STAGE☆64 「ぼっち男と海の魔女」
大陸の北部にある人魚の住み処は、“オーセンの里”と呼ばれている。
「よくおいでくださいました。地上の方」
里の女王フラナスカは尊いほどに麗しい。そして裸だ。
ギブンは町でやったように、すかさず水着を差し出した。エララが間に入って説明してくれる。
「なるほど、これが地上の流儀というのですね。分かりました。使わせて頂きましょう」
見ただけでサイズが読めるのは、鑑定スキルのお陰だが、エイラ交渉官は服の上から鑑定したギブンに恐怖すら覚えた。
「お初にお目に掛かります。女王フラナスカ様、私はエイラ・ヨンスーデといいます」
エイラがここへ来た理由は、人魚のトップと交渉の場を設けてもらい、人魚の里との国交を樹立させる事。
その第一歩であるお女王との目通りを、こうも簡単に済ませられたのは、正に僥倖と呼べるだろう。けど……。
「お帰りなさいマハーヌ」
凛としていた人魚の女王は破顔して、マハーヌに飛びついて抱きしめる。
「うん、ちゃんとお婿さんも連れてきたんだよ」
「えーっと、マハーヌ?」
マハーヌは女王にスリスリされながら、隣に立つギブンの手首を握る。
「あらあらあらあら、男前じゃあない。それでそれでこの子はどれだけ強いの?」
興奮冷めやらぬ女王様はマハーヌから離れて、ギブンの手を取り母である事を明かした。
「そう、この里を救ってくれたはあなただったのね。あなたは興味深い男の子だったから、直接お話がしたいと思っていたの」
マーマンの大群を退治してくれた本人だと知り、あのレヴィアタンを従魔にしていて、ブレードシャークやエッジレイを食料としか見ていないと聞き、人間であっても婿にするには申し分ないと喜んだ。喜んでくれたのだけれど……。
「お嫁さんがこの子を入れて5人?」
それは母親としては許し難いことだろう。
「そんなに少ないの?」
人魚の世界はそもそも男の数が極端に少なく、雄は多くの雌に子種を提供しなくてはならない。
「問題はそこじゃあありません。マハーヌ、あなた魔女様の試練を終えて戻ったと言ってたわよね」
そうして繁殖相手を見つける旅に出たはずだったが、満足のいく相手ができたのはいいとして。
「心配なさっていましたよ。ちょうどいい、ギブンさん。この子を連れて、魔女様にお会いしてくださいませんか?」
その間に女王様はエイラと、里の重鎮達との対談の場を設けると約束してくれた。
ギブンはマハーヌから詳しく話を聞くべく、彼女の部屋に通された。
「今晩はここを2人で使えって、キミはいわゆる王族ってことだよね?」
「うん? 私は5番目の子供だから、そういう扱いではないんだよ。もしも上の3人になにかあったら、王族として扱われるだろうけど、特に世襲に拘りもないし、継承を促されても、私から王位を破棄すると言えば、通っちゃう程度の立場なんだよ」
直系の後継ぎがいなくても、民から慕われる誰かが選ばれるのだとか。
「それで、魔女様の試練というのは?」
「……人魚は魔力を人間よりも重要視してないんだよ。魔法を覚える必要はないというのに、辛い思いはしたくないんだよ」
魔法が上手く使えないからと、差別されると言う事はないという。
人魚の里で生きていく上で、魔法を必要とする場面があまりないからだ。
「灯火と変身魔法が使えれば、誰も何も気にしないんだよ。気にするのは王族くらいなんだよ」
王族に生まれると、継承なんて関係なく子供に習い事をさせる感覚で、魔法の英才教育を受けさせる。
「私には才能がないんだよ。体の中で魔力を練るのは簡単だけど、体の外にどうすれば出せるのかが分からないんだよ」
子供の頃に覚えた灯火以外に放出系の魔法は使えず、身体強化ばかり得意になっていった。
「……もしかしてマハーヌって、空を飛べるような翼を生やしたりできない?」
「えっ? そう言われても、やったことないんだよ」
といいながら背中の肩胛骨あたりに意識を集中すると。
「白い羽か、きれいだな。まるで天使みたいだ」
と口にして、ギブンが思い出すのはあの駄天使の姿。
「うん、本物よりもきれいだ」
「ほ、本物ってなんなのか分からないけど、えーっと、その……嬉しいんだよ」
試しに下半身も脚にして、鳥のように翼を動かしてみると、確かにマハーヌの体は浮き上がるが、ここは海の中なので本当に浮かび上がったのかは分からない。
「地上に戻ったら、試してみるんだよ。けどまさかこんな事ができるなんて……」
「今の状態の事も聞きたいし、魔女様に会いに行ってみような」
