STAGE☆57 「ぼっち男は世間知らず」
隣の村まで半日のタナボルム村には宿屋がない。
ギブンパーティーは立派なギルド棟にある、空き部屋を借りることになった。
部屋を分けたところで、バサラとの従者契約の逆手を取って、ギブンの結界を解除してくるので、あまり意味がない。
従者契約なので、禁止事項にする事はできるが、ギブンとしてはそこまではしたくない。彼女はあくまで仲間なのだ。
「なぁ、寝るだけだよな。3人部屋を2部屋使っていいって、言われているのに、どうしてベッドを分けちゃあいけないんだ?」
しかもまだ部屋があるというのだから、ギブン1人の部屋を借りてもいいのに。
けれど彼女たちの気持ちを思えば、逃げるより慣れる方が、楽になれるのも分かっている。
「ではおやすみなさい。ギブンさん」
オリビアとも伽を交わした。それ以来、彼女が一番落ち着いてギブンに接してくれている。
ギブンの想像する貴族令嬢そのもののオリビアは、頬を染めながらも頭を男の胸に預けると、静かな寝息をたてるのみ。
神経衰弱の1番手、オリビアは“神の目”と言う、様々な物を目にするだけで細かいところまで観察できる能力がある。
剣筋をスピーディーに安定させるのに役立たせているが、カード一枚一枚の特徴をとらえて、全て記憶してしまったのだ。
二番手はブレリア、彼女も特技である鼻の良さで、カードを判別して二番勝負で勝利した。
三番手のバサラには、上級魔族の一部しか習得できない邪眼があり、判別能力は負けた2人よりも強いのだが、結局は順番で破れてしまったのだ。
そう言った神経衰弱に使えそうなスキルのないピシュが負けるのは、必然の結果だった。
「……、おはようございます。ギブンさん」
「……おはよう」
天使の笑顔をもらって目覚める朝は最高だ。
ギブンにとっては5人の中で一番、朝の安らぎをもらえるのがオリビアだ。
彼女たちはそれぞれに、ギブンが癒される何かを持っていて、だからこそ相手の想いにできる限りは応えたいと、そう応えたいとは思っている。
「チュッ!」
唯一つ慣れないのは朝のこの瞬間。
1人がすれば、起きている他のみんなも近付いてくる。これは朝の挨拶と考えるしかない。
「河原の草むらを見てきて欲しいと、村長に言われたって?」
「そうなんだ。スライムがやたらと大量に発生しているから、掃除して欲しいんだと」
バサラは遅くまで一階で飲んでいたが、アルコールは残っていないようだ。
「……」
「どうしたんだ、みんな?」
ピシュからマハーヌまで女性陣は、みんな苦い顔をしている。
「おいおいギブン、お前スライムって聞いて、何とも思わないのか?」
「いやだって、会った事ないし、……って、みんなしてなんて顔をしてるの?」
みんなは複雑な表情になる。
「それでバサラ、スライムの色は?」
「色ってなに、ブレリアさん」
「分かってない奴は黙っててくれ!」
ドラゴンの尾を踏んだギブンは、部屋の隅で小さくなる。
「えーっとだな……、クラッダが言うには、ほとんどはブルーらしいんだが、先ずは赤と紫が確認されている」
「ノーマルはいいとして、ポイズンスライムとレッドスライムか。まぁ、この面子なら問題ないだろう」
「その奥には黄色と水色と灰色」
「色とりどりですわね。ブレリアさんと私は問題ないとは思いますが」
「私も今のところ問題なしだ」
魔人様は余裕綽々だ。
「ピシュさんもけっこう色んな色に出会しておいでなのですか?」
「それなりにはね。オリビアって、水色と黄色に弱そうって思ってた」
剣士のオリビアと、そして素手で戦うマハーヌは打撃系なだけに戦いづらい相手である。
「私はどのスライムとも、相性はよくないんだよ」
「そうね、マハーヌは素手で戦うスタイルなんだから……」
「でも大丈夫、私はピシュのサポートに入るんだよ」
「当然、スライムごときには遅れは取りませんわ」
オリビアに相性の心配は要らなそうだ。
隅に追いやられてもしっかりと話は聞いていたギブンだけれど、今の流れで何が問題なのかが分からない。
「それと白と黒」
