STAGE☆58 「ぼっち男の魔力飽和」
「これはこれは……」
見るからに異常事態の河原にある深い草叢、草叢の向こうにはコール大河。
「スライムって水の中でも平気なんだな」
だからといって方針は変わらない。ギブンの魔力が続く限り、魔法を使った物理攻撃をしかけるだけだ。
今、見えているほとんどはブルースライム。
中が透けて見える体には核が存在し、それを砕けば消えてなくなる特殊な魔物。
これらを近くにいる個体から順々に、氷の杭を打ち込んでいく。
数は多いが敵と認識することも必要なく、作業としてスライムを駆除し続けるだけ。
中にはビッグやキングの存在も確認できるが、やることに変わりはない。
「ピシュの遠隔魔法が使いたいな。でもあの子はフィーリングだけしか教えてくれないし、こっちが分かるような説明ができないんだよな」
愚痴っていてもしょうがない。一体一体を着実に倒していくだけだ。
「どうするかな? 最初に青いのだけ倒して周るか?」
赤と水色に氷魔法は通用しない。
しかしその2種は火魔法で簡単に蒸発させる事ができる。それはブルースライムも同じ。
所詮は初級冒険者向けのモンスター、更に強い魔力を与えれば、貧弱な魔獣は破裂するしかない。
状態異常無効化を持つギブンに毒と酸は効果がない。こちらも火魔法で焼いてしまう。
「ふぅ、そろそろ1/4は倒せたかな?」
空から見下ろす2体の召還獣からの目が、まだ1/10も終わっていないと教えてくれる。
「すごいねギブン、こんな短時間にあんなに倒しちゃうなんて」
レヴィアタンのヴィヴィに乗るのはピシュ、従魔の背中から眼下を見下ろす。
「とは言え、あいつの魔力も無尽蔵じゃあない。その魔力を完全回復するのに、どれだけの休養と栄養が必要となることか」
ハクウにはブレリアが乗っている。
「とにかく私たちはグリーンスライムを見つけて、空からドンドンとやっつけてしまわないと! だよねブレリア」
「ああ、そうすればあいつの加勢が堂々とできる。けど透明になるあいつを見つけるには、目のいい奴らじゃあダメだ。あたしの鼻で見つけて、お前の魔法でやっつけるぞ」
ライカとヒダカに跨り、バサラとオリビアも隙を見つけては、スライムを倒してくれている。
裸上等のマハーヌも今のところ衣服を纏ったまま、水魔法で固めた拳と蹴りで、少しずつだが魔物の数を減らしてくれる。
ギブンは1人ではない。
「あれが白と黒か。あれって2個1ってことか? ああいうマーブル模様のスライムだったとは」
それはオリビアが見た物とは違う。2体がお互いをカバーしながら行動すると言う話だったのに。
ギブンは試しに氷の刃をぶつけてみた。
「確かに切れないし魔法も通らないな。オリビアさんは2人がかりでならって言ってたけど、2人同時攻撃をしたところで、どうしようもないだろう」
それもそのはず、昔会った事があると言っていたライトスライムとダークスライムは、こんな風に混じり合ってはいなかった。これも1つの進化、マーブルスライムとでも呼んでおこう。
「厄介な攻撃してくるな、こいつ」
ブルースライムの攻撃と言うか行動は、ただ通り過ぎた場所に生物がいれば捕食するのみ。
吸収力のなくなったスライムは、ただの蠢くモノにしかならない程度の魔物である。
火や氷を扱うようになるのも、焼いて吸収しやすくしたり、凍らせて捕まえやすくしたりするだけ。進化の条件は棲息環境次第で変わる。毒や酸だって同じ。
ではこの白と黒はいったい、どんな条件で進化したのか?
