STAGE☆62 「ぼっち男と最後に会う王子」
グレバランス小王国北岸ガラレット領、領都グラディエルの領主、第3王子アレグア・ルブラン・グレバランス様の執務室。
この城でオリビア達と合流するはずが、広くはない執務室に武装兵士が5人と言うただたならぬ空気の中で、ギブンだけが王子と謁見する。
「あの、他の仲間は?」
ピシュとバサラとも引き離された。従魔達はブレリア達を手伝ってそれなりに疲弊していたから、回収したけどここで呼び出すわけにもいかない。
「安心したまえ、彼女たちには寛いでもらっている。私はキミと2人で話がしたいだけだからね」
アレグア王子はオリビアの言うところの、パーティーリーダーであるギブンから、直接聞かなくてはならない話があると、なにかと忙しい中だが、優先的に時間を割いて男を待ち構えていた。
「私の元に、ゼオール兄上から一枚の手紙が来た。心当たりはあるか?」
「あるとしたら、そうですね」
相手が第2王子と言うことであれば、思い当たるのは1つだけ。
それが理由だというなら、この状況にも納得だし、かなり面倒な状態だともいえる。
ギブンは今まで通り、王族の誰が相手でも、どんな状況下でも変わらず、思う通りを語るつもりだ。
「もし俺が王家転覆を目論んでいると言った内容なら、それはただの冤罪ですよ。他のご兄弟からはどうお聞きなのです? 特にラフォーゼ様やジオート様は?」
ギブンの不遜な態度に臣下が剣に手を掛ける。
「なるほど、やはりゼオール兄上に問題有りという事か」
騎士の動きを手で制し、王子は腰を深く落として足を組んだ。
「以前から問題はあったのだ。そもそもがこの北岸には盗賊だの海賊だのと、道を外す者が多くてな」
届かない手紙や物資などは、日常茶飯事なのだという。
「それが半月ほど前に一度は緩和したはずが、ここしばらくはまた増えてきている。ここに比較的近い西嶺との繋がりは保てているが、その他とは、王都とすら連絡がとれない状態が続いている」
なんとなくだが話は見えてきた。
アレグア第3王子が知るギブン・ネフラに関する書状は、ゼオール第2王子から届いた1面だけ。
しかしなぜ?
第3王子は全てを盗賊の所為だと言うが、それは考えにくい。
旅商人のフビライと語らった夜の事を思い出す。
「そう言うもんですか?」
ギブンは杯を打ち鳴らし、フビライと酒を交わす。
「はい、盗賊は享楽的な自己満足を得るために、弱い者を殺す事を楽しむ者もいますが、ほとんどが自分は傷つく事を嫌う愚か者共です。命を賭けて危険に身を投じられる冒険者ですら、脅威に感じる軟弱者です」
その為か? 一所に留まる盗賊団なんてものは存在しない。
人数が揃っていても、彼らは常日頃から寝床を変え、手頃な相手を見定めて行動する。
「そんな連中が危険を冒して、定期便を襲う事はないのです」
そんな事をすれば、領主は兵士を使って山狩りをする。ほとぼりが冷めるまでは現場に近付けなくなるし、下手をするとアジトを潰される。
「100パーセントではなくても、より安全な乗合馬車が使えると便利なのですが、馬車一台で事足りるのは行商人レベルまでです。私のようにキャラバンで、一気に商材を動かしたい商人は利用できません」
盗賊としては一番狙いやすいのが、少数の護衛しかいない商隊なのだ。
その対策として綿密に経路を選択して、経費が嵩んだとしても冒険者を雇って用心をしている。
「この商隊があれだけの大盗賊団に襲われてしまったのは、どこからか今回のルートが漏れてしまったからだと考えています」
と言うやりとりがあった。
つまり盗賊が王子の書状を狙って、定期便を襲ったり、早馬を潰したりなんてできるはずがないのだ。
ではなぜ第3王子アレグア様が、ラフォーゼ王子やジオート王子からの手紙を受け取れていないのか?
きっとオリビアが持ってきた書状も、その何かの理由に止められてしまったに違いない。
今の彼女はオリビア・シェレンコフという一介の冒険者でしかない。
グラアナ家の名前が出せれば、また少しは違うのかもしれないが、そもそもそれは彼女が「よし」としないだろう。
さてその影で暗躍する某は何者なのか?