「えっ? スライムにそんなのもいるの?」
「ピシュさん、スライムの最上級個体ですわ。私も一度しか遭遇した事がありませんけど」
「オリビア! すごい」
「あたしはないな。バサラ、お前は?」
「元魔界の住人だぞ私は、当然グラトニーにも会った事があるさ。そして最後に緑」
「や、やっぱりか」
ブレリアはじめ、崩れ落ちる少女達。
ヒクつき怯えているようにも見えるみんなの顔に、ギブンは順々に目を向ける。
「本当にごめん。なかなかスライムの世界もマーベラスみたいだけど、無知な俺にも分かるように教えて欲しい」
男は正座をして教えを請う。
そこでスタートはピシュ先生の講義。
スライムには様々な進化形態があるが、その前に語るべき性質を知ってもらう。
核は1つに見えるのに、多くのスライムが集合体になることで、サイズが変わってしまう。
小さい方からスライム、ビッグスライム、キングスライムと呼称も変わる。
「さて本題」
青いスライムはノーマル。さほど強くなくて初級冒険者が経験値稼ぎに戦う相手だ。
続いて赤と水色。
レッドスライムが火魔法と爆裂魔法を使い、シアンスライムは水魔法と氷魔法が使える。
まだまだ下級冒険者が戦いを覚えるために相手をするランク。
更に進化すると紫や黄色、灰色となる。
紫は毒を黄色は酸を吐くようになり、灰色はスライムの弱点である核を守る堅い殻で覆われるようになる。
「私は後は緑に会った事があるだけで、白とか黒は知らないわ。グラトニーとかも……」
授業は2時限目、オリビア先生が受け継いでくれる。
「そうですね。白と黒はようは光と闇を操ります。必ず2対で行動するんです」
ライトスライムとダークスライム、お互いがお互いを補い合う事で、工房一体となり、あらゆる魔法を跳ね返し、物理攻撃も凌いでしまう。
「それじゃあ無敵ってことじゃあないか?」
「いいえ、相手が2体でくるなら、こっちも2人で組んで同時攻撃を仕掛ければ何とかなります。魔法耐性は白、物理耐性は黒が捌くのですから」
「まぁ、オリビアの言うようにすれば問題ない相手だ。だがバサラ、グラトニーってなんだ? あたしも聞いた事がないんだが」
「魔界と言う環境が育てた変異種だな。厄介な相手だよ。キングなんかよりよっぽどな」
どんな違いがあっても、スライムはすべて暴飲暴食で知られている。中でもグラトニーは食べる事を止めることなく、手の届くものすべてを喰らいつくしては分裂する。
魔界でも発見すると総動員で殲滅するのだ。
さてそんなとんでもないモンスターではなく、みんながグリーンモンスターを気にするのか?
「緑は自然に発生した個体ではないのよ。どこかの変態魔物研究者が生み出し、繁殖させて野に放ったって話でね」
ゲンナリしながらピシュが教えてくれた。
「……服を溶かすのよ。器用にね、女性のフェロモンを嗅ぎ分けて、たぶんオリビアの鎧も溶かされると思う特殊な酸を生み出すの」
つまりそれはアシッドスライムから変異させたのだ。
ピシュはゆっくりとオリビアの表情を窺う。
「そうですね。私のバイアランの鎧は頑丈ではありますが、修復には専門の技師の手が必要になります」
だからグリーンスライムを見つけると鎧を脱ぐのだとか。
「それで? 強いのか? 緑色のって」
「いや弱い。非常に弱いが、厄介な能力がもう一つあるんだ」
魔力が弱くて索敵も難しくて、さらには透明化が可能なグリーンスライムは奇襲が得意なのだ。
「スライムなのに、そんなに頭がいいんだ」
裸になる事に抵抗のないマハーヌだが、彼女はそもそもがスライムを苦手としている。
ギブンはここまでの話を聞いて答えを出す。
「俺、1人で行くよ」
草原の広さは前世にあったドーム球場10個ほどだと想定される。
そこにいるのは溢れるほどのスライムだと言うが、ギブンは根拠もなく勝てる気がしている。
「今回はゲートも関係なさそうだし、魔族に出会す事もないならやってみるよ」
状況に応じては応援を求めることになるが、取りあえずは1人で件の草原へ向かうことにした。