その研究結果を出す学者は未だおらず、謎の個体として扱われているのだ。
「光線を撃ってくるだの、重力攻撃をしかけてくるだの、生物として必要な能力じゃあないだろう」
魔法と物理であっても、相手が別々なら意表をついて、それぞれの弱点を当てる自信はあった。
「黒の強度はあの重力波がほとんどじゃあないかな? でないとプヨプヨしているのが説明つかない」
いや、魔獣の存在なんて、地球人からしたら説明できない事だらけなのだが。
「……ソード・オブ・ゴッデスの能力を発揮してみるか」
ギブンが職業を魔法剣士にしているのは、女神様より賜りし剣があればこそ。なのに今までほとんど剣としてしか使ってこなかった。
「どれだけの威力か分からないから、魔力を込めるのはホンのちょっとにしよう」
ギブンは光線を躱しながら距離を詰め、剣先をマーブルに突き刺した。
「うわっ! なんて破壊力だ」
白黒マーブルスライムは消滅し、威力は1匹だけでは消滅しきれず、周りにいた数十匹を巻き添えにした。
「ネフラージュ様……、これは使ってはいけないアイテムです」
今までいろんな魔物と戦ってきたが、こんなに手応えのない相手は初めてだ。
この件があればマーブルスライムも、もう敵ではない。必要な魔力も2、3体倒したところで理解した。
闇魔法を少しだけ加えた剣で残りは色も気にせず、次々と倒していく。
「あれ? 服が焼けている。溶かされたのか。グリーンスライムもいたみたいだな」
緑は完全に透明化ができると言っていた。
気付かない間に接触して、服をやられたのだろう。
「恐ろしいやつだな。……けどそれもこれも、だいたい先は見えたな」
ハクウと視界を共有すると、スライムの数が元の半数以下になっている事が確認できる。
鎧を脱いで異次元収納に入れる。
「バサラ、後は俺1人でやれそうだし、みんなと引き上げてくれ。気付かない間に緑のが出てきてた」
ギブンが索敵しきれない相手、女性陣には厳しい仕事になる。
「うん、うん、大丈夫だ。マハーヌも連れて村に戻っていてくれ」
辺りに誰もいなければ、多少派手に暴れても問題ない。
みんながギブンの言葉を信じて村へ帰り、日が暮れる前に帰ってきた男に賛辞を投げた。
「スライムがビッグだの、キングだのになってくれたおかげで、時間が短縮できたよ」
見るも無惨ながら、服が特殊な酸に焼かれたのはほんの少しだけ。その後も無傷で、索敵に魔物が引っ掛からなくなるまで、そんなに時間は掛からなかった。
「本当に、今日中に片付いて良かったよ」
「でもギブン、だからって無茶しすぎだし、油断しすぎだよ」
「ピシュにもみんなにも心配掛けたけど、油断はしてないつもりなんだけどな」
「心配か……、本当にお前は底が知れないな。わがご主人様よ」
バサラは呆れきったものだと溜め息を吐く。
翌日には北岸を目指し、領界の町へ行って伯爵へ報告、馬車は山の中を行く。
「ギブン、大きな魔力反応が……」
「そうだな。俺の索敵探知にも反応があった」
ピシュは山の中腹へ目を向け、ギブンはその麓に目をやる。
「お前ら、なにを見つけたんだ?」
見ている場所が違うのが気になるブレリア。
ピシュが感じているのは魔力の出口となる穴、ギブンは魔力の中心を探っている。
「またか、なんで行く先々でこんな……」
「うん? まさかお前、自覚がないのか?」
理由があるとすればギブンだろうと、ピシュ、オリビアとブレリアは勘ぐっているが、ちゃんとした説明はバサラがしてくれる。
「お前、ずっとステータス誤魔化してるようだが、騙しているのがばれないように魔力を抑えているだろ? しかも寝ている間もずっと」
最初は苦労したけれど、コツを掴めば魔力のコントロールは、熟睡しててもできるようになった。
「そいつがダメなんだ。きっと漏れてるんだよ、抑えきれなくなった魔力がさ」
それも体から離れた場所に。
ギブンはピシュの遠距離魔法発動の能力が、ずっと羨ましく思っていたので、体が勝手に遠くに飛ばすようになっているのだろうと専門家は言う。
「まっ、待ってくれ。ピシュと会ったのは割りと最近だぞ。それまではどうしてたって言うのさ!?」
ゴブリンにオーガの出現は、魔族側の工作によるものだと言えるだろう。
海の上のあれは、それこそ魔族の実験に寄る余波だと、バサラは断言する。
「そうか、海に向かう前の森のオークは、こいつがチマチマ動き回っている内に発生したってところか」
ブレリアは腕組みをして首を縦に振る。
「では海の魔物は?」
オリビアが気になって口を挟む。
「ギブンさんが現地に着く前からかなり規模が大きくなってましたけど、バサラさんはまだあの頃は、魔人が呼べるほど、ゲートを大きくはできなかったのですよね」
「あん? おお! レヴィアタンまで出てきたって話か。それこそ主人が海に入ったからだろうさ」
西の街道で盗賊とほぼ同時に出てきた魔人は、ギブンの直ぐ側で出現した。
温泉向こうのダンジョンも、ピシュと2人で温泉宿に泊まった時の残滓を元にしたのだろう。
「お、俺が現況だってのか?」
「そうとまでは言わんが、一度どこかで全力で魔力を発散したほうがいいだろうな」
「おいおいバサラ、こいつの全力って、そんなもんを解放して本当に大丈夫なのか?」
「ああ、魔界ならなんて事はないだろう。なんならゲートを開いて連れて行ってやるぞ」
それはあまりにもな提案だった。