「……分かったんだよ。ギブンが一緒なら平気なんだよ。たぶん……」
オーセンの里からマハーヌの泳ぐ速度で、10分ほど沖に出て更に深い海へ。
灯火がなければ何も見えない海の底、しかしここは光ない世界ではない。深海魚やプランクトンが発光するのをキレイに思う。
『この洞窟の中なんだよ』
かなり深くはあるが、ここまで里から30分。ご近所さんと呼べる距離に住むという、人魚族と共存する魔女様は、10年前に先代が引退をして、その全てを引き継いだのはまだ100歳だという若手。なのだとか。
「やぁ、帰ってきたねマハーヌちゃん」
見た目は20歳前後ほどの魔女の名はネネーリア・ハウリンという。魔法少女っぽい白いブラウスにピンクのミニスカート、赤い靴に短い白のフリフリソックス。黒いトンガリ帽子と、完成度は抜群。
マハーヌの事を友人のように扱い、色々と気に掛けてくれる姉のようでもあるのだとか。
「だいたいの子は3、4年で覚える事もなくなって、里に帰っていくんだけどね。この子はちょっと問題児でさ」
ギブンがマハーヌと一緒に来訪する事は、人魚の女王様から通信魔法で知っていた。
簡単な挨拶を済ませた2人は、魔女様からマハーヌの問題について聞かされる。
「魔力が強すぎる?」
「そうなんだよ。人魚が覚えたがる魔法なんて、簡単なものばかりだからね。正直人間よりも低い魔力量でも、あの子達は生きていけるから問題ないのに、王族は余計な魔法を色々と覚えたがる子もいっぱいいるびのよ」
子供の頃のマハーヌも、他の子に負けないくらい好奇心が溢れていた。
「この子は私たち魔女に匹敵する魔力を持っていて、私も期待しちゃったんだよね」
ギブンは首を傾げる。マハーヌの身体強化能力の優秀さは感じるが、そんなに特別な魔力量だとは思わない。
「ふ~ん、キミは鑑定のスキルを持っているんだね。けどそれじゃあマハーヌちゃんの隠された力は見抜けないよ。それこそがこの子の問題なんだから」
身体強化の魔法は普通、高めたい箇所に魔力を服のように纏わせる。
しかしマハーヌは魔力を体全身の骨や筋肉に張り巡らせて、体その物を強化している。
「この子は魔法を放出するのが、苦手というか、やり方が分からないとか言ってるでしょ?」
「ああ、けど灯火がちゃんと使えているのに、おかしいなとは思ってる」
「うんうん、キミはよく魔法について理解しているようだね」
「趣味、みたいなもんだから」
こっちに来てから前世と同じようにできる趣味は、料理だけになってしまった。
ゲームや読書なんかに費やしていた時間を持て余すようになり、魔法について考えるようにはなり、改めて趣味というのは違う気がするけど、考えた結果が形になるのは非常に楽しい。
「うんうん、キミとは気が合いそうだ。そのバカみたいに大きな魔力を、完全に制御できている体のつくりにも興味が沸くよ」
ネネーリアはまだオドオドしているマハーヌに向きを変え、その全身をなで回した。
「次はキミの体も見せてね、ギブンくん」
カチカチに固まってされるがままのマハーヌを見て、ギブンは冷や汗を流した。
「ふんふん、へぇ~、体の使い方がまた随分と、上手くなっているみたいだね」
艶めかしい声を上げるマハーヌに、ギブンは耳を塞ぐが目を閉じる事はできず、されるがままの人魚を凝視してしまう。
「ほほぉ、マハーヌちゃんはここから逃げ出した頃よりも、随分と強くなったようだね。けどその分だけ魔法から遠のいた感じかな」
時が経ちマハーヌが里に帰った時、その成長具合に女王は微妙な顔をしたと言う。
母親は別に何かを求めたわけではなく、娘を気遣っただけなのに、勘違いをしたマハーヌは魔女の元へ出戻りをしたのに結果は出せなかった。
そこでネネーリアは禁断の法で、一度体内に定着した魔力を抜き取ろうとしたところ、その時の痛みに耐えきれず、中途半端な状態で逃げ出してしまった。その時にちょっとした呪いに掛かってしまったそうだ。
「この子、喋り方とか振る舞いが子供っぽい。と感じてない?」
「えーっと、そうですかね。俺は子供っぽいとは思いませんけど、まぁ、個性的ではあるかなぁ。とは」
禁呪の副作用による精神逆行化で、魔力が痛みに変わらずに済んでいるのだとか。
「そんな状態だと、いつか体中に染み込んだ魔力が暴走するかもしれない。本当によく連れてきてくれたよ」
そしてギブンには、マハーヌの問題解決の手伝いもして欲しいと、魔女ネネーリアは頭を下げるのだった。




