えなくてはならないと思えた。
ギブンの次の相手は、転生前からよく知っている、この異世界でも有名なバケモノ。
「まさか本物よりも早く、このヘンテコな世界で戦う事になるなんてな」
争うことなく従魔になってくれたコマチとは戦ったことはないが、同じ爬虫類でもサラマンダーでは足元にも及ばないだろう、そんな奴が凶暴性をむき出しにして威嚇してくる。
「こんなヤツ相手に1人だなんて」
まだビデオゲームが、家庭専用の機械で遊ばれるようになる前から存在するRPG。
勇者がたった1人で旅をして、強大なモンスターや魔王を討伐していた。
「ゲーマーの血が騒ぐよ。なぁ、ファイアドラゴン」
竜が宙に舞い、ギブンも後を追って飛び上がる。
「その巨体でそんなに早いって、いくらなんでも反則だろ!」
ドラゴンの鱗は想像以上に堅く、剣や初級中級魔法では傷1つ付けられない。
もしかしたら強化され過ぎて、上級魔法も効かない恐れがある。
「それ以前に、ちょっと動きが早過ぎて、上級魔法を練る時間もないかな」
ドラゴンは二種のブレスと爪と、尻尾による攻撃もしてくる。
特に厄介なのがドラゴンブレス。炎を火焔放射のようにしたり、火球にして飛ばしてきたりと、長い首を振り回し、死角なく連続で撃ってくる。
「くそっ! 俺の火球じゃあ、竜の火球を相殺しきれない」
敵の攻撃に合わせて、こちらの弾数を増やしてみる。
敵の1発に対して、こちらに必要な火力は3発。しかしながらである。
「竜の火球の数が半端なさすぎだ。あいつ以上の数を作る暇がないぞ」
球数はほぼ互角、2発は避けて、1発は火弾で潰すを繰り返す。
「ムリゲーが過ぎるだろ!」
躱す速度を上げれば精度が下がる。相殺するはずの火球に、必要量の魔力弾を当てられず、次第に飛んでくる敵ブレスの数が増える。ギブンは左足と右脇腹を焼かれてしまう。
「ぐっ!?」
しかしギブンには自動回復スキルがある。即死さえしなければ、直ぐにスキルが発動して一瞬で傷はふさがってくれる。はずだった。
「あれ? 治ってはいるけど、時間がかかる。なぜだ?」
考えてみるとなんとなくだけど、おかしな部分に気付かされる。
「俺の魔法、弱くなってないか?」
自惚れではなく、火球の威力が弱い気がするのだ。
「もしかして魔力を操作されている? ここはあの魔女の作った空間なんだよな」
けどなぜ戦えと言っている当人が、ギブンの邪魔をしてくるのか?
「……ここは確かにあの魔女の世界だけど、俺の夢でもあるんだよな」
男は勘違いをしている。ここはギブンの夢ではない。だが人の想像力は時に思わぬ力を発揮する。
ドラゴンに勝てる自分をイメージするギブンが生み出した火球が、ドラゴンの火球を1発で消してしまう。
「よし! いつもの感覚だ」
『ちょちょっと、ストップストップ!?』
思わずネネーリアが出てくるが、ここはギブンのラッシュの時間。
ギブンは違和感を解消した魔法を練り込み、乱入者を無視して落雷を解き放つ。
「なんだ? 魔女様じゃないか」
『ふぅ、ギリギリセーフ……』
ギブンの雷魔法はドラゴンに落ちる、ギリギリのところでネネーリアが消してしまった。
「なにをするんだ!?」
『いやいやいや、私の見立てが悪かった事は認めるけど、キミ! 無茶苦茶だよホント』
ファイアドラゴンは動きを止めているが全くの無傷。
『説明しなかった事は謝るから、こっちのルール通りに攻略してもらえないかな? 死ぬ事はないんだ。何回だって蘇られるから、ズルなしで挑戦してよ』
「なにがズルだ、そのルールを知らないんだ。今からでもいいから説明してくれよ」
クソでもゲームだと思えば怒りは抑えられるけど、ルールの説明もないゲームなんて有り得ない。
「理由を聞かせて欲しい。ただ魔物を倒すだけじゃあダメな理由と、……禁止事項も」
『当然、マハーヌちゃんを助けるためだよ。最初の虫はあの子の筋肉に付いた魔力を剥ぎ取るためのスピード対決だったでしょ』
