STAGE☆60 「ぼっち男と魔族の村」
しばらくして歩くのに問題がなくなったギブンは、近くの集落に向かう。
元来た道を80㎞ほど戻ればいいだけ。
従魔のほとんどはブレリアに預けたが、まだコマチとヴィヴィが残っている。
移動ならレヴィアタンは最適だが、見られないように移動するのはほぼ不可能。
コマチは長距離移動には向いていない。
「とにかく砂漠を抜けない事にはな」
「ねぇ、低空ならヴィヴィちゃんも、そんなに目立たないんじゃあない?」
「けどこの暑さじゃあ、さすがのレヴィアタンでもなぁ。ギブンどうだ?」
「そうだな。恐らく出てきたがらないだろうな」
魔界には当然レヴィアタンの生息地もあるが、この砂漠に来て目にした魔獣は空を舞う竜種くらいだ。
砂の中にはいくらかはいるようだが、それもこの環境ならではの生物となる。
「大丈夫、私が魔法でヴィヴィちゃんを守るから、とにかくジャングルまで戻ろうよ。ジャングルは逆に、レヴィアタンは入っていけなさそうだけどさ」
というピシュの提案で、ジャングルまでは戻ってくる事ができた。
残り30㎞。
「あれ、なんてどうだ? 3人くらい乗れる大きさなのに、ジャングルみたいな狭い場所の移動にも最適だぞ」
ご都合的に遭遇した魔物を、魔力の少ないギブンがテイムしやすいように、ピシュが戦って弱らせる。
「よし、お前の名前はアードだ」
猫科の動物に似たジャガービートル。全身を甲殻が覆っているが、動きはしなやかで走るのも速い。
「本当にどうかしてるぞ。弱らせた魔物だからって、かなり強力な魔物を簡単にテイムできるなんて」
「バサラがこいつがいいって、提案したんだろ?」
「自分でフッててなんだが、お前の回復力なら、ちょっと休憩したら高速移動できるようになってたんじゃあないか?」
「いいじゃない、この子も可愛いよ」
「ピシュは許容範囲広いよな」
「べ、別に浮気性って事じゃあないからね!」
ギブンの反応に焦ったピシュだが、誰もそんなことは思っていない。
アードのサイズはバサラの見立て通り、3人が乗るのに丁度いい。
サラマンダーに使おうと思って買った馬の鞍は、あの時は使えなかったがアードにはちょうどいい。
手綱を持つピシュが跨り、その彼女の腰に手を回すギブンに、バサラが同じように男の背中に体を預ける。
アードはジャングルを駆け抜けて、一同は小さな集落へやってきた。
魔界で安全なのは王都くらいのものだが、集落が築かれるのは、何らかの理由かで魔物が避けて通る場所である。
「まあまあ大きな集落だな」
上から見た時から、ギブンはそう思っていた。
「木製とはいえ、立派な塀だもんね」
ピシュは前世で大好きだった、キリンを見上げるように塀を眺める。
「村の門は固く閉じられているけど」
「ああ、ここにはどのみち入れんだろうから、別にいいよ」
バサラはこの場所なら、ギブンが持っているテントで十分に寝られると思って、連れてきただけだ。
だったのだが、その考えも甘いものだった。
「何者だ? 見かけない顔だな。それも我々よりも弱いくせに、黒魔族に優遇される劣等種、無魔族か」
黒魔族、灰魔族、薄魔族、そして無魔族。魔族社会に置ける階級である。
本来は色の濃い順に階級付けられているはずが、無魔族は奴隷として扱われいるのだけなのに、保護されているように見える薄魔族にとっては、面白くない相手なのだ。
「確かに色は薄いけど、それを理由に、そんな目を向けられるのは納得いかないな」
村の中から出てきた若い男の数は18人。
みんな簡単な武装をしているが、お粗末な物ばかりで、とても戦い慣れているようには思えない。
「なんで無魔族風情が、そんな立派な剣や鎧を身につけている?」
「俺達が無魔族なのに、こんな僻地にまで来られる実力があるからだよ」
ギブンは嘘を吐いた。いや、あながち嘘とは言えないのだが。