実行犯は下っ端でも糸を引くのは、それなりの高官である可能性が高い。
「どうかしたのか? ずっと押し黙って」
「……失礼しました。アレグア様、俺もラフォーゼ様とジオート様から手紙を預かっているのですが」
手紙を渡されたのは本当だが、その2通はアレグア王子に渡すようにと受け取ったものではない。冒険者ギルドに宛てた委任状のようなものだ。
しかし今のギブンのブラフに1人の男が反応した。
表情1つ変えず指1本動かしていないが、体温が異常に上がる者がいた。
ギブンは異次元の従魔と感覚だけをリンクさせて、爬虫類の鋭敏な温度センサーを利用して、その変化のあった男を見抜いた。
「殿下、殿下から見て左側に立つお方は?」
「うん? おう、私の仕事に関する執務官を任せている、ビリッジ・クセーソだ。宰相の紹介で、先月から城へ上がってもらっている」
アレグア王子は「それがどうかしたのか?」という問いを投げ返す。その殿下にビリッジは背後から懐にあった護身用ナイフを抜いて、突き刺そうとする。
「ぐがっ!?」
運動してなさそうなメタボ体型の動きは遅く、ギブンの最小限の雷魔法を喰らって、執務官は倒れてしまう。
「……どういう事だ?」
王子は振り返ることなくお茶を啜る。
「理由は分かりませんが、執務官がナイフを振りかざしたので、少し刺激を与えたつもりが、やりすぎてしまいました」
「それしきの事で私の片腕に手を挙げたと言うのか」
王子が右手を挙げると、抜刀していた兵士は剣を鞘に戻す。
「……目を覚ました彼がなにを言うかを聞く必要はあるが、キサマの罪は重いものになるぞ」
咄嗟の事に怪我はさせないように気を付けたつもりだが、昏倒させてしまったのは失敗だった。
「身の危険を感じたというのなら、死罪までは免れるかもしれんが、懲罰は覚悟しておけ」
セリフじみた感情の伴わない王子の沙汰。
「はい、見方によれば、切っ先が殿下に向けられたようにも見えましたので。恩赦を期待しています」
「おお! なるほどそれは気付かなんだ。となると逆に恩賞を与えるべきなのかもな」
王子、気持ちが籠らな過ぎています。
「ふぅ、王子である俺を狙ったかクセーソよ。……本当に気を失っているようだな。やり方には問題有りだが、キミには礼を言っておこう」
クセーソ伯爵家は西嶺の貴族。
ビリッジはクセーソ家の次男だ。元はゼオール王子の事務次官をしていた。アレグア王子の元へ来るようになった経緯を、宰相にも聞く必要があるようだ。
「兄上から話を聞く必要もありそうだな。ギブン・ネフラよ、よくこんな面倒事を持ち込んでくれたものだ」
「そうは言われましても、俺も王家の方々の依頼を、受けているだけなので」
その証拠はビリッジ・クセーソの事務室からごっそり出てきた。ギブンに関する手紙もごっそりと。
「さて、先ずは無実が確定したことを喜んでくれ。それもこれもキミの立ち位置が不安定だからなのだが」
アレグア・ルブラン・グレバランス第3王子。第2王子以上に傲慢な人間に見えるが、頭のキレは兄弟位置なのかもしれない。
「そこでだ。U級冒険者には今すぐなってもらう。俺の一存でゼオール兄上の承認もあった事にする。伯爵にはそれだけの無茶を聞いてもらう」
クセーソ息子の尻拭いを取らせる。当然問題を起こした元次官を押し付けてきたと、適当な理由を付けて。
「ところでだ。U級を認定するにあたり、1つ仕事をしてもらう」
究極の冒険者となれば、爵位は持たないが貴族扱いを受けることができる。
別にギブンの望んだ道ではないが、こちらに選択権は許されていないのだから、当然依頼を拒む事もできない。
「お前の仲間に人魚がいると聞いたが、本当か?」
マハーヌの事だろう。
「まさか、俺の仲間を渡せと言うのですか?」
「いや、そんな事はしない。安心してくれ」
アレグア王子はフォートバーンの海には、人魚の住み処がある。という逸話をずっと信じてきた。
マハーヌの存在は、その逸話が本当だと立証してくれている。先ずはそれを確かめたかった。
「その、なんだ、可能なら人魚たちと国交を結びたいのだ」
それは何の無茶ぶりか?
確かに仲間となったマハーヌは、フォートバーンにある人魚の住み処から来たが、そことの国交交渉をギブンにさせようと言うのか。
「いや、それはいくらなんでも……」
「安心しろ。俺の家臣の中には有能なネゴシエーターがいるからな。お前はあくまで橋渡しをしてくれればいい」
そういうことなら一緒に行かなくはないが、これを断ったりしたら、また他の無茶ぶりが来るかもしれない。
「……解りました」
アレグア王子は満足げに、男を仲間の元へ連れて行くように指示を出した。
「やっと会えたんだよ」
男の顔を見て一番に飛びついてきたのは、さっきまで話の中心だったマハーヌ。
ギブンは王子からの依頼をみんなに話した。
ピシュはあからさまに拗ねてみせ、他の3人は微妙な顔をする。
「……なんか空気が悪くないか?」
「そりゃあ、お前が王子のお使いを済ませるまで、ここで軟禁なんて言われてはな」
ブレリアの意見はもっともだ。
ここは可能な限り早く帰ってくる努力が必要だ。
なのでギブンは自分たちの馬車を返してもらえるようにお願いし、ヒダカとライカを召喚した。
コボルトとの戦闘で疲弊した他の従魔も、数匹に出てきてもらう。
「うん、元気になったな」
ギブンはハクウやピントも呼び出して、ブレリアとピシュに預けた。
「それじゃあ行ってくる」
手綱を握るマハーヌは、サラマンダーが引く馬車を可能な限り全力で走らせた。