ネネーリアはこの世界で、ムカデのような生き物は見た事がないという。
『次のあれも虫なのかな? あれの硬さを攻略する事で、骨から魔力を剥いでもらったんだけど、まさか弱点を突いてあっさり勝っちゃうとは思わなかったよ。けどまぁ、なんとかうまくいったからね。マハーヌちゃんもあの子自身よく頑張ったよ。感謝してやってよ』
ギブンの攻撃による衝撃で、マハーヌは魔力が体から剥ぎ取られていく痛みに耐える事を課した。
『けれどあの子はキミの助けになろうと、苦手な魔力の操作をしてくれたんだよ』
それは感謝だし、後からお礼をしなくてはならないが、それもこれも魔女が悪いと強く責める。
『キ、キミがマハーヌちゃんを苦しめないように、手心を加えちゃうといけないからさ。いくら生き返ると言っても、時間を掛けすぎるのは良くないんだ。あの子が耐えられない、体力の限界がくるだろうからね』
強すぎる力で一気に魔力を剥ぐのも、時間を掛けてゆっくり剥ぐのもダメ。
ましてや必要以上の力を掛けたら、マハーヌがどうなるか分からない。だからわざわざ幻夢界なんて物を用意して、何も語らず挑戦させたと言う。
「だいたい魔女様の考えは分かったよ。時間制限があって、けどそれなりに時間を掛けないといけないなんてムリゲーで、その救済がゲームオーバーのない無敵状態か。マジでクソゲーだな」
『ムリゲー? ゲームオーバー? クソゲー?』
「いや、こっちの話だ。つまり俺はこの空間のルールに則り、できるだけ早く勝たないとダメなんだな?」
『そうよ。あとはそのドラゴンのみ』
こいつがラスボスと分かれば全力も尽くせると言うもの。
『まさかキミの記憶から魔物を創造したら、最後がファイアドラゴンとは驚きだったけど』
この世界で見た事のない、ムカデやダンゴムシが出てきた理由に驚きだ。
『そいつを倒せばマハーヌちゃんの内蔵に溜まった魔力も消せる。まだこの子は耐えてくれそうだけど、お願いよ』
魔女の気配が消えると同時にドラゴンがまた動き出す。
「ちょっと待て! せめてこっちの準備を整えさせてくれ!」
慌てるギブンだが、ドラゴンの動きが制止前と違う。どうやら落雷は多少なりとも竜にダメージを与えていたようだ。
「俺の事を警戒している? ……接近戦にもっていけるか?」
あの火球を避けて近付く。難易度は高いがゲーマーの血が騒ぐ。
「俺は魔法剣士だ。まさか魔法剣まで取り上げたりしてないよな」
ソード・オブ・ゴッデスを引き抜き、火魔法を込めれば剣は炎を撒き散らす。
しかしこれも魔力の入り方に違いを感じる。思ったほどの魔力が込められない。
「やってくれたな」
イメージの込め方は覚えてるが、下手に強い力を込めるとマハーヌを傷つけてしまうと言われては、現状を受け入れるしかない。
突っ込むギブンにドラゴンは火焔を吐くが、それは火球ほど厄介ではない。
「火球のようにカーブしたりしないから避けやすいな。威力は数倍ありそうだけど」
熱量は火焔の方が高いし、途切れることなくギブンを飲み込もうとしてくる。
けれど移動しながら火焔を吐く事はできないらしく、放射中は動きを止めている。
焔に焼かれながらもギブンが懐まで潜り込むと、ドラゴンは爪で引っ掻こうとしてくるがそこが狙い目。
「先ずは右腕!」
雄叫びを上げるドラゴン、返すように出してきた左腕も斬り落とす。
逃げようとするドラゴンの背後に回って、左の翼も斬って落とす。
地面に向けて真っ逆さまのドラゴンは、落下しながらギブンに火球を撃ってくる。
「威力が落ちている。これなら怖くはない」
下半身に受けた火焔の傷はもうすぐ癒える。ゲームオーバーにならないと分かっているのだから、痛みなどは我慢すればいい。
ギブンはドラゴンの火球に、一発の火球をぶつけるが、ドラゴンの球は消えない。
火球発射と同時に、発生させた水の結界がギリギリ完成する。
「ナムサン!」
ギブンはドラゴンの火球を避けて、火焔に飛び込んだ。
焔の向こう、見えない標的にギブンは思い切り剣を振り下ろした。