この手の輩は自分たちが相手より下だと理解しない限り、見下す事をやめない。
関わりたいとも、中に入りたいとも思わないが、絡まれるのは非常に迷惑だ。
この世界に来てずっと、女神様の加護に守られてきたが、ここの連中は簡単に実力だけで無力化させられた。
「つ、強い……。無魔族なのになんて強さだ」
そんな賛美を受けるほどの戦いはしていない。だけどそれくらいに相手を持ち上げないと、自分たちのプライドが守れないのだろう。
「気が済んだのなら俺達の事は見逃せ、放って置いてくれればいいから」
「い、いやいや、スゴイなあんた。なんなら中に入っていってくれ、何にもないところだが、3人くらいなら歓迎できる程度の蓄えはあるから」
「えっ、なに?」と言う間もないままに、門の中に3人は案内される。
戦いの様子は中の住人も見ていて、ギブンの強さに叢がる男女と、バサラやピシュに色目を向ける男達が囲ってくる。
バサラがゲートを開けられるほどにギブンの魔力が回復するのは、おそらくは今日の深夜になると思われる。
ならば今晩だけはと、3人は確かに裕福とは思えない料理の数々を前に、歓迎の宴を受ける事にした。
その事で人間界に戻るのが遅くなるとは、この時には思ってもいなかった。
ギブンは集落の村長宅だという、2階の一室でハクウに念話を飛ばした。
『おっ、なんだ。ギブンと繋がっているのか?』
ブレリアの声である。上手く念話は次元を超えて届ける事ができた。
「みんな、無事か?」
『あら、ギブンさんではありませんの? マハーヌさん、ギブンさんと念輪が通じてますよ』
オリビアも気付いてマハーヌを呼んでくれる。
『こっちは上手く片付いたんだよ。誰も大きな怪我はなかったんだよ』
確かに3人とも元気そうな声をしている。
魔獣の状態は聞かなくても分かるから、無事を確かめるという目的は果たせた。
「それでどうだったんだ? やっぱり魔人もいたとか?」
『それなんだがな、確かにあたしらは3人の魔族を見たんだ。どうやらあいつ等はバサラがいなくても、ゲートを上手く扱えるようになっているようだった』
それは厄介な話だ。
バサラが抜けたからと言って、彼女の研究資料が魔族側に残されているのは当然の話だ。
『ですが、彼らはなにやら慌てた様子で魔界に帰って行きました。そこであの洞窟に発生していたコボルトの一団を掃討して、ダンジョン消滅となりましたわ』
『あたしなんてダンジョンボーナスも貰えたんだぜ』
その名は“頑鉄の籠手”。ブレリアのような戦士タイプに打って付けのアイテムである。
装備者の皮膚を頑強な鎧のように、硬化してくれるのだ。
『私も1つ拾ったんだよ』
マハーヌは武闘家に相応しい手袋や肩当て、膝当てなどの一式を宝箱から見つけたという。
『私の魔力を腕力なんかに置き換えてくれるんだよ』
確かに繊細さの掛けるマハーヌには、ピッタリの装備と言えるだろう。
「そうか、それは良かった。それじゃあ悪いけど先に北岸に向かっていてくれ。こっちの事が片付いたらハクウのいる場所に戻るから」
そこで念話を止めて、ギブンは再び階下に降りた。
「お待たせして申し訳ない。それでは話を聞きましょう」
長テーブルには4人が座っている。
集落の長とギブン達を囲んだ男衆のまとめ役と、ピシュにバサラである。
「こんなことをまさか、無魔族に話すとは思ってもみなかったが……」
「ジジィ、言っただろ。この人達はただの無魔族じゃあないって」
「分かってはいるのだがな。しかし本来なら我らより弱い者に、こんな事をお願いしても本当によいものなのだろうか」
村長の言葉は決してギブン達をバカにしての事ではない。
一族最弱と詠われる色のない種族に頼る事が、正しいのかを悩んでの事なのだ。
「とは言え、これは渡りに船。どうか我らを救って頂きたい」
一宿一飯を受ける代償としても、確かに割の合わない話であったが、ギブンは2つ返事でOKした。




